【発明者の氏名に自然人を記載しなかった出願の却下処分】
投稿日:2026年5月20日 |
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著者:弁護士 山口 裕司
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参照条文/キーワード/論点 |
発明者/特許法29条1項 |
ポイント特許法29条1項にいう「発明をした者」は、特許を受ける権利の帰属主体にはなり得ないAIではなく、自然人をいうものと解するのが相当であると判断した。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 東京地方裁判所民事第40部 |
| 判決言渡日 | 令和6年5月16日 |
| 事件番号 | 令和5年(行ウ)第5001号 |
| 事件名 | 出願却下処分取消請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
中島 基至
尾池 悠子 小田 誉太郎 |
事案の概要
原告は、特願2020-543051に係る国際出願(以下「本件出願」という。)をした上、特許庁長官に対し、特許法184条の5第1項所定の書面に係る提出手続(以下、当該提出に係る書面を「本件国内書面」という。)をした。そして、原告は、国内書面における発明者の氏名として、「ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能」と記載した。これに対し、特許庁長官は、原告に対し、発明者の氏名として自然人の氏名を記載するよう補正を命じたものの、原告が補正をしなかったため、同条の5第3項に基づき、本件出願を却下する処分(以下「本件処分」という。)をした。
本件は、原告が、被告に対し、特許法にいう「発明」はAI発明を含むものであり、AI発明に係る出願では発明者の氏名は必要的記載事項ではないから、本件処分は違法である旨主張して、本件処分の取消しを求める事案である。
争点
特許法にいう「発明」とは、自然人によるものに限られるかどうか。
判旨
「…特許法についてみると、発明者の表示については、同法36条1項2号が、発明者の氏名を記載しなければならない旨規定するのに対し、特許出願人の表示については、同項1号が、特許出願人の氏名又は名称を記載しなければならない旨規定していることからすれば、上記にいう氏名とは、文字どおり、自然人の氏名をいうものであり、上記の規定は、発明者が自然人であることを当然の前提とするものといえる。また、特許法66条は、特許権は設定の登録により発生する旨規定しているところ、同法29条1項は、発明をした者は、その発明について特許を受けることができる旨規定している。そうすると、AIは、法人格を有するものではないから、上記にいう『発明をした者』は、特許を受ける権利の帰属主体にはなり得ないAIではなく、自然人をいうものと解するのが相当である。
他方、特許法に規定する『発明者』にAIが含まれると解した場合には、AI発明をしたAI又はAI発明のソースコードその他のソフトウェアに関する権利者、AI発明を出力等するハードウェアに関する権利者又はこれを排他的に管理する者その他のAI発明に関係している者のうち、いずれの者を発明者とすべきかという点につき、およそ法令上の根拠を欠くことになる。のみならず、特許法29条2項は、特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下『当業者』という。)が前項各号に掲げる発明に基いて容易に発明をすることができたときは、進歩性を欠くものとして、その発明については特許を受けることができない旨規定する。しかしながら、自然人の創作能力と、今後更に進化するAIの自律的創作能力が、直ちに同一であると判断するのは困難であるから、自然人が想定されていた『当業者』という概念を、直ちにAIにも適用するのは相当ではない。さらに、AIの自律的創作能力と、自然人の創作能力との相違に鑑みると、AI発明に係る権利の存続期間は、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえた産業政策上の観点から、現行特許法による存続期間とは異なるものと制度設計する余地も、十分にあり得るものといえる。
このような観点からすれば、AI発明に係る制度設計は、AIがもたらす社会経済構造等の変化を踏まえ、国民的議論による民主主義的なプロセスに委ねることとし、その他のAI関連制度との調和にも照らし、体系的かつ合理的な仕組みの在り方を立法論として幅広く検討して決めることが、相応しい解決の在り方とみるのが相当である。グローバルな観点からみても、発明概念に係る各国の法制度及び具体的規定の相違はあるものの、各国の特許法にいう『発明者』に直ちにAIが含まれると解するに慎重な国が多いことは、当審提出に係る証拠及び弁論の全趣旨によれば、明らかである。
これらの事情を総合考慮すれば、特許法に規定する『発明者』は、自然人に限られるものと解するのが相当である。
したがって、特許法184条の5第1項2号の規定にかかわらず、原告が発明者として『ダバス、本発明を自律的に発明した人工知能』と記載して、発明者の氏名を記載しなかったことにつき、原処分庁が同条の5第2項3号に基づき補正を命じた上、同条の5第3項の規定に基づき本件処分をしたことは、適法であると認めるのが相当である。」
解説/検討
The Artificial Inventor Projectについては、ウェブサイトが設けられており、各国での出願の状況についても、一覧できるようになっている。Projectの中心になっているRyan Abbott教授により“The Reasonable Robot: Artificial Intelligence and the Law”という本が2020年に出版されている。
ドイツで、発明者は自然人に限るとして出願を却下した特許商標庁の決定を、連邦特許裁判所が2021年11月11日に取り消す判決を下し、発明者欄に「DABUS、本発明は人工知能によって自律的に生み出された。スティーブン・セイラー博士気付」と記載する修正は認めなかったが、発明者欄に「人工知能DABUSに発明を生み出すように促したスティーブン・セイラー博士」と記載する修正を許容しているのが興味深く思われる。
特許庁は、2024年4月にAIを利活用した創作の特許法上の保護の在り方に関する調査研究報告書を公表している。
各国の特許庁や裁判所の採っている結論は妥当だと思われるが、このような出願を行ったThe Artificial Inventor Projectによる問題提起は貴重なものであったと言える。
