【本件発明の数値範囲が引用発明の数値範囲に包含される場合に当該数値範囲が相違点とは認められなかった事例】

 

投稿日:2026年7月10日

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著者:弁理士 野本 裕史
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

特許法29条/新規性/数値限定発明

ポイント

 本件発明2は数値限定発明であるところ、本件発明2が特定する数値範囲は丙30文献の記載から読み取れる数値範囲に包含される関係にあった。裁判所では、当該数値範囲は相違点とは認定されず、本件発明2は丙30発明と同一であると判断された。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所民事第47部
判決言渡日 令和8年5月19日
事件番号 令和6年(ワ)第70539号
事件名 特許権侵害に基づく損害賠償請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
杉浦 正樹
池田 幸子
松尾 恵梨佳
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

(1)本件発明
ア 本件発明1
1A 喫煙者が吸引する際の気流の流れの方向を基準として、加熱されてエアロゾル及び芳香の成分となる揮発物を生成する被加熱芳香発生基材の集合体である被加熱芳香発生源を上流側に、下流側に支持部材とフィルタを、長手方向に順に配設される被加熱芳香カートリッジであって、
1B 前記支持部材が、少なくとも、前記被加熱芳香発生源の移動を防止する支持部と、前記揮発物が通過する流路とを備え、
1C 前記揮発物が流路に流入する流入口と前記揮発物が流路から流出する流出口の前記被加熱芳香カートリッジの長手方向に垂直な断面の形状が相似な円形状であり、
1D 前記支持部材の外周が形成する前記被加熱芳香カートリッジの長手方向に垂直な断面の面積に対する、前記流路の外周が形成する前記被加熱芳香カートリッジの長手方向に垂直な断面の面積の割合を空孔率と定義したとき、前記流入口の方が前記流出口よりも前記空孔率が小さい、
1E ことを特徴とする被加熱芳香カートリッジ。
画像
イ 本件発明2
2A 前記流入口と前記流出口の前記空孔率との差が、19~69%ポイントに設計されている、
2B ことを特徴とする、請求項1に記載の被加熱芳香カートリッジ。

(2)明細書の記載
【課題を解決するための手段】
【0029】
 そこで、本発明者は、このような加熱式タバコの煙の生成が、蒸気から液滴が形成される核生成現象であり、支持部材及び冷却部材の流路を流れる蒸気の流体力学的現象の影響を受けるという観点から、芳香カートリッジを構成するマウスピースを再検討した。その結果、被加熱芳香発生基材及び被加熱芳香発生源の破損や移動を防止し、喫煙者にとって心地よい煙及び芳香を味わうことができるためには、適切な構造の流路を有する支持部材が存在することを見出し、本発明の完成に至った。

【0053】
 エアロゾルフォーマの揮発物の凝縮による煙の生成メカニズム及び揮発物の流れの状態に基づいて、本発明の支持部材の流路が考案されたが、煙の性状を効果的に制御するためには、流入口の空孔率と流出口の空孔率との差が、約19~69%に設計されることが好ましく、約19%~49%であることがより更に好ましい。この範囲外にある場合、異なる構造の流路を流れる揮発物の冷却速度及び流速の差が小さく、異なった性状の煙を生成することが困難になる

(3)引用発明(丙30発明)
5-1a’ 喫煙者が吸引する際の気流の流れの方向を基準として、タバコロッド(20)を上流側に、下流側に中空部(300)、冷却部(200)及びフィルタロッド(100)を、長手方向に順に配設した非燃焼式シガレットである。
5-1b’ 中空部(300)は、壁部(中空部の肉厚周壁部分)と、エアロゾルが通過する流路となる空洞構造(300の中央部分)を有し、冷却部(200)も、その中央部分にエアロゾルが通過する流路である1つの貫通孔(210)と、壁部を有している。中空部(300)の壁部は、そのタバコロッド(20)と当接する側の端部において、タバコロッド(20)の移動を防止する機能を有し、他の端部において、冷却部(200)の壁部と相互に当接する。
5-1c’ 前記揮発物が流路に流入する流入口(中空部(300)がタバコロッド(20)と当接する側の空洞構造の開口部)と揮発物が流路から流出する流出口(冷却部(200)がフィルタロッドと当接する側の貫通孔(210)の開口部)とを備え、冷却部(200)と中空部(300)は、いずれも円筒状で、流入口及び流出口の長手方向に垂直な断面は、いずれも円形である。
5-1d’ 上記流入口の断面の径は、流出口の断面の径よりも小さい。
5-1e’ 非燃焼式シガレット
画像
5-2a’ 冷却部(200)と中空部(300)は、いずれも円筒状であり、それぞれ、直径が5~8mmであって、冷却部(200)の貫通孔(210)は、冷却部(200)の中央部分にあり、4~7.8mmの直径を有し、中空部(300)の空洞構造は、中空部(300)の中央部分にあり、直径が2~7mmの直径を有する
5-2b’ 構成5-2a’を特徴とし、構成5-1a’~5-1d’を備える非燃焼式シガレット。


争点

(1)対象製品の本件各発明の技術的範囲への属否(争点1)
(2) 無効理由の有無(争点2)
ア 無効理由1
  丙21発明を主引用例とする新規性欠如(争点2-1)
イ 無効理由2
  丙22発明を主引用例とする新規性欠如(争点2-2)
ウ 無効理由3
  丙23発明を主引用例とする新規性欠如(争点2-3)
エ 無効理由4
  丙24発明を主引用例とする新規性欠如(争点2-4)
オ 無効理由5
  丙30発明を主引用例とする新規性欠如(争点2-5)
カ 無効理由6
  丙18~20に基づく新規性欠如(争点2-6)
キ 無効理由7
  本件発明2の構成要件2Aに係る進歩性欠如(争点2-7)
ク 無効理由 8
  分割要件違反による新規性欠如(争点2-8)
ケ 無効理由 9
  サポート要件違反(争点2-9)
(3)公知技術の抗弁(争点3)
(4)原告の損害発生の有無及び額(争点4)

争点に関する当事者の主張

(11) 争点2-5(丙30発明を主引用例とする新規性欠如)について
・・(中略)・・
(原告の主張)
 本件各発明と丙30発明については、以下の相違点が存在する。したがって、本件各発明は新規性を認められる。
・・(中略)・・
ウ 相違点5-3(本件発明2との関係)
 丙30文献には、空孔率との指標は存在せず、流入口と流出口の空孔率との差についての記載もない。このため、丙30発明は、流入口と流出口の空孔率との差を要素としていない発明といえる。
 丙30文献に接した当業者は、丙30発明を流入口と流出口の空孔率との差というパラメータによって特定するという構成について着想を得る前提ないし動機がない。
 したがって、空孔率の差分(19~69%)の点は、本件発明2と丙30発明との相違点になる。

判旨

 事案に鑑み、まず、争点2-5(丙30発明を主引用例とする新規性欠如)について検討する。
・・(中略)・・
(2) 本件各発明と丙30発明の対比
 これを本件各発明と対比すると、本件各発明の構成要件1A~1C及び1Eと丙30発明の構成5-1a’~5-1c’及び5-1e’は、いずれも異ならないといえる。
 また、丙30発明の構成5-2a’につき、本件明細書記載の空孔率の定義(「空孔率は、支持部材の外周が形成する被加熱芳香カートリッジの長手方向に垂直な断面の面積に対する、流路の外周が形成する被加熱芳香カートリッジの長手方向に垂直な断面の面積の割合と定義したものである。」(【0032】))にしたがって空孔率を算定すると、中空部の空孔率は6.25%以上100%未満(中空部の直径が8mmで空洞構造の直径が2mmの場合の空孔率は6.25%、中空部及び空洞構造の直径が漸近して壁部が薄くなるほど、空孔率は100%に漸近する。)となり、冷却部200の空孔率は25%以上100%未満(冷却部の直径が8mmで貫通孔の直径が4mmの場合の空孔率は25%、冷却部及び貫通孔の直径が漸近して壁部が薄くなるほど、空孔率は100%に漸近する。)となる。そうすると、丙30発明における流入口と流出口の空孔率は、例えば流入口の空孔率が6.25%であるのに対し、流出口の空孔率が25%である場合を含み、また、両者の差は、0%以上93.75%未満となる。
 これによれば、丙30発明の構成5-1d’は、流入口の方が流出口よりも空孔率が小さい場合を含むことになる。また、丙30発明の構成5-2a’は、本件発明2の構成要件2Aが特定する空孔率の差の数値範囲(19~69%)を含む
 また、以上によれば、丙30発明の構成5-2b’は、本件発明2の構成要件2Bと異ならないことになる。
 したがって、本件各発明は、その特許出願前に頒布等された刊行物記載発明等である丙30発明と同一の発明といえる。

ウ 相違点5-3(本件発明2との関係)について
 原告は、丙30文献には空孔率との指標は存在せず、丙30発明は、流入口と流出口の空孔率との差を要素としていない発明であるなどと指摘して、空孔率の差分(19~69%)の点は、本件発明2と丙30発明との相違点になると主張する。
 しかし、前記のとおり、丙30文献の記載によれば、丙30発明における流入口と流出口の空孔率の差は0%以上93.75%未満となり、本件発明2の構成要件2Aにおける空孔率の差の数値範囲(19~69%)は、これに含まれている
 したがって、本件発明2と丙30発明には、原告の主張する相違点5-3は存在しない。この点に関する原告の主張は採用できない。

解説/検討

・本件発明2は数値限定発明であり、本件発明2が特定する数値範囲は、丙30文献の記載から読み取れる数値範囲に包含される関係にあるところ、当該数値範囲は相違点とは認定されず、本件発明2は丙30発明と同一であると判断されました。
・本件発明の数値範囲が引用発明の数値範囲に包含される関係にある場合、下記判例のように、当該数値範囲を相違点と認定したうえで、当該数値範囲に顕著な効果がなければ、容易想到と判断するほうが一般的であるように思います。
・本件では、丙30文献の記載から読み取れる数値範囲が「0%以上93.75%未満」であり、あまりに広いため、相違点なしとの判断は特許権者に厳しいように思います。

(参考)
・知財高裁令和8年4月23日判決(令和7年(行ケ)第10069号 審決取消請求事件)
<相違点2>
 本件発明1では、「ロール製品パッケージ」が「長辺から把持部までの包装袋の傾斜角θが25~45度であり、長辺同士の間隔Wが105~134mmである」のに対して、甲1発明では、「上下方向に軸を揃えて2個重ねたロール製品50を縦横2列(合計で8個)収納してな」るものとして、「パネル部山折り稜線45,55から持手部4までの包装袋100のパネル部の傾斜角θが20~50度であ」り、また、「パネル部山折り稜線45,55同士の間隔」については明らかでない点。
・・(中略)・・
⑴ 相違点2の容易想到性について
・・(中略)・・
 そして、甲1発明のガゼット包装において、甲2記載事項を適用し、軸方向を上下にして一列に2個並べた段を2段重ねて包装袋に包装するようにすることは、前記3⑶のとおり容易想到であるところ、その際、収納する甲2記載事項のロール製品及びその収納形態に合わせて、甲1の【0024】に記載された20~50度という角度も参考に、包装袋の山折り稜線を掴みやすいものとし、かつ、縦方向に長くなりすぎないような傾斜角θを決めることは、当業者であれば容易に想到する事項である。
 また、本件発明1において、傾斜角θの下限を25度、上限を45度とすることについて、格別の技術的意義があるとは認められず、傾斜角θを25~45度にすることによって格別顕著な効果が奏されるとも認められない
 そうすると、甲1発明に甲2記載事項を適用する場合に、傾斜角θを25~45度とすることは、当業者が必要に応じて適宜選択し得た設計的事項であると認められる。

 

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