【水蒸気透過率の単位に「/24h」を追加する補正について新規事項追加を否定した事例】
投稿日:2026年5月25日 |
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著者:弁護士 盛田 真智子
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参照条文/キーワード/論点 |
特許法17条の2第3項/新規事項追加/技術常識/独立特許要件 |
ポイント
※本判決は、水蒸気透過率の数値限定に「/24h」という単位を追加する補正について、当業者の技術常識を踏まえれば新たな技術的事項を導入するものではないとして、新規事項追加(特許法17条の2第3項)を否定した。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第2部 |
| 判決言渡日 | 令和6年1月22日 |
| 事件番号 | 令和5年(行ケ)第10024号 |
| 事件名 | 審決取消請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
清水 響
勝又 来未子 浅井 憲 |
事案の概要
原告は、発明の名称を「経皮的分析物センサを適用するためのアプリケータ、および関連した製造方法」とする発明につき特許出願をしたが、拒絶査定を受けた。原告は、拒絶査定不服審判請求をすると同時に、手続補正書を提出して特許請求の範囲について補正した(本件補正)。特許庁は本件補正を却下した上で、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をした。原告は、審決取消訴訟を提起した。
1 発明の要旨
(1)原告の本願に係る発明は、経皮分析測定システムを受容者の皮膚に適用するためのシステム及び方法等に関するものであり、本件補正前の本願の特許請求の範囲の請求項1及び請求項17の記載は、次のとおりである(以下、請求項1に係る発明を「本願発明1」、請求項17に係る発明を「本願発明2」といい、これらを併せて「本願発明」という。)。
【請求項1】
皮膚上アセンブリを受容者の皮膚に適用するためのアプリケータであって、前記アプリケータが、
前記皮膚上アセンブリの少なくとも一部分を前記受容者の前記皮膚に挿入するように構成された挿入アセンブリと、
前記挿入アセンブリを受容するように構成されたハウジングであって、前記皮膚上アセンブリが通過するように構成される開孔を備える、ハウジングと、
作動時に、前記挿入アセンブリを作動させて、前記皮膚上アセンブリの少なくとも前記一部分を前記受容者の前記皮膚に挿入するように構成された作動部材と、
前記ハウジングの内部環境と前記ハウジングの外部環境との間に滅菌バリアおよび蒸気バリアを提供するように構成された封止要素と、を備える、アプリケータ。
【請求項17】
前記封止要素が、金属箔、金属基材、酸化アルミニウム被覆ポリマー、パリレン、蒸気メタライゼーションにより適用された金属で被覆されたポリマー、二酸化ケイ素被覆ポリマー、または 10グラム/100in2未満または好ましくは1グラム/100in2未満の水蒸気透過率を有する任意の材料のうちの少なくとも1つを含む、請求項1に記載のアプリケータ。
(2)本件補正後の請求項1及び請求項16の記載は次のとおりである(…)。なお、本件補正により請求項15が削除されたことから、前記(1)の請求項17は請求項16となった(以下、本件補正後の請求項1に係る発明を「本願補正発明1」、請求項16に係る発明を「本願補正発明2」といい、これらを併せて「本願補正発明」という。…)。
【請求項1】
皮膚上アセンブリを受容者の皮膚に適用するためのアプリケータであって、前記アプリケータが、
前記皮膚上アセンブリの少なくとも一部分を前記受容者の前記皮膚に挿入するように構成された挿入アセンブリと、
前記挿入アセンブリを受容するように構成されたハウジングであって、前記皮膚上アセンブリが通過するように構成される開孔を備える、ハウジングと、
作動時に、前記挿入アセンブリを作動させて、前記皮膚上アセンブリの少なくとも前記一部分を前記受容者の前記皮膚に挿入するように構成された作動部材と、
前記ハウジングの内部環境と前記ハウジングの外部環境との間に滅菌バリアおよび蒸気バリアを提供するように構成された封止要素と、を備え、
前記開孔を封止する前記封止要素が、前記作動部材も封止するように構成されている、アプリケータ。
【請求項16】
前記封止要素が、金属箔、金属基材、酸化アルミニウム被覆ポリマー、パリレン、蒸気メタライゼーションにより適用された金属で被覆されたポリマー、二酸化ケイ素被覆ポリマー、または 10グラム/100in2/24h未満または1グラム/100in2未満/24hの水蒸気透過率を有する任意の材料のうちの少なくとも1つを含む、請求項1に記載のアプリケータ。
争点に関する当事者の主張
第1 原告の主張する取消事由
1 取消事由1(本願発明2に係る本件補正における新規事項追加に関する判断の誤り)
当業者であれば、本願の優先日の時点における技術常識に照らして、本願明細書の【0051】及び【0144】に記載された水蒸気透過率の単位「g/100in2」が、「g/100in2/24h」であることは自明であると思料するから、上記の点に係る本件補正は、新規事項の追加に当たらない。
2 取消事由2(本願発明1に係る本件補正における独立特許要件に関する対比及び判断の誤り)
…引用発明と本願補正発明1とに相違点は存在しないとした本件審決の認定及び判断には誤りがあり、本件補正を却下した決定には、審決の結論に影響を及ぼす誤りがある。
3 取消事由3(手続違背、審理不尽)
被告は、本願に対して通知された拒絶理由通知書(甲11。以下「本件拒絶理由通知書」という。)においては、引用発明における「作動時に、前記挿入アセンブリを作動させて、前記皮膚上アセンブリの少なくとも前記一部分を前記受容者の前記皮膚に挿入するように構成された作動部材(アクチュエータ214、ハンドル302等)」が本願発明1の作動部材に相当すると認定していた。
ところが、被告は、原告に何ら通知することなく「作動部材」に係る解釈を変更し、本件審決において、本願補正発明1及び本願発明1の「作動部材」は、「作動時に、前記挿入アセンブリを作動させて、前記皮膚上アセンブリの少なくとも前記一部分を前記受容者の前記皮膚に挿入するように構成された」ものであればよいとして、引用発明における「針キャリア434」が、作動部材に相当すると認定した。
原告は、上記のように変更した解釈に対する反論の機会を与えられておらず、本訴における主張内容を、審判の過程において説明できていれば、本件審決の結論が変わった可能性が十分にある。
このような拒絶理由の認定判断の変更に対して何も通知せず、原告に反論の機会を与えずに本件審決をしたことは、実質的に、拒絶理由を通知せずに本願を拒絶したに等しいといえるので、本件審決には手続違背があり、また、審判の審理手続は審理不尽である。したがって本件審決には、手続違背又は審理不尽の取消事由がある。
審決の判断
審決は、以下の理由により、本件補正は不適法であって却下すべきものとし、 拒絶理由通知をすることなく拒絶審決をした。
(1)本願発明2に係る本件補正について(新規事項の追加)
「封止要素」の「任意の材料」の「水蒸気透過率」の「10グラム/100in2未満」または「1グラム/100in2未満」との数値限定が「24h」(24時間)当たりの値であることは、「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面」(以下「当初明細書等」という。)には記載されていない。また、「水蒸気透過率」において「グラム/100in2」で示された値を直ちに「24h」(24時間)当たりの値であるとみるべき技術常識があるわけでもない。
してみると、本願発明2に係る本件補正は、当初明細書等に記載した事項の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであり、特許法17条の2第3項に規定する要件を満たさない。
したがって、本願発明2に係る本件補正は、特許法17条の2第3項に規定する要件を満たさないので、同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。
(2)本願補正発明1の独立特許要件(新規性欠如)について
本願補正発明1と引用発明とに相違点は存在せず、本願補正発明1は、引用発明である。
仮に本願補正発明1と引用発明に相違点があるとしても、本願補正発明1は、引用発明から当業者が容易に発明をすることができたものである。
したがって、本願補正発明1は、特許出願の際、独立して特許を受けることができるものに該当しない。
本件補正は、特許法17条の2第6項において準用する同法126条7項の規定に違反するので、同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである。
(3)本願発明1について(新規性・進歩性欠如)
本願発明1は、本願補正発明1から構成Fに係る限定を外したものであるから、本願発明1は引用発明である。また、本願発明1は当業者が引用発明に基づいて容易に発明をすることができたものである。
したがって、本願発明1は特許法29条1項3号、又は同法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、他の請求項に係る発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
判旨
当裁判所は、本件補正のうち本願発明2に係るものは新たな技術的事項を導入するものではなく、本願発明1に係るものは独立特許要件の充足性に関する本件審決の検討は不十分であって、本件補正の却下は相当ではないから、本件補正前の本願発明について特許を受けることができないものと判断し、本願を拒絶すべきとした本件審決は取り消されるべきものと考える。
・・・
2 取消事由1(本願発明2に係る本件補正における新規事項追加に関する判断の誤り)について
(1)本願発明2に係る本件補正は、本件補正前の特許請求の範囲の請求項17の「10グラム/100in2未満または好ましくは1グラム/100in2未満の水蒸気透過率を有する任意の材料」を、「10グラム/100in2/24h未満または1グラム/100in2未満/24hの水蒸気透過率を有する任意の材料」へと補正するものである(下線は補正部分)。
(2)本件補正は、本願についての拒絶査定を受けて、拒絶査定不服審判請求(特許法121条1項)をする場合に、その審判の請求と同時にしたものである(同法17条の2第1項4号)。
(3)特許請求の範囲等の補正は、「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内」においてしなければならない(同法17条の2第3項)。これは、出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして、迅速な権利付与を担保するとともに、出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにしたものと解され、「願書に最初に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書、特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項(以下、単に「当初技術的事項」という。)を意味すると解するのが相当であり、補正が、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
(4)本件補正前の特許請求の範囲及び本願明細書の記載によれば本件補正は、次のとおり、「明細書、特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」されたものと認められる。
ア(ア)本願発明2に係る特許請求の範囲の記載は「前記封止要素が、金属箔、金属基材、酸化アルミニウム被覆ポリマー、パリレン、蒸気メタライゼーションにより適用された金属で被覆されたポリマー、二酸化ケイ素被覆ポリマー、または10グラム/100in2未満または好ましくは1グラム/100in2未満の水蒸気透過率を有する任意の材料のうちの少なくとも1つを含む、請求項1に記載のアプリケータ」というものである。当該記載からは、「10グラム/100in2未満または好ましくは1グラム/100in2未満の水蒸気透過率を有する任意の材料」が封止要素を構成する材料であると理解することができるものの、その余の特許請求の範囲の記載を踏まえても、上記の水蒸気透過率の単位が24時間単位であることをうかがわせる記載はない。
(イ)次に本願明細書をみると、封止要素の水蒸気透過率については、【0008】、【0051】、【0144】、【0164】の各段落において、「水分(例えば、水蒸気)に対して不浸透性の任意の好適な材料、例えば、金属箔(例えば、アルミニウムもしくはチタン)、金属基材、酸化アルミニウム被覆ポリマー、パリレン、蒸気メタライゼーションによって適用された金属で被覆されたポリマー、二酸化ケイ素で被覆されたポリマー」等と同様の不浸透性を有する材料の例として、「10グラム/100in^2未満または好ましくは1グラム/100in^2未満の水蒸気透過率を有する任意の材料」又は「10グラム/100in2未満もしくは好ましくは1グラム/100in2未満の水蒸気透過率を有する任意の物質」との記載がされている。しかし、これらの記載においても当該任意の材料の水蒸気透過率が24時間単位のものであるかは判然としない。したがって、本願明細書の記載からは、本願発明2の「10グラム/100in2未満または好ましくは1グラム/100in2未満」における「グラム/100in2」が、「グラム/100in2/24h」という24時間単位のものであることを直ちに読み取ることはできない。また、当該任意の材料は、封止要素に用いられるものであって、水分(水蒸気)に対して実質的に不浸透性の材料を意味するものと理解することができるものの、「実質的に不浸透性の材料」であるということから、当該任意の材料の水蒸気透過率を示す「10グラム/100in2」又は「1グラム/100in2」との記載が24時間単位であることを意味するものとは直ちに認めることはできない。
イ 本願の出願日当時の技術常識について検討するに、平成20年3月20日改正の日本工業規格「プラスチック-フィルム及びシート-水蒸気透過度の求め方(機器測定法) JIS K 7129」(甲9)には、エンボスなどのない表面が平滑な、プラスチックフィルム、プラスチックシート及びプラスチックを含む多層材料の感湿センサ法、赤外線センサ法及びガスクロマトグラフ法による水蒸気透過度の求め方について規定した規格について、「水蒸気透過度は、24時間に透過した面積1平方メートル当たりの水蒸気のグラム数〔g/(m2・24h)〕で表す。」との記載があることが認められるが、本願発明2においては、封止要素の材料はプラスチック又はこれを含むものに限られるものではなく、また、水蒸気透過度の測定方法も特定されていないから、上記日本工業規格をそのまま本願発明2に適用することができるということはできない。
また、本願の出願日以前に公開されていた文献には、シートやフィルム等の水蒸気透過度について、「g/m2/24hr」「g/100in.2/24hr」(甲5・特表2009-503279号公報)、「g/100in2/日」(甲6・国際公開第2016/097951号、特表2018-501127)、「g/1m2/24時間」「g/100in2/24時間」(甲7・特開2014-148361号公報)、「g/m2・day」(甲8・特開平11-43175号公報)、「g/24h/m2」(甲12・米国特許出願公開第2016/0058380号明細書)、「mg/日」(甲13・特表2012-519038号公報)などと、24時間又は一日当たりの値を示すものがある一方で、水分バリアーポリマーについて「g-mil/100in2/h」を用いるもの(乙1の1・2・米国特許第5799450号明細書)、絶縁基板について「g/m2/h」を用いつつ、樹脂封止シートについては「g/m2・day」を用いるもの(乙2・特開2014-67918号公報)、透明性樹脂シートについて「g/m2・1hr」を用いるもの(乙3・特開2010-284250号公報)、火傷創傷包帯の基材について「グラム/1h/1平方フィート」を用いるもの(乙4の1・2・米国特許第4820302号明細書)があり、1時間単位の値が用いられているものもみられるから、本願の出願日当時、水蒸気透過率について24時間単位で表すことが通常であったということはできない。原告は、医療分野では24時間又は一日単位が一般的に使用されていると主張するが、そうであるとしても、前記の各文献における使用例に照らすと、本願の出願日当時、医療分野において、水蒸気透過率を表す場合に時間単位が用いられることはなかったということはできない。
そうすると、当業者が、本願発明2に係る特許請求の範囲及び本願明細書の「10グラム/100in2未満または好ましくは1グラム/100in2未満」との記載をもって、「10グラム/100in2/24h未満または好ましくは1グラム/100in2/24h未満」を意味するものと当然に理解するとは認められない(なお、本願発明2に係る本件補正は、特許請求の範囲を「10グラム/100in2/24h未満または好ましくは1グラム/100in2未満/24h」とするものであるが、「1グラム/100in2未満/24h」は「1グラム/100in2/24h未満」の誤記であることが自明である。)。
ウ もっとも、前掲各証拠上、水蒸気透過率について1時間単位又は24時間(1日)単位で表すことが通常であると認められ、これを前提とすると、本願発明2の「10グラム/100in2未満または好ましくは1グラム/100in2未満」との記載は、「10グラム/100in2/h未満または好ましくは1グラム/100in2/h未満」又は「10グラム/100in2/24h未満または好ましくは1グラム/100in2/24h未満」のいずれかを意味することが当業者にとって自明であるということはできる。そして、「10グラム/100in2/h未満または好ましくは1グラム/100in2/h未満」を24時間単位に換算すると「240グラム/100in2/24h未満または好ましくは24グラム/100in2/24h未満」となる。
そうすると、本願補正発明2は、本願発明2の特許請求の範囲の記載と同じか又はそれよりも狭い範囲で水蒸気透過率を定めたものであり、また、この限定により何らかの技術的意義があることはうかがえないことからすると、本件補正により、本願発明2に関し、新たな技術的事項が付加されたということはできない。
したがって、本件補正は、本願発明2に関し、当初技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものではない。
(5) 以上のとおり、本願発明2に係る本件補正について、新たな技術的事項を導入するものであって特許法17条の2第3項の要件を満たさないと判断した本件審決には誤りがある。
3 取消事由2(本願発明1に係る本件補正における独立特許要件に関する対比及び判断の誤り)について
(1) 引用発明について
ア 甲1の記載
平成25年6月17日に公表された甲1(特表2013-523216号公報)には、別紙2「甲1の記載(抜粋)」のとおりの記載がある。
イ 引用発明の認定
前記アの記載によると、甲1に記載されている引用発明の内容は、前記第2の3(2)イのとおりであると認められる。
(2)本願補正発明1の「作動部材」の意義
ア 本願補正発明1の特許請求の範囲には、「作動時に、前記挿入アセンブリを作動させて、前記皮膚上アセンブリの少なくとも前記一部分を前記受容者の前記皮膚に挿入するように構成された作動部材」との記載がある。この記載によると、「作動部材」とは、挿入アセンブリを作動させて、皮膚上アセンブリの少なくとも一部分を受容者の皮膚に挿入するようにするものである。
イ 次に、本願明細書の記載について検討する。
(ア)「ハウジング104の側面は、作動部材(図1A~図1Cには図示せず)を受容するように構成された開口120をさらに備えてもよい。・・・ハウジング104の側面上に作動部材を設けることにより、アプリケータ100は、皮膚上アセンブリ102の容易な片手展開を受容者に提供することができる。」(【0049】)及び【図1A】の各記載によると、ハウジングの側面に作動部材を設けることにより、本願補正発明1のアプリケータの受容者(利用者)が、容易に片手でアプリケータを展開することができるのであるから、受容者が、片手でアプリケータを保持し、ハウジングの側面にある「作動部材」を押して挿入アセンブリを作動させて、皮膚上アセンブリを皮膚に挿入させて使用することが想定されている。なお、本願明細書【0074】にも上記同様の記載がある。
(イ)「アプリケータ200は、作動時に、挿入アセンブリ118(図1Bを参照)に、皮膚上アセンブリ102(図1Bを参照)の少なくとも一部分を、開孔106を通して受容者の皮膚に挿入するように構成された作動部材250(例えば、押しボタン)をさらに備えてもよい。・・・取り外し可能なキャップ212は、作動部材250を包むハウジング204の遠位部分を覆う。このように作動部材250を包むことは、偶発的な作動を防ぐことができる。」(【0070】)、【図1B】及び【図2B】の各記載によると、作動部材は例えば「押しボタン」であり、これをキャップで包むことによって偶発的な作動を防止することが想定されている。
(ウ)「封止層764は、作動部材750(すなわち、キャップ)とハウジング704との間に配設される。作動部材750は、キャップを遠位方向に移動させることによって作動されるように構成される。」(【0085】)及び【図7B】の各記載によると、作動部材はキャップ自体である場合があり、作動部材であるキャップを押すなどして移動させることにより、挿入アセンブリを作動させることも想定されている。なお、【0090】及び【図8B】によると、「入れ子式キャップ」を作動部材とする例もある。
(エ)「図11Aに示されるように、可撓性部材1160は、可撓性セクション1162が押されると作動部材1150が作動するように、作動部材1150の上に配設されるように構成された可撓性部材1162を備えてもよい。」(【0096】)及び【図11A】の各記載によると、作動部材の上に可撓性部材が配設されて、可撓性部材を介して作動部材を押す場合も想定されている。
(オ)「作動部材1550をさらに封止するように構成された剥離可能層1524を含む・・・アプリケータ1500は、剥離可能層1524を除去し、それによって開孔106および作動部材1550の両方を露出させることによって使用の準備ができる。」(【0102】)及び【図15B】の各記載によると、作動部材を封止する剥離可能層を除去して、作動部材を露出させると使用の準備ができるのであるから、露出した作動部材を利用者が押すなどして作動させることが想定されている。なお、作動部材が露出することで準備ができる旨の記載は本願明細書の【0103】、【0104】、【0105】、【0125】にもある。
(カ)「作動部材3650をユーザが押して、内部挿入アセンブリをトリガすることができる。」(【0107】)及び【図36B】の各記載によると、利用者が作動部材を押して挿入アセンブリを作動させることが想定されている。作動部材を押す旨の記載は本願明細書の【0108】、【0109】、【0117】、【0132】にもある。
(キ)以上を総合すると、本願明細書においては、「作動部材」は、押しボタンやキャップなど利用者が直接又は可撓性部材を介して押したり移動させたりすることができる部材であって、これを移動させることがトリガとなって、挿入アセンブリが作動することとなる部材を指すものと解するのが相当であり、このような理解は、作動部材が挿入アセンブリを「作動させる」ものであるという特許請求の範囲の記載とも整合する。そして、本願明細書にはこれに反する記載はない。
ウ したがって、本願補正発明1における「作動部材」は、当該部材に対する押すなどの作用がトリガとなって、挿入アセンブリが作動することとなる部材を指すと認めるのが相当である。
(3) 引用発明における「作動部材」
引用発明(前記(1)イ)においては、ユーザが「ハンドル402」を押下すると、「針キャリア434」が移動し、これによって針ハブ及びこれから延出する鋭利部材424が、センサ14のセンサ挿入部30を、被験者の皮膚Sの皮下部分内に運ぶから、ユーザが、「ハンドル402」を押下することがトリガとなって、挿入アセンブリに相当する「針ハブ及び鋭利部材424」が作動することとなるものと認められる。そうすると、引用発明において、本願補正発明1の「作動部材」に相当するものは「ハンドル402」である。
(4)本願補正発明1の構成Fについて
前記(2)及び(3)を前提として検討すると、引用発明における「ハンドル402」は本願補正発明1の「作動部材」に相当するところ、「ハンドル402」はアプリケータの最上面に存在しており、ハンドル402の円筒状の壁の遠位端の開口部を封止する「キャップ404」が、ハンドル402を覆っているものではないから(甲1【図47】参照)、引用発明においては作動部材が、開口部を封止する封止要素により封止されていないことが明らかである。そうすると、本願補正発明1が「前記開孔を封止する前記封止要素が、前記作動部材も封止するように構成されている」のに対し、引用発明はそのような構成を有していない点において両者は相違することになる。確かに引用発明においても、挿入アセンブリの動作が制限されることにより、ハンドル402の押下が制限され、結果的に作動部材の偶発的作動を防ぐという目的が達成されることになると考えられるが、「ハンドル402」そのものが封止されているわけではない以上、その相違する部分が引用発明の本質的部分に係るものかどうかは別として、相違点が認められることに変わりはない。
(5)小括
そうすると、本願補正発明1と引用発明が同じであるとはいえないから、本願補正発明1に、独立特許要件としての引用発明に基づく新規性欠如の拒絶理由があるということはできない。
そうすると、本願補正発明1が引用発明と同じであるとした本件審決の判断には誤りがある。また、本件審決は、仮に本願補正発明1と引用発明に相違点があるとしても容易に発明することができたとしたが、当該判断が前提とした相違点は何ら特定されておらず、本件審決では前記相違点に関する具体的検討がされていない以上、少なくとも、独立特許要件違反に関する本件審決の判断は不十分であったといわざるを得ない。したがって、本願補正発明1について独立特許要件違反を理由に本件補正を却下した本件審決の判断には誤りがあるから、取消しを免れない。
4 取消事由3(手続違背、審理不尽)について
特許法159条2項において読み替えて準用する同法50条ただし書の規定によれば、拒絶査定不服審判の請求と同時にされた本件補正について同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定による却下の決定をするときは拒絶の理由の通知をすることを要しないとされているが、審査手続及び審判手続の具体的経過に照らし、出願人の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるような場合には、拒絶の理由の通知をしないことが手続違背の違法となる余地があるものと解される。しかし、本件においては、前記のとおり、本件補正を却下したことは相当ではなかったと認められるのであるから、それだけで本件審決は取消しを免れない。そして、本件補正を却下しない場合において、被告が本願補正発明について査定の理由と異なる拒絶の理由を発見したときは、特許法159条2項において読み替えて準用する同法50条本文の規定により拒絶の理由を通知することになるはずであるから、手続違背を理由に本件審決を取り消さなくても原告の利益保護に欠けるところはない。したがって、取消事由3については判断することを要しない。
第6 結論
以上の次第で、原告の請求は理由があるから本件審決を取り消すこととして、主文のとおり判決する。
解説/検討
・新規事項の追加
本件では、補正後の単位(24時間単位)が、水蒸気透過率について通常用いられていた単位であったということはできないとされたものの、技術常識を検討した結果「1時間単位又は24時間(1日)単位で表すことが通常である」と認められた。そして、これを前提とすると、補正前の本願発明2の数値は、1時間単位又は24時間単位のいずれかを意味することが当業者にとって自明であるとされた。すると、補正前の発明の技術的範囲は「10グラム/100in2/24h未満または好ましくは1グラム/100in2/24h未満」もしくは「240グラム/100in2/24h未満または好ましくは24グラム/100in2/24h未満」(クレームが1時間単位の数値と解釈し、24時間単位の数値に換算したもの)のいずれかということになる。一方、補正後は「10グラム/100in2/24h未満または好ましくは1グラム/100in2/24h未満」であり、補正前後で、当業者が理解する数値限定の意味内容が変わる可能性がある。
しかし、「本願補正発明2は、本願発明2の特許請求の範囲の記載と同じか又はそれよりも狭い範囲で水蒸気透過率を定めたものであり、また、この限定により何らかの技術的意義があることはうかがえない」として、新規事項の追加に該当しないと判断された。
・手続違背及び審理不尽
特許法159条2項は、拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶理由を発見した場合には、原則として拒絶理由通知を要するとしている。他方、同項で準用される特許法50条ただし書により、拒絶査定不服審判請求時の補正について補正却下をする場合には、拒絶理由通知を要しない場合がある。しかし、そうすると、出願人には新たな拒絶理由に対応した補正をする機会が与えられないということになる。
裁判例の中には、「特許法の前記規定によれば,補正が独立特許要件を欠く場合にも,拒絶理由通知をしなくとも審決に際し補正を却下することができるのであるが,出願人である審判請求人にとって上記過酷な結果が生じることにかんがみれば,特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念を欠くものとして,審判手続を含む特許出願審査手続における適正手続違反があったものとすべき場合もあり得るというべきである。」として拒絶理由通知をして出願人に意見を述べる機会を与えるべきであった旨判示したケースもあった。(知財高判平成23年10月4日 平成22年(行ケ)第10298号「逆転洗濯方法」事件)
本件では、一般論ではあるが、「審査手続及び審判手続の具体的経過に照らし、出願人の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるような場合には、拒絶の理由の通知をしないことが手続違背の違法となる余地がある」と判示された。
