【引用発明との相違点の認定、進歩性の判断により無効審判不成立審決の取消を認めた事例】
投稿日:2026年5月11日 |
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著者:弁理士 大栗 由美
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参照条文/キーワード/論点 |
特許法29条2項/特許法36条6項1号/動機付け/阻害要因/便宜上設けられた工程 |
ポイント審決において、甲11発明の0.22μmの滅菌濾過膜に代えて親水性二重層PES膜(フィルタ)を使用することについては、具体的な記載又は示唆がされていないこと、スクアレン含有水中油型エマルジョンの回収率における予期し得ない優れた効果を奏するとして認められた進歩性について、甲11発明との技術分野の関連性、課題の共通性から動機付けがあるとして進歩性を否定した事案である。また、認定された甲11発明と参加人が主張する甲11発明との相違点「工程(Ⅲ)(バルクを大きな瓶に充填する工程)を経ること」について、技術的に必須であるものと認めるに足りる証拠はなく、便宜上設けられた工程であると判断され、進歩性は否定された。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第2部 |
| 判決言渡日 | 令和6年3月25日 |
| 事件番号 | 令和5年(行ケ)第10056号 |
| 事件名 | 承継参加申立事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
清水 響
浅井 憲 勝又 来未子 |
事案の概要
本件は、名称を「ワクチンアジュバントの製造の間の親水性濾過」とする発明についての特許(特許第5754860号。以下「本件特許」という。)の特許無効審判請求に係る不成立審決の取消訴訟である。審決では、訂正した請求項について、明細書のサポート要件に適合すること、および甲11~14に対する進歩性を認め、請求項1~36、38~54についての審判の請求は成り立たないこと、および請求項37についての審判の請求を却下する審決がなされた。その後、原告(KMバイオロジクス株式会社)は脱退被告(ノバルティス アーゲー)を被告として、本件審決のうち特許無効審判請求を不成立とした部分の取消しを求める訴えを提起した。脱退被告は、承継参加人(セキラス ユーケー リミテッド)に対し、本件特許に係る特許権を譲渡し、参加人は本件承継参加の申出をした。
(1)本件発明
【請求項1】
スクアレン含有水中油型エマルジョンを製造するための方法であって、該方法は、
(i)第1の平均油滴サイズを有する第1のエマルジョンを提供する工程;
(ii)該第1のエマルジョンを微小流動化して、該第1の平均油滴サイズより小さな第2の平均油滴サイズを有する第2のエマルジョンを形成する工程;および
(iii)該第2のエマルジョンを、0.3μm以上の孔サイズを有する第1の層と0.3μmより小さい孔サイズを有する第2の層とを含む親水性二重層ポリエーテルスルホン膜を使用して、濾過し、それによって、スクアレン含有水中油型エマルジョンを提供する工程、
を包含する、方法。
争点
1 原告による取消事由1の提出が信義則に反しているか否か
2 本件発明1の甲11に対する進歩性、動機付けの有無(取消事由1)
3 阻害要因の有無
以下では、争点「2」及び「3」に関する点について記載する。
審決の判断
(1)無効理由3(本件各発明に係る特許請求の範囲の記載のサポート要件違反)について
・・・本件明細書の記載によると、発明の詳細な説明には、50L規模のエマルジョン濾過後の良好なエマルジョン回収率に係る現実の試験結果(本件各発明に係る親水性二重層PES膜の例であると一応理解し得る複数種のフィルタ1及び8から10までを用いたもの)と共に、本件各発明に係るいずれの方法についても当業者が使用することができるといえる程度の明確かつ十分な記載がされているということができる。
・・・したがって、・・・いずれも明細書のサポート要件に適合するものである。
(2) 無効理由4(1)(甲11(Humana Press, Inc.発行の「Methods in Molecular Medicine」42巻(2000年)の211~228頁に掲載された「The Adjuvant MF59: A 10-Year Perspective」(Gary Ott ら著))に記載された発明を主引用発明とする進歩性欠如)について
ア 甲11記載の発明の認定
甲11には、次の各発明(以下、順に「甲11発明1」及び「甲11発明2」という。)が記載されている。
(甲11発明1)
次の工程(Ⅰ)~(Ⅲ):
(Ⅰ)ポリソルベート80をWFIに溶解させて水性クエン酸ナトリウム-クエン酸緩衝液と組合せ、それとは別に、ソルビタントリオレエートをスクアレンに溶解させ、これら二つの溶液を組み合わせた後、インラインホモジナイザーで処理して、粗エマルジョンを得る工程:
(Ⅱ)当該エマルジョンを、所望の粒径になるまでマイクロフルイダイザーの相互作用チャンバーに繰り返し通らせて、平均粒径が約150nmで1.2μm以上の粒子数の仕様上の上限が3.3×107/mlである、MF59C.1アジュバントエマルジョンの50L規模のバルクを取得する工程:
及び
(Ⅲ)得られたバルクを0.22μm膜に通して滅菌濾過する工程;
を含む、MF59C.1サブミクロンエマルジョンを製造する方法
イ 本件発明1と甲11発明1との対比
本件発明1と甲11発明1は、次の一致点において一致し、相違点1において相違する。
(一致点)
スクアレン含有水中油型エマルジョンを製造するための方法であって、該方法は、
・第1の平均油滴サイズを有する第1のエマルジョンを提供する工程;
・該第1のエマルジョンを微小流動化して、該第1の平均油滴サイズより小さな第2の平均油滴サイズを有する第2のエマルジョンを形成する工程;
および
・該第2のエマルジョンを、膜を使用して、濾過し、それによって、スクアレン含有水中油型エマルジョンを提供する工程、
を包含する、方法
(相違点1)
濾過で使用される「膜」が、本件発明1では、「0.3μm以上の孔サイズを有する第1の層と0.3μmより小さい孔サイズを有する第2の層とを含む親水性二重層ポリエーテルスルホン膜」であるのに対し、甲11発明1では、「0.22μm」の膜であって、上記の構成の膜であることの規定がない点
ウ 判断
(ア) 相違点1に係る本件発明1の構成の容易想到性について
相違点1に係る膜は、整理すると、本件各要件を併せ満たす親水性二重層PES膜(フィルタ)である。
そして、甲11には、甲11発明1に係る方法において、0.22μmの滅菌濾過膜を用いた濾過に代え、又は当該濾過に加え、本件各要件を併せ満たす親水性二重層PES膜(フィルタ)を使用することについては、何ら具体的な記載又は示唆がされていない。・・・この点に関し、本件各要件を併せ満たす親水性二重層PES濾過膜の例として、この点に関し、本件各要件を併せ満たす親水性二重層PES濾過膜の例として、「Sartopore®2」(以下「本件製品」という。)は、丙4(甲15)(Sartorius社が2007年に発行した製品カタログ)の記載にみられるように、本件優先日前から市販されており、当業者にとって周知であったとはいえるものの、丙4において、甲11発明1に係るMF59C.1のようなスクアレン含有水中油型エマルジョンを滅菌濾過対象とすることの記載又は示唆がみられるわけでもない。・・・甲11発明1に係る方法において、0.22μmの滅菌濾過膜を用いた濾過に代え、又は当該濾過に加え、本件各要件を併せ満たす親水性二重層PES濾過膜を用いた濾過を行うことが当業者にとって容易に想到し得たということはできない。
<参考:本件製品>

(イ)本件発明1の効果について
本件発明1に係る方法が奏す有利な効果について、本件明細書の実施例4の試験結果がまとめられた【表3】を含む段落【0197】並びに当該試験において用いられたフィルタの仕様等に関する甲36、37等の各表の記載によれば、相違点1に係る本件各要件を併せ満たす膜(すなわち、本件各発明に係る親水性二重層PES膜(例えば、フィルタ1、9、10))を濾過膜として使用することで、本件各要件の全ては満たさない比較対照フィルタ(具体的には、例えば、第2の層又は第1の層及び第2の層の両方の材料がPVDFである(PESではない)親水性二重層フィルタ(フィルタ2、3)、単層である孔サイズ0.2μmの親水性フィルタ(フィルタ4、5)、第1の層の孔サイズが0.2μmである(「0.3μm以上」ではない。)フィルタ(フィルタ7))を使用した場合と比較して、例えば、「50L規模の商業スケール」との条件の下でのスクアレン含有水中油型エマルジョンの回収率において、予期し得ない優れた効果がもたらされるものと理解することができる。
エ 本件発明1についての小括
前記アからウまでにおいて検討したとおりであるから、本件発明1は、甲11記載の発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
・・・
カ 無効理由4(1)についての小括
前記アからオまでにおいて述べたとおりであるから、無効理由4(1)は、理由がない。
<参考:本件発明の明細書の記載>
(3)無効理由4(2) (甲12の1に記載された発明を主引用発明とする進歩性欠如)
(4)無効理由4(3)(甲13に記載された発明を主引用発明とする進歩性欠如)
(5)無効理由4(4)(甲14に記載された発明を主引用発明とする進歩性欠如)
(3)~(5)は相違点、判断が(2)とほぼ同じなので省略。
判旨
取消事由1(甲11記載の発明を主引用発明とする進歩性欠如についての判断の誤り(無効理由4(1)関係))について
(1)本件訴訟における取消事由1の提出が許されないとの参加人の主張について
ア 認定事実
(省略)
(イ)本件審決は、甲11記載の発明を主引用発明として本件各発明の進歩性欠如をいう無効理由4(1)について審理し、甲11記載の発明並びに本件発明1と甲11記載の発明の一致点及び相違点について、前記第2の3(2)ア及びイのとおり認定した上、当該相違点に係る本件発明1の構成の容易想到性について、前記第2の3(2)ウ(ア)のとおり判断した(原告は、本件審判手続において、本件発明1と甲11記載の発明の一致点及び相違点につき、本件審決が認定したのと同趣旨の主張をしていたことが認められる。)。
(ウ)原告は、本件訴訟における取消事由1として、前記第3の1のとおり主張した。甲11発明(原告)は、本件審判手続において原告の主張した甲11発明の内容と同趣旨であると認められる(甲11発明(原告)には、「最終単回投与用バイアルに充填」することなどについての言及はないが、甲11発明(原告)は、「(Ⅲ-2)得られたバルクを0.22μm膜に通して滅菌濾過する工程」を「含む」MF59C.1アジュバントエマルジョンの製造方法としているので、バイアルに充填することなどは除外されていない。)。しかし、本件発明1と甲11記載の発明の相違点に関する原告の主張は、本件審判手続におけるのと比較して、次のとおり異なっている。原告は、相違点に係る本件発明1の構成は変更せず、相違点に係る甲11記載の発明の発明特定事項を付加し、相違点に係る甲11記載の発明の構成を更に限定する趣旨の主張をしていることになる(本件発明2等と甲11記載の発明との相違点についても同様である。)。

イ 特許法に規定する審決の取消訴訟においては、特許無効審判請求の手続において審理判断がされなかった公知事実との対比における無効原因は、審決を違法とし、又はこれを適法とする理由として主張することができないものと解される(前掲最高裁昭和51年3月10日大法廷判決参照)。
これを本件についてみるに、・・・甲11記載の発明は、本件審判手続において審理判断の対象となった無効原因に係る公知事実であり、現にその内容について認定判断がされたものに該当するというべきであるから、原告の本件訴訟における取消事由1に係る主張(甲11記載の発明を主引用発明として本件各発明の進歩性欠如をいう主張)は、本件審判手続において審理判断がされなかった公知事実との対比における無効原因をいうものと解することはできず、当該主張に係る取消事由1が本件訴訟の審理の対象でないと解することもできない。
・・・原告による取消事由1の提出が信義則に反して許されないと評価することができる事実を認めるに足りる証拠はない。
ウ 以上のとおりであるから、本件訴訟における取消事由1の提出が許されないとの参加人の主張を採用することはできない。
(2)本件発明1の進歩性について
ア 甲11の記載



(ア)(甲11発明(認定))
(Ⅰ)ポリソルベート80をWFIに溶解させて水性クエン酸ナトリウム-クエン酸の緩衝液と組み合わせ、それとは別に、ソルビタントリオレエートをスクアレンに溶解させ、これら2つの溶液を組み合わせた後、インラインホモジナイザーで処理して、粗エマルジョンを得る工程、
(Ⅱ)当該粗エマルジョンを、所望の粒径になるまでマイクロフルイダイザーの相互作用室に繰り返し通らせて平均粒径が約150nm、1.2μm以上の粒子がml当たり3.3×107個程度のサブミクロンエマルジョンを取得する工程、
(Ⅲ-1)バルクエマルジョンを窒素下で0.22μm膜に通して濾過し、大きな粒子を取り除いて、平均粒径が約150nm、1.2μm以上の粒子がml当たり0.2×106個程度であるMF59C.1アジュバントエマルジョンの50L規模のバルクを手に入れる工程、
(Ⅲ-2)得られたアジュバントエマルジョンのバルクを0.22μm膜に通して滅菌濾過する工程、
を含むMF59C.1アジュバントエマルジョンの製造方法
(イ)参加人の予備的主張について
参加人は、予備的に、甲11には甲11発明(参加人)が記載されていると主張する。
そこで検討するに、甲11発明(認定)と甲11発明(参加人)との有意かつ実質的な相違は、後者の工程(Ⅲ)(MF59C.1アジュバントエマルジョンのバルクを大きな瓶に充填する工程)の有無である(両者のその余の相違は、本件発明1と甲11記載の発明との相違点に係る本件発明1の構成の容易想到性の判断に影響を及ぼすものではない。)。
ところで、引用発明(特許法29条1項各号に掲げる発明)も発明である以上、その認定は、引用例に記載されるなどしたまとまりのある技術的事項に基づいてされなければならないものと解される。また、引用発明の認定は、これを進歩性の有無が問題とされる発明(以下「対象発明」という。)と対比させて、対象発明と引用発明との相違点に係る技術的構成を確定させることを目的としてされるものであるから、対象発明との対比に必要な技術的構成について過不足なくされなければならないが、当該過不足のない認定がされていれば足り、特段の事情がない限り、対象発明の発明特定事項との対応関係を離れ、引用発明を必要以上に限定して認定する必要はないものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、前記アの甲11の記載によると、微小流動化後のアジュバントエマルジョンを第1の膜で濾過した後のアジュバントエマルジョンについては、これを抗原溶液と組み合わせる場合と組み合わせない場合(甲11によると、後者は、アジュバントエマルジョンを別個のバイアルとして提供する場合であり、MF59のバルクを滅菌濾過し、最終単回投与用バイアルに充填して包装することになる。)とがあることが認められ、少なくとも後者の場合において、参加人が主張する工程(Ⅲ)(バルクを大きな瓶に充填する工程)を経ることが技術的に必須であるものと認めるに足りる証拠はない。そうすると、参加人が主張する工程(Ⅲ)は、前者の場合のために便宜上設けられた工程であると考える余地があるから、甲11記載の発明の認定に当たり、参加人が主張する工程(Ⅲ)が必須のものではないとして、これが含まれないものと認定したとしても、そのような認定がまとまりのある技術的事項に基づいてされたものではないということはできない。
また、前記第2の2のとおり、本件発明1は、(ⅰ)第1のエマルジョンを提供する工程、(ⅰⅰ)第1のエマルジョンを微小流動化して第2のエマルジョンを形成する工程及び(ⅰⅰⅰ)第2のエマルジョンを第1の層と第2の層とを含む親水性二重層ポリエーテルスルホン膜を使用して濾過する工程を包含するというものであり、参加人が主張する工程(Ⅲ)又はこれに相当する工程を具体的な発明特定事項とするものではないから、甲11記載の発明の認定に当たり、参加人が主張する工程(Ⅲ)の認定が必要でないとして、これを含まないものと認定したとしても、そのような認定は、本件発明1との対比に必要な技術的構成について過不足なくされたものであるといえる。
したがって、甲11記載の発明につき、参加人が主張するように認定するべきであるということはできない。
ウ 本件発明1と甲11発明(認定)との相違点の認定
(相違点A)
濾過工程について、本件発明1においては、「0.3μm以上の孔サイズを有する第1の層と0.3μmより小さい孔サイズを有する第2の層とを含む親水性二重層ポリエーテルスルホン膜を使用して、濾過」する工程と特定されているのに対し、甲11発明(認定)においては、「(Ⅲ-1)バルクエマルジョンを窒素下で0.22μm膜に通して濾過し、大きな粒子を取り除いて、平均粒径が約150nm、1.2μm以上の粒子がml当たり0.2×106個程度であるMF59C.1アジュバントエマルジョンの50L規模のバルクを手に入れる工程、(Ⅲ-2)得られたアジュバントエマルジョンのバルクを0.22μm膜に通して滅菌濾過する工程」と特定されている点
(イ)甲11記載の発明につき、これを甲11発明(認定)のとおりに認定すべきことは、前記イのとおりであるから、本件発明1と甲11記載の発明との間に本件審決が認定した相違点1が存在するとの参加人の主位的主張及び両者の間に相違点1”が存在するとの参加人の予備的主張は、いずれも採用することができない。
エ 相違点Aに係る本件発明1の構成の容易想到性
(ア)丙4(その訳文は、丙4に添付されたもの、甲15に添付されたもの及び甲70(本件審判手続において脱退被告が提出したもの)である。)の記載

-・・・

・・・

(イ)甲65の記載


・・・

(ウ)周知技術の認定
・・・本件製品は、孔サイズが0.45μmである予備濾過膜及び孔サイズが0.2μmである最終濾過膜からなる親水性異質二重層ポリエーテルスルホン膜を備えるものであると認められる。また、証拠(甲46(ノバルティス・ヴァクシーンズ作成の2009年7月22日付け文書)、甲65、丙4)及び弁論の全趣旨によると、本件製品は、本件優先日当時に市販されており、本件製品が備える上記の膜は、本件優先日当時の当業者に広く知られていたものと認められる(なお、参加人も、この点を特段争うものではない。)。したがって、本件製品の上記の膜を用いて濾過を行うことは、本件優先日当時の周知技術(以下「本件周知技術」という。)であったものと認めるのが相当である。
(エ)本件適用に係る動機付けの有無
a 技術分野
(a) 前記アの甲11の記載によると、甲11発明(認定)は、ワクチンアジュバントのエマルジョンを製造する技術の分野に属する発明であると認められる。・・・
・・・甲65は、これらの膜を備えた具体的な製品として、本件製品に言及している。また、前記(ア)のとおり、丙4には、本件製品が「広範囲の医薬製品を濾過できるように設計されたものであり、広範囲の化学的適合性を備えるものである」旨の記載がある。これらによると、本件製品は、少なくとも上記の「従来の製薬」に該当すると解されるワクチンアジュバントのエマルジョンの製造にも当然に適用し得るものであると認められるから(なお、前記(ア)のとおり、丙4には、本件製品の用途の例として「バルク医薬品」が挙げられている。)、本件周知技術は、甲1発明(認定)が属する技術分野を包む技術分野に属する技術であると認めるのが相当である。
以上のとおりであるから、甲11発明(認定)と本件周知技術とは、その属する技術分野を共通にするといえる。
・・・
b 甲11発明(認定)が有する課題
(a)甲11には、前記アにおいて認定した箇所を含め、本件適用を動機付けるような課題の記載はみられない。
しかしながら、甲20(日本ワクチン学会編「ワクチンの事典」(平成16年))の「無菌性の保証 ワクチンは通常、…無菌製造、無菌充填が行われる。」との記載、前記(イ)のとおりの甲65の記載(「プレフィルタと最終フィルタの組合せを正しく選択することで、流速、濾過時間及び全体的な濾過コストの最適なバランスが得られる」旨の記載、「膜濾過の主な目標である滅菌濾液の提供を評価する基準として、①細菌の効果的な保持がされること、②高い総処理量を有することによる濾過コストの削減がされること、③許容可能な範囲の流速による妥当な時間枠におけるバッチ全体の濾過がされることなどが挙げられる」旨の記載、「本件製品の製造業者が製造する本件製品と同種の製品のプレフィルタ層は、非常に高い処理量を実現し、10インチエレメント当たりの有効濾過面積を30%以上向上させ、0.2μmの最終フィルタ層は、本件製品の組合せと同じで、信頼性の高い細菌保持を提供する」旨の記載等)に加え、甲11発明(認定)と本件周知技術とがその属する技術分野を共通にすること(前記a)に照らすと、ワクチンアジュバントのエマルジョンの製造に用いられる濾過膜については、その品質を向上させるため、①細菌を効果的に保持すること、②総処理量が大きいこと及び③流速が妥当なものであることが求められているものと認められる。それのみならず、そもそもワクチンアジュバントのエマルジョンの製造に用いられる濾過膜において、上記①から③までの要請が達成されることにより当該濾過膜の品質の向上につながることは、これらの要請の内容に照らし、本件優先日の当業者にとって自明であったというべきである。したがって、甲11発明(認定)には、これらの要請を達成するとの課題(以下「本件課題」という。)が内在しており、甲11発明(認定)に接した本件優先日当時の当業者は、甲11発明(認定)が本件課題を有していると認識したものと認めるのが相当である。・・・
c 本件課題の解決手段
(a)前記(ア)のとおりの丙4の記載、前記(イ)のとおりの甲65の記載及び弁論の全趣旨によると、本件製品が備える親水性異質二重層ポリエーテルスルホン膜をワクチンアジュバントのエマルジョンの製造(濾過)に用いることにより、本件課題をいずれも解決することができるものと認めるのが相当である。
・・・
e 本件適用に係る動機付けの有無についての小括
以上のとおりであるから、本件優先日当時の当業者において、甲11発明(認定)に本件周知技術を適用する動機付けがあったものと認めるのが相当である。
(オ)本件適用に係る阻害要因の有無
a 参加人は、甲11記載の発明の第1の濾過工程において用いられる膜の孔サイズが0.22μmであるのに対し、本件周知技術の予備濾過膜の孔サイズは0.45μmであるところ、・・・甲11記載の発明の第1の濾過工程において用いられる膜に代えて、孔サイズが2倍以上になる本件周知技術の予備濾過膜を適用することには阻害要因があると主張する。
しかしながら、・・・甲11発明(認定)は、①細菌を効果的に保持するとの課題のほか、②総処理量を大きくするとの課題及び③流速を妥当なものにするとの課題を内在しているところ、当該②及び③の課題の解決のためには、目詰まりの防止等の観点から、適当な範囲で膜の孔サイズを大きくすることも十分に考え得ることであるから、甲11発明(認定)に接した本件優先日当時の当業者は、本件課題を解決するため、甲11発明(認定)において用いられる各膜の孔サイズを適当な範囲で大きくすることも小さくすることも検討するものと認められる。以上のとおりであるから、本件周知技術における予備濾過膜の孔サイズが0.45μmであることは、本件適用に係る阻害要因ではない。
b 参加人は、本件製品の膜につき、丙4にはこれをスクアレン含有水中油型エマルジョンを含む水中油型エマルジョンの滅菌濾過に用い得る旨の記載がないとして、甲11記載の発明の第1の濾過工程において用いられる膜に代えて、本件周知技術の予備濾過膜を適用することには阻害要因があるとも主張する。
しかしながら、甲11発明(認定)と本件周知技術とが
・・・
(カ)相違点Aに係る本件発明1の構成の容易想到性についての小括
以上のとおりであるから、本件優先日当時の当業者は、甲11発明(認定)に本件周知技術を適用することにより、相違点Aに係る本件発明1の構成に容易に想到し得たものと認めるのが相当である。
オ 本件発明1が奏する効果
本件発明1の奏する効果が予測することのできない顕著なものであるか否かの判断に当たっては、本件優先日当時において、本件発明1の構成が奏するものとして本件優先日当時の当業者が予測することのできないものであったか否か、当該構成から当該当業者が予測することのできた範囲の効果を超える顕著なものであったか否かという観点から検討するのが相当である(最高裁令和元年8月27日第三小法廷判決(平成30年(行ヒ)第69号)裁判集民事262号51頁参照)。この点に関し、参加人は、本件発明1は本件各要件を全て満たす親水性二重層ポリエーテルスルホン膜を採用することにより、当該膜を使用しない場合と比較して、著しく高いエマルジョンの回収率を達成するところ、当該効果(本件効果)は本件優先日当時の当業者が予測することのできない顕著なものであったと主張する。・・・本件明細書の実施例4の【表3】中の回収率の低いものとして比較対象となる膜の材質や孔サイズは本件明細書中では十分に開示されておらず、仮に事後的に甲36において示された材質や孔サイズを前提としたとしても、例えば、フィルタ2とフィルタ7を比較すると、同じ孔サイズの場合、最終フィルタの材質がPESであるものよりもPVDFであるものの方が回収率が高くなっているなど、これらのデータだけでは、参加人の主張する顕著な回収率が本件発明1に係る親水性二重層ポリエーテルスルホン膜の効果によるものであるとの証明がされているとはいえない。それのみならず、・・・本件製品を用いて50L程度のエマルジョンを濾過した場合、膜の詰まりの程度が低く抑えられ、本件明細書に記載された程度の高い回収率を実現し得ることは、本件優先日当時の当業者にとって容易に理解し得たものと認めるのが相当である(なお、本件明細書の段落【0197】も、実施例4における低回収率の原因は膜の詰まりであるとしている。)。
以上によると、本件各要件を全て満たす親水性二重層ポリエーテルスルホン膜を使用した場合と当該膜を使用しない場合とを比較し、前者の場合に得られる本件効果が当業者において予測することができない顕著なものであったとする参加人の主張の妥当性には疑問がある上、参加人が主張する本件効果は、甲11発明(認定)に本件周知技術を組み合わせた構成(本件発明1の構成)が奏するものとして本件優先日当時の当業者が予測することのできないものであったと認めることはできず、また、当該構成から当該当業者が予測することのできた範囲の効果を超える顕著なものであったと認めることもできないというべきである。その他、本件効果が、本件発明1の構成が奏するものとして本件優先日当時の当業者が予測することのできないもの又は当該構成から当該当業者が予測することのできた範囲の効果を超える顕著なものであったと認めるに足りる証拠はない。・・・
カ 本件発明1の進歩性についての小括
以上のとおりであるから、本件発明1は、本件優先日当時の当業者において甲11発明(認定)に基づき容易に発明をすることができたものであり、進歩性を欠くものである。これと異なる本件審決の判断は誤りである。
解説/検討
1 まとめ
本判決ではサポート要件については判断することなく、甲11に基づく進歩性(取消事由1)のみについて判断されました。
審決では、甲11に具体的な記載又は示唆がされていないこと、本件明細書に記載の実施例の記載から予期し得ない優れた効果がもたらされるものと判断したのに対し、本判決では、周知技術を認定した上で、甲11発明(認定)に周知技術を適用することの動機付けの有無について、技術分野の共通性、課題の自明性、課題が解決できること等から動機付けがあり、阻害要因もないと判断しました。また審判では本件明細書の記載から認めていた予期し得ない優れた効果については、親水性二重層ポリエーテルスルホン膜の効果とすることが実施例から証明されてるとは言えないことや当業者が予測することのできた範囲の効果を超える顕著なものとまで言えないとして否定しました。
2 検討
審決では引用発明に示唆がないことや顕著な効果で認められていた進歩性の判断について、動機付けの有無に着目し、審査基準の判断基準の手順にしたがい、技術分野の関連性、課題の共通性(自明性)等から審決の判断を誤りとする判断がされており、引用発明を組み合わせることの動機付けがあることについての判断の手順を明確に示した上で判断された。
