【「Aと判断された場合、または、Bと判断された場合のうち、少なくともいずれか一方の判断が行われた場合に、Cする」装置は、Aの判断とBの判断のいずれをも行える機構を備えるものであると解釈され、文言侵害及び均等侵害が否定された事例】
投稿日:2026年4月30日 |
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著者:弁理士 野本 裕史
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参照条文/キーワード/論点 |
特許法70条/構成要件充足性/均等侵害 |
ポイント
※本件発明の「Aと判断された場合、または、Bと判断された場合のうち、少なくともいずれか一方の判断が行われた場合に、Cする」装置は、Aの判断とBの判断のいずれもをも行える機構を備えるものであると解釈され、被告製品は、Bの判断を行う構成を備えるものではないから、本件発明の構成要件を充足しないと判断された。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第3部 |
| 判決言渡日 | 令和7年6月16日 |
| 事件番号 | 令和6年(ネ)第10084号 |
| 事件名 | 損害賠償請求控訴事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
中平 鍵
今井 弘晃 水野 正則 |
事案の概要
発明の名称を「遠隔操縦無人ボート」とする本件特許(特許第3939710号)の特許権者である控訴人が、被控訴人製品は本件発明の技術的範囲に属し、被控訴人製品の製造販売等が侵害に当たると主張して、被控訴人に対し、損害賠償等を請求した事案である。原審では、被控訴人製品が本件発明の技術的範囲に属しないと判断され、控訴人の請求が棄却されたところ、控訴審でも、原審と同様、被控訴人製品は本件発明の技術的範囲に属しないと判断された。
(1)本件発明
【請求項1】
遠隔操縦装置との間で送受信される信号によってボートの走行が制御される遠隔操縦無人ボートであって、
・・・(略)・・・
前記第1送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合、または、前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合のうち、少なくともいずれか一方の判断が行なわれた場合に、前記初期位置に自動回帰させるため、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御する第1制御装置と、
を有することを特徴とする遠隔操縦無人ボート。
(2)本件明細書の記載
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、上記のようなボートを操縦する場合、常に操縦者がボートを制御できるとは限らない。たとえば、次のような場合には、ボートを制御することができなくなってしまう。
【0005】
ボートが波に乗って、リモコン(遠隔操縦装置)の電波が届かないような遠くまで流されてしまった場合、波により船体が激しく揺れて、遠隔操縦装置からの電波を受信するアンテナが岩等に当たり破壊されてしまった場合、ボートに搭載されている電源の残量が少なくなって、駆動電力が供給され難くなった場合である。
【0006】
このような場合、人がボートを捜索しなくてはならない。捜索の結果、結局見つけられずに回収できないという事態が起こりうる。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、ボートを紛失することなく、必ず回収できる遠隔操縦無人ボートを提供することを目的とする。
原審の判断
(1)「第1制御装置」(構成要件J)が備えるべき構成
ア 本件発明に係る特許請求の範囲の記載によれば、「第1制御装置」(構成要件J)は、自動回帰発動条件①(「前記第1送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合」)、又は、同②(「前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合」)のうち、「少なくともいずれか一方の判断が行われた場合」に、本件発明の遠隔操縦無人ボートを、「前記初期位置に自動回帰させるため、前記現在位置および前記初期位置に基づいて、前記推進動力源と前記操舵装置との動作を制御する」ものである(いずれも構成要件J)。
(※A)もっとも、この記載によっても、本件発明の「第1制御装置」は、自動回帰発動条件①及び②の各場合に自動回帰のための動作制御を行い得る構成をいずれも備えたものである必要があるか、いずれか一方の構成を備えた装置であれば足りるかについては、必ずしも明らかでない。
(※A)
イ そこで、本件明細書の記載を参酌すると、本件発明は、「ボートが波に乗って、リモコン(遠隔操縦装置)の電波が届かないような遠くまで流されてしまった場合」、「波により船体が激しく揺れて、遠隔操縦装置からの電波を受信するアンテナが岩等に当たり破壊されてしまった場合」及び「ボートに搭載されている電源の残量が少なくなって、駆動電力が供給され難くなった場合」、すなわち、遠隔操縦装置との通信途絶(前者)及び電源残量の不足(後者)という事態を具体例として示しつつ、そのような事態においてもなお紛失することなく、必ず回収できる遠隔操縦無人ボートを提供することを解決すべき課題とし(【0004】~【0007】)、本件発明の構成を備えることによって、「一定時間以上遠隔操縦装置地の間の通信が途絶えた場合、または、電源の残量が半分以下になった場合」に、「自動的にボートを初期位置に回帰させることができ」、「ボートを紛失してしまうことがない」として、この課題を解決する作用効果が得られるとするものである(【0008】、【0009】)。
ここで、自動回帰発動条件①の場合に初期位置に自動回帰させること及び同②の場合に初期位置に自動回帰させることは、前者が遠隔操縦装置との通信途絶、後者が電源残量の不足という相互に原因の異なる危機的状況への対処を想定したものである。このため、本件発明は、その作用効果を奏するために、いずれの危機的状況にも対処できるようにすることを要するものと理解される。そうすると、本件発明における「第1制御装置」(構成要件J)は、自動回帰発動条件①に係る判断と同②に係る判断のいずれもが行われ得る機構を備えることを前提として、そのいずれかの条件が満たされた場合に自動回帰のための動作制御を行う装置を意味するものと解される。本件発明の実施例としてはこのような装置のみが開示され、いずれか一方の機構のみを備えるものが本件発明の技術的範囲に含まれることの明示的な記載も示唆もない。これに加え、このように解することは、本件発明に係るボートが電源の残量を検出する残量検出装置(構成要件I)を備えることを発明特定事項としていることによっても裏付けられる。仮に、自動回帰発動条件②に係る判断を行い得る機構がなく、同①が満たされた場合に自動回帰のための動作制御を行う機構のみを備えた装置も本件発明の技術的範囲に含まれるものと解した場合、本件発明の発明特定事項として電源の残量を検出する残量検出装置を備える構成を採用したことの技術的意義が理解し難いものとなるからである。
ウ 小括
以上のとおり、本件発明に係る特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば、本件発明の「第1制御装置」(構成要件J)は、自動回帰発動条件①に係る判断と同②に係る判断のいずれもが行われ得る機構を備えることを前提として、そのいずれかの条件が満たされた場合に自動回帰のための動作制御を行う装置を意味するものと解される。これに反する原告の主張は採用できない。
(2)文言侵害の成否
ア 前記各認定事実(前記(2)、(3))によれば、被告製品は、自動航行中にプロポからの信号を受信した場合、自動航行を一旦停止して、プロポからの信号に従って挙動し、プロポから信号を受信しなくなると、自動航行を再開し、設定済みの自動航行ルート又はGBルートに復帰して航行して、最終的にはホームポジションへ移動することになる点で、本件発明の「第1制御装置」(構成要件J)のうち、自動回帰発動条件①に係る判断を行い得る機構を備えているとみることは可能である。
他方、被告製品においては、新品のバッテリーを搭載している状態において、自動航行中にホームポジションへの移動を開始する下限電圧として上限値49Vを設定したとしても、バッテリーの電圧が満充電圧57Vから下限電圧49Vまで低下したときの電力量の残量は、満充電時の電力量に対して 20%台にまで低下していることが認められる。そうすると、被告製品は、バッテリーの電圧を監視することにより間接的に電力量の残量を監視する機能を備えるものといい得るとしても、電力量の残量が満充電時の電力量の半分以下となったことを条件としてホームポジションへの移動を開始させる機能を備えているとはいえない。
したがって、被告製品は、「前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合」(自動回帰発動条件②)に、ボートを初期位置に自動回帰させるための動作制御を行うという構成を備えるものではなく、この点において、本件発明の「第1制御装置」(構成要件J)を充足しない。
・・・(略)・・・
(3)均等侵害の成否
原告は、仮に被告製品が本件発明の構成要件Jを充足しないとしても、電源の残量に着目した自動回帰のための動作制御の条件として、電源の残量が半分以下となった場合とするか他の所定量以下となった場合とするかの相違は、本件発明の本質的部分の相違ではなく、本件特許の出願経過において意識的に除外されたものでもないことなどから、被告製品につき本件発明の均等侵害が成立する旨を主張する。(※B)
しかし、前記認定事実(前記2(1))によれば、本件特許の出願経過において、特許庁審査官から、拒絶理由として、補正前請求項1発明の「所定の条件」につき明確性要件違反及びサポート要件違反を指摘され、また、補正前請求項6発明の「所定値」につき明確性要件違反を指摘されたことを受け、原告は、本件補正により、自動回帰のための動作制御の条件につき、本件発明の構成要件Jのとおり補正したものである。原告によれば、本件補正は出願当初の明細書の記載内容の範囲内で行ったものであるところ(乙4)、本件明細書には、自動回帰発動条件につき、本件発明の実施形態の1つとして、「上記実施形態では、自動回帰の際に、障害物に衝突しないように、通ってきた経路を戻っている。しかし、通ってきた経路を戻らなくてもよい。この場合、ボート10に障害物を検知するセンサを設け、自動的に障害物を回避できるようにすることが好ましい。電源12の残量が少ない場合にボート10を自動回帰させる場合、通ってきた経路を戻るのでは、少なくとも電源12の残量が半分以上あることを条件に戻す必要がある。障害物センサを設けることにより、電源12の残量が半分以下になって、自動回帰させても操作者の下までボート10が戻って来ることができる。」との記載があり(【0061】)、他に自動回帰発動条件としての電源の残量の数値に言及する記載は見当たらない。この点を踏まえると、本件補正は本件明細書【0061】の記載に基づいて行われたものと理解される。
そうすると原告は、本件補正により、電源の残量に着目した自動回帰のための動作制御の条件につき、ボート10が通ってきた経路を戻るケースにも対応し得るものとする趣旨で、「前記電源の残量が半分以下になったと判断された場合」(自動回帰発動条件)とする数値限定を行ったものとみるのが相当であり、「半分以下」とするもの以外は特許請求の範囲から意識的に除外されたものというべきである。
したがって、本件発明の構成要件Jの文言非充足との関係における均等侵害の主張については、少なくとも均等の第5要件を欠き、自動回帰発動条件②に係る「半分以下」の構成を備えない被告製品について、均等侵害が成立するとは認められない。この点に関する原告の主張は採用できない。
判旨
(1)文言侵害の成否
原判決35頁16行目から同36頁3行目まで
(筆者注:前記原審の判断に「※A」を付加した部分)を次のとおり改める。
「この記載によれば、構成要件Jは、その全体が、本件発明に係る遠隔操縦無人ボートが有する『第1制御装置』を説明するものであり、一艘の遠隔操縦無人ボートが備える『第1制御装置』につき、第1送受信アンテナにより一定時間以上前記遠隔操縦装置からの信号を受信しなかったと判断された場合(自動回帰発動条件①に係る判断)、及び電源の残量が半分以下になったと判断された場合(同②に係る判断)があることを前提として、それらの各判断の関係がどのようになった場合に初期位置に自動回帰させるための動作が制御されるのかについて、『少なくともいずれか一方の判断が行われた場合』に初期位置に自動回帰させるための動作が制御されることを述べたものと解されるものであって、本件発明の構成要件Jの『第1制御装置』は、自動回帰発動条件①及び②のいずれに係る判断をも行うことができる機構を備えるものであることが明らかである。」
(2)均等侵害の成否
原判決39頁11行目の末尾(筆者注:前記原審の判断に「※B」を付加した部分)の次を改行し、次のとおり加える。
「特許請求の範囲に記載された構成中に相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下『対象製品等』という。)と異なる部分が存する場合であっても、①同部分が特許発明の本質的部分ではなく、②同部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、③上記のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、④対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、同対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。
そして、上記①の要件(第1要件)における特許発明における本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきであり、特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて、特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で、特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁、最高裁平成29年判決参照)。
これを本件についてみると、前記2⑷アないしウのとおり、本件発明は、『ボートを遠隔操縦によって自在に動作させることができる遠隔操縦無人ボートに関』(【0001】)し、『ボートを操縦する場合、常に操縦者がボートを制御できるとは限らない。たとえば、次のような場合には、ボートを制御することができなくなってしまう』(【0004】)として、『リモコン(遠隔操縦装置)の電波が届かないような遠くまで流されてしまった場合・・・ボートに搭載されている電源の残量が少なくなって、駆動電力が供給され難くなった場合』などがあり(【0005】)、『ボートを・・・捜索の結果・・・回収できないという事態が起こりうる』(【0006】)ことから、『ボートを紛失することなく、必ず回収できる遠隔操縦無人ボートを提供すること』(【0007】)を発明が解決しようとする課題とし、当該課題を解決する手段として、本件発明の構成を備えることにより(【0008】)、『一定時間以上遠隔操縦装置との間の通信が途絶えた場合、または、電源の残量が半分以下になった場合に、自動的にボートを初期位置に回帰させることができる。したがって、ボートを紛失してしまうことがない』(【0009】)という効果を奏するものである。
そうすると、本件発明において従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分は、本件発明の構成要件Jに関連しては、遠隔操縦装置との通信途絶、電源残量の不足という相互に原因の異なる危機的状況への対処(【0005】)のため、自動回帰発動条件①の場合に初期位置に自動回帰させること及び同②の場合に初期位置に自動回帰させることをそれぞれ想定して、ボートを紛失することなく必ず回収できる(【0007】)との作用効果を奏するため、いずれの危機的状況にも対処できるよう、第1制御装置が自動回帰発動条件①に係る判断と同②に係る判断のいずれをも行える機構を備えたことにあると考えられる。
そして、本件発明と被控訴人製品とは、前記2⑸アのとおり、被控訴人製品は自動回帰発動条件②の場合にボートを初期位置に自動回帰させるための動作制御を行うという構成を備えない点において相違するものと認められるところ、この相違に係る本件発明の上記構成は、これまでの検討によれば、本件発明の本質的部分に当たるものということができる。
そうすると、上記相違点に係る本件発明の構成については、本件発明の本質的部分ではないということはできず、被控訴人製品は均等侵害の第1要件を充足しない。」
解説/検討
・クレームの「Aと判断された場合、または、Bと判断された場合のうち、少なくともいずれか一方の判断が行われた場合に、Cする」装置について、原審では、クレームの記載によっても、Aと判断された場合及びBと判断された場合の各場合にCする構成をいずれも備えたものである必要があるか、いずれか一方の構成を備えた装置であれば足りるかについて、必ずしも明らかでないと判断されたのに対し、本判決では、クレーム記載によれば、Aの判断とBの判断のいずれをも行える機構を備えるものであることが明らかであると改められた。
・今後は、「いずれか一方の構成を備えた装置であれば足りる」という意味でクレームを記載する場合には、本件のように「Aと判断された場合、または、Bと判断された場合のうち、少なくともいずれか一方の判断が行われた場合に、Cする」と記載しないように注意する必要がある。
