【関連性のある相違点を組み合わせて判断された容易想到性】
投稿日:2026年5月14日 |
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著者:弁理士 大木 信人
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参照条文/キーワード/論点 |
特許法29条2項/容易想到性/関連性のある相違点の組み合わせ/技術的意義 |
ポイント
※本件は、発明の名称を「バリア性積層体、該バリア性積層体を備えるヒートシール性積層体および該ヒートシール性積層体を備える包装容器」とする特許(特許第6902231号)についての特許異議申立事件(異議2022-700021号)において、進歩性欠如を理由に特許庁がした本件特許の取消決定の取消しを求めた事案である。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第4部 |
| 判決言渡日 | 令和6年4月22日 |
| 事件番号 | 令和5年(行ケ)第10091号 |
| 事件名 | 特許取消決定取消請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
宮坂 昌利
本吉 弘行 岩井 直幸 |
事案の概要
以下、判例より一部抜粋。
1 特許庁における手続の経緯等
(2)本件特許(全請求項に係るもの)について、令和4年1月13日に特許異議の申立てがされ、特許庁は、同申立てを異議2022-700021号事件として審理を行った。
(3)原告は、令和4年10月14日付けで取消理由通知(決定の予告)を受けたことから、その意見書提出期間内である同年12月27日、本件特許の特許請求の範囲(請求項1~11)を下記2(1)のとおりに訂正(本件訂正)する旨の訂正請求をした(訂正後の請求項の数16)。
(4)特許庁は、令和5年7月7日、本件訂正を認めた上で、「特許第6902231号の請求項1ないし16に係る特許を取り消す。」との本件決定をし、その謄本は同月19日原告に送達された。
(5)原告は、令和5年8月17日、本件決定の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 発明の内容
(1)特許請求の範囲の記載
本件訂正後の請求項1の記載は以下のとおりである。
【請求項1】
多層基材と、蒸着膜と、前記蒸着膜上に設けられたバリアコート層とを備えるバリア性積層体であって、
前記多層基材は、少なくともポリプロピレン樹脂層と表面コート層とを備え、
前記ポリプロピレン樹脂層は、延伸処理が施されており、
前記表面コート層が、極性基を有する樹脂材料を含み、
前記蒸着膜は、前記多層基材の表面コート層上に設けられており、
前記蒸着膜が、無機酸化物からなり、
前記バリアコート層が、金属アルコキシドと水溶性高分子との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜であるか、または、金属アルコキシドと、水溶性高分子と、シランカップリング剤との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜であり、
前記ガスバリア性塗布膜の表面は、X線光電子分光法(XPS)により測定される珪素原子と炭素原子の比(Si/C)が、0.90以上1.60以下であることを特徴とする、ボイルまたはレトルト用バリア性積層体。

(中略)
ア 本発明は、バリア性積層体、該バリア性積層体を備えるヒートシール性積層体および該ヒートシール性積層体を備える包装容器に関する(【0001】)。
(中略)
ウ ポリエステルフィルム基材に代えて、ポリプロピレンの延伸フィルム(延伸ポリプロピレンフィルム)を使用することを検討したところ、延伸ポリプロピレンフィルムの表面に蒸着膜を形成しても、満足するガスバリア性を得ることができず、それは、延伸ポリプロピレンフィルムと蒸着膜との層間で剥離が生じていることによるものであった(【0006】、【0007】)。
エ 本発明は、蒸着膜との層間の密着性に優れる多層基材を備え、高いガスバリア性を有する、バリア性積層体を提供することを課題とする(【0009】)。
(中略)
カ 本発明によれば、ポリプロピレンフィルムと蒸着膜との層間の密着性に優れ、高いラミネート強度を有する包装容器を作製でき、高いガスバリア性を有する、バリア性積層体を提供でき、さらに、該バリア性積層体を備えるヒートシール性積層体、該ヒートシール性積層体を備える包装容器を提供できる(【0023】)。
(中略)
ク 本発明のバリア性積層体は、表面コート層上に無機酸化物から構成される蒸着膜を備えることにより、バリア性積層体の酸素バリア性及び水蒸気バリア性を向上できる。また、本発明のバリア性積層体を用いて作製した包装容器は、包装容器内に充填された内容物の質量減少を抑えることができる。無機酸化物には、酸化珪素(シリカ)が含まれる(【0045】、【0046】)。
ケ 本発明のバリア性積層体は、蒸着膜上にバリアコート層をさらに備えることにより、バリア性積層体の酸素バリア性および水蒸気バリア性を向上できる。バリアコート層は、下記一般式で表される金属アルコキシドと水溶性高分子との混合物を、ゾルゲル法によって重縮合して得られる金属アルコキシドの加水分解物または金属アルコキシドの加水分解縮合物などの樹脂組成物を少なくとも1種含むガスバリア性塗布膜とすることにより、蒸着膜におけるクラックの発生を効果的に防止でき、金属アルコキシドと共に、シランカップリング剤が使用されることが好ましい。
R1nM(OR2)m
(ただし、式中、R1、R2は、それぞれ、炭素数1~8の有機基を表し、Mは、例えば珪素などの金属原子を表し、nは0以上の整数を表し、mは1以上の整数を表し、n+mはMの原子価を表す。)(【0061】、【0067】~【0069】、【0071】)
コ ガスバリア性塗布膜の表面は、X線光電子分光法(XPS)により測定される珪素原子と炭素原子の比(Si/C)を、1.60以下とすることにより、バリア性積層体を屈曲させてもガスバリア性の低下を抑制でき、0.50以上とすることにより、バリア性積層体を加熱してもガスバリア性の低下を抑制できる。珪素原子と炭素原子の比の上記範囲は、水溶性高分子に対する金属アルコキシドの比を適宜調整することにより達成できる。0.90以上1.35以下であることがさらに好ましい(【0076】)。
サ Si/Cが0.92、1.11、1.26、又は1.45であり本件発明の範囲に含まれる実施例5-2から同5-5まで、同6-2から同6-5まで、同7-2から同7-5までのバリア性積層体のボイル後及びレトルト後のガスバリア性評価は、Si/Cが0.83又は1.69であり本件発明の範囲にその点でのみ含まれない実施例5-1、同5-6、同6-1、同6-6、同7-1、同7-6のバリア性積層体のボイル後及びレトルト後のガスバリア性評価よりも、酸素透過度及び水蒸気透過度ともに明らかに低く抑えられた結果となっている(【0076】、【表5】~【表7】)。
原審(原々審)の判断
異議の決定
ア 引用文献に記載された事項、発明
(ア)甲3
甲3には次の「甲3発明」が記載されている。
「高分子フィルム基材の表面に金属酸化物蒸着層と有機無機ハイブリッドバリア層が順次設けられたバリア性フィルムであって、該有機無機ハイブリッドバリア層は、X線光電子分光分析法によるアトミックパーセントの分析において、炭素と酸素と珪素が、それぞれ15~50%、30~65%、5~30%の割合で存在することが確認されるバリア性フィルムであって、
前記金属酸化物蒸着層が、酸化アルミニウムからなる蒸着層であり、該蒸着層には、X線光電子分光分析法によってアルミニウムと酸素とが、1:1.5~1:3.0の割合で含まれていることが確認され、
前記高分子フィルム基材の表面にアンカーコート層を設け、
前記金属酸化物蒸着層は前記アンカーコート層上に設けられ、
前記アンカーコート層が、アクリルポリオール、イソシアネート化合物、及び一般式R’Si(OR)3(R’はアルキル基、ビニル基、グリシドキシプロピル基、アミノ基、イソシアネート基及びメルカプト基のいずれか1種)であらわされる3官能オルガノシランまたはその加水分解物を含む組成物からなり、
有機無機ハイブリッドバリア層は、水酸基を有する水溶性高分子と、1種以上の金属アルコキシド及びその加水分解物、及び水/アルコール混合溶液を主剤とするコーティング剤を高分子フィルム基材の表面に塗布し、加熱乾燥することによって形成される、食品等の包装材料として使用可能なバリア性フィルム。」
(イ)甲4
甲4には次の「甲4記載事項」が記載されている。
「アルミニウム酸化物等の金属酸化物である無機層上に配置されたオーバーコート層が、一般式R1nM2(OR2)m(ただし、式中、R1、R2は、炭素数1以上、8以下の有機基を表し、M2は、金属原子を表し、nは、0以上の整数を表し、mは、1以上の整数を表し、n+mは、M2の原子価を表す。)で表される少なくとも1種以上のアルコキシドと、親水基含有樹脂とを含有するゾルゲル化合物を含む層であり、オーバーコート層を構成する原子における、炭素原子に対する金属原子の比率(金属原子数/炭素原子数)は0.8以上、1.6以下の範囲内であるもの」
甲4の発明は、真空断熱材用外包材等に関するものである。

2 本件発明1について
ア 対比
本件発明1と甲3発明との一致点及び相違点は、次のとおりである。
[一致点1]
「多層基材と、蒸着膜と、前記蒸着膜上に設けられたバリアコート層とを備えるバリア性積層体であって、
前記多層基材は、少なくとも樹脂層と表面コート層とを備え、
前記表面コート層が、極性基を有する樹脂材料を含み、
前記蒸着膜は、前記多層基材の表面コート層上に設けられており、
前記蒸着膜が、無機酸化物からなり、
前記バリアコート層が、金属アルコキシドと水溶性高分子との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜であるか、または、金属アルコキシドと、水溶性高分子と、シランカップリング剤との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜である、バリア性積層体。」
[相違点1-1]
「樹脂層」に関して、本件発明1のものは「延伸処理が施されて」いる「ポリプロピレン樹脂層」であるのに対して、甲3発明のものは「高分子フィルム基材」である点。
[相違点1-2]
本件発明1は、「前記ガスバリア性塗布膜の表面は、X線光電子分光法(XPS)により測定される珪素原子と炭素原子の比(Si/C)が、0.90以上1.60以下である」のに対して、甲3発明は「該有機無機ハイブリッドバリア層は、X線光電子分光分析法によるアトミックパーセントの分析において、炭素と酸素と珪素が、それぞれ15~50%、30~65%、5~30%の割合で存在することが確認される」点。
[相違点1-3]
本件発明1は、用途が「ボイルまたはレトルト用」であるのに対して、甲3発明は「食品等の包装材料として使用可能」なものである点。
イ 判断
(ア)相違点1-1について
甲3の【0023】には、「高分子フィルム基材1の材料としては、例えば、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート等のポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィン、ポリスチレン、ポリアミド、ポリ塩化ビニル、ポリカーボネート、ポリアクリロニトリル、ポリイミド等が用いられ、延伸、未延伸のどちらでも良く、用途に応じて機械的強度や寸法安定性等の特性を考慮して適当な材料が選択される。」と記載されている。
また、上記(1)イに周知技術1として示したとおり、包装用バリア性積層体における高分子フィルム基材として、延伸処理が施されているポリプロピレン樹脂フィルムを用いることは周知の技術である。
甲3発明における「高分子フィルム基材」としてどのようなものを用いるかは、当業者が適宜決め得ることであり、甲3の上記記載及び周知技術1を参考にして、「延伸処理が施されて」いる「ポリプロピレン樹脂層」を選択することに格別の困難性はない。
(イ)相違点1-2について
甲3発明における「炭素と酸素と珪素が、それぞれ15~50%、30~65%、5~30%の割合で存在すること」は、甲3発明におけるX線光電子分光法(XPS)により測定される珪素原子と炭素原子の比(Si/C)が、0.1(炭素と酸素と珪素の割合が、それぞれ50%、45%、5%)以上、2(同じく15%、55%、30%)以下となる。
甲4記載事項は、本件発明1の用語で表現すれば、蒸着膜上にバリアコート層が設けられており、バリアコート層が、金属アルコキシドと水溶性高分子との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜であり、ガスバリア性塗布膜の表面は、X線光電子分光法(XPS)により測定される金属原子と炭素原子の比が、0.80以上1.60以下であることといえ、また、甲4の【0115】には、金属原子と炭素原子の比として、珪素原子と炭素原子の比(Si/C)が1.25、1.03のものが例示されている。
甲3発明と甲4記載事項とは、蒸着膜上に設けられたバリアコート層が、金属アルコキシドと水溶性高分子との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜であり、バリアコート層の脆性、耐候性又はバスバリア性などを考慮してX線光電子分光法(XPS)により測定される珪素原子と炭素原子の割合を決めるものであるから、甲3発明において、甲4記載事項を参考にして、相違点1-2に係る本件発明1の構成とすることは、当業者が容易になし得たことである。
(ウ)相違点1-3について
甲3発明は、「ガスバリア性に優れ、耐熱性、耐湿性、耐水性」を有する「ガスバリア性フィルムを提供することを目的とする」ものであり(【0012】)、「食品等の包装材料として使用可能な」ものであるところ、耐熱性や耐水性が要求される食品包装の用途として一般的な「ボイルまたはレトルト用」とすることに格別の困難性はない。
判旨
(2)相違点の容易想到性についての判断の誤りについて
ア …当裁判所は、相違点1-1はともかく、少なくとも相違点1-2と相違点1-3は一体として検討する必要があると判断する。その理由は、以下のとおりである。
本件発明の内容は前記第2の2のとおりであって、ポリプロピレンフィルムと蒸着膜との間に、密着性に優れた極性基を有する樹脂材料を含む表面コート層を備えることにより、層間の剥離を防止し、また、シランカップリング剤とともに用いられる場合も含め金属アルコキシドと水溶性高分子との樹脂組成物からなるバリアコート層を蒸着膜上に設けることで、蒸着膜のクラック発生をも防止し、さらには、ボイル又はレトルト処理が行われる場合であってもガスバリア性の低下の抑制が図られるように、バリアコート層表面の珪素原子と炭素原子との割合を特定の範囲にしたものであって、高いガスバリア性を有するボイル又はレトルト用バリア性積層体を提供するという技術的意義を有するといえる。そして、本件明細書によれば、珪素原子と炭素原子の比(Si/C)の上限は、バリア性積層体を屈曲させてもガスバリア性の低下を抑制できるという観点から定められ、下限は、バリア性積層体を加熱してもガスバリア性の低下を抑制できるという観点から定められているのであるから(【0076】、表5~表7)、ボイル又はレトルト用であるか否かに係る相違点1-3と、珪素原子と炭素原子の比の数値範囲に係る相違点1-2は、一体として検討されるべきものである。
イ 以上を前提に、相違点1-2と相違点1-3に係る容易想到性につき一括して判断するに、まず、本件決定が副引用例とする甲4には、別紙6の記載があり、ここから本件決定の認定に係る甲4記載事項(別紙4の1(2))を認定できることについては争いがない。
甲4は、電気製品等の機器の消費エネルギーを削減するための真空断熱材用外包材等に関するもので、外包材により形成された袋体内に芯材を配置し、上記芯材が配置された袋体の内部を減圧して真空状態とし、上記袋体の端部を熱溶着して密封し、上記袋体内部を真空状態とすることにより、気体の対流が遮断されるため、真空断熱材は高い断熱性能を発揮することができるというものである(【0001】~【0003】)。
甲4記載事項は、第1フィルム(金属酸化物リン酸層付きフィルム。第1樹脂基材と金属酸化物リン酸層から成る。)、オーバーコート層付きフィルム(樹脂基板、無機層、オーバーコート層から成る。)、熱溶着可能なフィルムから構成される真空断熱材用外包材のうち、オーバーコート層付きフィルムの中のオーバーコート層及び無機層をもとに抽出されたものである。
ウ 本件決定は、甲3発明に、甲4記載事項のオーバーコート層における炭素原子に対する珪素原子の比率を適用するものである。
しかし、甲4記載事項は、前提とする積層構造が、甲3発明と異なる上、以下のとおり、甲4は、甲3発明とは技術分野が共通するものとはいい難く、さらに、相違点1-3に係る構成(ボイル又はレトルト用)を開示又は示唆するものでもない。すなわち、甲4は、高温高湿な環境においても長期間断熱性能を維持することができる真空断熱材用外包材等の提供を目的とするものであるが(【0008】)、高温多湿な「環境」を想定するにとどまり、物を入れて積極的に加熱殺菌処理をする行為であるレトルトやボイル(一例として、優先日前の公知文献である特開2007-137438号公報〔乙4〕では、レトルト処理について110℃~130℃位、圧力、1~3Kgf/cm 2 ・G位で約20~60分間程度の加熱加圧殺菌処理、ボイルについて90℃位で30分間位の加熱殺菌処理〔【0002】〕等が挙げられている。)を想定しているとはおよそ考えられず、実際、甲4には、レトルトやボイルを前提とする記載はない。
その上、甲3の【0044】には、「炭素の割合が50%より多い場合、バリア性が温度、湿度の影響を受け易く、15%より少ない場合、バリア性が悪くなり、膜質が脆くなる。」として、炭素が少なすぎると膜質が脆くなることが示唆されているのに対し、甲4の【0111】には、「オーバーコート層を構成する原子における、炭素原子に対する金属原子の比率(金属原子数/炭素原子数)は、0.1以上、2以下の範囲内であり、中でも0.5以上、1.9以下の範囲内、特には0.8以上、1.6以下の範囲内であることが好ましい。」という炭素原子に対する金属原子の比率(金属原子数/炭素原子数)を示す記載に引き続いて、「比率が上記範囲に満たないと、オーバーコート層の脆性が大きくなり、得られるオーバーコート層の耐水性および耐候性等が低下する場合がある。一方、比率が上記範囲を超えると、得られるオーバーコート層のガスバリア性が低下する場合がある。」として、金属原子に対して炭素原子の数が過剰に多くなるとオーバーコート層の脆性が大きくなって、ガスバリア性の低下につながる旨の記載があるところ、これは、上記甲3の【0044】の記載と正反対の内容である。
そうすると、当業者において、甲3発明の食品包装材料についてボイル又はレトルト用途とすることを想起したとしても、甲4におけるオーバーコート層を構成する原子における金属原子の比率は加熱によってもガスバリア性が維持されるかどうかとは関わりのないものであること、甲4には、炭素原子と金属原子の比率と、膜質の脆性について、甲3と正反対の記載があることに鑑みても、甲3発明とは技術分野も積層構造も異なる真空断熱材用外包材に関する甲4の積層体の中から、オーバーコート層付きフィルムの中のオーバーコート層及び無機層に関する記載に着目した上、オーバーコート層における炭素原子に対する金属原子の比率(金属原子数/炭素原子数)を参酌して、甲3発明に適用する動機付けを導くには無理があるというほかなく、本件決定の判断には誤りがある。
エ 被告は、Si/Cの数値範囲に特段の技術的意義はなく、層構成に係る共通の技術について「Si/C」を用いて数値範囲を検討することが甲4にあるとおり公知であることを併せると、甲3発明において甲4記載事項を参考にして、相違点1-2に係る本件発明の構成とすることは、当業者が容易に想到し得た旨主張する。
被告が、Si/Cの数値範囲に特段の技術的意義はないと主張する根拠は、①本件発明1の発明特定事項が「バリアコート層が、金属アルコキシドと水溶性高分子との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜であるか、または、金属アルコキシドと、水溶性高分子と、シランカップリング剤との樹脂組成物から構成されるガスバリア性塗布膜」と択一的なものになっており、シランカップリング剤には珪素が含まれるにもかかわらず、本件明細書上効果が確認されているのはシランカップリング剤を含むバリアコート層だけであるという点、②本件発明1の数値範囲は甲3から簡単に算出でき、甲4にも同数値範囲内のものが例示されているという点にある。
しかし、上記①についていえば、シランカップリング剤が珪素を含むというような一般論だけで、シランカップを含むものであるバリアコート層の効果に係る【表4】~【表7】の結果、及びSi/Cの数値範囲の効果に係る【表5】~【表7】が、シランカップ剤を含まないバリアコート層について技術的意義がないとは直ちにいえないし、そもそも、技術的意義が裏付けられているかどうかと、構成が容易想到といえるかどうかの問題は直結するものではない。
また、上記②についていえば、甲3発明の「X線光電子分光分析法」の分析における「炭素と酸素と珪素が、それぞれ15~50%、30~65%、5~30%の割合で存在すること」から、珪素原子と炭素原子の比(Si/C)は、0.1以上、2以下と算出することができ、この数値範囲は、本件発明1の数値範囲である「0.90以上1.60以下」を包含するからといって、炭素と酸素と珪素の数値範囲で一定の技術的意義を示している甲3の記載から、炭素と珪素だけを抽出すべき合理的な理由、技術的な必然性は認められない。
甲4の表1には、30質量部(Si/C比率1.58)、38.5質量部(同比率1.25)及び50質量部(同比率1.03)という、本件発明1の数値範囲内のものが開示されているが、同表では膜特性は示されておらず、このSi/C比率で、本件発明1の数値範囲外の他の質量部より優れていることが示されているわけでもないから、当業者が当該数値に着目するともいえない。
そして、甲3とは「層構成に係る発明である」という程度の共通性しかない甲4に「Si/C」を用いて数値範囲を検討することが記載されていたからといって、当業者において甲4記載事項を参考にして相違点1-2、相違点1-3に係る構成とすることが容易に想到できるとはいえない。
(3)結論
以上によれば、相違点1-1の容易想到性及び顕著な作用効果について判断するまでもなく、本件発明1は甲3発明に基づいて容易に発明することができたとはいえないから、取消事由1には理由がある。
解説/検討
本件は、複数の引例の組合せで進歩性欠如が指摘された場合に、複数の相違点を一体的に検討して、引例を組み合わせる動機付けがあるか否かを判断する例として参考となる。
また、本件では「技術的意義が裏付けられているかどうかと、構成が容易想到といえるかどうかの問題は直結するものではない」とされており、実施例に具体的なデータが示されていない構成の進歩性を判断する上で参考となる。
