【「アミノ酸のリン酸塩の水溶液形態」に係る発明が、「アミノ酸の塩酸塩をリン酸緩衝液に溶解した水溶液」の先行技術に対し、いずれも同じく「アミノ酸イオンとリン酸イオンとを含む水溶液」であるとしても新規性を否定されないとされた事例】

 

投稿日:2026年4月30日

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著者:弁理士 梅田 慎介
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

新規性(特許法第29条第1項)/技術的思想としての発明の開示

 

ポイント

※ 5-アミノレブリン酸(ALA)は、アミノ酸の一種であり、医薬・農薬分野で様々な用途に用いられている。従来、ALAは塩酸塩としてのみ製造方法が知られていたが、塩酸を含む塩酸塩には装置腐食や刺激性の問題があった。
※ 本件特許は、新規にALAのリン酸塩を提供したものである。請求項3にはALAリン酸塩の一形態として「ALAリン酸塩水溶液」が規定されるところ、当該ALAリン酸塩が先行技術文献(甲1)に記載される「ALA酸塩酸塩をリン酸緩衝生理食塩水に溶解した溶液」に対して新規性を具備し得るか否かが争われた。
※ 裁判所は、甲1溶液が「ALAイオンとリン酸イオンを含む水溶液」であって、ALAとリン酸をいずれもイオンの状態で含むものであることを当業者が認識できたとしても、そのことをもって思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく「水溶液中にALAとリン酸をイオンの状態で含んでなるALAリン酸塩」という発明の技術的思想が開示されているということはできないとした。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 令和7年10月8日
事件番号 令和7年(行ケ)第10009号
事件名 審決取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
中平 鍵
今井 弘晃
水野 正則
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

本件発明
【請求項1】
下記一般式(1)
HOCOCH2CH2COCH2NH2・HOP(O)(OR1)n(OH)2-n (1)
(式中、R1は、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2の整数を示す。)で表される5-アミノレブリン酸リン酸塩

【請求項3】
水溶液の形態である請求項1又は2記載の5-アミノレブリン酸リン酸塩。

【請求項5】
陽イオン交換樹脂に吸着した5-アミノレブリン酸を溶出させ、その溶出液を、一般式(2)
HOP(O)(OR1)n(OH)2-n (2)
(式中、R1は、水素原子又は炭素数1~18のアルキル基を示し;nは0~2の整数を示す。)で表されるリン酸類と混合することを特徴とする請求項1~4のいずれか1項記載の5-アミノレブリン酸リン酸塩の製造方法。

 

争点

 請求項3に係る「ALAリン酸塩水溶液」が、先行技術文献(甲1)に記載される「ALA酸塩酸塩をリン酸緩衝生理食塩水に溶解した溶液」に対して新規性を具備し得るか否か。

甲1発明
 「2.素材と方法
 2.1.化学物質
 ALA塩酸塩はノルスク・ハイドロ社(ノルウェー)から入手した。ALA塩酸塩は、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)、又は2mMのL-グルタミン、100U/mlのペニシリン、100μg/mlのストレプトマイシンを添加したRPMI-1640増殖培地(Gibco、NY)に、0~50mMの範囲の濃度で溶解された。これらの溶液のpHは、その後5M水酸化カリウムで7.2に調整された。使用した全ての化学物質は分析純度のものであった。」

   

審決の判断

・審決での判断‐物として新規性あり

 ・・・塩とは「酸の陰性成分(陰イオンや付加化合物の酸等)と塩基の陽性成分(陽イオンや付加化合物の有機塩基等)の電荷が中和され、化学結合力によって結合した化合物」であると理解すべき・・・

・・・甲1発明の溶液は、化学結合力によって結合した「5-アミノレブリン酸リン酸塩」を含む水溶液ともいえない。

判旨

・1 問題の所在  (甲1には)5M水酸化カリウムでpH7.2に構成される前の溶液として、5-アミノレブリン酸塩酸塩を、PBSに0~50mMの範囲の濃度で溶解して溶液を形成することが記載されている。・・・そうすると、甲1には、「5-アミノレブリン酸塩酸塩を、リン酸緩衝生理食塩水に0~50mMの濃度で溶解した溶液。」との発明が記載されていると認められる。

 ・・・5-アミノレブリン酸リン酸塩は水に溶解する結果、5-アミノレブリン酸イオンとリン酸イオンに電離した状態で存在することになることは当業者の技術常識である・・・

 ・・・請求項3の記載から見て、当業者は、本件発明の「5-アミノレブリン酸リン酸塩」には、固体(結晶)の状態のものだけでなく、「水溶液中に5-アミノレブリン酸とリン酸をイオンの状態で含んでなる形態にある5-アミノレブリン酸リン酸塩」も含まれると理解するというべきである。

2 規範
 特許法29条1項は、同項3号の「特許出願前に・・・頒布された刊行物に記載された発明」については特許を受けることができないと規定するものであるところ、上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが、発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。
 特に、当該物が新規の化学物質である場合には、新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されていることに止まらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。そして、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要であるというべきである。

3 あてはめ
 アミノ酸の塩酸塩を、リン酸緩衝生理食塩水のようなリン酸イオンを含む水溶液と混合することによって、アミノ酸のリン酸塩を製造することができるということが、本件優先日当時の技術常識であったとも認められず、その他、5-アミノレブリン酸リン酸塩の製造方法が技術常識であったと認めるに足りる証拠はない。

 そうすると、甲1発明の溶液について、本件優先日当時、これが「5-アミノレブリン酸イオンとリン酸イオンを含む水溶液」であって、5-アミノレブリン酸とリン酸がいずれもイオンの状態で水溶液中に含まれていることは、当業者が認識できたとしても、そのことをもって、甲1の記載に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、甲1において、「水溶液中に5-アミノレブリン酸とリン酸をイオンの状態で含んでなる5-アミノレブリン酸リン酸塩」という、「5-アミノレブリン酸リン酸塩」なる化合物に係る発明の技術的思想が開示されているということはできない。

 

解説/検討

 本件特許はALAを初めてリン酸塩として提供したことにより従来の塩酸塩の課題を解決したものであるため、リン酸塩の有効性を認めた結論は妥当であろう。
 一方で、発明の本質部分は、従来塩酸塩の製造方法のみが知られていたところに新たにリン酸塩の製造方法を提供した点である(請求項5)。裁判所は、5-アミノレブリン酸リン酸塩の製造方法が甲1に技術的思想として開示されていないことをもって個体(結晶)のALAリン酸塩のみならず水溶液のALAリン酸塩までも新規性も認めようとしたものと解される。
 もちろん甲1には個体(結晶)のALAリン酸塩の製造方法は開示されていない。しかし、「ALAリン酸塩水溶液」が物として単に「ALAとリン酸をいずれもイオンの状態で含むもの」でありえるならば、その製造方法は甲1に記載されているというべきでなかろうか。

 

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