【請求項の構成のそのまま実施した実施例が明細書に記載されていないものの技術常識に照らしてサポート要件を満たしていると判断された事例】
投稿日:2026年5月22日 |
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著者:弁理士 野本 裕史
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参照条文/キーワード/論点 |
特許法第36条第6項第1号/サポート要件 |
ポイント
※請求項に記載された数値範囲と構成の両方を備える実施例について明細書に記載も示唆もないとして無効とされた審決の取消しを争った事案である。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第1部 |
| 判決言渡日 | 令和6年1月23日 |
| 事件番号 | 令和5年(行ケ)第10020号、同第10021号 |
| 事件名 | 審決取消請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
本多 知成
遠山 敦士 天野 研司 |
事案の概要
発明の名称を「鋼管杭式桟橋」とする特許第5967862号の無効審判において、請求項に記載された数値範囲と構成の両方を備える実施例が発明の詳細な説明に記載されていないことから、サポート要件を満たさないとして無効とした審決の取消しを求めた事案である。
(1)本件発明
海底地盤に根入れされた複数の鋼管杭によって構成される鋼管杭列と、該鋼管杭列における海面上に突出した部位に構築される上部工とで構成される鋼管杭式桟橋において、前記鋼管杭列を構成する鋼管杭の一部であって、外力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分を、前記鋼管杭の直径Dと前記鋼管杭の全塑性モーメントに対応する曲率φpが、φp≧4.39×10-3/Dという関係を満足するものとし、前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低いものとしたことを特徴とする鋼管杭式桟橋。
【請求項2】
φp≧4.90×10-3/Dを満足することを特徴とする請求項1記載の鋼管杭式桟橋。
【請求項3】
φp≧5.65×10-3/Dを満足することを特徴とする請求項1記載の鋼管杭式桟橋。

(2)技術常識
(3)発明の詳細な説明の記載
<本件発明の解決課題>
耐震強化施設(特定(緊急物資輸送対応))に該当する鋼管杭式桟橋は、港湾基準により、「当該桟橋を構成する杭の中に、二箇所以上で全塑性に達している杭が存在しないこと」(以下「杭の全塑性の要求性能」ということがある。)を満足する必要がある。ここで、全塑性に達している杭とは、杭に生じる曲げモーメントが全塑性モーメントに達している杭をいう。(【0001】~【0007】)
港湾基準で規定されるレベル2地震動は、近年の地震観測網の充実や、地震動予測技術の向上により大きくなる傾向にあり、レベル2地震動が大きな地点では、杭の全塑性の要求性能を満足できない場合がある。このような場合、鋼管杭の板厚を厚くし、又は鋼管杭の径を大きくすることが考えられるが、使用鋼材の重量が増加するため、建設コストの増加につながるという課題がある。(【0008】~【0010】)
<実施の形態1>
レベル2地震で発生する曲率Φの解析結果

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<実施の形態2>
レベル2地震の最大加速度が7.5%大きくなった場合に発生する曲率Φの解析結果
<実施の形態3> レベル2地震の最大加速度が7.5%大きくなった場合に発生する曲率Φの解析結果

原審の判断
「実施の形態1」として「曲率φpが、φp≧4.39×10-3/Dという関係を満足するもの」が記載されているが、【0037】には、「実施の形態1、実施の形態2では、鋼管杭式桟橋を構成する鋼管杭は、すべて同一の直径、板厚、変形性能のものを用いることを前提として検討してきた。これに対して実施の形態3では、曲率が大きくなる部分にだけ、変形性能が優れる鋼管杭を用いた例を説明する。」と記載されていることからすると、「実施の形態1」は、「外力に対して鋼管杭に生じる曲率が大きい少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分」を本件発明の1の「曲率φp」の条件を満たし、「前記鋼管杭の地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能が低いものと」することについて記載したものとはいえない。
そして、「実施の形態3」は、曲率の条件に関して「φp≧5.65×10-3/Dを満足する」実施例が記載されているのみであり、その条件を他のものにすることについて記載も示唆もなく、技術常識ともいえない。
よって、出願時の技術常識に照らしても、本件発明1の範囲まで、発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえないから、本件発明1は、発明の詳細に記載されたものではない。
※本件発明2についても同様
判旨
ア はじめに
特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであるか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
…(中略)…
ウ 本件各発明の課題及びその解決手段
本件各発明の課題及びその解決手段は、前記1(1)及び(2)のとおり、鋼管杭式桟橋において、杭の全塑性の要求性能を満足させようとする際に試みる板厚又は径の増加に伴う建設コストの増加との課題に対し、鋼管杭の局所的な変形性能を上げることにより解決を図るべく、変形性能の指標として曲率φpを用い、少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分にのみ、局所的に変形性能の高い鋼管杭を用いて、当該部分の発生曲率が曲率φpを越えないようにしたものである。
…(中略)…
オ 技術常識等
本件出願日前に日本国内で頒布された刊行物である甲23(青木徹彦「構造力学」(コロナ社、昭和61年))によると、一般的な構造材料において、塑性域に達するまでの弾性範囲内においては、一軸方向の応力とひずみとの間には比例関係が成り立ち(フックの法則)、その比例定数をヤング係数と呼ぶこと、構造物に一般的に用いられる構造用鋼(軟鋼)のヤング係数の値はどの鋼種でもほぼ一定値(2.1×106kgf/cm2。なお、同数値は本件明細書の【0003】、【0011】にあるSKK490材のヤング率として記載されている108kPaに近似している。)であることが認められ、このことは、当業者にとって技術常識であったと認められる。
本件出願日前に日本国内で頒布された刊行物である甲7によると、鋼管杭を用いた直杭式桟橋の性能照査に際し、弾塑性法による解析は、鋼管杭に生じる軸力及び曲げモーメントに応じて杭の曲げ剛性を低下させて解析を行うところ、鋼管杭の曲げモーメントと曲率の関係は、次の図-2.14に示すような全塑性モーメントを上限値とするトリリニアモデルを用いるが、一般的な諸元の桟橋では、トリリニモデルに代えて、より計算が簡単なバイリニアモデルを用いても計算結果に差があまり見られないので、バイリニアモデルを用いてもよいとされていることが認められ、このことは、当業者にとって技術常識であったと認められる。なお、本件明細書は、【0007】にて、「曲率φpは全塑性モーメントMpを曲げ剛性EI(Eは杭の鋼材のヤング率、Iは杭の断面2次モーメント)で割ることで算定できる。」と記載しているから、地震応答解析に際し、バイリニアモデルを前提としていることが読み取れる。

カ 課題を解決できると認識できるか
本件各発明は、いずれも、形式的には本件明細書の【0012】~【0015】に記載されているといえるところ、本件明細書の発明の詳細な説明の記載、示唆及び本件出願日当時の技術常識に照らし、当業者において、本件各発明の構成を採用することにより本件各発明の課題を解決できると認識できるかを順に検討する。
…(中略)…
(イ) 本件発明1及び2について
本件発明1及び2、すなわち、鋼管杭式桟橋において、鋼管杭のうち少なくとも陸側に対面して配置された鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分の変形性能につき、「曲率φp≧φp1」(本件発明1)又は「曲率φp≧φp2」(本件発明2)という関係を満足するものとし、地中部の他の部分は前記部分よりも変形性能を低いものとしたものについて、本件明細書には、これをそのまま実施した実施例は記載されていない。
もっとも、本件明細書は、バイリニアモデルを前提とした地震応答解析により、杭の全塑性の要求性能を満足させられるかを照査しているところ、バイリニアモデルでは、塑性域に達するまでの弾性範囲内では、応力とひずみとの間にはヤング係数を定数とする比例関係が成り立ち(フックの法則)、構造物に一般的に用いられる構造用鋼(軟鋼)のヤング係数の値はどの鋼種でもほぼ一定値であるとの技術常識を踏まえると、本件明細書に記載された実施の形態における鋼管杭に発生する曲率は、初期断面や実施の形態2のように鋼管杭の全部の変形性能を同じものとしても、実施の形態3のように地中部の一部のみの変形性能を高めたものとしても、ほぼ同じ結果が得られるであろうことが理解できる。このことは、本件明細書に記載された初期断面(【図8】)において、鋼管杭の地上部への発生曲率が海側から順に「4.37×10-2」「3.37×10-2」「2.33×10-2」であるのに対し、実施の形態3(【図13】)における変形性能を高めていない鋼管杭の地上部への発生曲率が海側から順に「4.38×10-2」「3.41×10-2」「2.34×10-2」とほぼ一致していることや、逆に、実施の形態2及び3において、変形性能を高めたために弾性範囲内であった地中部の鋼管杭への発生曲率が「5.36×10-3」(【図11】)、「5.37×10-3」(【図12】)及び「5.35×10-3」(【図13】)とほぼ一致していることからも裏付けられる。
(注:【図8】、【図11】~【図13】)
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そうすると、本件明細書の実施の形態2及び3に関する上記記載に接した当業者は、上記技術常識に照らし、鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分の変形性能を「曲率φp≧φp2」という関係を満足するものとしても、杭の全塑性の要求性能を満足しつつ、地中部の他の部分の鋼管杭の変形性能を低くすることにより、建設コストの増加との課題を解決することができることを認識できるというべきである。
また、実施の形態1についても、実施の形態2とはレベル2地震動の最大加速度の条件が異なっているにすぎず、開示されている技術的思想において実施の形態2と異なるところはないから、本件明細書の記載に接した当業者は、技術常識に照らし、鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分の変形性能を「曲率φp≧φp1」という関係を満足するものとした場合であっても、発明の課題を解決できると認識できるものと認められる。
以上によると、本件各発明は、いずれも本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるということができ、サポート要件を満たしているというべきである。したがって、本件発明1及び2につきこれを満たさないとした本件審決の判断には誤りがあり、原告の主張する取消事由には理由がある。
解説/検討
明細書中には、鋼管杭の地中部における発生曲率が大きい部分のΦpのみを(実施の形態3のΦp3ではなく)実施の形態1のΦp1や実施の形態のΦp2にした場合に発生する曲率Φ(およびそれがΦpを超えないこと)が記載されていないものの、裁判所が認定した技術常識を考慮すると、明細書中の記載から、当該発生する曲率Φ(およびそれがΦpを超えないこと)を推定できるという考えには、論理的に整合性があるように思われ、裁判所の認定は妥当であると思われる。
数値限定(Φp1)した実施例1、より強く数値限定(Φp2)した実施例2、さらに強く数値限定(Φp3)した実施例3、実施例3(または実施例2)にさらに数値限定外の特徴αを付加した実施例4のデータを材料として(実施例1に特徴αを付加した態様のデータはない状態で)明細書を作成するにあたっては、実施例1に特徴αを付加した態様も本発明に含まれる(課題を解決できる)旨を明細書中に記載しておくのが安全であったと思われる。






