【必須構成を無限定に上位概念化したことによる分割要件違反の認定】

 

投稿日:2026年4月22日

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著者:弁理士 大木 信人 *本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。


参照条文/キーワード/論点

特許法44条2項/分割出願/新規事項の追加

 

ポイント

 本件は、車両誘導システムに関する特許について、 原告が特許無効審判請求を不成立とした審決の取消しを求めた事案である。 争点の一つは、分割要件違反を前提とした新規性欠如の無効理由に関する認定判断の誤りの有無であり、 第5世代分割出願の発明が原出願の記載事項の範囲内か否かが争われた。
 審決では、第4世代当初明細書等に記載された発明の中から、 所定の誘導手段に関する発明のみを取り出して第5世代分割出願の発明としており、 新たな技術的事項を導入するものではないとして、第5世代分割出願は適法になされたものであると判断された。
 一方、知財高裁は、第5世代分割出願の発明は、第4世代明細書等に記載された、  課題解決のために必要不可欠な構成について限定されておらず、  必須の構成を無限定に上位概念化させているとして、  第5世代分割出願の発明を新たな技術的事項を導入するものであると判断し、審決を取り消した。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第1部
判決言渡日 令和7年9月8日
事件番号 令和6年(行ケ)第10086号
事件名 審決取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
本多 知成
伊藤 清隆
天野 研司
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

 被告代表者は、次表のとおり、最初の原出願から第7世代までの分割特許出願を有し、 第7世代の分割特許出願は、平成29年6月16日、特許権の設定登録(特許第6159845号)を受けた。 被告は、本件特許権の特許権者である。
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 原告は、本件特許につき無効審判請求をした(無効2022-800083号事件)。
 審判において、原告は、無効理由1として、第5世代分割出願の分割要件違反を 前提とした甲9(最初の原出願に係る公開特許公報である特開2006-79580号公報)を 主引用例とする新規性欠如を主張した。
 特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、  原告は、本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。

   

判旨

分割要件違反を前提とする新規性判断の誤りについて

(1) はじめに
 分割出願は、原出願の時にしたものとみなされるところ(特許法44条2項本文)、 そのためには、分割出願に係る発明が、原出願の出願当初の明細書等に記載された事項の範囲内で あることを要する。具体的には、当業者にとって、原出願の出願当初の明細書等の全ての 記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、分割出願に係る発明が、 新たな技術的事項を導入するものでないことを要する。…

(2) 第5世代分割出願に係る発明
 …第5世代各発明は、いずれも、ETC専用の入口料金所、 出口料金所又はその双方を有するスマートインターチェンジであって、 当該料金所が設けられるレーン(以下「本レーン」という。)及び本レーンから 分岐して車両が戻るレーン(以下「分岐レーン」という。)からなる 三叉路型レーン、三叉路型レーンの分岐前の1か所と分岐した先 の左右2か所に設けられた遮断機並びに三叉路型レーンの分岐前の本レーンに設けられた 車両検知装置をその構成に含み、車両検知装置により車両が検知されることを契機として、 分岐した先の左右2か所に設けられた遮断機のいずれかのみを開くものとして記載されている。
 他方、第5世代各発明では、少なくとも、 ①分岐レーンを走行させて車両を戻す場合がいかなる場合であるか (第4世代当初明細書等の【請求項1】「路側アンテナと車載器と間で 通信不能又は通信不可が発生したとき」)や、②車両を戻すべき場合に当たるか否かを ETCシステムの無線通信により判定すること(同【請求項3】「前記路側アンテナは、 車載器との間で無線通信可能か否かを判定するためのゲート前アンテナと入口情報及び 料金情報の送受信を行なうETCアンテナとを有している」のような事項)が、発明特定事項として 記載されていない。
 したがって、第5世代各発明においては、①分岐レーンを走行させて車両を戻す場合についての  限定がなく、②戻す対象となる車両を判定する方法についての限定もないということになる。

(3) 第4世代当初明細書等の記載
 …本発明に係る車両誘導システムは、有料道路の料金所にETC車用レーンを有する インターチェンジに利用される車両誘導システムであって、路側アンテナと車載器との間で 通信不能又は通信不可が発生したとき、 車両が前記ETC車用レーンから離脱し得る手段を設けたことを特徴とする。 離脱し得る手段は、ETC専用レーンから分岐して車両が料金所へ再進入するレーン又 は一般車用レーンへ誘導されるレーンとすることができる。 路側アンテナは、車載器との間で無線通信可能か否かを判定するためのゲート前アンテナと 入口情報又は料金情報の送受信を行うETCアンテナとを有するようにすることもできる。 (【0012】~【0014】)
 さらに、本発明に係る車両誘導システムは、ETC車載器搭載車が一般道路と有料道路との 出入りをする時に、ETC車専用出入口から出入りをする車両を誘導するシステムであって、 一般道路と有料道路との出入りをする車両を検知する検知手段と、 車両に搭載されたETC車載器とデータを通信する通信手段と、 前記通信手段によって受信したデータを認識して、ETCによる料金徴収が可能か判定する判定手段と、 前記判定手段により判定した結果に従って、ETCによる料金徴収が可能な車両を、 ETCゲートを通って一般道路から有料道路へ入る、又は有料道路から一般道路へ出るルートへ誘導し、 ETCによる料金徴収が不可能な車両を、再度出入口手前へ戻るルート又は 一般車用出入口へ誘導する誘導手段を備え、前記検知手段により車両の進入が検知された場合、 遮断機を下ろすことにより、進入した車両のバック走行と後続の車両の進入を防ぐことを特徴 とする。(【0017】)
 …
 そうすると、第4世代当初明細書等には、渋滞や後続車との衝突の危険という課題を解決するため、ETCを利用できない車両をETC車専用レーンから離脱させる車両誘導システムの発明において、具体的な課題解決手段として、①ETCを利用できない車両がETC車専用レーンに進入した場合に、当該車両を、分岐レーンを走行させて戻すという事項、及び、②戻す対象となる車両は、ETC車載器と路側アンテナとの無線通信が可能か否かにより判定するという事項がそれぞれ記載されていると認められる。そして、第4世代当初明細書等の全ての記載を総合しても、他に、分岐レーンを走行させて車両を戻す場合や、戻す対象となる車両を判定する方法を開示し、又は示唆する記載はないから、上記①及び②の事項は、第4世代当初明細書等に開示された発明において、課題解決のために必要不可欠な構成であるというべきである。

(4) 新たな技術的事項の導入について
 …これに対し、第5世代各発明は、一般道路から有料道路のパーキングエリア若しくはサービスエリアに向かう入口側のレーンの途中から分岐する一般道路に戻るレーン、又は有料道路のパーキングエリア若しくはサービスエリアから一般道に向かう出口側のレーンの途中から分岐するパーキングエリア若しくはサービスエリアに戻るレーンを設けた三叉路型レーンにおいて、分岐した先の左右2か所の遮断機の開閉に関して、判定手段を特定しないことで、ETCシステムの路側アンテナと車載器との間の無線通信の不能又は不可が発生しているかの判定を伴うことに限らない任意の基準・方法によって、遮断機の一方は閉じたままで他方が開いて、本レーンをそのまま走行するか、分岐レーンに進むかを誘導するという新たな技術的事項を導入するものであり、①分岐レーンを走行させて車両を戻す場合についての限定がなく、②戻す対象となる車両を判定する方法についての限定もないのであるから、これら2点の構成において、第4世代明細書等に記載された必須の構成を、無限定に上位概念化させていることとなる。
 したがって、第5世代各発明は、第4世代当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、新たな技術的事項を導入するものというべきである。

(5) 被告の主張について
 被告は、第5世代発明1について、第4世代当初明細書等に記載された発明の中から、車両検知装置と遮断機とを利用して、車両を入口側レーンをそのまま走行させるか戻り路に戻すかのいずれかに誘導するようにした誘導手段に関する発明のみを取り出して記載したものであると主張する。
 しかし、車両検知装置と遮断機を利用して、車両を入口側レーンをそのまま走行させるか戻り路に戻すかのいずれかに誘導するようにした誘導手段の発明というのであれば、車両検知装置と遮断機とを連関させるべく、検知した車両をいずれのレーンに誘導するかを決定する手段・方法がなければ誘導手段として機能し得ないところ、前記(3)イのとおり、第4世代当初明細書等には、検知した車両をいずれのレーンに誘導するかを決定する手段・方法としては、ETC車載器と路側アンテナとの無線通信が可能か否かを判定する方法しか記載されていないのであるから、第4世代当初明細書等から、検知した車両をいずれのレーンに誘導するかを決定する手段・方法を特定することなく、車両検知装置と遮断機とを利用して車両をいずれかのレーンに誘導するようにした誘導手段の発明を取り出すことは、第4世代当初明細書等に記載された技術的事項との関係で、新たな技術的事項を導入するものといわざるを得ない。
 なお、被告は、当初出願の発明が第1及び第2工程からなる製造方法である場合に、第1工程のみの発明と補正することは、新規事項の追加に当たらないから、本件において、第4世代当初明細書等に記載された発明のうち下流側の構成のみを分割出願することは、新規事項の追加に当たらないとも主張する。
 しかし、第4世代当初明細書に記載されているのは、次の【図5】にみられるような処理フロー、すなわち車両検知装置による車両の検知、ゲート前アンテナとETC車載器との通信、ETC料金徴収の可否の判定、車両誘導装置による誘導、遮断機の開閉といった処理が順を追って行われ、全体としてその目的を達する車両誘導システムであって、その主要な処理(【図5】を例にすると、S04、S06、S07)を省略したものは、誘導手段として機能し得ないのであるから、中間生成物を得る第1工程と、最終生成物を得る第2工程からなる物の製造方法の発明と当然に同視して、下流側の構成のみを分割出願することが許容されるということはできない。
 したがって、被告の主張は採用することができない。
 被告は、第5世代発明1は、不正車両を防止することを課題として、三叉路型レーンの分岐した先の左右2か所に設けた遮断機を常時「閉」とし、車両の通過を検知していずれかの遮断機を開くことにより、当該レーンから逆進入する不正車両を防止するという独立した発明であると主張する。
 しかし、第4世代当初明細書等のうち不正車両の進入を防止する旨の言及がある【0054】~【0062】においては、このような課題を解決するための手段として、分岐した両レーンのそれぞれに新たに遮断機と車両検知装置を設けて閉鎖区間を形成することが記載されている上に、「図4で説明した実施例では、料金不払いなどを目的とした不正車両が、ETC車用レーンの出口や離脱レーンの出口から遡ってETC車用レーンに逆進入することを防ぐことが出来ないという問題点を有している。」(【0054】)として、分岐した先の左右2か所の遮断機の一方は閉じたままで他方が開くという構成(【図4】を用いて説明する【0034】、【0035】に記載された構成)では、被告が主張する課題が解決されないことが明記されている。このような記載に照らすと、当業者において、第4世代当初明細書等に、被告が主張するような、不正車両の逆進入を防止することを課題として、その解決手段を第5世代各発明の構成とする発明が記載されていると認識することはできないというべきである。
 したがって、被告の主張は採用することができない。

(6) 小括
 以上のとおり、第5世代各発明は、第4世代当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で、新たな技術的事項を導入するものであるから、第5世代分割出願は、特許法44条2項本文の適用を受けることができず、その出願日は、現実の出願日である平成26年12月2日となる。そうすると、第7世代の分割出願に当たる本件出願の出願日も、平成26年12月2日までしか遡及し得ないこととなる。
 …
 そうすると、本件各発明は、いずれも、甲9に記載された発明であって、特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができないものである。
 したがって、無効理由1には理由があり、これを成り立たないとした本件審決には取り消すべき違法がある。

解説/検討

 本判例は、分割出願の適法性をめぐり、特許庁審決と知財高裁の判断が大きく分かれた事例です。審決は、第5世代分割出願の発明が原出願の記載事項の範囲内であると判断し、無効理由を否定したのに対して、知財高裁は、当該分割出願の発明が原出願に記載された課題解決に不可欠な構成を削除し、技術的事項を無限定化された点を指摘し、新規事項が導入されたと判断しました。
 審決と知財高裁の判断が分かれた理由の一つに、「審査ハンドブック附属書Aの事例6」の解釈の違いがあると考えられます。事例6は、出願当初の発明が「第1及び第2工程からなる製法」であった場合に、第1工程のみの発明に補正しても新規事項の追加に該当しないことを示しています。特許庁はこの事例を広く解釈し、発明特定事項の削除一般に適用できると判断したものと解されます。すなわち、第4世代明細書に記載された発明群から、車両検知装置と遮断機とを利用した誘導手段部分のみを抽出し、ETC通信不能時に車両を戻すという条件とその判定手段を特定しない第5世代請求項は、当初発明の一部構成を取り出したに過ぎず、新規事項を導入するものではないと判断しました。
 これに対し、知財高裁は事例6を限定的に捉えており、本件のように課題解決に不可欠な構成を削除してしまう場合には適用できないと判断しています。
 本判例から、分割出願を行う際の留意点として、当初明細書に記載された課題解決のための構成要素を削除・抽象化しないことが、新規事項追加と評価されるリスクを回避するために重要と思われます。

 

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