【引用発明の必須構成を除いた「除くクレーム」の容易想到性】

 

投稿日:2026年5月12日

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著者:弁理士 大木 信人
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

特許法29条2項/除くクレーム/進歩性

 

ポイント

 本件は、発明の名称を「乳酵素処理物、その製造方法、組成物および製品」とする特許出願(特願2021-174778号)の拒絶査定不服審判において、進歩性欠如を理由に特許庁がした拒絶審決の取消しを求めた事案である。
 本件発明は引用発明の必須構成を除く「除くクレーム」によって特定されるものであるが、裁判所は本願優先日当時の技術常識を検討して、引用発明に基づき容易想到であると判断して、特許庁がした拒絶審決を維持した。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第2部
判決言渡日 令和6年10月30日
事件番号 令和6年(行ケ)第10012号
事件名 審決取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
清水 響
菊池 絵理
頼 晋一
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

(1)原告は、令和3年10月26日、発明の名称を「乳酵素処理物、その製造方法、組成物および製品」とする発明について特許出願をした(特願2021-174778号)。本願は、平成28年5月31日(優先日・平成27年6月1日(以下「本件優先日」という。)、優先権主張国・日本)を国際出願日とする特願2017-521953号の一部を分割して新たな特許出願としたものである。
(2)原告は、令和4年3月15日付けで拒絶査定を受けたため、同年6月15日、拒絶査定不服審判を請求し、同日、手続補正書を提出して特許請求の範囲についての補正(本件補正)をした。
(3)特許庁は、同審判請求を不服2022-9208号事件として審理し、令和5年12月26日、本件補正を却下するとともに「本件審判の請求は、成り立たない。」との本件審決をし、その謄本は、令和6年1月16日、原告に送達された。
(4)原告は、同年2月14日、本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。

 本件補正後の特許請求の範囲(請求項1)の記載は、以下のとおりである(下線部は補正箇所)。
「乳をβ-ガラクトシダーゼおよびシアリダーゼと接触させる工程を含んでなり、前記乳がウシ由来の乳(ただし、ウシ初乳を除く)である、乳酵素処理物の製造方法。」

争点に関する当事者の主張

(原告の主張)
1 甲3技術的事項について
 甲3公報に記載された発明は「イオン交換クロマトグラフィおよび限外濾過および/またはダイアフィルトレーション工程を含む、Gc-グロブリンの大規模精製法。」であり、甲3公報の課題、課題を解決するための手段、請求項のいずれにも、Gc-グロブリンをβガラクトシダーゼ及びシアリダーゼで処理するとの記載は存在しないから、「Gc-グロブリンは、βガラクトシダーゼ及びシアリダーゼで処理することで、効能のあるマクロファージ活性因子を生成すること。」は、甲3公報に開示された技術的事項とはいえない。
2 甲1発明に甲3技術的事項を組み合わせる動機付けがないこと
(1)課題等の共通性について
 甲1文献の課題は「糖鎖修飾したウシ初乳のマクロファージ活性化能の評価及び作用機序の解析」であるのに対し、甲3公報の課題は「Gc-グロブリンおよびGc-グロブリン医薬品を製造するために、改善された大規模精製方法」であるから(甲3公報の段落【0024】)、課題の共通性が存在しない。
 また、甲3公報の記載事項は前記1のとおりであるから、甲1発明と甲3公報の記載事項との間には、機能、作用効果での共通点が存在しない。
(2)ウシ常乳を用いる動機付けについて
ア Gc-グロブリンの濃度は、母牛が分娩後10日目までに分泌する乳汁であるウシ初乳、特に分娩直後のウシ初乳では高濃度であるが、ウシ常乳では低濃度であり(甲4、5、8)、例えば、甲4の記載(「初乳における分泌量は常乳と比較して有意に高く、ウシミルクではそれぞれ250μg/ml および6μg/ml と見積もられている。」)によれば、初乳中のGc-グロブリンの濃度は常乳中の濃度の40倍以上である。
 加えて、酵素は溶液中の他のタンパク質により安定化されるという技術常識に従えば、蛋白質総量や、カゼイン、ホエー蛋白質の含有量が多いウシ初乳(甲8)よりも、それらが少ないウシ常乳では、酵素が不安定となり活性が低下することが予想される。
 甲1文献がウシ初乳を選択した理由も、冒頭の【目的】に「ウシ初乳は分娩後数日間に分泌される乳汁であり、免疫グロブリンを豊富に含有する…」と記載されているとおり、ウシ初乳が免疫グロブリンなどの有用なタンパク質を豊富に含有することにあり、単にウシ初乳がGc-グロブリンを含有することに尽きるものではない。
 そのため、甲1文献に接した当業者が、甲1発明におけるウシ初乳に代えて、Gc-グロブリンや各種乳成分の濃度が低いウシ常乳をあえて使用する動機付けはなく、むしろ阻害要因がある。
イ ウシ常乳の流通量が多く、入手しやすいことの根拠はない。さらに、ウシ常乳のGc-グロブリン濃度は、ウシ初乳の40分の1以下であるから(甲4)、40倍以上の量が必要となることを踏まえると、あえて選択するほど流通量が多く、入手しやすいとはいえない。
3 顕著な効果の有無
(1)本件補正発明の方法で得られる乳酵素処理物は、甲1発明により得られるウシ初乳由来の処理物と同等以上のマクロファージ活性化機能を有する(甲10実験結果)。ウシ初乳のGc-グロブリン濃度はウシ常乳の40倍以上であること(甲4)を踏まえれば、ウシ常乳を使用した場合にはマクロファージ活性化能が低下すると予想するのが自然であるところ、甲10実験結果に示される効果は、甲1文献や甲3公報からは予想することができない。
(2)甲10記載の実験は、ウシ常乳については本願明細書(本願明細書の段落【0050】~【0057】)に記載された方法により、ウシ初乳についてはこれと実質的に同じ方法(甲11公報の段落[0035]~[0044]記載の方法)により行われており、実験のすべての詳細が特定されていなかったとしても、その結果から、本件補正発明の方法で得られるウシ常乳の酵素処理物はウシ初乳の酵素処理物と同等以上のマクロファージ活性化能を有することを理解することができる。・・・

判旨

(1)甲1発明の認定及び本件補正発明との対比
 甲1文献・・・には以下の甲1発明が記載されていると認められる。そして、本願明細書【0016】における説明によれば、本件補正発明における「ウシ初乳」は、「母牛が分娩後10日目までに分泌する乳汁」を意味するといえるから、甲1発明と本件補正発明とを対比すると、以下の一致点及び相違点が認定できる。

ア 甲1発明
ウシ初乳(分娩後数日間に分泌されるもの)を、beta-ガラクトシダーゼ、シアリダーゼ併用で酵素処理する、ウシ初乳MAFを得る方法

イ 本件補正発明と甲1発明の対比
【一致点】
ウシ乳をβ-ガラクトシダーゼおよびシアリダーゼと接触させる工程を含んでなる、乳酵素処理物の製造方法。
【相違点】
「ウシ乳」について、本件補正発明は「ウシ由来の乳(ただし、ウシ初乳(母牛が分娩後10日目までに分泌する乳汁)を除く)」であるのに対し、甲1発明は「ウシ初乳(分娩後数日間に分泌されるもの)」である点。

(2)甲3技術的事項について
ア・・・原告は、下記(ア)の技術的事項は甲3公報に開示されていない旨主張する。
(ア)Gc-グロブリンは、βガラクトシダーゼ及びシアリダーゼで処理することで、効能のあるマクロファージ活性因子を生成すること。
(イ)Gc-グロブリンの大規模生産のための方法におけるGc-グロブリン源は、好ましくは粗血漿フラクションであるが、例えば乳製品、初乳または発酵培養液であってもよいこと。
イ しかし、甲3公報には、「ここに記載された精製方法により生産されたGc-グロブリンは、…そのマクロファージ活性効果による抗腫瘍作用を引き起こすために用いられるデグリコシル化(注:脱グリコシル化に同じ)されたGc-グロブリン製品を製造するためにも、用いられ得る。…」(【0134】)、「…Yamamoto(1994)は、誘導体、β ガラクトシダーゼおよびシアリダーゼ(Sialidase)で処理したGc-グロブリンが、効能のあるマクロファージ活性因子を生成することを示し…」(【0009】)との記載がある。
 さらに、甲2文献には、「Gc タンパク質は炎症がトリガーとして生成したlyso-PCにより誘導されたB細胞のβ―ガラクトシダーゼとT細胞の常在性のシアリダーゼにより糖鎖が三単糖から単糖のN-アセチルガラクトサミンにプロセシングされマクロファージ活性化能を発揮するマクロファージ活性化因子(Gc-derived MAF, GcMAF)に変換されることを発見した。」(331頁)との記載があり、甲1文献には「血清糖タンパク質由来マクロファージ活性化因子Gc protein-derived macrophage activating factor(GcMAF)は、GalNAc単糖を介してマクロファージの貪食能を活性化させることが示唆されており、ウシ血清糖タンパク質を含有するウシ初乳もGcMAFと同様に糖鎖修飾することでマクロファージを活性化する可能性がある。」、「ウシ初乳をbeta‐ガラクトシダーゼ単独もしくはシアリダーゼ併用で37℃、1時間酵素処理しウシ初乳MAFを得た。」との記載があることからすれば、Gc-グロブリンについて、効能のあるマクロファージ活性因子を生成するための脱グリコシル化、すなわち糖タンパク質であるGc-グロブリンに存在する糖鎖における所定の糖残基の脱離が、βガラクトシダーゼやシアリダーゼを用いた酵素処理によって行われることは、本件優先日当時、周知技術であったと認められる。
 以上のとおり、前記ア(ア)の技術的事項は、本件優先日当時、既に周知技術であり、かつ、甲3公報にもその内容が言及されていたものと認められる。
(3)甲1発明に甲3技術的事項を組み合わせる動機付けについて
ア 課題等の共通性について
 原告は、甲1文献と甲3公報に記載された課題は異なり、また、甲3公報には前記(2)ア(ア)の技術的事項が開示されていないことから、機能、作用効果での共通点が存在しない旨主張する。
 しかし、前記(2)ア(ア)の技術的事項が周知技術であり、甲3公報にもその内容が言及されていたと認められることは、前記(2)イのとおりである。
 また、前記(2)イの甲1文献の記載によれば、甲1発明の課題は、GcMAFがマクロファージの貪食能を活性化させるとの示唆に基づいて、「GcMAFと同様に、酵素処理によって糖鎖修飾することで、マクロファージを活性化するものを提供すること」にあると認められる。他方、甲3公報には、「このように、Gc-グロブリン及びGc-グロブリン医薬品を製造するために、改善された大規模精製方法の必要性が存在する。」(【発明が解決しようとする課題】【0024】)との記載に加え、酵素処理により糖鎖修飾されたGc-グロブリンを精製することやそのマクロファージ活性効果に基づく医薬品を提供することが記載されていることが認められる。
 そうすると、甲1文献と甲3公報とは、糖鎖修飾によりマクロファージを活性化するものを提供するという点において課題が共通し、機能、作用効果での共通点も存在するというべきである。

イ ウシ常乳を用いる動機付けについて
(ア)原告は、甲1発明においてウシ初乳を選択した理由は、ウシ初乳がGc-グロブリンを高濃度で含有することにあるから、甲1発明において、ウシ初乳に代えてGc-グロブリン濃度が低いウシ常乳を用いる動機付けはなく、むしろ阻害要因がある旨主張する。
(イ)しかし、甲3公報(甲3公報の段落【0026】、【0127】)には、本件審決が認定するとおり、甲3技術的事項の(イ)(Gc-グロブリンの大規模生産のための方法におけるGc-グロブリン源は、好ましくは粗血漿フラクションであるが、例えば乳製品、初乳または発酵培養液であってもよいこと)が開示されている。
 また、いずれも本件優先日(平成27年6月1日)より前に公知となった文献である各文献(甲4、5、乙5、6)・・・によれば、甲1発明にいう「ウシ初乳(分娩後数日間に分泌されるもの)」だけでなく、その後に分泌され、飲用や乳製品の製造に供されるウシ乳も、血清や血漿と同様にGc-グロブリン(ビタミンD結合タンパク質(DBP)とも呼ばれる)を含むものであって、Gc-グロブリン源となることは、本件優先日前における周知技術であるといえる。
(ウ)さらに、上記各記載、特に甲5文献の図2及び「DBPの最も高い濃度は、初乳(250μg/mL)であり、これは血清濃度の約27%に相当する。DBPレベルは最初の48時間以内に初期値の約22%まで急激に低下し、その後、分娩後1週間後の最初の搾乳時のレベルの3.5%までゆっくりと低下する。このレベルは、その後の3週間の乳分泌期間中に有意に変化しない。」との記載や、甲3公報の「Gc-グロブリン(ビタしミンD-結合プロテインとも呼ばれている)は約300~350mg/l(Haddad、1995)の濃度でヒトの血漿中に含まれている重要な血漿プロテインである。」(【0002】)との記載によれば、甲1文献が選択した「ウシ初乳(分娩後数日間に分泌されるもの)」は、ウシ乳の中では相対的にGc-グロブリン濃度が高いとはいえ、血清、血漿などの血液由来の原料よりはGc-グロブリン濃度が低い材料であるといえる(なお、上記のとおり、Gc-グロブリン濃度が250μg/ml であるのは分娩後0.5日目の「初乳」であり、その後は急激に低下するのであるから、「初乳中のGc-グロブリンの濃度は常乳中の濃度の40倍以上である。」との原告の主張は、甲1文献の「ウシ初乳(分娩後数日間に分泌されるもの)」については正確性を欠いている。)。
(エ)他方、甲1文献には、「ウシ初乳(分娩後数日間に分泌されるもの)」以外のウシ乳を採用することについて、阻害要因となるような記載は認められない。
 原告は、ウシ初乳は蛋白質総量やカゼイン、ホエー蛋白質の含有量が多いところ(甲8)、酵素は溶液中の他のタンパク質により安定化されることは技術常識であるから、それらが少ないウシ常乳では、酵素が不安定となり活性が低下することが予想され、甲1文献がウシ初乳を選択した理由も、ウシ初乳が免疫グロブリンなどの有用なタンパク質を豊富に含有することにあるとも主張する。
 確かに、ウシ初乳(甲8によれば、分娩後数日間に泌乳される乳である。)の蛋白質総量やカゼイン、ホエー蛋白質の含有量は分娩直後には常乳(甲8によれば、初乳と末期乳との間の泌乳期の乳である。)よりも高い濃度を示すが、分娩後12時間で急減し、それ以降は漸減傾向を示していることが認められる(甲8)。しかし、その余の上記主張については、これを的確に裏付ける証拠はなく、前記(イ)のとおり、初乳に限らず乳製品等がGc-グロブリン源とされていることを考慮すると、にわかに採用することはできない。
(オ)さらに、本件補正発明の「ウシ由来の乳(ただし、ウシ初乳(母牛が分娩後10日目までに分泌する乳汁)を除く)」は、生乳やいわゆる「牛乳」そのものに限られず、これを前処理した濃縮乳や脱チーズ成分乳(乳清)(本願明細書【0016】)、固体のウシ乳(【0050】)を含むものであることからすると、甲1発明の「ウシ初乳(分娩後数日間に分泌されるもの)」以外のウシ乳、さらには本件補正発明の「ウシ由来の乳(ただし、ウシ初乳(母牛が分娩後10日目までに分泌する乳汁)を除く)」のGc-グロブリン等の濃度が相対的に低いことは、当業者において、それらについての入手性の程度と同様、Gc-グロブリン源として何を採用するかという優先度を決定するための判断材料の一つとなるにすぎないというべきである。
(カ)原告は、ウシ常乳の流通量が多く、入手しやすいことの根拠はないと主張するが、ウシの生乳が飲用や乳製品加工用として大量に生産されること(乙4)は周知の事実というべきであり、乳牛が乳を分泌する期間は分娩から約340日であり(甲8)、食品衛生法(昭和22年法律第233号)13条1項(平成30年法律第46号による改正前は11条1項)に規定する食品等の成分規格及び製造等の方法の基準の要領について定めた、乳及び乳製品の成分規格等に関する省令(昭和26年厚生省令第52号、乙2)3条の別表の二(一)(2)によれば、分娩後5日目以内の牛から乳を搾取してはならないとされていることからみても、本件補正発明の「ウシ由来の乳(ただし、ウシ初乳(母牛が分娩後10日目までに分泌する乳汁)を除く)」は、甲1発明の「ウシ初乳(分娩後数日間に分泌されるもの)」と比較して、はるかに流通量が多く、入手しやすいことは明らかである。原告の主張は、採用の限りでない。
ウ 動機付けについての結論
 以上によれば、本件優先日当時の当業者において、甲1発明に甲3技術的事項を適用し、甲1発明の「ウシ初乳(分娩後数日間に分泌されるもの)」に代えて、相違点に係る構成である「ウシ由来の乳(ただし、ウシ初乳(母牛が分娩後10日目までに分泌する乳汁)を除く)」を採用する動機付けは十分にあるというべきであり、また、阻害要因は認められない。
(4)顕著な効果について
ア 原告は、ウシ初乳と比べてGc-グロブリン濃度が低いウシ常乳を使用した場合、乳酵素処理物のマクロファージ活性化能が低下すると予想するのが自然であるところ、甲10実験結果によれば、本件補正発明の方法で得られる乳酵素処理物は、甲1発明により得られるウシ初乳由来の処理物と同等以上のマクロファージ活性化機能を有する旨主張する。
イ 意見書(甲10)には、甲10実験結果として、以下の内容の記載がある。
(ア)ウシ初乳以外のウシ乳について、本願明細書の段落【0050】~【0057】に記載の方法によりβガラクトシダーゼ及びシアリダーゼを使用して乳酵素処理物を製造し、マクロファージ貪食能活性を測定したところ、・・・サンプル量10ng、100ngにおいて、摂食指数(貪食指数)は、未処理のサンプルの場合はそれぞれ17.8と19.9、酵素処理をした場合はそれぞれ25.3と29.1となった(コントロールの摂食指数は16.2、LPSを添加した場合の摂食指数は21.2)。
                            ・・・
(ウ)一方、ウシ初乳を用いて同様にβガラクトシダーゼ及びシアリダーゼで処理し、マクロファージ貪食能活性を測定したところ、その結果は、サンプル量10ng、100ngにおいて、摂食指数は、未処理のサンプルの場合はそれぞれ17.96、19.45、酵素処理した場合はそれぞれ23.46、24.54となった(コントロールの摂食指数は18.99。LPS添加した場合の摂食指数については記載がない。)。
ウ 甲10実験結果の内容を表で表すと、以下のとおりとなる。
画像
 なお、LPSは、マクロファージ活性化能を有する物質として一般的に知られているものであり(甲11公報[0046]、甲1文献の【結果・考察】)、上記実験においては、陽性対照(ポジティブコントロール)として摂食指数を算出し、マクロファージの反応性を確認したものと認められる。
エ 原告は、甲10実験結果に基づき、ウシ初乳の酵素処理物を用いた場合よりも、ウシ常乳の酵素処理物を用いた場合の方が摂食指数が高いから、本件補正発明が顕著な効果を有することは明らかであるなどと主張する。
オ しかし、甲10実験結果に係る実験で用いられた「ウシ初乳」が、どのような条件で得られたものか、特に、分娩後のいつの時点で分泌されたものかについて、意見書(甲10)には記載がない。原告が実験条件を示すものとして引用する甲11公報の段落[0013]に「本発明で使用するウシ初乳とは、子牛の分娩後、母牛が10日目までに分泌する乳汁をいい、好ましくは7日目まで、より好ましくは5日目まで」とあることから、遅くとも分娩後10日目までに分泌した乳汁という条件を満たすことは推認されるが、これ以外に乳汁の分泌時点を特定する記載は、甲11公報にも見当たらない。
 そして、前記のとおり、分娩の直後から10日後までの間において分泌される乳汁に含まれるGc-グロブリンの濃度は、分娩から最初の48時間(2日)以内に初期値の約22%まで急激に低下し、その後はゆっくりと低下し、1週間(7日)後に3.5%まで低下した後の3週間は有意に変化しないこと(甲5文献)からすると、マクロファージ活性化能の比較検討、特に「ウシ初乳(分娩後数日間に分泌されるもの)」を用いる甲1発明の効果と比較検討する上で、使用された「ウシ初乳」の元になる乳汁を搾取した時点が重要であることは明らかである。
カ また、マクロファージ活性化能についての結果を比較検討する上では、試験に用いるマクロファージの反応性の程度(刺激に対する活性化の程度)が同じであることも重要になる。
 しかし、甲10実験結果をみると、ウシ初乳、ウシ常乳それぞれの試験における摂食指数のコントロール値が異なっていることから、それぞれ個別に調製されたマクロファージ溶液を用いたと考えられる上、LPS添加によりマクロファージの陽性対照に対する反応性を確認しているのはウシ常乳の試験のみであり、ウシ初乳の試験では、マクロファージの陽性対照に対する反応性が確認されていない。
 そのため、甲10実験結果の各試験において、摂食指数を測定するために使用したマクロファージの反応性が同じであるということはできない。
キ さらに、被告が指摘するとおり、甲10実験結果においては、本願明細書及び甲11公報の記載を考慮しても、検体作成時に生じる実験誤差や統計上の有意差があるか否かの検証がなされているか否か不明である。
ク 以上のとおり、甲10実験結果は、発明の効果を比較検討する上で重要となる「ウシ初乳」を搾取した時期や、実験で使用したマクロファージの反応性が同じであることが明らかでないこと、実験誤差や統計上の有意差についての検証の有無も不明であることからすると、本件補正発明の方法で得られる乳酵素処理物が甲1発明により得られるウシ初乳由来の処理物と同等以上のマクロファージ活性化機能を有することを裏付けるに足りるものではない。
 したがって、出願後に補充された甲10実験結果の内容が本願明細書の範囲を超えるものではないと仮定したとしても、甲10実験結果に基づいて、本件補正発明が、従来技術である甲1発明と比較して予想することができない顕著な効果を奏するものと認めることはできないから、結局、原告の主張を採用することはできない。
(5)取消事由についての結論
 以上によれば、甲1発明に基づく本件補正発明の進歩性判断に誤りはなく、原告主張の取消事由は認められない。

解説/検討

 特許庁は、令和7年4月3日に、「除くクレーム」とする補正についての留意点を掲載しました(「除くクレーム」とする補正について 特許庁審査第一部調整課審査基準室https://www.jpo.go.jp/system/patent/shinsa/letter/nozoku.html)。
 留意点として、「除くクレーム」における「除く」部分が、出願当初の明細書等に明示的な記載のない事項、例えば拒絶理由通知で引用された文献中の表現等に基づいて記載されている場合には、一般的な発明特定事項の場合とは異なり、明細書及び図面を考慮して当該部分の意義を解釈することができず、特許権者が想定しているとおりの技術的範囲とはならない可能性があることを指摘しています。
 また、「除くクレーム」における「除く」部分の内容によっては、審査段階において、進歩性欠如(特許法第29条第2項)として拒絶査定される可能性があるほか、明確性要件違反(特許法第36条第6項第2号)や新規事項の追加(特許法第17条の2第3項)の拒絶理由が通知される可能性がある点を指摘しています。
 進歩性については、たとえ引用発明と重なる態様を除くような補正を行ったとしても、引用発明の内容だけでなく技術常識も把握している当業者の立場からみた場合には、引用発明に基づき依然として容易に想到し得ると審査官に判断され、拒絶査定される場合があるとされています。
 新規事項の追加については、知財高判平成20年5月30日(平成18年(行ケ)10563号)「ソルダーレジスト」大合議判決を参照しつつ、出願人が「除くクレーム」により進歩性欠如の拒絶理由を解消したと主張する場合には、その技術的思想が引用発明の技術的思想と顕著に異なるものではない発明から、顕著に異なるものへと変化している可能性があり、当該補正により新たな技術事項が導入されているという疑義が存在するため、新規事項の追加にはあたらない根拠を意見書等で説明することが求められています。
 明確性については、「除く」部分が、請求項に係る発明の大きな部分を占める又は多数にわたる場合には、一の請求項から一の発明が明確に把握できないこと、「除く」部分が、拒絶理由通知で引用された文献中の表現を借りて記載されている場合には、たとえ出願時の技術常識を考慮しても、実際に当該文献の内容を確認しない限り当該記載が特定しようとする内容を明確に把握できない場合があるとされています。
 「除くクレーム」については、第29条第1項第3号、第29条の2又は第39条に係る引用発明である、刊行物等又は先願の明細書等に記載された事項のみを除外することを目的とするだけでなく、進歩性欠如の拒絶理由を解消する場合にも有効な手段であること、特に、除くクレームによる進歩性欠如の拒絶理由への対応としては、主引用発明の必須構成(必須成分等)を除く補正が有効な手段であると考えられること、また、化学系分野だけでなく、電気系・機械系・ソフトウェア系等の化学系以外の技術分野においても利用されていることが報告されています(除くクレームの有用性についての検討 令和4年度特許委員会第2部会 第1チーム パテント2024,Vol. 77, No.6 https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/4435)。
 一方、あまりに自由に「除くクレーム」を用いることができる現状を問題視する意見も多く寄せられていました(審判実務者研究会報告書2023 令和6年3月 特許庁審判部)。今回の特許庁の留意点の掲載はこのような現状を踏まえて公表されたものではないかと思われます。
 「除くクレーム」の利用について、より慎重な検討が求められると思われます。
 本件は、引用発明における必須構成を「除くクレーム」で除く補正が行われたとしても、当初の拒絶理由に用いた先行文献により依然として進歩性欠如を解消できないことを示す事案であり、「除くクレーム」の利用した進歩性の主張を検討する上で参考になると思われます。

 

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