【インナロータ型モータを開示した主引用発明に対して、アウタロータ型モータへの置換容易性を認めた進歩性欠如事例】
投稿日:2026年6月29日 |
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著者:弁護士 大野 浩之
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参照条文/キーワード/論点 |
進歩性判断/動機付け/阻害要因 |
ポイント
知財高裁は、主引用発明について「高トルク化」という課題を有すると認定し、主引用発明にアウタロータ型モータを開示する副引用発明を適用する動機付けを認めた。その上で、アウタロータ型モータは「高トルク化」「小型化・軽量化」に適した周知技術であり、インナロータ型からの置換は容易想到であるとして、進歩性欠如を認定した。
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判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第2部 |
| 判決言渡日 | 令和6年5月15日 |
| 事件番号 | 令和5年(ネ)第10063号 |
| 事件名 | 特許権侵害差止等請求控訴事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
清水 響
浅井 憲 勝又 来未子 |
事案の概要
発明の名称を「電動式衝撃締め付け工具」とする特許に係る特許権を有する原告が、被告が被告製品を製造、販売等することは特許権侵害に当たるとして、提訴したところ、原審が、差止請求及び製品の廃棄請求を認容し、損害賠償請求を一部認容した。
これに対して、原告及び被告が控訴したところ、本件特許は無効であるとして、被告の控訴を認めた事案である。
判旨
1 本件訂正発明(下線部は訂正部分である。)A2 電動モータの出力部の回転を、作動油によりトルクを発生する油圧パルス発生部である衝撃発生部に伝達し、前記衝撃発生部において発生する衝撃力によりメインシャフトに強力なトルクを発生させる電動式衝撃締め付け工具において、
B 電動モータは、
B1 磁極部を持つステータと、
B2 前記ステータの外周側に隙間を設けて貼設された磁石と、
B3 前記磁石を内周面に保持する筒缶部を有するロータとを備える
B4 アウタロータ型電動モータであることを特徴とする
C 電動式衝撃締め付け工具。



2 乙15発明
(乙15発明)
【実施例】図1~図3は、パルスツールの一例としてのねじ締めツール11を示す。このねじ締めツール11は手持ち式のツールとして構成され、そのケーシング12は本体部13とハンドル部14とを備えている。本体部13の内部には、回転駆動源としての電動モータ15と、この電動モータ15によって駆動される油圧式のパルス力発生装置16とが設けられている。

a 電動モータ15の出力軸の連続的な回転を油圧式のベーン方式のパルス力発生装置16に供給し、パルス力発生装置16が増幅されたインパルス状のトルクを発生し、パルス力発生装置16の出力と同軸に接続されたツール出力軸19にねじ締付用のトルクを発生させる電動モータ付きトルク制御式パルスツールにおいて、
b 電動モータは、
b1 中空円筒状のステータと、
b2 ステータ又はロータの一方に固定された永久磁石であって、ステータ又はロータの他方との間に隙間を開けて固定された永久磁石と、
b3 円柱状のロータとを備える
b4 インナロータ型のDCモータであることを特徴とする
c 電動モータ付きトルク制御式パルスツール
(参考図)

3 対比
(相違点A)
電動モータに関し、本件発明等は、磁極部を持つステータと磁石を内周面に保持する筒缶部を有するロータとを備えるアウタロータ型であるのに対し、乙15発明は、インナロータ型であってアウタロータ型でない点
(相違点B)
磁石の保持の態様に関し、本件発明等は、磁石が「前記ステータの外周側に隙間を設けて貼設され」ているのに対し、乙15発明は、磁石を保持する態様が明示されていない点
4 相違点Aについて
乙6文献には、次の乙6発明Aが記載されているものと認めるのが相当である。
(乙6発明A)
それぞれの歯にコイルを配置するステータと、前記ステータの外周側に隙間を設けて配置された焼結希土類磁石と、前記焼結希土類磁石を内周面に保持する筒状のロータとを備え、パワーハンドツールに応用されるアウタロータ型電動モータ
本件発明等と乙6発明Aとを比較すると、乙6発明Aは、相違点Aに係る本件発明等の構成(磁極部を持つステータと磁石を内周面に保持する筒缶部を有するロータとを備えるアウタロータ型であること)を全て備えるものと認められる。以下、本件優先日当時の当業者において、乙15発明に乙6発明Aを適用し(以下、この適用を「本件適用1」ということがある。)、相違点Aに係る本件発明等の構成に容易に想到し得たか否かについて検討する。
(イ)乙15発明が有する課題
・乙33(電動式締め付け工具(パルスツールを含む。)に係る被告作成の商品カタログ(2004年))
・乙119(「電設資材」32巻4号(平成15年)の29~36頁に掲載された「最近の電動工具の動向」(服部憲靖著))
・乙120(「応用機械工学」34巻11号(平成5年)の30~31頁に掲載された「独自の機能を製品化したドイツ製電動工具」)
乙6文献に「電動手工具(パワーハンドツール)への応用には、概して適度な速度で高い出力のトルクが必要である。」との記載がある。
乙15公報に「【0013】電動モータ15には発生トルクの大きいDCモータを使用することが多いが、高速のACサーボモータまたはDCサーボモータを使用することができる。また、小容量のモータを使用可能とするとともに、それによってツールを小形化可能とするために、トルクを増幅するための減速機構を設置することもできる。」との記載がある。
電動式衝撃締め付け工具によりねじの締め付けを行うためには、ねじの外径(なお、前記aの各記載中にある「M」の後の数字は、ねじの外径(mm)を表す。)に相応した大きさの出力トルクを要するところ、本件優先日当時、電動式の衝撃締め付け工具が出力するトルクは、空気式のそれが出力するトルクよりも小さいものであったと認められる。もっとも、証拠(乙31)及び弁論の全趣旨によると、一定の外径を有するねじの締め付けのためには、当該外径にふさわしい出力トルクの範囲が存在するものと認められるが、小さい外径のねじに対しては、電動モータから出力されるトルクを調整することにより対応することが可能である一方、電動モータから出力可能なトルクを超えるトルクを要する外径の大きなねじについては、工具から出力されるトルクを増幅するための機構(ギヤボックス等)を必要とするから、本件優先日当時、電動式衝撃締め付け工具においては、電動モータの出力トルク自体を大きくすることが一般的に要請されていたものと認めるのが相当である。
また、パワーハンドツール(電動手工具)においては、その性質上、小型化及び軽量化が求められているものと認められるところ(前記ア(ア)b等)、弁論の全趣旨によると、同一磁力で駆動する二つのモータを比較した場合に出力トルクがより大きい電動モータは、同一のトルクを出力する場合には、より小型・軽量化を図ることができると認められるから(なお、補正して引用する本件明細書の段落【0026】、【0027】等参照)、工具の小型化及び軽量化を図るとの観点からも、パワーハンドツール(電動手工具)である電動式衝撃締め付け工具においては、電動モータの出力トルクを大きくすることが一般的に要請されていたものと認められる。
以上によると、パワーハンドツール(電動手工具)である電動式衝撃締め付け工具に該当する乙15発明(乙15公報の【図1】等参照)は、本件優先日当時、電動モータの出力トルクを大きくするとの課題(以下「本件課題」という。)を有していたものと認めるのが相当である。
(ウ)本件課題の解決手段
・乙21(「シャープ技報」82号(平成14年)の34~39頁に掲載された「モータの最新技術動向」(池防泰裕著))
「インナーロータ型の課題は、アウターロータ型と比較し同一外形ではロータの大径化が困難であり、その結果、大トルクを要するときに高い駆動電流を必要とする点である。」(38頁本文3~6行目)
・乙22(「平成16年度電気関係学会東北支部連合大会予稿集」(平成16年)の115頁に掲載された「アウターロータ型ブラシレスDCモータの駆動方式の検討とその応用(第1報)」(櫻井隆憲ら著))
「本研究では、インナーロータ型より高トルクであるアウターロータ型のBLDCモータを研究対象として、より低速度を実現できる駆動方式を検討し、事務機等に応用することを目的としている。」(115頁左欄7~10行目)
乙6文献に「電動手工具(パワーハンドツール)への応用のための高トルク機械」、「この論文は、トルク密度が非常に高い電気機械を製造することによって、良好なシステムの製造を目指した研究に関して報告するものである」及び「作製されたアウタロータ型の積層構造機は、三相ブラシレス設計であり、磁気装荷を最大化するために、焼結希土類磁石が使用されている」との記載がある。
乙15発明が備えるインナロータ型の電動モータをアウタロータ型のものに置き換えることにより、電動モータの出力トルクを大きくするとの本件課題を解決することができるといえるから、アウタロータ型の電動モータである乙6発明Aは、乙15発明が有する本件課題の解決手段であると認めるのが相当である。
(エ)乙6文献における示唆
乙6文献には、「電動手工具(パワーハンドツール)への応用のための高トルク機械」及び「電気手工具(パワーハンドツール)への応用には、概して適度な速度で高い出力のトルクが必要である」との記載があるところ(前記ア(ア)a及びb)、これらの記載は、乙6発明Aの電気手工具(パワーハンドツール)への適用を明示するものである。
そして、乙15発明も、電気手工具(パワーハンドツール)の一種であると認められる以上(乙15公報の【図1】等参照)、乙6発明Aの乙15発明への適用は、乙6文献において、少なくとも示唆されているといえる。
5 相違点Bについて
乙27から29までの各記載及び弁論の全趣旨によると、電動モータにおいて、接着剤を用いて磁石をロータに隙間を設けて貼設するとの技術は、本件優先日当時の周知技術(以下「本件周知技術」という。)であったものと認めるのが相当である。
| (乙27) | (乙27) | (乙29) |
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乙15発明は、回転駆動源に電動モータを使用したトルク制御式パルスツール(ねじ締めツール等)の技術分野に属するものである。また、前記アによると、本件周知技術は、電動モータに使用される磁石の固定方法に関するものであるから、電動モータの技術分野に属するものである。そして、相違点Bに係る本件発明等の構成の内容は、磁石がステータに隙間を設けて貼設されていることであるから、本件適用2との関係では、乙15発明(電動モータに係る部分)と本件周知技術は、その属する技術分野を共通にするものである。さらに、乙15発明(乙6発明Aを適用したもの)に接した本件優先日当時の当業者は、磁石をどのようにして筒状のロータの内周面に保持するかという課題に直面することになるところ、接着剤を用いて磁石をロータに隙間を設けて貼設する技術である本件周知技術は、当該課題を解決することのできる手段(技術)となる。したがって、本件優先日当時の当業者において、乙15発明(乙6発明Aを適用したもの)に本件周知技術を適用する動機付けがあったものと認めるのが相当である。本件適用2をするに当たり、阻害要因があることを認めるに足りる証拠はない。
6 結論
以上によれば、本件特許に無効理由(乙15発明を主引用発明とする本件発明の進歩性欠如)がある旨をいう被告の抗弁(争点2-4)は理由があり、当該抗弁に対する訂正の再抗弁は、本件訂正発明が進歩性を欠く以上、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
解説/検討
インナロータ型の電動モータである乙15発明を主引用発明としつつ、アウタロータ型に置き換えることは容易であるとしている点で、原告側にとっては、かなり厳しい判決であるように思われる。
但し、
「B 電動モータは、
B1 磁極部を持つステータと、
B2 前記ステータの外周側に隙間を設けて貼設された磁石と、
B3 前記磁石を内周面に保持する筒缶部を有するロータとを備える
B4 アウタロータ型電動モータであることを特徴とする」
という構成は、従前の「アウターロータ」の構成に概ね合致することからすると、このような点しか特徴を有さない特許発明による権利行使までは認めないという価値判断が働いたのかもしれない。
なお、判決で示されているように、進歩性を根拠として無効論を構築する際には、
① 乙15発明が有する課題を認定し、
② その解決手段を適用する
というステップを踏んで、主張することは参考になるとは思われる。



