【審決取消訴訟における訴えの利益】
投稿日:2026年5月8日 |
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著者:弁護士 山口 裕司
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参照条文/キーワード/論点 |
訴えの利益 |
ポイント審判請求人である原告の請求を全て認めている審決を取り消す利益はないと判断した。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第1部 |
| 判決言渡日 | 令和7年1月15日 |
| 事件番号 | 令和6年(行ケ)第10036号 |
| 事件名 | 審決取消請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
本多 知成
遠山 敦士 天野 研司 |
事案の概要
(1) 特許出願
原告は、2020年(令和2年)2月20日を国際出願日(優先日:平成31年2月25日)とする特許出願をした(特願2020-542668。以下「本願」という。また、明細書、特許請求の範囲及び図面を併せて「明細書等」という。)。
(2) 審査段階における手続等
本願については、数度にわたり拒絶理由の通知と手続補正書の提出がされたが、審査官は、令和3年7月28日付けで最後の拒絶理由の通知(甲14)をした。原告は、同年11月24日付けで意見書を提出するとともに、同日付け手続補正書を提出した(甲2。同手続補正書による補正を以下「本件補正1」という。)。
審査官は、令和4年2月16日付けで、本件補正1につき補正の却下の決定(甲12。以下「本件補正却下決定」という。)をした上で、本願につき拒絶査定をした(以下「本件拒絶査定」という。)。
(3) 審判段階における手続等
原告は、令和4年5月23日、上記拒絶査定につき拒絶査定不服審判を請求し、その請求の趣旨において、「補正却下の決定を取り消し、当該補正に基づいて、原査定を取り消す。本願の発明は特許すべきものとする。」との審決を求めた(甲13)。なお、原告は、同請求と同時に明細書等の補正をしなかった。
審判官は、令和5年4月5日付けで拒絶理由の通知(甲11)をした。同通知には、本件補正却下決定は不適法であるから取り消されるべき旨が記載されるとともに、本件補正1による補正後の本願につき新たに拒絶理由を通知する旨が記載されていた。
原告は、同年6月9日、意見書(甲27)及び手続補正書(甲26)を提出したが、審判官は、同年9月26日付けで拒絶理由の通知(甲5)をした。
原告は、同年12月4日付けで意見書(甲10)を提出するとともに、同日付けで手続補正書を提出した(甲28。同手続補正書による補正を以下「本件補正2」という。)。原告は、同意見書において、「審判請求人は、本願の審判請求時の請求項1(補正却下決定された請求項1)に係る発明は、特許されるべきものと考える。さらに、本意見書と同日付で手続補正書を提出しているが、その手続補正書の請求項1に係る発明についても、特許されるべきものと考える。」との意見を述べた。
令和6年3月5日、「原査定を取り消す。本願の発明は、特許すべきものとする。」との審決(以下「本件審決」という。)がされ、その謄本は同月19日に原告に送達された。
判旨
1 請求の趣旨第1項の後段及び第2項について
原告の請求(前記第1)のうち、1項の後段(「不服2022-8864事件の請求の趣旨どおり「補正却下の決定を取り消し、当該補正に基づいて、原査定を取り消す、本願の発明は特許すべきものとする。」。」との部分)及び2項の請求については、原告が正当と考える審決の結論を判決において宣言することを求めるものと解される。
しかし、裁判所は、審決取消訴訟において、請求を理由があると認めるときは、当該審決を取り消さなければならず(法181条1項)、その判決が確定したときは、審判官において更に審理を行い、審決をしなければならないものである(同条2項)。
これらの規定に照らすと、原告が正当と考える審決の結論を裁判所に宣言することを求めるこれらの請求は、いずれも不適法である。
2 請求の趣旨第1項の前段の訴えについて
(1) 訴えの利益について
原告の請求のうち1項の前段(「特許庁が不服2022-8864事件について令和6年3月5日にした審決を取り消し、」との部分)は、本件審決の取消しを求めるものと解される。
しかし、本件審決は、原査定である本件拒絶査定を取り消した上で、原告の判断によって最後にされた補正である本件補正2による補正後の特許請求の範囲の請求項1記載の発明(本件補正発明2)を特許すべきとするものであり、審判請求人である原告の請求を全て認めているものであるから、原告にこれを取り消す利益はないというべきである。
したがって、上記請求は、訴えの利益を欠くものとして不適法である。
(2) 原告の主張について
原告は、原告が特許を求めている発明は本件補正1による補正後の特許請求の範囲の請求項1記載の発明(本件補正発明1)であり、本件審決が取り消されれば、原告は本件補正発明1につき特許を受けることができるようになるから、原告には本件審決を取り消す利益があると主張する。
しかし、原告は、拒絶査定不服審判の請求の趣旨には「補正却下の決定を取り消し、当該補正に基づいて、原査定を取り消す。本願の発明は特許すべきものとする。」と記載していたが、審判段階で新たな拒絶理由の通知を受け、その後、特許請求の範囲の各補正(令和5年6月9日付け手続補正書(甲26)による補正、同年12月4日付け手続補正書(甲28)による本件補正2)をしているのであるから、原告は、審判手続において、自らの判断により、最後にされた本件補正2による補正後の発明(本件補正発明2)について特許すべきことを求めるに至ったとみるほかはない。そして、本件審決は、原告の請求どおり、本件補正発明2を特許すべき旨の結論に至ったのであるから、先に自らの判断によって行った補正を否定して、補正をしなかったならばされたであろう発明への特許を求めるために、請求どおりにされた審決の取消しを求めることは許されないというべきである。
したがって、原告の主張は採用することができない。その他、原告が主張する手続の経緯等をもっても、上記結論は左右されない。
解説/検討
訴えの利益が審決取消訴訟で問題となることはあるが、本件のような事例は過去に見当たらず、珍しいケースだと思われる。
「拒絶査定を取り消した審決及び特許無効審決の請求人、並びに無効不成立審決の被請求人等、結論において有利な審決を受けた者は、審決を取り消す利益(訴えの利益)がないから、審決の理由に不服があっても取消訴訟は提起できない。」と解されており(竹田稔=永井紀昭編『特許審決取消訴訟の実務と法理』109頁〔山田知司〕)、無理な審決取消訴訟の提起であったと言える。
