【「Simeji」アプリ事件 (方法クレームの間接侵害の成否が争われた事案)】
投稿日:2026年5月14日 |
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著者:弁理士 榊間 城作
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参照条文/キーワード/論点 |
方法クレーム/間接侵害 |
ポイント
本件は、スマートフォン用日本語入力アプリ「Simeji」のキー背景着せ替え機能について、エンジェリング研究所合同会社及び同社代表社員が、方法クレームに係る特許権の間接侵害(特許法101条4号・5号)を主張してバイドゥ株式会社に損害賠償等を請求した事案である。東京地裁は、方法発明を実施する主体はアプリをインストールしたスマートフォンであり、アプリ自体は「その方法の使用に用いる物」には当たらないとして、間接侵害を否定した。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 東京地方裁判所民事第46部 |
| 判決言渡日 | 令和8年4月15日 |
| 事件番号 | 令和6年(ワ)第70583号 |
| 事件名 | 損害賠償等請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
髙橋 彩
西山 芳樹 瀧澤 惟子 |
事案の概要
<審査段階>
2017/08/27 出願
2018/03/31 出願審査請求・早期審査申請
2018/06/12 拒絶理由通知
2018/08/17 審査官面接
2018/08/17 意見書・手続補正書
2018/09/21 特許査定
<判定請求(判定2021-600023)>
2024/03/05 判定請求(請求項2)
※被請求人:バイドゥ株式会社、Apple Japan合同会社、グーグル合同会社
2021/12/03 判定
※「Simeji」のアプリ内における「ボタンきせかえ」方法は、特許第6446634号の請求項2に係る発明の技術的範囲に属する。
<訂正審判(訂正2024-390019)>
2024/03/05 訂正審判請求
2024/06/27 訂正拒絶理由通知
2024/07/06 意見書・補正書
2024/07/19 審理終結通知
2024/08/07 審決
※訂正後の請求項〔2、3〕について訂正することを認める。
<侵害訴訟(本件訴訟)>
2024/12/4 本件訴訟提起
2026/4/15 判決
※請求棄却
<登録時クレーム>※特許第6446634号
【請求項1】
液晶画面におけるキーボード部内の任意の領域、またはキーの1個分又は複数個分により構成されキーが組み合わされた領域を選択し、模様を含む画像又は図柄である画素材を取り込み、該選択された領域に該取り込まれた画素材を背景画として貼付けることを特徴とする液晶キーボードの背景の画像を着せ替える方法。
【請求項2】
液晶画面におけるキーボード部内に表示されている1個又は複数個のキーを選択し、模様を含む画像又は図柄である画素材を取り込み、該選択された各キー毎に同一の該取り込まれた画素材を背景画として貼付けることを特徴とする液晶キーボードの背景の画像を着せ替える方法。
【請求項3】
該画素材は、貼付け前に拡大縮小、移動、または変形による編集がなされる請求項1または請求項2に記載の液晶キーボードの背景の画像を着せ替える方法。
<訂正クレーム(訂正審判)>
【請求項1】
液晶画面におけるキーボード部内の任意の領域、またはキーの1個分又は複数個分により構成されキーが組み合わされた領域を選択し、模様を含む画像又は図柄である画素材を取り込み、該選択された領域に該取り込まれた画素材を背景画として貼付けることを特徴とする液晶キーボードの背景の画像を着せ替える方法。
【請求項2】※本件発明1
液晶画面におけるローマ字入力のキーボード部又は日本語入力のテンキーによるキーボード部内に表示されている1個又は複数個のキーを選択し、模様を含む画像又は図柄である画素材を取り込み、該選択された各キー毎に同一の該取り込まれた画素材を背景画として貼付けることを特徴とする液晶キーボードの背景の画像を着せ替える方法。
【請求項3】※本件発明2
該画素材は、貼付け前に拡大縮小、移動、または変形による編集がなされる請求項1または請求項2に記載の液晶キーボードの背景の画像を着せ替える方法。
<被告製品>
被告製品は、iOS/Android OS向けに提供されているスマホアプリ「Simeji」である。
画像を選択し、キーボードの背景の画像を着せ替える。



争点に関する当事者の主張
1 原告の主張
⑵争点2(間接侵害の成否)について
(原告らの主張)
ア 特許法101条4号
(ア)特許法101条4号の「その方法の使用にのみ用いる物」については、「のみ」との限定があり、間接侵害の成立範囲が不当に広がることはないから、同号該当性については、社会通念上、経済的・商業的・実用的な観点から、「その方法の使用にのみ用いる」かを判断すれば足りる。
被告は、知的財産高等裁判所平成17年(ネ)第10040号同年9月30日特別部判決(以下「平成17年知財高裁特別部判決」という。)を根拠に、被告製品が「その方法の使用に…用いる物」に当たることを争うが、上記判決は、新設された特許法101条5号において、同条4号(旧3号)と異なり、「のみ」の限定がない上、「その物がその発明の実施に用いられること」との文言を含むことに基づく判断であり、同条4号の解釈には妥当しない。
本件機能を搭載した被告製品は、本件各発明に係る方法の使用にのみ用いられる物で、他の用途に用いられる物ではないから、「その方法の使用にのみ用いる物」に当たる。
(イ)被告製品に本件機能以外の機能があったとしても、被告が被告製品に本件機能を搭載していたのは、本件各発明に係る方法を使用させることを意図してのことであるといえるから、本件各発明に使用する以外の商業的又は実用的な用途を有していたとはいえない。
(ウ)したがって、被告による被告製品の製造販売行為について、特許法101条4号所定の間接侵害が成立する。
イ 特許法101条5号
(ア)本件機能を搭載した被告製品は、本件各発明に係る方法の使用に用いられる物であって、本件各発明による課題の解決に不可欠なものである。被告は、本件各発明が特許発明であること及び被告製品が本件各発明の実施に用いられることを知りながら、被告製品を製造販売した。
(イ)被告は、被告製品が「その方法の使用に用いる物」に当たることを争うが、①特許出願において物の発明と方法の発明の選択は、出願者が任意に行うものであり、プログラムに係る発明を方法の発明として特許出願した場合にもその保護を図る必要があること、②プログラムが同条2号の「その物の生産に用いる物」に当たると解するのに、同条5号の「その方法の使用に用いる物」に当たらないと解するのは、均衡を失すること、③スマートフォン等とプログラムの関係は、単なる物と部品という関係とは異なるから、プログラムを動作させることで使用される方法の発明について、同号の「物」にプログラムが含まれると解しても、発明の方法を実施する機能を備えるプログラムに限定されるため、間接侵害の成立範囲が不当に広がることもないことなどからすれば、被告製品も含まれると解すべきであって、この意味で、平成17年知財高裁特別部判決の解釈は誤りである。
(ウ)したがって、被告による被告製品の製造販売行為について、特許法101条5号所定の間接侵害が成立する。
2 被告の主張
(被告の主張)
ア 特許法101条4号
(ア)本件各発明に係る方法の使用に用いられる物は、被告製品をインストールしたスマートフォン等であり、被告製品は、当該スマートフォン等の生産に用いられる物にすぎないから、「その方法の使用に…用いる物」に当たらない(平成17年知財高裁特別部判決参照)。
(イ)また、被告製品は、本件機能以外にも、①キーボード全体のデザインを自由に変更する機能、②絵文字、顔文字入力機能、AIを活用した音声入力機能、③「スタンプ超変換」機能、④「クラウド超変換」機能、⑤各種定型文を1タップで入力する機能等を搭載しており、本件各発明に使用する以外の商業的又は実用的な用途を有していたから、「その方法の使用にのみ用いる物」に当たらない。
(ウ)したがって、被告の行為について、特許法101条4号所定の間接侵害は成立しない。
イ 特許法101条5号
前記ア(ア)と同様に、被告製品は、「その方法の使用に用いる物」に当たらないから、被告の行為について、特許法101条5号所定の間接侵害は成立しない。
判旨
事案にかんがみ、争点2について判断する。
1 争点2(間接侵害の成否)について
⑴原告らは、スマートフォン等にインストールされるアプリケーションである被告製品の製造販売が、特許法101条4号及び5号の間接侵害に当たると主張する。
そこで検討するに、特許法101条4号及び5号は、その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施することが可能である物についてこれを生産、譲渡等する行為を特許権侵害とみなすものであり、特許発明に係る方法を実施することが可能である物の生産に用いられる物を生産、譲渡等する行為を特許権侵害とみなすものではないものと解される(平成17年知財高裁特別部判決参照)。
前提事実⑸イのとおり、被告製品の利用者(ユーザー)は、被告製品をスマートフォン等にインストールし、当該スマートフォン等でアプリケーションを起動して、別紙被告製品操作・動作説明書記載のとおり動作させていたのであるから、その物自体を利用して本件各発明に係る方法を実施することが可能である物は被告製品をインストールしたスマートフォン等であって、被告製品は、そのようなスマートフォン等の生産に用いられる物である。そうすると、被告製品の製造販売が同条4号及び5号の間接侵害に当たるということはできない。
⑵これに対し、原告らは、被告製品の製造販売が特許法101条4号及び5号の間接侵害に当たることの根拠として、①特許出願において物の発明と方法の発明の選択は、出願者が任意に行うものであり、プログラムに係る発明を方法の発明として特許出願した場合にもその保護を図る必要があること、②プログラムが同条2号の「その物の生産に用いる物」に当たると解するのに、同条5号の「その方法の使用に用いる物」に当たらないと解するのは、均衡を失すること、③スマートフォン等とプログラムの関係は、単なる物と部品という関係とは異なるから、プログラムを動作させることで使用される方法の発明について、同号の「物」にプログラムが含まれると解しても、発明の方法を実施する機能を備えるプログラムに限定されるため、間接侵害の成立範囲は不当に広がらないこと、④同条4号は、「その方法の使用にのみ用いる物」と「のみ」による限定がされており、間接侵害の成立範囲が不当に広がることもないことなどを主張する。
しかしながら、上記①②について、物の発明についての間接侵害(同条1号及び2号)と、方法の発明についての間接侵害(同条4号及び5号)は、それぞれ「物の生産」又は「方法の使用」という実施行為との関係で間接侵害の成立範囲を規定し、プログラムが「用いる物」に当たるか否かは、実施行為との関係で決まるのであるから、物の発明と方法の発明で間接侵害の成立範囲が異なることがあるのは当然である。そして、プログラムは物の発明として特許法における保護対象となり得る(同法2条3項1号、4項)のであるから、原告会社において、物の発明としてではなく、あえて方法の発明として本件各発明に係る特許を取得した以上、被告製品の製造販売について間接侵害が成立しないと解したからといって、同法による保護に欠けるものとはいえない。
また、上記③④について、同条4号の「その方法の使用に…用いる物」及び同条5号の「その方法の使用に用いる物」が、その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施することが可能である物を意味し、そのような物の生産に用いられる物を含まないと解すべきであるのは前記⑴のとおりであり、被告の主張する点は、被告製品の製造販売が特許法101条4号及び5号の間接侵害に当たらないとの前記⑴の判断を左右するものではない。
原告らのその余の主張も以上の判断を左右するものではない。
第4 結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないから、これらを棄却することとして、主文のとおり判決する。
解説/検討
本判決は、ソフトウェア提供行為に対する方法発明の間接侵害の成立範囲について、一太郎事件知財高裁特別部判決の考え方を踏襲し、「その方法の使用に用いる物」を、方法を直接実施可能な物に限定して解釈した。すなわち、プログラム単体は、方法を実施するスマートフォン等の「生産に用いられる物」にすぎず、特許法101条4号及び5号の対象には含まれないと判断された。
もっとも、近年のソフトウェアの提供形態においては、アプリケーション自体が実質的に発明の中核的機能を担っている場合も少なくなく、本判決のように「端末」と「プログラム」を峻別する解釈については、実態との乖離を指摘する余地もある。他方で、方法発明として権利化した以上、物の発明とは異なる間接侵害法理の適用を受けることは制度上当然であり、出願時におけるクレームカテゴリーの選択が権利行使の成否に重大な影響を及ぼすことを改めて示した判決であるといえる。
