【選択発明の進歩性判断において顕著な効果の有無の検討が必要と判示した事例】

 

投稿日:2026年7月10日

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著者:弁理士 大栗 由美
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

特許法第29条第2項/選択発明/顕著な効果

ポイント

 本件は、発明の名称を「光拡散層形成用塗料、プロジェクションスクリーン用フィルム、及びプロジェクションスクリーン」とする発明について特許出願(特願2019-201113号)した原告が、拒絶査定を受け、拒絶査定不服審判を請求したが、特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をしたため、原告がその取り消しを求めて訴訟を提起した事案である。知財高裁は、審決は取り消されるべきものであると判示した。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 令和8年3月26日
事件番号 令和7年(行ケ)第10043号
事件名 審決取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
中平 健
今井 弘晃
水野 正則
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

1.本願発明の内容
【請求項1】
 (A)活性エネルギー線硬化性樹脂100質量部;及び、
 (B)希土類燐酸塩微粒子0.1~50質量部;
を含むプロジェクションスクリーンの光拡散層形成用塗料。
2.明細書の記載
【発明の効果】
【0016】
本発明の塗料を用いて形成された光拡散層を含むプロジェクションスクリーン用フィルムは、高い透明性と高い映像表示性とのバランスに優れる。本発明の好ましい塗料を用いて形成された光拡散層を含むプロジェクションスクリーン用フィルムは、高い透明性と高い映像表示性とのバランスに優れ、視野角が広く、色収差が生じ難く(色収差が十分に小さく)、色味がない(白色透明である)。そのためプロジェクションスクリーン用フィルムとして、好適に用いることができる。特に、ガラス窓などの透過視認性を有する媒体に貼合して用いるプロジェクションスクリーン用フィルムであって、通常は透過視認性を維持しつつ、所望のときに、映像コンテンツを投影表示するプロジェクションスクリーン用のフィルムとして、好適に用いることができる
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3.引用発明と周知技術と技術常識
(1)引用発明1(国際公開第2018/147042号。甲1)
「有機溶媒とバインダ樹脂と光散乱粒子とを混合したコート液であって、光散乱層(コート層)を配置させた光散乱部材を得るために、ローラーやスプレーガン等を用いて基材の表面に塗工又は塗布されるものであり、ディスプレイ、プロジェクタのスクリーン、ヘッドアップディスプレイ等に用いられる透明スクリーンとして好適に製造することができる光散乱シートを得るためのものであり、
光散乱シートは、樹脂中に光散乱粒子が分散された樹脂成形体からなり、前記光散乱粒子は希土類リン酸塩の粒子であり、
前記樹脂成形体の単位体積当たりの前記光散乱粒子の表面積が0.600m2/cm3以下である、光散乱シートであって、
光散乱粒子は、基材の表面に設けられたコート層からなる樹脂成形体の内部に均一に分散した状態で配置されたものであり、光散乱シート(光散乱体)における光散乱粒子の配合量は、該光散乱シート(光散乱体)に対して0.01質量%以上30質量%以下であり、光散乱シート(光散乱体)における樹脂の配合量は、該光散乱シート(光散乱体)に対して70質量%以上99.99質量%以下である、([0016])コート液。」
(2)周知技術
「透過光の視認性と投影される映像の視認性が求められる透明スクリーンにおいて、光散乱材料となる粒子を含有させる樹脂として、電離放射線硬化樹脂や紫外線硬化樹脂を用いること。」
(3)技術常識
<技術常識1>
「短時間で硬化する、無溶剤型にできる等の長所を有する、紫外線硬化樹脂を含むエネルギー線硬化樹脂には様々な種類があり、光学的な分野を含む幅広い分野で利用されていること。」
<技術常識2>
「ポリウレタンアクリレートは、高屈折率にするために特別の化学構造を導入しない限り、屈折率は、概して1.54以下であること。」

4.審決が認定した甲1発明との一致点と相違点
<一致点>
「(A)樹脂100質量部;及び、(B)希土類燐酸塩微粒子0.01~50質量部;を含むプロジェクションスクリーンの光拡散層形成用塗料」の発明である点。

<相違点1>
 本願発明においては、「樹脂」が「活性エネルギー線硬化性」であるとの限定があるのに対して、引用発明においては、「樹脂」の硬化・軟化特性については特定されていない点。
<相違点2>
 「樹脂100質量部(判決注:「重量部」は誤記)」に対する「希土類燐酸 塩微粒子」の配合量が、本願発明においては、0.1~50質量部であるのに対して、引用発明においては、0.01~42.9質量部である点。

原審(原審)の判断

 相違点1について
 技術常識1と周知技術1を示した上で、電離放射線や紫外線はいずれも本願発明における「活性エネルギー線」に相当するものと認められる。そうすると、引用発明において、樹脂として周知の「電離放射線や紫外線等の活性エネルギー線で硬化する樹脂」を用いることとして、相違点1に係る本願発明の構成とすることは、当業者が容易に想到できた設計変更にすぎないと判断した
 相違点2について
 下限の技術上の意義は、映像コンテンツを鮮明に投影表示することにあることが理解されるとした上で、当該コート液に含まれる樹脂に対して、光散乱粒子である「希土類リン酸塩粒子」を十分な量配合させることは、当業者の当然の配慮事項であって、透明スクリーンにおける光散乱層の厚さ等も考慮しつつ、当業者が適宜設計すべきものであるとし、またそもそも、本願発明の数値範囲は、引用発明と比較して、0.1~42.9質量部というほとんどの範囲で重なっており、当業者が設定を想起しないような特殊な数値範囲であるとも認められないものであるとし、引用発明において相違点2に係る本願発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たものであると判断した。
 効果について
 「活性エネルギー硬化性樹脂」を用いることによる効果について、請求人が主張する「本願明細書で開示される実験例の例1~4は活性エネルギー線硬化性樹脂を使用し、例5は熱硬化性樹脂を使用しているから、例1~4に記載のプロジェクションスクリーン用フィルムは例5と比較して拡散率と視野角が優れた値となっている」という効果について、「一般に、光散乱体と周りの樹脂との屈折率が高いほど光は散乱されやすく、逆に屈折率差が小さいほど散乱されにくい」という述べた上で「本願の例5においては、樹脂の屈折率が比較的高く、そのため樹脂よりも高屈折率である希土類燐酸塩微粒子との屈折率差が例1~4に比較して相対的に低くなり、その結果として光の散乱能が比較的小さくなり、本願明細書に記載の「拡散率」と「視野角」という指標において劣ることとなったことは、理論どおりであって、当業者は容易に推察できるのであって、当該実験結果は何ら驚くべきことでない」として請求人の主張する効果は、当業者が予測困難な効果とはいえないと判断した。

原告が主張する取消事由

(1)取消事由1 「樹脂」の種類に関する引用発明の認定の誤り
 光散乱シートをはじめとする光散乱体で用いられる樹脂は、透明性の高いものであることが好ましい。・・・シートやフィルムへの成形の容易さの点からは、熱可塑性樹脂を用いることが有利である。」と記載しているにもかかわらず、引用発明における「樹脂」を熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂及び活性エネルギー線硬化性樹脂の上位概念である「バインダ樹脂」と敢えて特定した。「樹脂」の種類について、「発明を実施するための形態」記載の「有利」な態様によって特定すべき・・・「熱可塑性樹脂」と特定するのが自然である
(2)取消事由2 「用途」に関する引用発明の認定の誤り
 請求項1の「光散乱シート」は、特段透過視認性と映像表示性とを高いレベルで両立しているものではないことが読み取れるとして、引用発明として認定された「ヘッドアップディスプレイ等に用いられる透明スクリーンとして好適に製造することができる光散乱シートを得るためのコート液」が、当業者において実施可能な程度に引用文献1に開示されているとはいえない
(3)取消事由3 相違点の容易想到性判断の誤り
 当業者は、シートやフィルムへの成形の容易さの点で有利な熱可塑性樹脂を差し置いて、わざわざ熱硬化性樹脂や活性エネルギー線硬化性樹脂を選択するはずがない
(4)取消事由4 予測できない顕著な効果の判断の誤り
 本件審決が「一般に、光散乱体と周りの樹脂との屈折率が高いほど光は散乱されやすく、逆に屈折率差が小さいほど散乱されにくい。」と述べた上で「本願の例5においては、樹脂の屈折率が比較的高く、そのため樹脂よりも高屈折率である希土類燐酸塩微粒子との屈折率差が例1~4に比較して相対的に低くなり、その結果として光の散乱能が比較的小さくなり、本願明細書等に記載の『拡散率』と『視野角』という指標において劣ることとなったことは、理論どおりであって、当業者は容易に推察できるのであって、当該実験結果は何ら驚くべきことでない。」とした判断は、それ自体誤りである。なぜなら、引用文献1の実施例1~15は、本件審 決が根拠とする上記「一般に、光散乱体と周りの樹脂との屈折率が高いほど光は散乱されやすく、逆に屈折率差が小さいほど散乱されにくい。」とは逆の結果を示しているからである。
 実施例1~5はポリカーボネート樹脂を、実施例6~10はアクリル樹脂(商品名:「パラペットEH」)を、実施例11~15はポリエチレンテレフタレート樹脂をそれぞれ用いたものである。各熱可塑性樹脂の屈折率は、ポリカーボネート樹脂が1.59・・・、アクリル樹脂・・・が1.49・・・、ポリエチレンテレフタレート樹脂が1.65・・・であり、小さい順にアクリル樹脂<ポリカーボネート樹脂<ポリエチレンテレフタレート樹脂である。基材樹脂の屈折 率とヘーズの関係を見ると、基材樹脂の屈折率が大きいほどヘーズは大きくなっている。これは、本件審決のいう「一般に、光散乱体と周りの樹脂 との屈折率 が高いほど光は散乱されやすく、逆に屈折率差が小さいほど散乱されにくい。」という「理論」とは逆の結果である
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(5)取消事由5 審判手続の瑕疵
 原告は意見書および審判請求書にて「活性エネルギー線硬化性樹脂を用いることにより、高い透明性と高い映像表示性とのバランスが向上すること、及び視野角が広くなることが実証されてい」ることを予測できない顕著な効果として主張したが、拒絶査定、前置報告書では予測できない顕著な効果に係る言及は一切なされなかった。審判事件の合議体は本件審決において予測できない顕著な効果に関して原告に不意打ちとなる判断を示したものであり、本件審決が特許法153条2項の趣旨に反することは明らかである。  

 

判旨

本願明細書の記載内容
 本願発明は、プロジェクションスクリーンの光拡散用形成用塗料に関する発明であり、近年、透過視認性を有する媒体に、透明性を有するプロジェクションスクリーン用フィルムを貼合し、通常は透過視認性を維持しつつ、所望のときに、上記プロジェクションスクリーン用フィルムに映像コンテンツを投影表示することが行われており、このような使用をするためのプロジェクションスクリーン用フィルムには、高い透過視認性(高い透明性)と投影表示される映像が鮮明に見えること(高い映像表示性)という、相反する特性の両立が求められていたが、更に投影表示される映像を鮮明に見ることのできる角度(プロジェクションスクリーンを見る角度)が広いこと(広い視野角)投影表示される映像に色収差が生じないこと、及びプロジェクションスクリーン用フィルムそのものに色味のないことなども求められるところ、上記のような使用をするためのものとしては、十分に満足できるものではなかった。本願発明は、上記の高い透明性と高い映像表示性とのバランスに優れたプロジェクションスクリーンを得ることのできる塗料等を提供することを課題とし、活性エネルギー線硬化性樹脂及び希土類燐酸塩微粒子の組合せとすることにより、塗布して光拡散層を形成したときに、他の樹脂(熱硬化性樹脂)や他の微粒子(酸化ジルコニウム微粒子)と組み合わせた場合よりも高い透明性と高い映像表示性とのバランスに優れたプロジェクションスクリーンを得ることのできる塗料としたものと解される。

引用文献1(甲1)の請求の範囲の請求項1
「樹脂中に光散乱粒子が分散された樹脂成形体からなり、前記光散乱粒子は希土類リン酸塩の粒子であり、前記樹脂成形体の単位体積当たりの前記光散乱粒子の表面積が0.600m2/cm3以下である、光散乱シート」
 光散乱シートをはじめとする光散乱体で用いられる樹脂については、透明性の高いこと、無色であること、特に、無色透明であることが好ましく、「このような特性を有する限りにおいて樹脂の種類に特に制限はなく、熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂のいずれを用いてもよい。シートやフィルムへの成形の容易さの点からは、熱可塑性樹脂を用いることが有利である」
 「本発明の光散乱シート(光散乱体)においては、それに含まれる光散乱粒子の表面積を制御して該光散乱シート(光散乱体)の光散乱性を高めることが好ましい。・・・単位体積表面積を上述の範囲に設定することで、本発明の光散乱シート(光散乱体)の光散乱性の向上が図られる。また、単位体積表面積をこの範囲に設定することで、光散乱シート(光散乱体)の着色、特に黄変(黄色に変色する)の発生が防止されるという付加的な効果も奏されることが本発明者の検討の結果判明した。更に詳細には、光散乱粒子として希土類リン酸塩の粒子を用いると、その他の無機物質を用いた場合に比べて光散乱シート(光散乱体)の光散乱性が向上するものの、表面活性が高いことに起因して、樹脂の種類や、光散乱粒子の粒径及び比表面積によっては樹脂が分解されてしまい、光散乱シート(光散乱体)に黄変が生じることがある。この黄変の発生は本発明者が初めて見出したものであるところ、単位体積表面積を上述の範囲に設定することで、光散乱シート(光散乱体)の光散乱性を高めつつ、黄 変が発生することを効果的に防止し得ることを本発明者は見出した。」

(1)取消事由1(「樹脂」の種類に関する引用発明の認定の誤り)について
・・・引用文献1には、基材の表面に、希土類リン酸塩の粒子が光散乱粒子として樹脂中に分散された光散乱層(コート層)を設けた光散乱体(光散乱シート)を得るために、その基材の表面に塗工又は塗布される「コート液」が、「バインダ樹脂」を含むことが明記されており、しかも、「有機溶媒とバインダ樹脂と光散乱粒子」を含むコート液であることが、ひとまとまりの技術的思想として記載されているといえる。・・・本件審決が、引用文献1に記載された発明(引用発明)として、光拡散層を形成するための「コート液」に含まれる樹脂を「バインダ樹脂」と認定したことに誤りはない
(2)取消事由2(「用途」に関する引用発明の認定の誤り)について
 引用文献1には、「ヘッドアップディスプレイ等に用いられる透明スクリー ンには、高品位の画質を得る観点から高い光散乱性が要求されている」との記載がなされており・・・・・・本件審決が、上記引用文献1の記載に基づき、引用発明のコート液の用途に、「ヘッドアップディスプレイ等に用いられる透明スクリーン」を含めて認定したことに、誤りはない。

(3)取消事由3(相違点の容易想到性判断の誤り)及び取消事由4(予測できない顕著な効果の判断の誤り)について
<相違点1について>
甲2、3、乙12、15~18には、その樹脂として、光(紫外線又は電離放射線)硬化性樹脂は、熱可塑性樹脂や熱硬化性樹脂と併せて並列的に記載されているにとどまり、光硬化性樹脂を用いることによる特質等が記載されているものではない。乙19については、・・・光を照射する前は低粘性である光硬化性接着剤の性質を利用し、その利用に特徴 のある透明スクリーンの製造技術が記載されているものであり、樹脂として 活性エネルギー線硬化性樹脂を用いた例についての記載があるにとどまる。・・・甲2、3、乙12、15ないし19に基づき認定できる周知技術(技術的事項)は、透明スクリーンに用いられる樹脂の選択肢として、本件審決が周知技術1として認定した、活性エネルギー線硬化性樹脂である「電離放射線硬化樹脂や紫外線硬化樹脂」のみではなく、「熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、又は活性エネルギー線硬化性樹脂」が知られている、ということであるといえる。
・・・本願発明と引用発明とを対比すると、前記のとおり、本件審決が認定した引用発明の内容には誤りがないから、本願発明と引用発明とを対比すると、本件審決が認定したとおりの一致点及び相違点1が存するものと認められる
<相違点2について>
相違点2について容易想到(設計事項)とする本件審決の判断には誤りがない(当事者間に争いがない)。
<技術常識>
透明スクリーンに用いられる樹脂の選択肢として、「熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、又は活性エネルギー線硬化性樹脂」が知られていた。

⇒本願発明は、いわゆる選択発明である可能性があることに加え、その相違点1が、後掲⑺の本願発明の効果に関連した構成要件に係るものであることを考慮すると、本願発明の相違点1の容易想到性の判断に際しては、いわゆる選択発明における判断手法が妥当する可能性がある
 いわゆる選択発明は、構成要件の中の全部又は一部が上位概念で表現された先行発明に対し、その上位概念に包含される下位概念で表現された発明あって、先行発明が記載された刊行物中に具体的に開示されていないものを構成要件として選択した発明をいい、この発明が先行発明を記載した刊行物に開示されていない顕著な効果、すなわち、先行発明によって奏される効果とは異質の効果、又は同質の効果であるが際立って優れた効果を奏する場合には先行発明とは独立した別個の発明として特許性を認めるのが相当である。

引用文献1の段落[0010]には、光散乱シート(光散乱体)の樹脂について、透明性の高いものであることが好ましく、無色のものであることも好ましく、特に無色透明であることが好ましく、そのような特性を有する限りにおいて樹脂の種類に特に制限はなく、熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂のいずれを用いてもよく、シートやフィルムへの成形の容易さの点からは、熱可塑性樹脂を用いることが有利であることが記載され、・・・引用文献1には、上記の樹脂の種類として、活性エネルギー線硬化性樹脂は記載されていない。また、上記段落[0010]の「特に制限はなく」との記載は、その直後に「熱可塑性樹脂及び熱硬化性樹脂のいずれを用いてもよい」と続くことからすれば、無色あるいは透明な樹脂であれば熱可塑性樹脂又は熱硬化性樹脂以外の樹脂であってもよいことまで含むことを意図した記載と解することは直ちにはできない。そうすると、引用発明の樹脂として、引用文献1には、活性エネルギー線硬化性樹脂に関する記載も示唆もないため、この点につき先行する発明が記載された引用文献1に具体的に開示されていない本件において、活性エネルギー線硬化性樹脂を採用する動機付けがある、すなわち先行技術に基づき容易にその存在を認識し採用可能性があるとすることはできない。・・・その周知の選択肢群のなかから、活性エネルギー線硬化性樹脂を積極的あるいは優先的に選択すべき事情のあることまでは、知られていたとはいえない。・・・本願の優先日当時、透明スクリーンに用いられる樹脂の選択肢として「熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、又は活性エネルギー線硬化性樹脂」が知られていたものの、引用発明及び周知技術によっては、このうち活性エネルギー線硬化性樹脂を採用する動機付けがあったとは認められないところ、本願発明が、このうちの活性エネルギー線硬化性樹脂(成分(A))を採用することにより、仮に、先行発明を記載した刊行物(引用文献1)に開示されていない顕著な効果、すなわち、先行発明によって奏される効果とは異質の効果、又は同質の効果であるが際立って優れた効果を奏する場合には先行発明とは独立した別個の発明として特許性が認められる余地があるものというべきである。
・・・本件審決は、技術常識1に示された、短時間で硬化する、無溶剤型にできるといった特徴が、活性エネルギー線硬化樹脂を本願のプロジェクションスクリーンの光拡散層形成用塗料に適用することを動機付ける理由を具体的に示しておらず、これを認めるに足りる証拠もない。本件審決は、技術常識1を示し、相違点1に係る構成の容易想到性についての動機付けの根拠とするところ、上記検討のとおり、技術常識1は、特に活性エネルギー線硬化性樹脂を選択させるような動機付けとなるものではなく、容易にその存在を認識し好適材料として選択し得るものでもないから、この点から、本願発明を、直ちに進歩性を欠くものと判断することはできないというべきである。
・・・本件審決は、本願明細書等に記載された実験例の例1ないし5の間での拡散率及び視野角(以下「光散乱性効果」ともいう。)の違いは、光散乱体と周りの樹脂との屈折率差が大きいほど光は散乱されやすく、逆に屈折率差が小さいほど散乱されにくい・・・という一般常識に基づく理論どおりであって、当業者が容易に推察できる(以下、この審決のとる理論を、「屈折率差理論」という。)もので、その実験結果は何ら驚くべきことでなく当業者が予測困難な効果ではないと判断した。しかし、これは、本願発明の奏する効果について、本願発明がいわゆる選択発明として特許性が認められるか否かとの観点から、本願発明は、引用発明によって奏される効果とは異質の効果を奏するのか、あるいは、同質の効果であるが際立って優れた効果を奏するのか、についての検討を行った上でその効果を評価したものではないから、判断の前提において相当でない。その判断の内容についてみても、・・・引用文献1(甲1)に示された、基材樹脂の屈折率とヘイズ率(光透過性)の関係(甲1段落[0070])を見ると、基材樹脂の屈折率は、ポリエチレンテレフタレート樹脂が大きく、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂の順に小さくなり、ヘイズ率も、ポリエチレンテレフタレート樹脂が大きく、ポリカーボネート樹脂、アクリル樹脂の順に小さくなり、基材樹脂の屈折率が大きいほど、ヘイズ率は大きくなっており、これは、本件審決のとる屈折率差理論とは逆の結果を示している。・・・少なくとも、希土類燐酸塩微粒子及び樹脂を含有した光散乱体の光散乱性は、単に屈折率差理論のみにより説明できるものではないとするのが、本願優先日当時の当業者の通常の理解であると認められる。そして、本件審決が、本願発明の例1~5の構成それ自体から、屈折率差理論のみに基づき本願発明の光散乱性効果を容易に推察できると判断したのは、当業者の通常の理解に沿うものとはいえないから、その判断には誤りがある。相違点1について、直ちに容易想到であり進歩性を欠くとした判断には、その前提に誤りがあり、本願発明の効果についての判断も、その内容は当業者の通常の理解に反して判断をした点に誤りがあり、しかも、本願発明の効果の予測性・顕著性について実質的にその判断そのものを欠いている点にも誤りがあり、これらの誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。よって、取消事由3及び取消事由4のそれぞれの一部には理由があり、本件審決は取り消すべきものである
(中略)
原告の主張する取消事由1及び2については理由がないが、本件審決の進歩性の判断(取消事由3及び4の各一部)には誤りがあり、その余の点(取消事由5)について判断するまでもなく、本件審決は取り消されるべきものである。
 

解説/検討

 審決では、本願発明の効果が理論どおりであって推察できるものであることから予測困難な効果ではないとして進歩性を否定しましたが、本判決では、選択発明の判断においては、顕著な効果を奏しているかどうかの検討を十分に行う必要があることを示しました。引用発明1には、樹脂の中でも活性エネルギー線硬化性樹脂についての具体的な記載や視野角等の効果についての記載はなく、また技術常識や周知技術においても、活性エネルギー線硬化性樹脂を用いることで視野角等の効果が得られることについての記載や示唆はないため、審決の進歩性の判断に誤りがあったという判示はもっともだろうと思いました。  

 

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