【特許権侵害訴訟において、機能的な表現である「付着性粒子」という用語に関し、明確性を欠くものとして特許が無効にされるべきと判断された事例】
投稿日:2026年4月22日 |
![]() 著者:弁護士 大野 浩之 *本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。 |
参照条文/キーワード/論点 |
明確性要件 |
ポイント
「付着性粒子」は、露出部に付着して蚊を防除する粒子と一応解釈できるものの、付着の程度・持続性・測定方法等が明細書に示されておらず、客観的に特定できないことから、構成要件が不明確であり、発明の技術的範囲を確定できないと判断された。
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判決概要 |
| 裁判所 | 東京地方裁判所第46部 |
| 判決言渡日 | 令和7年12月17日 |
| 事件番号 | 令和6年(ワ)第70064号 |
| 事件名 | 特許権侵害差止等請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
髙橋 彩
西山 芳樹 瀧澤 惟子 |
事案の概要
大日本除蟲菊がアース製薬を提訴した事案である。
金鳥ブランドで知られる大日本除虫菊が蚊を防除するスプレーに関する特許権を侵害されたとして、アース製薬を訴えた訴訟である。大日本除虫菊はアース製薬が販売する「おすだけノーマット」シリーズの製造・販売差し止めと1億円の損害賠償を求めた。
本件特許(特許第7026270号)の請求項1を分説した内容は以下のとおりであるが、本件では構成要件1Fの「付着性粒子」の明確性が争点となっている。
1A 害虫防除成分と有機溶剤とを含有するエアゾール原液、及び噴射剤を封入してなる定量噴射バルブが設けられた耐圧容器と、前記定量噴射バルブに接続される噴射口が設けられた噴射ボタンと、を備えた蚊類防除用エアゾールであって、
1B 前記害虫防除成分は、メトフルトリン及び/又はトランスフルトリンであり、
1C 前記エアゾール原液は、前記害虫防除成分を14.3重量%以上含有し、
1D 前記噴射ボタンを1回押下したときの噴射容量が0.1~0.4mLとなり、
1E 前記噴射距離20cmにおける噴射力が25℃において0.3~10.0g・fとなるように調整され、
1F 前記エアゾール原液は、前記噴射口から、少なくとも一部が処理空間内における蚊類が止まる露出部に付着する付着性粒子として噴射され、
1G 前記エアゾール原液を処理空間に1回噴射した場合、前記害虫防除成分の噴射量が4.5~8畳あたり5.0~30mgに調整される
1H 蚊類防除用エアゾール(但し、自動噴霧装置本体に装着されてなる蚊類防除用エアゾールを除く)。
なお、本件特許の内容については、以下のリンクで示されているとおりである。
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-7026270/15/ja
争点
2.明確性要件違反
3.サポート要件違反
4.実施可能要件違反
5.先行製品に基づく新規性及び進歩性の欠如
6.先行文献に基づく進歩性の欠如
7.損害の発生及びその額
以下では争点「2」のうち、請求項1に記載の発明の明確性要件違反について記載する。
争点に関する当事者の主張
【原告主張】
「(イ)被告製品の構成
a 甲6の試験によって測定されたトランスフルトリンの付着量(被告製品2及び9の噴射から10時間経過後の処理空間の壁6面の付着量は0.074mg/m2ないし0.148mg/m2、被告製品7の噴射から24時間経過後の付着量は0.103mg/m2~0.144mg/m2)は、露出部に止まっている蚊類に対し充分な防除効果を奏することを示すものといえる(【0047】参照)。
また、甲15の試験の結果によれば、時間が経過した後の防除効果は壁面等に付着した粒子(すなわち『付着性粒子』)によるものであり、揮散した害虫防除成分は僅少であって有効な防除効果を奏するものではないことが分かる。」
【被告主張】
「(イ)被告製品の構成
a被告製品は、本件優先日前から用いられてきた一般的な噴射機構を備えたエアゾール製品であり、『付着性粒子』と『浮遊性粒子』という2種類の異なる粒子を噴射するように構成されたものではない。
被告製品が噴射する粒子は、壁面等に付着した場合であっても、その後、再揮散して防除効果を発揮する従来技術と同様のものである。」
「『付着性粒子』は、その噴射時において『浮遊性粒子』と区別されるものであるところ、①本件明細書は、いずれも粒子径に幅がある多数の粒子からなる『付着性粒子』及び『浮遊性粒子』の好ましい範囲を90%粒子径により記載しており(【0046】、【0048】)、両者の粒度分布は重複するから、任意の粒子につき、粒子径によって『付着性粒子』と『浮遊性粒子』を判別することはできないこと、②同一成分の粒子が処理空間内の露出部に向かい、そこに付着するかどうかは噴射後の偶然に左右されること等からすると、『付着性粒子』と『浮遊性粒子』を区別することはできない。」
【原告主張】
「『付着性粒子』は、処理空間内にエアゾール原液が噴射されて形成された薬剤粒子であって、処理空間内の露出部に付着し、時間が経過しても付着した状態を維持し、露出部に止まる蚊を駆除・防除する粒子であり、また、粒子に含まれる害虫防除成分の一部が、時間の経過とともに、付着性粒子に含まれる害虫防除成分が揮散することがあるが、処理空間内(壁面等を含まない。)で防除効果を発揮するほどに揮散することはないものをいう。『付着性粒子』について、その噴射時において『浮遊性粒子』と区別されていることを要するものではないから、噴射後の挙動によって、『浮遊性粒子』と明確に区別することができる。」
判旨
「本件発明は、『前記エアゾール原液は、前記噴射口から、少なくとも一部が処理空間内における蚊類が止まる露出部に付着する付着性粒子として噴射される』構成(構成要件1F)を発明特定事項とするところ、原告は、『付着性粒子』が、処理空間内にエアゾール原液が噴射されて形成された薬剤粒子であって、処理空間内の露出部に付着し、時間が経過しても付着した状態を維持し、露出部に止まる蚊を駆除・防除する粒子であって、また、粒子に含まれる害虫防除成分の一部が、時間の経過とともに、揮散することがあるが、処理空間内(壁面等を含まない。)で防除効果を発揮するほどに揮散することはないものであることを意味することを前提に、
『付着性粒子』は、噴射後の挙動によって他の粒子と区別することができるから、その意義は明確であると主張する。」
「本件明細書には、『付着性粒子』について、①『処理空間に噴射されたエアゾール原液の少なくとも一部が、処理空間内の露出部(例えば、処理空間内に存在する床面や壁面、家具等の構造物の表面等)に付着する付着性粒子として形成されるものとした。』(【0013】)、②『エアゾール原液が処理空間に噴射された際、速やかに処理空間内の露出部に移動し、付着することができる。そのため、露出部に止まっている蚊類を付着性粒子Xの害虫防除成分によってノックダウン又は死滅させることができる。また、処理空間内に侵入し、露出部に止まろうとしている蚊類に対しても害虫防除効果を奏するため、処理空間外へ追い出すことも可能となる。』(【0046】)、③『付着性粒子Xは処理空間内の露出部に向かって素早く移動し、…1回噴射してから暫く経過すると、付着性粒子Ⅹは露出部への付着が完了し、付着した状態を維持する。』(【0049】)、④『処理空間に風が吹き込んできた場合、浮遊性粒子Yの一部が風に流されてしまったとしても、露出部に付着性粒子Xが留まっている。』(【0050】))との記載があり、これらの記載及び上記特許請求の範囲の記載によれば、『付着性粒子』とは、処理空間内にエアゾール原液が噴射されて形成された薬剤粒子であって、処理空間内の露出部(例えば、処理空間内に存在する床面や壁面、家具等の構造物の表面等)に付着し、時間が経過しても付着した状態を維持し、露出部に止まる蚊を駆除・防除する粒子であると解することができる。」
「なお、原告が『付着性粒子』の意義として主張する、『粒子に含まれる害虫防除成分の一部が、時間の経過とともに揮散することがあるが、処理空間内(壁面等を含まない。)で防除効果を発揮するほどに揮散することはないものである』との点を本件明細書から読み取ることはできない。」
「もっとも、『時間が経過しても付着した状態を維持し、露出部に止まる蚊を駆除・防除する粒子』というためには、単に露出部に付着しただけでは足りないから、『時間が経過しても付着した状態を維持』といえるための付着の程度が明らかである必要がある。
(ア)本件明細書には、『付着性粒子』の好ましい付着量(『処理空間内の露出部に1m2当たり0.01~0.4mg』(【0016】、【0047】)の記載があるが、付着量を確認する試験方法、測定方法等については何ら記載されておらず、特定の試験方法、測定方法等が本件優先日当時の技術常識であったこともうかがわれないから、上記の記載により、『時間が経過しても付着した状態を維持』といえるための付着の程度を具体的に認識することはできない。
(イ)次に、本件明細書には、実施例及び比較例として、①噴射2時間後に捕集した空気中の害虫防除成分の気中濃度を分析して算出した気中残存率についての試験(【0055】(2)、【0056】【表1】)及び②噴射直後、10時間後、14時間後及び20時間後の各時点について、蚊を放逐して50%がノックダウンされるまでの時間(KT50値)を測定する防除効果の試験(【0055】(1)、【0057】【表2】〔判決注:表中に『2時間後』とあるのは『噴射直後』を意味するものと解される。〕)が記載されている。そこで、上記の①及び②の試験が、『時間が経過しても付着した状態を維持』といえるための付着の程度を示すものかを検討する。
本件明細書には、空気中に噴射された薬剤粒子が露出部に付着した後に再び揮散し、蚊類を駆除する従来技術が記載され(【0010】)、これによれば、薬剤粒子が露出部に付着した後に害虫防除成分が揮散して防除効果を発揮し得ることが本件優先日当時の技術常識であったことが認められる。そうすると、上記②の試験のように、放逐した蚊のKT50値により防除効果を評価するに当たっては、露出部に付着した後に揮散した害虫防除成分の影響を考慮する必要がある。この点、上記①の試験は薬剤粒子の付着を直接示すものではない上、仮に、害虫防除成分の気中濃度と薬剤粒子の付着に何らかの関連があるとしても、2時間後の気中残存率と、露出部に付着した後に揮散した害虫防除成分の影響との関係や10時間後以降の防除効果との関係は不明であり、さらに、比較例の気中残存率が実施例の気中残存率の数値範囲に含まれていることの意味合いも不明である。
そうすると、結局、上記①及び②の試験からは、10時間後以降のKT50値(上記②の試験)が、露出部に付着した薬剤粒子が露出部に止まっている蚊を防除したことによるものか、露出部に付着した薬剤粒子に含まれる害虫防除成分が揮散して空中の蚊を防除したことによるものかが不明であって、上記①及び②の試験が、薬剤粒子が、時間が経過しても付着した状態を維持し、露出部に止まる蚊を防除したことを示すものであるということはできない。
そうすると、上記の実施例が、『時間が経過しても付着した状態を維持し、露出部に止まる蚊を駆除・防除する粒子』の実施例であるとは認められず、上記の①及び②の試験は、『時間が経過しても付着した状態を維持』といえるための付着の程度を示すものとはいえない。
(ウ)その他、本件明細書に、『時間が経過しても付着した状態を維持』といえるための付着の程度についての具体的な記載はなく、これを確認する試験方法、測定方法等についての記載も見当たらないから、本件明細書の記載をもって、本件発明が規定する『付着性粒子』の意味内容を理解することはできない。」
解説/検討
本件特許の関連出願・関連特許は以下のとおりである。
本判決で示されているように「付着性粒子」という用語の解釈が不明確であることから無効と評価されると、分割出願の存在を考慮しても、原告としては、かなり厳しい立ち位置になる(投稿時点では、ペンディング中の特願2024-041020については拒絶理由通知書に対する反論が行われずに拒絶査定となっている。)。
露出部に噴霧する従来の態様においても「蚊類が止まる露出部に付着する」という効果自体は一定程度実現され得ると考えられ、この点は出願時にも認識できたようには思われる。(後出し的な観点ではあるが)この点を踏まえると、当該構成を引用文献が挙げられた際の相違点として位置付けることを当初から予定していたのであれば、「付着性粒子」の定義やクレーム上の記載については、より慎重な検討が望まれたようには思われる。
