【拒絶審決に対する審決取消訴訟であり、進歩性が否定された事例】
投稿日:2026年5月14日 |
![]()
著者:弁理士 松野 知紘
|
参照条文/キーワード/論点 |
特許法29条2項/進歩性/容易の容易 |
ポイント
本件は、特許出願の拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は、進歩性の有無であり、「周知の事項1を適用した」引用発明に周知の事項2を適用する動機付けが認められ、進歩性が否定された事案である。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第2部 |
| 判決言渡日 | 令和5年12月26日 |
| 事件番号 | 令和5年(行ケ)第10013号 |
| 事件名 | 審決取消請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
清水 響
浅井 憲 勝又 来未子 |
審決の判断
⑴ 本願発明
【請求項1】
予め亜鉛メッキされた金属薄板材料からなる管外周壁(4)が用意され、
管縦方向(L)に延在する前記管外周壁(4)の直線状の外周壁縦方向エッジ(6)が互いに向き合うように、金属薄板材料からなる前記管外周壁(4)が円筒状磁極管(2)に変形され、
前記管外周壁(4)が溶接装置(28)に供給され、前記管外周壁(4)の前記外周壁縦方向エッジ(6)がレーザー溶接継目(10)によって互いに材料結合式に連結され、周方向に閉じた前記円筒状磁極管(2)を形成し、前記外周壁縦方向エッジ(6)間の流体封止的な突き合わせエッジ連結が実現され、
前記円筒状磁極管(2)の一方の端面を閉鎖するカバー(14)が設けられている、電動機用磁極ハウジング(16)を製作するための方法において、
前記円筒状磁極管(2)がプレス装置(34)に供給され、前記円筒状磁極管(2)の前記一方の端面側の管端部(12a)の内壁側に、前記カバー(14)を支持するための半径方向の載置面(36)と軸方向の環状壁区間(38)を有する段付き部(32)が全周にわたって形成され、
前記カバー(14)が前記載置面に配置され、
前記カバー(14)を越えて突出する軸方向の前記環状壁区間(38)の領域が前記カバー(14)を保持しつつ全周にわたって前記一方の端面側の管端部(12a)の塑性変形によって半径方向内側に変形され、それにより前記カバー(14)が端板として、前記カバー(14)と前記円筒状磁極管(2)の間に流体封止的連結を形成するように前記円筒状磁極管(2)の前記一方の端面側の前記管端部(12a)にかみ合い結合式に固定されることを特徴とする方法。

⑵ 引用発明(争いなし)

(本願) (主引例)
⑶ 相違点(争いなし)
カバーの管端部への固定について、本願発明は、「前記円筒状磁極管(2)がプレス装置(34)に供給され、前記円筒状磁極管(2)の前記一方の端面側の管端部(12a)の内壁側に、前記カバー(14)を支持するための半径方向の載置面(36)と軸方向の環状壁区間(38)を有する段付き部(32)が全周にわたって形成され、前記カバー(14)が前記載置面に配置され、前記カバー(14)を越えて突出する軸方向の前記環状壁区間(38)の領域が前記カバー(14)を保持しつつ全周にわたって前記一方の端面側の管端部(12a)の塑性変形によって半径方向内側に変形され、それにより」、「前記カバー(14)と前記円筒状磁極管(2)の間に流体封止的連結を形成するように」、「かみ合い結合式に」固定されるのに対し、
引用発明は、圧着により固定されることを選択肢の一つとするものであるが、圧着の具体的な方法が明確でなく、チューブ末端6aが「半径方向内側に変形され」、「かみ合い結合式」に固定されているといえるかや、ベアリング保護板7とポールチューブ1の間に「流体封止的連結」を形成しているといえるかが明確でなく、そのため、プレス装置に供給され、段付き部が形成されているかも明確でない点。
⑷ 相違点についての判断
ア 周知の事項1(争いなし)
電動機のハウジングに端板としてカバーを取り付ける際、ハウジングの内壁に、カバーを支持するための載置面と軸方向に延びる環状薄肉部を全周にわたって形成し、カバーを当該載置面に配置し、当該環状薄肉部をハウジングの全周にわたって半径方向内側に変形させ、カバーを圧着して固定すること
イ 周知の事項2
管状部材の管端部に段付き部を形成する際、プレス装置を用いること
ウ 引用発明並びに周知の事項1及び2に基づいて、本願発明の前記相違点に係る発明特定事項とすることは、当業者が容易に想到し得たものである。
判旨
⑴ 周知の事項1の引用発明への適用
ア 技術分野
…引用発明と周知の事項1とは、その属する技術分野を共通にするということができる。
イ 引用発明の課題
…ポールチューブ1のチューブ末端6aとベアリング保護板7とが流体封止的に固定されなければ、電気モーターのためのポールケーシングの全体としては流体封止的な密閉が実現されないことになり、2つのエッジ3の流体封止的な固定の趣旨が没却されることになる。以上によると、引用発明には、ポールチューブ1のチューブ末端6aとベアリング保護板7とを流体封止的に固定するとの課題が内在しているものと認めるのが相当である。
ウ 引用発明の課題の解決手段
…甲6の記載及び弁論の全趣旨によると、周知の事項1…を用いてハウジングのカバーを当該ハウジングに取り付けた場合、ハウジングの内部に外部から水分等が浸入しないようにすること、すなわち、ハウジングとカバーとの流体封止的な固定を実現することができるものと認められる…
そうすると、周知の事項1は、引用発明に内在する前記イの課題を解決することができる手段(技術)であるといえる。
エ 周知の事項1を引用発明に適用する動機付け等
以上によると、引用発明に周知の事項1を適用する動機付けがあったものと認めるのが相当である。
⑵ 周知の事項2の引用発明への適用
ア 動機付けの有無
(ア)技術分野
引用発明は、電動機用の磁極ハウジングの技術分野に属する発明…
周知の事項1は、電動機に用いられる円筒状のカバー等又は円筒状のカバー等を用いた電動機の技術分野に属する技術…
周知の事項2も、電動機に用いられる管状のハウジング等又は管状のハウジング等を用いた電動機の技術分野に属する技術…
したがって、周知の事項1を適用した引用発明と周知の事項2とは、その属する技術分野を共通にするものといえる。
(イ)周知の事項1を適用した引用発明の課題
周知の事項1は、電動機のハウジングの端部に段付き部を形成することを前提とする技術であるから、周知の事項1を適用した引用発明においては、当然のことながら、当該段付き部の形成をどのような方法により行うかについて検討する必要が生じるところ、これは、周知の事項1を適用した引用発明が有する課題であるといえる。
(ウ)周知の事項1を適用した引用発明の課題の解決手段
周知の事項2は、管状部材の管端部に段付き部を形成するための具体的な方法(プレス装置の使用)を示す技術であるから、周知の事項2は、周知の事項1を適用した引用発明が当然に有する前記(イ)の課題を解決することのできる手段(技術)であるといえる。
(エ)小括
以上によると、周知の事項1を適用した引用発明に周知の事項2を適用する動機付けがあったものと認めるのが相当である。
解説/検討
引用発明に周知の事項2を適用する動機付けはないと思われるが、「周知の事項1を適用した」引用発明に周知の事項2を適用する動機付けが認められた。「容易の容易」を否定するものとして参考になる。
⑴ 進歩性が認められた裁判例
(平成27年(行ケ)第10149号)
当業者は,前記のとおり引用発明1に周知例2に開示された構成を適用して「シェルの上部にシェルカバーを密接配置する」という構成を想到し,同構成について上記課題を認識し,周知技術3の適用を考えるものということができるが,これはいわゆる「容易の容易」に当たるから,周知技術3の適用をもって相違点2に係る本件発明の構成のうち,「前記シェルカバーの一部に空気抜き孔を形成」する構成の容易想到性を認めることはできない。
(平成28年(行ケ)第10214号)
引用発明1において,「ブレーキ液圧保持装置」を採用して初めて生じる「ブレーキ液圧保持装置の故障」という問題を考慮して,更に「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置」を採用する動機付けはない。
⑵ 進歩性が否定された裁判例
(平成26年(行ケ)第10255号)
同認定によれば,「ベルオアシスやランシール」は,「本件優先日前に周知の技術事項」の内容を具体化するものであって,「他の技術」ではないことは,明らかといえる…。したがって,本件審決の判断枠組みは,原告の主張する「容易の容易」という考え方によるものとはいえないから,原告の主張は前提を欠き,採用できない。
(平成28年(行ケ)第10119号)
甲1発明に甲2に記載された前記事項を適用して6個のブラシを3個に減らすに当たり,残すブラシの選択とその配置を前記図のとおりとすること,すなわち,…3個のブラシを整流子を三方から押圧する位置に配置することは,当業者が適宜行うべき設計的事項の範囲内のことといえる。このような判断手法がいわゆる「容易の容易」であり,原則として認められない判断手法であるということはできない。
(参考)
特願2023-18106(https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/PU/JP-2023-018106/11/ja)では本件を引用して拒絶査定とした。
引用文献1に記載された発明に周知技術Aを適用して遊戯ポイントを強化アイテムと交換可能とした場合、カードと強化アイテムを同じ領域で管理するか、それとも異なる領域で管理するかという二者択一に直面するのは当然であるところ、周知技術Bを適用して、カードと強化アイテムを異なる領域で管理することは、当業者にとって容易である。
…以上に示した論理付けは、引用文献1に記載された発明に周知技術Aを適用し、さらに周知技術Bを適用するという、多段階の適用(いわゆる「容易の容易」としてしばしば批判対象となる。)を含むものであるが、多段階の適用は一切の例外なく容易でないというルールやスタンダードは特許・実用新案審査基準に示されていないし、そのような一般論を述べた最高裁判決や知財高裁大合議事件判決も存在しない。一方、近時の知財高裁判決には、知財高判令和5年12月26日(令和5年(行ケ)第10013号;特に判決文27-28ページ)や、知財高判令和6年5月15日(令和5年(ネ)第10063号;特に判決文27-28ページ)にみられるように、多段階の適用が容易であるとしたものもあるから、多段階の適用が容易であるか否かはケースバイケースであるというべきである。そして、上記のとおり、本願については、多段階の適用は当業者にとって容易である。
