【パラメータ発明における対応関係の記載不足により明確性が否定された事例】
投稿日:2026年10月9日 |
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著者:弁理士 大木 信人
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参照条文/キーワード/論点 |
特許法36条6項2号、明確性 |
ポイント
本件は、特許異議申立てを受けて特許を取り消した特許庁の決定に対し、特許権者がその取消しを求めた特許取消決定取消請求事件である。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第1部 |
| 判決言渡日 | 令和8年9月3日 |
| 事件番号 | 令和7年(行ケ)第10101号 |
| 事件名 | 特許取消決定取消請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
増田 稔
頼 晋一 天野 研司 |
事案の概要
本件は、特許異議の申立てに基づく特許取消決定の取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯等
原告は、発明の名称を「磁気シールド材」とする発明について、特許出願(特願2018-216845号)をして、特許権の設定登録を受けた(特許第7207706号)。
本件特許に対し、特許異議の申立てがされ(異議2023-700722号事件)、原告は、請求項1等について訂正を請求した。
特許庁は、本件訂正を認めた上で、請求項1等に係る特許を取り消すとの決定を行った。
原告は、請求項1等に係る特許を取り消した部分の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載
本件特許に係る本件訂正後の請求項1の記載は次のとおりである(下線部は本件訂正により訂正された箇所を示す)。
請求項1(本件訂正発明1)
磁性層と、導電層とを備える磁気シールド材であって、前記導電層は、一層のみであって、この一層の導電層が、遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた6.5~50μmの厚みを有し、前記導電層の導電材料は、アルミニウムであり、前記遮蔽対象となる電磁波の発生源の上に、前記導電層を配し、さらにその上に、前記磁性層を配するようにしたことを特徴とする磁気シールド材。
3 本件発明について
本発明は、磁界遮蔽効果を有する磁気シールド材に関する。【0001】
従来から、例えば、スイッチング電源等の低周波(特に、3MHz以下の周波数)の電磁波を発生させる装置が増えてきている。これらの装置から発生した低周波の電磁波(ノイズ)は、例えばディジタルカメラのCMOSセンサに影響を与えて、撮影画像にノイズが現れるといった問題を起こす。このため、低周波の電磁波を遮蔽する必要性が高まっている。【0002】
従来の磁性材料を含む磁性層と導電材料を含む導電層とを積層しただけの磁気シールド材では、遮蔽対象となる電磁波(磁気シールド材周辺の装置から発生する電磁波)の周波数帯において、必ずしも大きな磁界遮蔽効果を得ることができるとは限らない。【0005】
本発明は、遮蔽対象となる電磁波の周波数帯において、良好な磁界遮蔽効果を得ることが可能な磁気シールド材を提供することを目的とする。【0006】
本発明の磁気シールド材は、磁性材料を含む磁性層と、導電材料を含む導電層とを備える磁気シールド材であって、前記導電層が、遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた厚みを有するものである。【0007】
導電層を、遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた厚みにしたことにより(遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じて、導電層の厚みを変えることにより)、遮蔽対象となる電磁波の周波数帯において、良好な磁界遮蔽効果を得ることが可能になる。【0014】
【図1】

図3のA、B、Cのグラフに示すように、導電層(アルミ箔)の厚みが大きくなる程、磁気シールド材が最大の磁界シールド効果を得ることができる電磁波の周波数が低周波側にシフトする。【0025】
【図3】

図4は、導電層の厚みと、その厚みの導電層を用いた磁気シールド材のピーク値周波数との対応関係(組み合わせ)を示すグラフである。【0028】
上記の近似直線のグラフEから、遮蔽対象となる電磁波の周波数帯の中間値(平均値)が上記のピーク値周波数である時の導電層の厚みを求めて、磁気シールド材における導電層の厚みを、上記のグラフEから求めた厚みにする。これにより、導電層が、遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた厚みを有するものとすることができる。【0029】
【図4】

争点
⑴ 取消理由1(進歩性欠如)について
⑵ 取消理由2(明確性要件違反)について
以下、明確性要件違反についてのみ記載する。
本件決定の理由の要旨
本件訂正発明1の「この一層の導電層が、遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた6.5~50μmの厚みを有し」との記載における「遮蔽対象となる電磁波の周波数帯」との事項は、本件訂正発明1に係る磁気シールドの製作者が任意に定める事項であり、かつ、完成物である「導電層」自体からは知り得ない事項である。
(中略)
(磁気シールド材における導電層の厚みを)上記のグラフEから求めた厚みにすること(【0029】)が記載されているが、これらは、導電層の厚みの求め方の説明であり、当該求め方に従って選択された「導電層」とそうでない「導電層」が同じ厚みであった場合に、どのようにしてそれらを区別するのかを説明するものではない。
仮に、任意に選択された「所定の厚みを有する導電層」について、何らかの「所定のピーク値周波数」が測定により得られたとしても、当該「所定のピーク値周波数」を中間値(平均値)とする「周波数帯」は一義的に特定できないから、上記「所定の厚みを有する導電層」が「遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた」厚みを有するか否かは判別できない。よって、本件明細書等の上記記載を参酌しても、「遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた」「厚みを有し」の意味は依然として不明確である。
争点に関する当事者の主張
原告主張
本件の発明者は、導電層の厚みと磁界シールド効果との相関性を見いだしたものである。そして、磁気シールド材が貼付される電磁波発生源に応じて、遮断すべきノイズが異なることは当然であるから、導電層の厚みを「遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた」とすることを発明特定事項とし、さらに、第三者に不測の不利益を及ぼすことがないように、「6.5~50μm」の範囲に限定しているのであるから、その意味は明確である。
なお、請求項の記載に遮蔽対象となる電磁波の周波数帯の範囲と、対応する導電層の厚みの範囲を規定すれば、請求項の記載はより明確となったといえようが、本件明細書等に記載された実施例AからCまでは、特定の厚みを有する各導電層につき、周波数帯ごとにシールド効果を検証したものにすぎず、実施例間の閾値を明確に特定することは困難であるから、実際には、周波数帯の範囲と対応する導電層の厚みの範囲を規定することは困難である。
本件訂正発明1の実施品には、ユーザが確認できる情報として、「遮蔽対象となる電磁波の周波数帯」が直接的(商品パッケージ等に記載)又は間接的(製品番号や二次元コードから照会)に記載されるから、当業者は、格別な困難を要さずともこれらの情報を確認することができる。このことからすると、本件における特許請求の範囲の記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。
判旨
1 取消事由2(明確性要件違反の判断の誤り)について
(中略)
⑵ 本件訂正発明1において、「一層の導電層」は、「遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた6.5~50μmの厚み」を有するものとされているところ、「周波数帯」とは、「ある二つの周波数の間の範囲」という意義を有するから(乙1:電子通信用語辞典)、導電層の厚みと対応関係にある周波数の上限値と下限値が特定されなくては、当該導電層の厚みが、「遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた」ものであるか否かは判別できないというべきである。
次に、本件明細書等をみると、次のとおり、【図3】として、導電層(アルミ箔)の厚みを6.5μm、11μm及び30μmとした磁気シールド材についての磁界シールド効果を計測したグラフが記載されている。
(中略)
しかし、【図3】の記載によっても、6.5μmから30μmまでの間の特定の厚みを有する導電層について、その厚みが、上限値と下限値により画される特定の周波数帯に「応じた」ものといえるか否かを判断することはできない。
そうすると、本件訂正発明1に係る特許請求の範囲の記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるといわざるを得ない。
⑶ この点について、原告は、本件訂正発明1の実施品には、ユーザが確認できる情報として、「遮蔽対象となる電磁波の周波数帯」が直接的(商品パッケージ等に記載)又は間接的(製品番号や二次元コードから照会)に記載されるから、当業者は、格別な困難を要さずともこれらの情報を確認することができるとして、特許請求の範囲の記載は不明確であるとはいえない旨主張する。
しかし、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定められ、その用語の意義の解釈に際しては、明細書の記載及び図面を考慮すべきところ(特許法70条)、商品パッケージ等による表示の有無及び内容によらなければ技術的範囲に含まれるか否かの判断ができないというのであれば、当該特許請求の範囲の記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるといわざるを得ない。また、客観的に同一の物であっても、表示の有無及び内容によって本件訂正発明1の技術的範囲に含まれる物と含まれない物が存在し得るということになるが、そのような技術的範囲の解釈を第三者に強いることは、正に特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であることの帰結というほかはない。
⑷ 以上のとおり、本件訂正発明1に係る特許請求の範囲は不明確であるから、特許法36条6項2号に規定する要件に適合しない。
(中略)
したがって、明確性要件違反についての本件決定の判断に誤りはなく、原告の主張する取消事由2には理由がない。
解説/検討
本判決は、パラメータ発明や機能・目的限定的な記載において、複数の要素間の対応関係を発明特定事項とする場合に、その対応関係が第三者にとって客観的に明らかな形で特定されている必要があることを改めて示した事例として、実務上参考になると考えられます。
明確性要件は、「第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否か」という観点から判断されるとされ(知財高裁平成21年(行ケ)第10434号)、本判決もこの枠組に沿って判断されています。
本件では、請求項には出願当初より「導電層が、遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた厚みを有する」旨が記載されていましたが、本件明細書には、遮蔽対象となる電磁波の周波数帯とそれに応じた導電層の厚みとの具体的な対応関係について明示的に記載されていませんでした。一方、実施例には、導電層の厚みを6.5μm、11μm、30μmとした場合の、それぞれの最大の磁界シールド効果を得ることができる(電磁波の)周波数(ピーク値周波数)が示されており、さらに、遮蔽対象となる電磁波の周波数帯の中間値(平均値)が上記のピーク値周波数である時の導電層の厚みを求めて、磁気シールド材における導電層の厚みにすることが記載されていました。本判決を踏まえると、このような対応関係を発明特定事項として用いる場合には、少なくとも、これらの実験結果に基づく対応関係や厚みの選択基準を、当業者が客観的に理解できる形で明細書に記載しておくことや、請求項の記載をこれらの対応関係や選択基準に対応して特定しておくことが、明確性に関する争いを回避する観点から有用であることが示唆されます。
また、本件決定や判決が指摘するとおり、「遮蔽対象となる電磁波の周波数帯に応じた・・・厚み」という特定は、設計時又は製造時における選択過程を含意するものであり、その基準に従って選択された導電層であるか否かを、完成物である導電層自体から客観的に判別することは容易ではないと考えられます。本件は、物の発明を特定するに当たっては、可能な限り当該物自体の構造又は特性から客観的に認識・判断できる事項によって権利範囲を画定することの重要性について、改めて示唆を与える事例であるといえます。
