【訴えの利益と手続却下処分の違法性】
投稿日:2026年4月22日 |
![]() 著者:弁護士 山口 裕司 *本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。 |
参照条文/キーワード/論点 |
訴えの利益/手続却下処分の違法性 |
ポイント 翻訳文が提出される前に行われた本件国際特許出願に係る本件出願審査請求に係る手続を却下する本件処分の取消しを求めた事案で、訴えの利益は認められるが、違法はないとした。
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判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第4部 |
| 判決言渡日 | 令和7年11月27日 |
| 事件番号 | 令和7年(行コ)第10001号 |
| 事件名 | 処分取消請求控訴事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
増田 稔
安岡 美香子 岩井 直幸 |
事案の概要
本件は、控訴人が、特許協力条約に基づく国際出願(国際出願番号PCT/DE2019/000338)であって、
その国際出願日にされた特許出願とみなされた本件国際特許出願について、
本件国際特許出願に係る本件出願審査請求は、特許法184条の4第1項の規定する翻訳文が
提出される前に行われたものであり、同法184条の17の要件を満たさないことから
同法18条の2第1項に基づき、その出願審査請求に係る手続を却下する本件処分を受けたため、
本件処分が違法であるとして、被控訴人に対し、その取消しを求めた事案である。
原判決は、同法184条の17の要件について瑕疵が治癒される余地はなく
仮に本件処分が取り消されたとしても、本件出願審査請求に係る手続は不適法として却下を免れないから、
控訴人に本件処分を取り消す法律上の利益がないとして、本件訴えを却下したところ、
これを不服として控訴人が控訴を提起した。
争点
1.訴えの利益の有無
2.本件処分の違法性
原審の判断
1 争点1(訴えの利益の有無)について
(1) 特許法は、外国語特許出願の出願人は、国内書面提出期間以内に、
同法184の4第1項の規定する翻訳文を、特許庁長官に提出しなければならないとした上で(同項本文)、
上記翻訳文の提出等の手続をした後でなければ、国際特許出願についての出願審査の請求をすることができないと
規定している(同法184条の17)。
ところで、出願審査の請求をすることができる期間内に出願審査の請求がなかったときは、その特許出願は、取り下げたものとみなされるが
(同法48条の3第4項)、この規定により取り下げられたものとみなされた特許出願の出願人は、
同条1項の定める期間内にその特許出願について出願審査の請求をすることができなかったことについて
正当な理由があるときは、経済産業省令で定める期間内(その理由がなくなった日から2月以内かつ当該期間の経過後1年以内)に限り、
出願審査の請求をすることができるものとされており(同法48条の3第5項。特許法施行規則
(令和3年経済産業省令第72号改正前のもの。)
31条の2第4項)、出願審査の請求がなかったときについての救済規定が定められている。
その一方で、出願審査の請求手続を不適法として却下する処分が取り消された場合には、
改めて当初の出願審査の請求自体に対する審査を行うべきことになるから、
上記救済規定の適用の余地はなく、そのほかにも、特許法において、出願審査の請求の際に、
同法184の4第1項の規定する翻訳文の提出が行われていない場合の救済規定は設けられていない。
このことからすれば、特許法は、外国語特許出願についての出願審査の請求を行う前に、
所定の翻訳文を特許庁長官に提出することをもって同出願審査の請求に係る手続要件とするものであり、
この先後関係の瑕疵については治癒を許さない性質のものであると解することができる。
また、上記のような先後関係を要件とすることが特許法の規定上明らかであることに加え、実質的にも、
外国語特許出願の出願人が、出願審査の請求をする前に、翻訳文を特許庁長官に提出することに
特段の支障があることは考え難く、上記要件の充足を求めることが出願人に酷ということはできない。
そうすると、外国語特許出願についての出願審査の請求を行う前に、
同法184条の4第1項の規定する翻訳文を特許庁長官に提出していない場合には、
同法184条の17所定の要件についての瑕疵が治癒される余地はなく、
仮に出願審査の請求に係る手続を不適法として却下する処分が取り消されたとしても、
同出願審査の請求に係る手続は不適法として却下を免れず、本件処分を取り消す実益はないといわざるを得ないから、
処分を取り消すべき法律上の利益はないというべきである。
(2) これを本件についてみると、前提事実(3)のとおり、本件出願審査請求よりも前に、
特許法184条の4第1項の規定する翻訳文が
提出されていないことは当事者間に争いがなく、仮に本件出願審査請求に係る手続を不適法として
却下する処分を取り消したとしても、
本件出願審査請求に係る手続が同法184条の17に違反するものであることは
明らかであり、却下を免れない。
そうすると、このような本件における事情の下においては、本件処分を取り消す実益はないといわざるを得ない。
したがって、原告にはもはや本件処分の取消しを求める訴えの利益は存しないものというべきである。
2 争点2(本件処分の違法性)について
(1) 上記1のとおり、本件訴えは訴えの利益がなく不適法であるが、
念のため、本件処分の違法性についても検討する。
前提事実(3)のとおり、本件出願審査請求よりも前に、特許法184条の4第1項の規定する翻訳文が
提出されていないことは当事者間に争いがなく、本件出願審査請求に係る手続が同法184条の17に
違反するものであることは明らかである。
そして、上記1のとおり、この先後関係の瑕疵については治癒を許さない性質のものというべきであるから、
本件出願審査請求に係る手続は不適法であって、その補正をすることができないものである。
以上によれば、本件出願審査請求に係る手続を却下した本件処分は適法である。
(2) これに対し、原告は、処分の違法性に係る事情として、
〈1〉特許法184条の4第1項の規定する翻訳文の提出前に
された本件出願審査請求であることを見逃して本件出願番号特定通知を行ったことは、
特許庁の審査における過誤に当たること、
〈2〉本件却下通知は本件出願審査請求期間後に送付されており、
その時点で再度の出願審査の請求を行うことは不可能であったこと、
〈3〉上記〈1〉及び〈2〉からすれば、本件処分は審査手続の安定性や原告の利益を大きく害するものである上、
特許協力条約の基本理念である「ユーザーフレンドリー」の概念にも大きく反するものであることなどを主張する。
しかし、上記〈1〉ないし〈3〉の主張は、いずれも本件処分に係る特許庁の対応の不当をいうものにすぎず、
本件処分の違法を基礎づける事由のものであるとは認められない。
したがって、原告の上記主張はいずれも採用することができない。
第5 結論
よって、本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。
判旨
当裁判所は、控訴人には本件処分の取消しを求める訴えの利益が認められ、
本件訴えを却下した原判決は失当であるが、当事者の主張内容及び審理の経過等に照らし、
更に弁論をする必要は認められないため、本案について検討し、控訴人の本案に係る主張には理由がないと判断する。
その理由は、以下のとおりである。
1 争点1(訴えの利益の有無)について
(1) 本件処分は、控訴人がした本件出願審査請求につき、特許法184条の4第1項の規定する
翻訳文が提出される前に行われたものであり、
同法184条の17所定の要件を満たさないとして、同法18条の2第1項に基づき、
本件出願審査請求に係る手続を却下したものである。
控訴人は、本件出願審査請求より前に本件翻訳文を提出しなかったとの瑕疵が治癒されたことなどを
本件処分の違法事由として主張し、本件処分の取消しを求めているところ、
上記瑕疵の治癒が認められるとして、本件処分が判決によって取り消されれば、本件処分は遡って
失効するとともに本件出願審査請求に係る手続が復活し、控訴人は本件出願審査請求について審査を受けることができるようになるのであるから、控訴人には、
本件処分を取り消す利益がある。
(2) これに対し、被控訴人は、本件処分が取り消されたとしても、
特許法184条の17所定の要件についての
瑕疵が治癒される余地がない以上、本件出願審査請求に係る手続は不適法として却下を免れず、
控訴人には本件処分を取り消す利益がない旨主張する。
しかしながら、判決において、本件出願審査請求につき、特許法184条の17所定の要件に係る瑕疵は存在しないとして本件処分が取り消された場合、
特許庁長官は、上記取消判決の拘束力により、同瑕疵が存在することを理由に再び手続却下処分を
することはできないから(行政事件訴訟法33条1項、2項)、
本件出願審査請求に係る手続が不適法として却下を免れないとはいえない。
被控訴人の上記主張が、判決において、特許法184条の17所定の要件に係る瑕疵は存在しないと
判断される余地がないことを理由とするものであれば、
それは本件処分の違法事由として本案で判断されるべき問題であり、その結論によって
訴えの利益の有無を左右するものではない。
したがって、被控訴人の上記主張は採用できない。
(3) 以上によれば、本件訴えには訴えの利益が認められる。
2 争点2(本件処分の違法性)について
(1) 特許法は、外国語でされた国際特許出願の出願人は、同法184条の4第1項所定の翻訳文を特許庁長官に
提出しなければならないとし(同項本文)、上記翻訳文の提出等の手続をした後でなければ、
国際特許出願についての出願審査の請求をすることができないと規定している(同法184条の17)。
本判決で引用する原判決「事実及び理由」の第2の2(3)(2頁)で認定した事実によれば、
控訴人は、本件出願審査請求より前に、特許法184条の4第1項所定の翻訳文を提出していないから、
本件出願審査請求は同法184条の17の規定に違反する。
また、特許法は、出願審査請求が所定の期間内にされなかった場合や、
翻訳文等が所定の期間内に提出されなかった場合については、
瑕疵の補正を許容する規定を置くのに対し
(令和3年法律第42号による改正前の特許法48条の3第5項、同法184条の4第4項参照)、
外国語でされた国際特許出願に係る出願審査請求が、
特許法184条の4第1項所定の翻訳文の提出等の手続をせずにされ、
同法184条の17所定の要件に係る瑕疵が存在する場合につき、
その瑕疵の治癒を許容する規定を置いていない。
したがって、本件出願審査請求に係る手続は、不適法であり、その補正をすることができないものと言わざるを得ないから、これを却下した本件処分に違法はない。
(2)ア これに対し、控訴人は、本件出願審査請求後、
本件出願審査請求期間内かつ翻訳文提出の特例期間内に本件翻訳文を提出したのであるから、
特許法184条の17所定の要件に係る瑕疵は治癒されたと主張する。
しかしながら、前記(1)で述べたとおり、特許法は、
外国語でされた国際特許出願に係る出願審査請求が、
特許法184条の4第1項所定の翻訳文の提出等の手続をせずにされ、
同法184条の17所定の要件に係る瑕疵が存在する場合につき、その瑕疵の治癒を許容する規定を置いていない。
そして、特許法は、外国語でされた国際特許出願について、明細書、請求の範囲等の日本語による
翻訳文の提出を義務付け(同法184条の4第1項)、同翻訳文を同法36条2項の規定により
願書に添付した明細書や特許請求の範囲等とみなす旨規定していること(同法184条の6第2項)からすれば、
この翻訳文を欠いた外国語でされた国際特許出願に係る出願審査請求は、
明細書や特許請求の範囲の添付を欠いた特許出願と同視されるべきものであり、
およそ実体審査を行うことはできないものである。
そうすると、同法184条の4第1項所定の翻訳文の提出等の手続をせずにされた国際特許出願の
出願審査請求に係る手続は、特許法によって要求される本質的要件を欠くものであり、
その瑕疵は補正によって治癒し得ない性質のものであると言わざるを得ない。
したがって、本件翻訳文の提出により瑕疵が治癒されたと解することはできず、
控訴人の上記主張は採用できない。
イ また、控訴人は、特許庁長官が、本件出願審査請求期間を経過し、
再度の出願審査請求が不可能となった後に本件処分をしたことは、
法令に定められた形式上の要件に適合しない申請について速やかに
許認可等を拒否すべき旨定めた行政手続法7条の趣旨に
違反し、裁量権を逸脱して違法無効であると主張する。
しかしながら、行政手続法7条の趣旨を考慮したとしても、特許庁長官に、
瑕疵ある出願審査請求をした者に対し、再度の出願審査請求が可能な時期までに却下処分をすべき
一般的な義務があると解するのは困難であるから、控訴人の主張は採用できない。
ウ 控訴人のその余の主張も、本件処分の違法性を根拠づけるものとはいえない。
第5 結論
以上によれば、控訴人には本件処分の取消しを求める訴えの利益が認められるが、
控訴人の請求には理由がない。
本件訴えを却下した原判決は失当であるが、
当事者の主張内容及び審理の経過等に照らし、本件につき更に弁論をする必要がないと認められるから、
民事訴訟法307条ただし書により、自判するのが相当である。
そして、上記のとおり、控訴人の請求は棄却されるべきものであるが、
被控訴人が控訴も附帯控訴もしていない本件においては、当審が原判決を取り消した上で
控訴人の請求を棄却する本案判決をすることは、不利益変更禁止の原則に違反して許されないから、
控訴人の本件控訴を棄却するにとどめるのが相当である。
よって、主文のとおり判決する。
解説/検討
第百八十四条の十七 国際特許出願の出願人は、日本語特許出願にあつては第百八十四条の五第一項、外国語特許出願にあつては第百八十四条の四第一項又は第四項及び第百八十四条の五第一項の規定による手続をし、かつ、第百九十五条第二項の規定により納付すべき手数料を納付した後、国際特許出願の出願人以外の者は、国内書面提出期間(第百八十四条の四第一項ただし書の外国語特許出願にあつては、翻訳文提出特例期間)の経過後でなければ、国際特許出願についての出願審査の請求をすることができない。
・原審では、訴えの利益が否定されたが(しかし、念のため、本件処分の違法性の検討も行っている)、知財高裁は、訴えの利益を認めつつ、処分の違法性はないと判断し、被控訴人が控訴も附帯控訴もしていないので、不利益変更禁止の原則から、控訴棄却にとどめる結論を採った。知財高裁が、門前払いするべきではないと判断して、訴えの利益を認めたのは、正当だと思われる。
