【数値限定「分子量が700以上」を本来的な意味での整数値と解釈し、文言侵害および均等侵害を否定した事例】

 

投稿日:2026年9月9日

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著者:弁理士 今野 智介
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

特許法第70条第1項/数値限定/クレーム解釈/均等論(第1要件・第5要件)/意識的除外/権利の公示書

ポイント

※本事件は、特許請求の範囲に「分子量が700以上」と規定された紫外線吸収剤を含む熱可塑性樹脂組成物およびその製造方法に係る特許発明について、分子量が699.91848である紫外線吸収剤を使用する被控訴人製品およびその製造方法が特許発明の技術的範囲に属するかが争われた、特許権侵害訴訟の控訴審事件である。
※知財高裁は、特許請求の範囲は第三者の予測可能性を保障する「権利の公示書」であり、権利者が自ら定めた下限値「700」は、小数点以下の端数を持たない本来的な意味での整数値と解すべきであるとして、構成要件の文言充足を否定した。
※また、数値の相違は発明の本質的部分ではないとして均等論の第1要件は認めた一方、「700未満」を技術的範囲から除外することを客観的、外形的に承認したとして第5要件を否定し、均等侵害も成立しないと判断した。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
判決言渡日 令和7年3月4日
事件番号 令和6年(ネ)第10026号
事件名 特許権侵害行為差止等請求控訴事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
宮坂 昌利
本吉 弘行
岩井 直幸
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

<当事者および請求>
 控訴人は本件特許の特許権者であり、被控訴人による樹脂製品の製造、販売等および製造方法の使用が本件特許権(請求項1および6)を侵害すると主張して、差止め、製品等の廃棄ならびに10億円及び遅延損害金の支払を求めた。
 原審は控訴人の請求を全部棄却し、控訴人が原判決の取消しを求めて控訴した。原審は大阪地方裁判所令和4年(ワ)第9521号である。

<本件特許>
・特許第4974971号「熱可塑性樹脂組成物とそれを用いた樹脂成形品および偏光子保護フィルムならびに樹脂成形品の製造方法」
・本件発明1(請求項1):
1A:ラクトン環構造、無水グルタル酸構造、グルタルイミド構造、N-置換マレイミド構造および無水マレイン酸構造から選ばれる少なくとも1種の環構造を主鎖に有する熱可塑性アクリル樹脂と、
1B:ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤と、
1C:を含み、
1D:110℃以上のガラス転移温度を有する
1E:熱可塑性樹脂組成物。
1F:ここで、前記ヒドロキシフェニルトリアジン骨格は、トリアジンと、トリアジンに結合した3つのヒドロキシフェニル基とからなる骨格((2-ヒドロキシフェニル)-1、3、5-トリアジン骨格)である。

・本件発明6(請求項6):
6A:ラクトン環構造、無水グルタル酸構造、グルタルイミド構造、N-置換マレイミド構造および無水マレイン酸構造から選ばれる少なくとも1種の環構造を主鎖に有する熱可塑性アクリル樹脂と、
6B:ヒドロキシフェニルトリアジン骨格を有する、分子量が700以上の紫外線吸収剤と、
6C:を溶融混合して、
6D:110℃以上のガラス転移温度を有する熱可塑性樹脂組成物を得る、
6E:熱可塑性樹脂組成物の製造方法。
6F:ここで、前記ヒドロキシフェニルトリアジン骨格は、トリアジンと、トリアジンに結合した3つのヒドロキシフェニル基とからなる骨格((2-ヒドロキシフェニル)-1、3、5-トリアジン骨格)である。

<明細書に記載された紫外線吸収剤の一例>
(【0073】【化8】に記載の一般式を一部改変、赤点線の円内が「ヒドロキシフェニルトリアジン骨格」)
画像
<被控訴人製品および被控訴人方法>
 被控訴人製品および被控訴人方法に用いられる紫外線吸収剤(被控訴人UVA、C42H57N3O6)の分子量は699.91848である。分子量に係る構成要件1Bおよび6Bの充足性を除き、本件発明1及び6の各構成要件を充足することに争いはない。

   

争点

1.技術的範囲の属否に関する争点
・構成要件1Bおよび6Bの文言充足性(争点1-1)
・均等侵害の成否(争点1-2)
2.特許の有効性に関する争点
・進歩性(争点2-1)
・サポート要件違反(争点2-2)
・明確性要件違反(争点2-3)
・訂正の再抗弁(争点2-4)
3.損害額に関する争点
 以下、争点1-1および1-2に関する事項を記載する。

判旨

 知財高裁は、文言侵害については構成要件1B、6Bの充足が認められず、均等侵害については均等論の第5要件を満たさないので、被控訴人製品および被控訴人方法は本件各発明の技術的範囲に属さないと判断した。
 なお、原審では、被告訴人UVAの分子量が「700以上」ではないとの相違点は、本件発明の本質的部分に係る差異であるいうべきであるから、均等論の第1要件を満たさないとの判断により、均等侵害は成立しないと結論づけている(第5要件は判断されていない)。知財高裁は、均等侵害は成立しないとの結論は同じであるが、第1要件は満たすが、第5要件を満たさないと判断した点で、原審とは異なる判断をしている。

<「分子量700以上」の数値限定の技術的意義について>
 知財高裁は、構成要件1Bおよび6Bの充足性ならびに均等侵害の成否を判断する前提として、「分子量が700以上」という数値限定の技術的意義を検討した。
 本件明細書の実施例および比較例からは、紫外線吸収剤の分子量が大きいほど、発泡が抑制され、昇華性・飛散性が低下する傾向が認められるものの、分子量700またはその前後を境として、本件各発明の作用効果に大きな差異が生じることは示されていない。
 このため知財高裁は、「分子量が700以上」という限定には臨界的意義を有するものではなく、本件各発明の作用効果との関係で技術的意義を有する相当程度広い数値範囲の中から、「切りのよい数字」として700が採用されたものと理解されると判断した。

<争点1-1(構成要件1B、6Bの充足性)について>
 知財高裁は、控訴人が「分子量が700以上」を「699.5以上」と解釈する根拠(技術常識)として援用したJIS基準(Z8401「数値の丸め方」)について、次のように検討し、本件JIS基準は控訴人の主張する技術常識の根拠となるものとはいえないと判断した。
 すなわち、本件JIS基準は、処理する必要のある端数を持った「与えられた数値」を一定の「丸め幅」に従って丸める場合の手法を示すものである。これに対して、構成要件1B、6Bの「700以上」という数値限定は、出願人が権利範囲を画定するために自ら任意に定めた数値、いわば「創設された数値」である。本来の技術的範囲を画する数値として、「端数のある数値」をまず決めた上で、当該数字を「丸める処理」をして、その「丸められた数値」を特許請求の範囲に記載することは、迂遠かつミスリーディングなものとなる。
 さらに、本件JIS基準は、丸めを行う桁、すなわち「丸めの幅」を定めていない。控訴人は丸めの幅を「1」とするが、その根拠は明らかでなく、丸めの幅を「10」とすることも排除されない。丸めの幅を大きくするほど権利範囲が拡大することになるため、そのような選択が可能な本件JIS基準は、クレーム解釈の基準として適切とはいえない。
 また、知財高裁は、控訴人が提出した学者の意見書等に基づき、①分子量は教科書や辞書では整数値で示されるのが通常であること、②分子量が整数値で示される場合には、小数点以下を有効数字の範囲外とし、通常は小数第1位を四捨五入した数値として理解されること、③紫外線吸収剤としての性質は、分子量699.91848の場合と700.00000の場合とで実質的に異なるとは考え難いこと、④科学的にみて700は700.0や700.0000とは異なり、桁数の異なる数値を比較することは適切でないことについて、一般的な技術常識が存在することは認められるとした。
 しかしながら知財高裁は、②の技術常識が存在するからといって、特許請求の範囲に発明特定事項として記載された数値限定の解釈に当該技術常識がそのまま妥当するものではないと判断した。
 すなわち、特許請求の範囲は、特許発明の技術的範囲を画するとともに、第三者の予測可能性を保障する「権利の公示書」としての役割が求められるものであるから、その解釈には特許法固有の観点が必要である。本件で問題となっている「700以上」という数値範囲が、権利者(出願人)が権利範囲を確定するために自ら定めたものである以上、その下限値である「700」は、切り下げまたは切り上げられた小数点以下の端数を持たない、本来的な意味での整数値と解釈するのが相当である。
 数値範囲にこれと異なる趣旨、役割を持たせるのであれば、特許請求の範囲または明細書に、分子量の計算方法や小数点以下の数値の処理等を説明しておくべきであり、そのような記載がないのだから、「分子量が700以上」との構成要件は、分子量が700をたとえ0.00001でも下回れば充足しないものと解すべきことになる。
 以上のことから知財高裁は、控訴人の主張は採用できず、被控訴人UVAは分子量が700に満たない699.91848であるから、被控訴人製品は構成要件1Bを、被控訴人方法は構成要件6Bを、それぞれ充足しないと判断した。

<争点1-2(均等侵害の成否)について>
 知財高裁は、均等論の第1要件(非本質的部分)について、「分子量が700以上」という数値限定は臨界的意義を有するものではなく、分子量699.91848と700とで紫外線吸収剤としての性質が実質的に異なるとは考え難いことから、分子量の相違は本件各発明の本質的部分に関するものではなく、第1要件を充足すると認定した。
 他方、知財高裁は、均等論の第5要件(意識的除外等の特段の事情)について、被控訴人が「700以上」とする数値範囲を定めたということは、「700以上」と「700未満」との線引きにより技術的範囲を画し、下限値「700」をわずかでも下回るものを技術的範囲から除外することを客観的、外形的に承認したと認めるのが相当であると認定した。
 したがって、分子量699.91848の被控訴人UVAを用いる被控訴人製品および被控訴人方法は、本件特許の特許出願手続きにおいて特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるというべきであり、第5要件を充足しないから、均等侵害は成立しないと判断した。

 

解説/検討

 化学等の分野では、実施例および比較例の結果を踏まえ、発明を数値限定により特定する(数値限定クレームとする)ことがあり、数値に臨界的意義が認められない場合であっても、実施例の数値と比較例の数値との間にある「切りのよい数値」を境界値(下限値または上限値)として採用する場合がある。
 本判決は、そのような数値限定クレームであっても、特許発明の技術的範囲を画する境界として数値が記載された以上、第三者の予測可能性を保障する「権利の公示書」としての役割を果たす必要があるから、特許法固有の観点を考慮して解釈すべきものであることを示した。たとえ、一般的な技術文献において数値を丸める技術常識があるとしても、特許請求の範囲に発明特定事項として記載された数値の解釈にその技術常識がそのまま妥当するものではないとされた。特許請求の範囲および明細書に、分子量の計算方法や小数点以下の数値の処理に関する記載がなかった(容易に手当できたにもかかわらず、そうしなかった)ことなどを踏まえ、小数第一位を四捨五入すれば所定の整数値となるようなわずかな数値の差であっても、均等論上の意識的除外に該当すると判断された。
 なお、控訴人は均等論の第5要件を争う中で、マキサカルシトール最高裁判決(平成29年判決)は、意識的除外と評価できる場合を、特許請求の範囲の構成に代替し得る技術を明細書に記載し、客観的、外形的に表示した場合に限定しており、出願人の主観的認識だけを問題としていない旨、主張した。これに対して知財高裁は、同最高裁判決はいわゆる出願時同効材に関する判断を示したものであって、本件には適切でなく、特許請求の範囲の公示機能を重視する趣旨に反するものではないとして、控訴人の主張を退けた。本判決は、数値限定クレームにおける均等論の第5要件の適用例であるとともに、平成29年最高裁判決との関係を示した事例として注目される。
 本判決を通じて、分子量、物性値等に係る数値限定を含む発明の出願書類を作成する際には、実施可能要件およびサポート要件の充足性だけでなく、境界値が有する技術的意義の明確化にも細心の注意を払い、技術常識に解釈を委ねることなく、特許請求の範囲または明細書の記載から明確に理解できるようしておくことの重要性が理解される。例えば、境界値を、本来的な意味での整数値ではなく、四捨五入その他の端数処理によって解釈すべき数値として記載するのであれば、その端数処理の方法や適用する桁数、さらにその数値限定に係る物性値等の測定方法等について、特許請求の範囲または明細書に明記する必要があると考えられる。そのようにすることで、物性値等の測定値を端数処理すると境界値の数値となる場合に、その測定値を有する物質は当該数値限定に係る構成要件を充足すると解することも可能になると考えられる。
 また、日本出願が、優先権を主張する外国出願または国際出願の基礎となる可能性も踏まえると、日本出願の書類作成の時点から、移行する可能性のある各国の法制度および実務の下でも、境界値等の数値が意図するとおりに解釈されることを可能とするよう、特許請求の範囲または明細書の記載を検討しておくことも望まれる。例えば、数値に「約」という語句を伴うことが許容されるか否か、数値範囲の境界値自体がその数値範囲内にあると解釈されるか否かは、各国の法制度や実務、技術常識の解釈等によって相違する可能性があるが、特許請求の範囲および明細書の記載を十分なものとしておけば、仮に意図したとおりに解釈されないと判断されたとしても、必要な補正を行うことで最終的に意図したとおりの解釈に近づけられると考えられる。
 本判決は、数値限定クレームについて、文言上、均等論上の技術的範囲の解釈を具体的に示した事例として、実務上参考になる。

 

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