【本件訂正発明と引用発明との相違点に係る本件訂正発明の構成(用途)とすることの容易想到性を否定し、さらに本件出願日当時、本件訂正発明の作用効果が当業者において予測することが困難であったと判断された事例】

 

投稿日:2026年5月8日

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著者:弁護士 木村 広行
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

進歩性/用途発明/顕著な効果

 

ポイント

※ 本判決は、治療対象が、本件訂正発明では「爪真菌症」である「爪白癬」と特定されているのに対し、甲1-1発明では「皮膚糸状菌症」である「足白癬」と特定されているとの相違点に係る本件訂正発明の構成の容易想到性について、本件出願日当時の技術水準について、容易想到性を肯定する方向の事情と、否定する方向の事情を詳細に検討して、これを否定した。
※ 本判決は、本件出願日当時に周知の事項を踏まえて、本件訂正発明の作用効果が当業者において予測することが困難であったと判断した。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第1部
判決言渡日 令和7年4月23日
事件番号 令和6年(行ケ)第10022号
事件名 審決取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
本多 知成
遠山 敦士
天野 研司
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

(以下、本判決の認定による。強調は筆者による)

1 本件特許権
【登録番号】第4414623号
【登録日】平成21年11月27日
【発明の名称】病原微生物および抗微生物剤の検出法、抗微生物剤の薬効
評価法ならびに抗微生物剤
【出願番号】特願2001-512909
【出願日】平成12年7月11日
【優先権主張番号】特願平11-214369
【優先日】平成11年7月28日
【優先権主張国】日本国
(本判決により、「基礎出願の明細書、特許請求の範囲及び図面に本件訂正発明が記載されているとはいえず、本件訂正発明の進歩性判断の基準日が本件出願日となる旨の本件審決の認定(第2の3(1))は正当である。」と判断されている。)

2 本件訂正発明(請求項1)
(2R、3R)-2-(2、4-ジフルオロフェニル)-3-(4-メチレンピペリジン-1-イル)-1-(1H-1、2、4-トリアゾール-1-イル)-ブタン-2-オールまたはその塩を有効成分として含有する外用爪真菌症治療剤であって、爪真菌症が爪白癬である、前記治療剤。

3 甲1-1発明(甲1の1:Abstracts of the 36th ICAAC,1996,p.113,f78-f80)

 新規外用抗真菌剤トリアゾールである、以下の化学構造を有するKP-103を有効成分として含有し、皮膚への塗布により投与して皮膚糸状菌症に対する治療効果を有する溶液であって、皮膚糸状菌症が足白癬である、溶液。
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4 一致点及び相違点
(一致点)
 KP-103又はその塩を有効成分として含有する外用真菌症治療剤であって、真菌症が白癬である、前記治療剤。」である点

(相違点)
 治療対象が、本件訂正発明では「爪真菌症」である「爪白癬」と特定されているのに対し、甲1-1発明では「皮膚糸状菌症」である「足白癬」と特定されている点。

争点

取消事由1(甲1の1を主引用例とする進歩性判断の誤り)
(その他の争点は省略)

判旨

(強調は筆者による)

(2) 相違点1についての検討
ア 主引用例中の記載
 主引用例である甲1の1には、KP-103について、足白癬の原因菌であるトリコフィトン・ルブルム及びトリコフィトン・メンタグロフィテスに対する抗真菌作用を有すること、また、KP-103の皮膚糸状菌症に対する優れた効果は、高い活性と、角質層での長い保持時間に起因すると考えられることが記載されている。

イ 本件出願日当時の技術水準等
(ア) 前記2(1)~(3)のとおり、本件出願日当時、①トリコフィトン・ルブルム及びトリコフィトン・メンタグロフィテスが足白癬と同様に爪白癬の原因菌の大半を占めていること、②外用剤による爪白癬の治療を効果的に行うには、抗真菌剤を爪甲の角質内に浸透させ、感染部位に送達させる必要があるが、爪甲の性質上、抗真菌剤がその内部まで浸透、透過しにくいという障害があって、爪白癬の外用剤での治療は非常に困難とされていた一方、経口剤にも副作用の問題があり、外用剤の開発が待たれていたこと、③爪と毛髪が、いずれも硬ケラチンを含み、アミノ酸組成も互いに類似することは、いずれも周知であった(以下、丸番号の数字に応じて「技術常識①」などという。)。
 次に、前記2(2)、(4)及び(5)のとおり、本件出願日当時、④外用抗真菌剤を感染部位に送達させるための試みとして、ネイルラッカー剤の開発や、爪甲を化学的又は外科的に除いて抗真菌剤を塗布し、密封包帯法(ODT)と併用する治療等が行われていたこと、⑤抗真菌剤であるチオコナゾールを外用爪白癬治療剤として評価する甲6試験が実施されたこと、⑥KP-103は、ヒト毛髪(ケラチン)を添加しても、抗トリコフィトン・メンタグロフィテス活性が減少せず、ケラチンに対する低い吸着、高い遊離といった性質を有すること、⑦抗真菌薬の角質への吸着性と角質吸着時の活性の低下について、ヒト毛髪を用いて評価する研究があったことが、それぞれ知られていた(以下、丸番号の数字に応じて「技術的知見④」などという。)。

(イ) 原告は、本件審決が本件出願日当時の技術水準として「爪白癬の外用剤での治療は非常に困難で、一般的に無効であるとされ、」と認定した点について、「一般的に無効である」という語を「全く効果がない」と読み替え、あるいは同義と解釈した上で、そのような技術常識は存在しなかったと主張する。
 しかし、前記2(2)のとおり、本件出願日当時、感染部位である表皮角層が露出している足白癬等とは異なり、爪甲の厚さ、硬さ及び緻密さから、爪白癬の治療のために爪甲に抗真菌剤を塗布したとしても、抗真菌剤が爪甲の内部まで透過、浸透しにくいという障害があって、爪白癬の外用剤の治療は非常に困難とされていたことは周知であったと認められる。そして、これに関連して、爪白癬の外用剤での治療を「一般に無効」、「(一般的に)効果がない」と表現する文献等が複数あったことも、前記のとおりである。これらの文献は、爪白癬の外用剤での治療が「全く効果がない」とは表現しておらず、爪白癬では、足白癬その他の白癬のように外用抗真菌剤を単純に塗布しても、所望の治療効果を期待することができない旨を記載しているとみるのが相当である。本件審決による「爪白癬の外用剤での治療は非常に困難で、一般的に無効であるとされ、」との認定は、本件出願日当時のそのような技術水準を認定する趣旨のものとして正当ということができる。

ウ 相違点に係る容易想到性の検討
(ア) 主引用例である甲1の1には、KP-103について、トリコフィトン・ルブルム及びトリコフィトン・メンタグロフィテスに対する抗真菌作用を有し、その活性は強く、また、角質層での保持時間が長いと考えられることが記載されている。そして、外用剤の開発が待たれる爪白癬の原因菌の大半はトリコフィトン・ルブルム及びトリコフィトン・メンタグロフィテスであることは周知であった(技術常識①、②)。
 他方で、本件出願日当時、外用剤による爪白癬の治療を効果的に行うには、抗真菌剤を爪甲の角質内に浸透させ、感染部位に送達させる必要があるところ、爪甲の性質上、抗真菌剤がその内部まで浸透、透過しにくいという障害があり、爪白癬の外用剤での治療は非常に困難とされていたこともまた周知であった(技術常識②)。
 したがって、本件出願日当時、甲1-1発明の外用真菌性治療剤の治療対象を「爪白癬」とし、相違点1に係る本件訂正発明の構成とすることが当業者において容易に想到できたというには、当時の技術水準等に照らし、当該治療剤を爪甲に単純塗布したときに、その有効成分であるKP-103が爪甲の内部まで浸透、透過し、感染部位である爪甲下層及び爪床に送達され、治療効果を発揮することが合理的に期待できることを要するというべきである。

(イ) そこで、本件出願日当時の技術水準について検討する。
a 本件出願日当時、外用抗真菌剤を感染部位に送達させるための試みとして、ネイルラッカー剤の開発や、爪甲を化学的又は外科的に除いて抗真菌剤を塗布し、密封包帯法(ODT)と併用する治療等が行われていたことが知られていた(技術的知見④)。
 しかし、本件出願日当時に知られていたネイルラッカー剤による爪白癬の治療効果は限定的であった。例えば、甲29、71には「予備データ(Preliminary data)によれば、アモロルフィンかチオコナゾールの何れかを含むネイルラッカー剤は増大した効果を提供するかもしれない( suggest that ... may offer increased efficacy)。」とあり、甲52、109は爪白癬の局所治療としてネイルラッカー剤を紹介するものの要約(Summary)には「局所療法は局所薬剤が爪甲を透過しないためしばしば無効(often ineffective)である。」とある。
 密封包帯法(ODT)についても、乙7(「治療薬ガイド1999~2000」(文光堂・平成11年))に「肝機能障害などで内服不可能なときは尿素軟膏との併用あるいは密封療法を行うがその効果は弱い。」とあるように、知られた効果は限定的であった。
 また、爪甲を化学的又は外科的に除いて抗真菌剤を塗布する方法は、治療剤を爪甲に単純塗布するものではない。
 このように、技術的知見④に係る試みは、いずれも、抗真菌剤を爪甲に単純塗布した場合に、その有効成分が爪甲の内部まで浸透、透過し、感染部位である爪甲下層及び爪床に送達され、治療効果を発揮することを示唆するものとはいえない。

b 本件出願日当時、抗真菌剤であるチオコナゾールを外用爪白癬治療剤として評価する甲6試験が実施されたことが知られており(技術的知見⑤)、甲6には、皮膚糸状菌感染症患者18名のうち8名に著明な改善、4名に臨床的及び真菌学的寛解の効果が得られた旨が記載されている(前記2(2))。
 しかし、前記2(2)エのとおり、甲6試験は、オープン試験であって、対照群との比較も行われていないほか、対象患者も18名にとどまり、かつ、寛解に至ったのは爪白癬のうちでも比較的治癒しやすい手指の爪の感染4例のみ(うち3例は足の爪にも感染がみられたが、完治しなかった。)というものである。そうすると、当業者は、甲6の記載のみをもっては、抗真菌剤であるチオコナゾールが有効成分として爪甲の内部まで浸透、透過し、感染部位である爪甲下層及び爪床に送達され、治療効果を発揮することを合理的に期待するには至らず、ましてやその知見をKP-103に適用できると考えるには至らないというべきである。

c 本件出願日当時、KP-103について、ヒト毛髪(ケラチン)を添加しても抗トリコフィトン・メンタグロフィテス活性が減少せず、ケラチンに対する低い吸着、高い遊離といった性質を有すること(技術的知見⑥)、抗真菌薬の角質への吸着性と角質吸着時の活性の低下について、ヒト毛髪を用いて評価する研究があったこと(技術的知見⑦)が、それぞれ知られていた。
 しかし、本件出願日当時、表在性白癬とは白癬菌が表皮角層にとどまるものであること、感染部位である表皮角層が露出している足白癬等とは異なり、爪白癬の感染部位は主として爪甲下層及び爪床であり、抗真菌剤が容易に浸透、透過しにくい爪甲の存在が、爪白癬の外用抗真菌剤による治療を困難にしていたことは周知であった(技術常識②、前記2(1)及び(2))。また、爪白癬の局所薬物治療効果を高めるためには、抗真菌剤の選択において、その水溶解度、分子量、解離定数、製剤のpH及び白癬菌に対する最小阻止濃度を考慮する必要があるとの知見があった(甲35)。しかるところ、技術的知見⑦に係る研究(甲25、26)は、いずれも爪ではなく、皮膚への抗真菌剤の浸透性(吸着性)及び浸透(吸着)時の活性についての研究結果であるから、技術常識B(爪と毛髪が、いずれも硬ケラチンを含み、アミノ酸組成も互いに類似すること)及び技術的知見⑥(KP-103はヒト毛髪を添加しても活性が減少せず、ケラチンに対する低い吸着、高い遊離といった性質を有すること)を併せても、これらの知見は、KP-103が皮膚への高い浸透性(吸着性)を持ち、浸透(吸着)時に高い活性を保持するであろうことを示唆するにすぎず、これを超えて、当業者において、外用真菌性治療剤として爪甲に単純塗布したときに、KP-103が爪甲の内部まで浸透、透過し、感染部位である爪甲下層及び爪床に送達され、治療効果を発揮することまで示唆するものとはいえない。

(ウ) 以上に検討したところによると、甲1の1の記載と本件出願日当時の技術常識その他の技術的知見を考慮したとしても、本件出願日当時、当業者において、甲1-1発明の外用真菌症治療剤の治療対象を爪白癬とし、相違点1に係る本件訂正発明の構成とすることが容易に想到できたということはできない。

エ 原告の主張について
(ア) 原告は、進歩性判断における「動機付け」とは、主引用発明に副引用発明を「適用しようと試みる」ことであり、その適用を試みることもない、あるいは試みようとすると阻害要因がある場合に「動機付け」がないことになるとして、医薬品の研究開発において新たな治療薬を探すために試行錯誤するのは常道であり、ニーズが存在する限り、主引用発明に副引用発明の適用を試みることまで否定する(開発を完全に諦める)ことは考えられないから、従来の外用真菌症治療剤について爪白癬への適用を試みることが行われていたこと、爪白癬を様々な工夫を加えた外用抗真菌剤によって治療する試みもされていたこと、短期間で爪白癬を治癒させかつ経口剤と比較し全身性の副作用の少ない外用剤の開発が切望されていたこと等、本件審決も認定した事情からすると、当然に甲1-1発明のKP-103を外用の爪白癬治療剤に適用しようと試みること、すなわち動機付けが当然に認められると主張する。
 しかし、原告の主張が、医薬に係る発明の進歩性を肯定するためには、当業者が医薬品の開発を完全に諦めていることが必要とする趣旨であるとすると、このような見解は採り得ない。ある発明が主引用発明に基づいて容易に発明をすることができたかは、引用例の記載内容や出願日当時の技術水準等に基づく総合判断であって、原告が主張するような製品開発のニーズや試みがされていたという辞書的な意味での動機付けがあるとしたときに、阻害要因がなければ直ちに進歩性が否定されるかのような主張は、論理に飛躍があって採用することができない。

(イ) 原告は、特許庁の審査ハンドブックにおいても、医薬発明の医薬用途が引用発明の医薬用途と異なる場合に、出願時の技術水準から作用機序の関連性が認められる場合には、他に進歩性を推認できる根拠がない限り、通常、請求項に係る医薬用途発明の進歩性は否定されるとした上で、甲1-1発明と本件訂正発明の各治療剤は、技術分野が共に白癬という皮膚科疾患である点、課題も皮膚又はその付属器官に関わる表在性真菌症の治療剤の提供という点、作用・機能も少なくとも皮膚組織の真菌症を治療するという点で、それぞれ共通しているといえるから、本件訂正発明の進歩性は否定されると主張する。
しかし、両治療剤について、技術分野が白癬の治療剤という点で共通し、機能も抗真菌剤の作用による白癬の治療という点で共通するとはいえるものの、感染部位である表皮角質が露出している足白癬とは異なり、爪白癬では、厚く、硬く緻密である爪甲が障害となって外用抗真菌剤を感染部位に直接塗布できないという課題があった点、また、作用機序という点でも塗布部位から感染部位に抗真菌剤を送達させることに困難があった点において異なっているのであるから、上記のとおり技術分野や機能の一部が共通しているとしても、これらをもって直ちに本件訂正発明の進歩性を否定することはできない。

(ウ) 原告は、①爪は皮膚の一部であり、②白癬の典型症状として爪白癬が周知であること、③真菌症治療において、従来の外用真菌症治療剤を外用爪真菌症治療剤として用いることは当業者において周知であったこと、④爪と毛髪がいずれも硬ケラチンを含み、アミノ酸組成も互いに類似すること、⑤KP-103は皮膚への浸透性が高く、硬ケラチン存在下でも高い活性を維持できるため、皮膚の角質層で抗真菌活性が良く保たれることが知られていたことなども、本件訂正発明の進歩性を否定する事情として主張する。
 しかし、前記ウ(ア)及び(イ)のとおり、①について、爪甲は表皮角層と同様にケラチンを含む点においては共通するが、本件出願日当時、感染部位である表皮角層が露出した足白癬等には外用抗真菌剤の塗布による治療が容易であったのに対し、爪白癬の場合には爪甲が抗真菌剤の感染部位への送達を困難にしていたのであるから、「爪は皮膚の一部」といった抽象的な共通点を挙げても進歩性を否定する事情とはなり得ない。②が周知であることは既に認定したとおりであるが、③について、本件出願日当時、爪白癬の外用剤での治療は非常に困難とされていたことが周知であったところ、これを前提に、外用抗真菌剤を感染部位に送達させるための試みとして、ネイルラッカー剤、爪甲の除去、密封包帯法(ODT)等の試みがされていたことは認められるものの、これらの試みによる効果として知られていたものはいずれも限定的であり、また、爪甲の除去は爪甲に抗真菌剤を直接塗布することとは異なるのであるから、甲6試験の存在を考慮しても、「従来の外用真菌症治療剤を外用爪真菌症治療剤として用いることは当業者において周知であった」と認めることはできない。
 ④及び⑤について、これらの知見は、KP-103が皮膚への高い浸透性(吸着性)を持ち、浸透(吸着)時に高い活性を保持するであろうことを示唆するにすぎず、外用真菌症治療剤として爪甲に単純塗布したときに、KP-103が爪甲の内部まで浸透、透過し、感染部位である爪甲下層及び爪床に送達され、治療効果を発揮することまで示唆するものとはいえない。

(エ) したがって、原告の主張は、いずれも採用することができない。

(3) 本件訂正発明の効果
ア 前記1に認定したとおり、本件明細書等には、実施例4として、モルモット爪白癬モデルを作成し、外用KP-103液剤の薬効を評価したところ、図3及び表3に示すように、いずれの群においても爪内菌陰性化足は観察されなかったが、KP-103は外用基剤と比較して有意に爪内菌数を減少させ、その治療効果は経口タービナフィンと比較し有意に優れていたこと、アモロルフィン及びタービナフィン(外用、経口)では基剤と比較して有意な殺菌効果は認められず、治療効果を発揮することはできなかったことが記載されている。

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 ここで、KP-103液剤の治療効果は、爪内平均菌数において、外用基剤、経口基剤及びタービナフィン経口剤との関係では有意差が示されたものの、アモロルフィン液剤及びタービナフィン液剤との関係では有意差は示されていない。しかし、有意水準が0.01%に設定されていること、アモロルフィン及びタービナフィン(外用、経口)は基剤との関係でも有意差は示されていないこと、KP-103液剤の爪内平均菌数はアモロルフィン及びタービナフィン各液剤と比較して約10分の1(Logスケールで約1減)となっていることがそれぞれ認められることに加え、表3のプロットからしても、KP-103液剤の治療効果は、アモロルフィン液剤及びタービナフィン液剤と比べて、優れているものと評価することができる。
 そして、この効果は、既に述べているとおり、本件出願日当時、爪白癬の治療について、抗真菌剤が爪甲の内部まで浸透、透過しにくいという障害があるため、外用剤での治療は非常に困難とされていたことが周知であったことからすると、当業者において予測することが困難であったというべきである。

イ この点について、原告は、一般に抗真菌剤は、ケラチンに吸着することで抗真菌活性が低下することが周知技術又は技術常識であった上、KP-103が毛髪ケラチンとの親和性が低く、毛髪ケラチンの存在下でも活性が低下しないこと、爪甲に存在するケラチンのペプチド鎖間のジスルフィド結合を切断して、薬剤がケラチン蛋白の隙間を通過しやすくして爪への浸透性を高めることが多く行われていたこと(甲47)等が知られていたから、当業者であれば、KP-103がケラチン存在下でも爪に浸透し、高い活性を維持した状態で患部に到達して、爪白癬の外用剤としてある程度の治療効果があることまでは当然に予想されると主張する。
 しかし、前記(2)ウ(イ)cのとおり、原告が挙げる知見は、KP-103が皮膚への高い浸透性(吸着性)を持ち、浸透(吸着)時に高い活性を保持するであろうことを示唆するにすぎないものである。また、甲47に記載されているジスルフィド結合を切断する方法は、スルフヒドリル基を含んだ化合物を角質溶解薬とともに使用するなどの試みが紹介されているにすぎず、そのような併用なしに爪甲に単独塗布した場合に効果を奏し得ることを示してはいない。
 また、原告は、本件明細書等に記載された効果も何ら顕著なものとはいえないと主張するが、本件明細書等に記載された効果が予測し得ないものであったことは、前記アのとおりである。

(4) 小括
 以上によると、主引用例の記載及び周知技術等を考慮しても、本件訂正発明は、本件出願日当時、当業者が甲1-1発明に基づいて容易に発明をすることができたとはいえない。これと同旨の本件審決は正当であり、原告の主張する取消事由1には理由がない。

 

解説/検討

 本件は、引用発明である甲1-1発明と本件訂正発明が、いずれも、KP-103又はその塩を有効成分として含有する外用真菌症治療剤であって、真菌症が白癬である点で一致することを前提として、甲1-1発明では治療対象が「皮膚糸状菌症」である「足白癬」と特定されている点を、本件訂正発明の治療対象である「爪真菌症」である「爪白癬」とすることが、当業者にとって容易に想到し得たかが問題となった事案である。
 そして、主引用例である甲1の1には、KP-103について、足白癬の原因菌であるトリコフィトン・ルブルム及びトリコフィトン・メンタグロフィテスに対する抗真菌作用を有することが開示されており、かつ、本件出願日当時、トリコフィトン・ルブルム及びトリコフィトン・メンタグロフィテスが足白癬と同様に爪白癬の原因菌の大半を占めていることが周知であったことが認定されている。
 したがって、甲1-1発明の治療対象である足白癬も、本件訂正発明の「爪白癬」も、原因菌が共通することが知られていたのであるから、これらの事情のみからは、上記の容易想到性は肯定される方向に傾くものと考えられる。
 しかし、本判決は、これを妨げる事情として、外用剤による爪白癬の治療を効果的に行うには、抗真菌剤を爪甲の角質内に浸透させ、感染部位に送達させる必要があるが、爪甲の性質上、抗真菌剤がその内部まで浸透、透過しにくいという障害があって、爪白癬の外用剤での治療は非常に困難とされていたことなど、本件出願日当時の技術常識を詳細に検討し、最終的に相違点に係る構成(用途)の容易想到性を否定したものであり、一見すると、相違点に係る構成とすることを試みると考えられるような事案であっても、容易想到性を否定し得る事例として参考になる。
 また、進歩性判断における効果の検討については、最判令和元年8月27日・平成30年(行ヒ)第69号によれば、「優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討する」ことが求められるものと解されるところ、本判決は、本件訂正発明に係るKP-103液剤の治療効果を本件明細書等から認定した上、その効果が、本件出願日当時の周知事項から、当業者において予測することが困難であったと判断しており、前掲最判令和元年8月27日の規範に基づいた判断の一例としても参考になると考えられる。
 

 

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