【訂正要件についての判断の順序に関する原告の主張を排斥したうえ、本件訂正について、特許法120条の5第2項ただし書2号に掲げる「誤記…の訂正」を目的とするものに該当するということはできないとされた事例】

 

投稿日:2026年5月22日

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著者:弁護士 木村 広行
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

特許法120条の5第2項、9項、126条6項/誤記の訂正

 

ポイント

※本判決は、特許法120条の5第2項本文に基づく訂正の適否を判断するに当たり、訂正の各要件のうち、当該訂正が同項ただし書各号に掲げる事項を目的とするものであるか否かについての判断を先に行い、当該訂正が同項ただし書各号に掲げる事項を目的とするものである場合に限り、当該訂正が実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるか否かについての判断をすることが義務付けられていると解することはできないとの判断を示した。
※本判決は、特許法120条の5第2項ただし書2号にいう「誤記」に該当するといえるためには、同項本文に基づく訂正の前の記載が誤りで当該訂正の後の記載が正しいことが願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の記載、当業者の技術常識等から明らかで、当業者であれば、そのことに気付いて当該訂正の前の記載を当該訂正の後の趣旨に理解するのが当然であるという場合でなければならないとしたうえ、本件訂正前の記載については、当該当業者にとって、これが誤りであることが願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の記載、当業者の技術常識等から明らかであると認めることはできない、仮に、当該当業者において、本件訂正前の記載に誤りがあると理解するとしても、本件訂正後の記載については、当該当業者にとって、これが本件訂正による訂正後の記載として正しいことが願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の記載、当業者の技術常識等から明らかであると認めることはできないとして、本件訂正前の記載から本件記載を削除する本件訂正が特許法120条の5第2項ただし書2号に掲げる「誤記…の訂正」を目的とするものに該当するということはできないと判断した。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第2部
判決言渡日 令和5年8月10日
事件番号 令和4年(行ケ)第10115号
事件名 特許取消決定取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
本多 知成
浅井 憲
勝又 来未子
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

事実関係(本判決及び本判決が引用する原判決に基づき記載、下線・強調は筆者による)

⑴ 本件特許権
特許番号 特許第6806401号
発明の名称 非水系塗料用の粉末状揺変性付与剤、及びそれを配合した非水系塗料組成物
出願日 令和1年10月17日
登録日 令和2年12月8日

⑵本件訂正前の特許請求の範囲の記載
【請求項1】
 炭素数2~8のプライマリージアミンと、水素添加ひまし油脂肪酸及び/又は炭素数4~18の脂肪族モノカルボン酸とが縮合したアミド化合物(A)と、マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、酸化ポリオレフィン、ポリオール、ポリエーテル、ポリカルボン酸、ポリアミン、ポリアミド、ポリエステル、ポリリン酸、及びポリスルホン酸から選ばれるもので極性官能基を有するポリマー(C)とを、含み、増粘性及び/又は液だれ防止性と、揺変性とを付与するためのものであり、
 前記アミド化合物(A)と、前記非アミドワックス成分(B)と、前記極性官能基を有するポリマー(C)との合計質量を基準として、前記アミド化合物(A)を1~95質量%、前記非アミドワックス成分(B)を1~95質量%、及び前記極性官能基を有するポリマー(C)を0.1~10質量%とすることを特徴とする非水系塗料用の粉末状揺変性付与剤。

⑶本件訂正の内容
(訂正事項1)
 「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、」
                         ↓
 「マイクロクリスタリンワックス、及び水素添加ひまし油から選ばれるもので軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、」

 「酸化ポリオレフィン、ポリオール、ポリエーテル、ポリカルボン酸、ポリアミン、ポリアミド、ポリエステル、ポリリン酸、及びポリスルホン酸から選ばれるもので極性官能基を有するポリマー(C)と」
                         ↓
 「酸化ポリオレフィン、ポリオール、ポリエーテル、ポリカルボン酸、ポリアミン、ポリアミド、ポリエステル、ポリリン酸、及びポリスルホン酸から選ばれるもので重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし極性官能基を有するポリマー(C)と」

⑷本件明細書の記載
【0031】
 非アミドワックス成分(B)とは、鉱物系、石油系、あるいは化学的に合成された成分であり、具体的には、マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、ポリオレフィンワックスが挙げられる。非アミドワックス成分(B)は、軟化点が70℃以上、好ましくは70℃~120℃であり、酸価が10以下、好ましくは0~5である。
【0032】
 非アミドワックス成分(B)の軟化点が70℃未満であると、前記アミド化合物(A)と、非アミドワックス成分(B)と、極性官能基を有するポリマー(C)とを混合させることにより得られる混合物である揺変性付与剤を、塗料・インキに添加したときに、塗料・インキの製造時に発生する熱量に対して非アミドワックス成分(B)が塗料・インキ中で溶解することにより、塗料・インキの表面にブリードアウトし易くなる為、塗膜外観の悪化や、指触によるべたつきが起こってしまう。
・・・
【0034】
 極性官能基を有するポリマー(C)とは、酸化ポリオレフィン、ポリオール、ポリエーテル、ポリカルボン酸、ポリアミン、ポリアミド、ポリエステル、ポリリン酸、ポリスルホン酸、等である。
・・・
【0038】
 極性官能基を有するポリマー(C)としては、重量平均分子量が、ポリスチレン換算で1,000~200,000、好ましくは1,000~100,000である。

⑸周知の技術的事項
①ポリオレフィンワックスの中に「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする」との条件を満たすものと満たさないものが存在する。
②マイクロクリスタリンワックス及び水素添加ひまし油(以下「マイクロクリスタリンワックス等」ということがある。)の分子量ないし重量平均分子量(ポリスチレン換算によるもの)がいずれも1000未満である。

争点

1 訂正の要件についての判断の順序
2 「誤記・・・の訂正」の該当性

判旨

(下線・強調は筆者による)

⑴ 訂正の要件についての判断の順序
 原告は、特許法120条の5第2項本文に基づく訂正の適否を判断するに当たっては、前記(1)の各要件のうち、当該訂正が同項ただし書各号に掲げる事項を目的とするものであるか否かについての判断を先に行い、当該訂正が同項ただし書各号に掲げる事項を目的とするものである場合に限り、当該訂正が実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるか否かについての判断をしなければならないと主張する。しかしながら、同項本文に基づく訂正が前記(1)の各要件を満たすか否かについての判断に関し、特許法その他の法令には、原告の上記主張を根拠付ける明文の規定はないし、原告の上記主張のように解釈できるとする規定もない。また、前記(1)の各要件の内容及び性質をみても、これらの間に論理的な先後関係があるものと解することはできない。そうすると、特許法120条の5第2項本文に基づく訂正の適否を判断するに当たり、前記(1)の各要件のうち、当該訂正が同項ただし書各号に掲げる事項を目的とするものであるか否かについての判断を先に行い、当該訂正が同項ただし書各号に掲げる事項を目的とするものである場合に限り、当該訂正が実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであるか否かについての判断をすることが義務付けられていると解することはできない

⑵ 「誤記・・・の訂正」の該当性
 本件訂正前の記載から本件記載を削除する本件訂正が特許法120条の5第2項ただし書2号に掲げる「誤記…の訂正」を目的とするものに該当するか否かについて
 原告は、本件訂正前の記載から本件記載を削除することは特許法120条の5第2項ただし書2号に掲げる「誤記…の訂正」を目的とするものに該当すると主張するので、まず、この点について判断する。

ア 特許法120条の5第2項ただし書2号にいう「誤記」に該当するか否かについての判断基準
 特許法120条の5第2項ただし書2号にいう「誤記」に該当するといえるためには、同項本文に基づく訂正の前の記載が誤りで当該訂正の後の記載が正しいことが願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の記載、当業者の技術常識等から明らかで、当業者であれば、そのことに気付いて当該訂正の前の記載を当該訂正の後の趣旨に理解するのが当然であるという場合でなければならないと解するのが相当である。

イ 本件訂正前の記載について
(ア) 本件訂正前の記載
 前記第2の3のとおり、本件訂正前の記載は、「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、」というものである。

(イ)ポリオレフィンワックスについて
 ポリオレフィンワックスの中に「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする」との条件を満たすものと満たさないものが存在することが周知の技術的事項であることは、当事者間に争いがない。そうすると、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中に上記の条件を満たすポリオレフィンワックスが含まれるものと理解すると認められる。

(ウ)マイクロクリスタリンワックス等について
 マイクロクリスタリンワックス等の分子量ないし重量平均分子量(ポリスチレン換算によるもの)がいずれも1000未満であることが周知の技術的事項であることは、当事者間に争いがない。そうすると、当業者は、当該周知の技術的事項に基づき、「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし」との条件を満たすマイクロクリスタリンワックス等が存在しないものと理解すると認められるから、そのように理解する当業者は、本件訂正前の記載に接したときは、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中にマイクロクリスタリンワックス等はおよそ含まれないものと理解し得ると認めるのが相当である。

(エ)本件訂正前の記載が誤りであることが当業者にとって明らかといえるか否かについて
 本件訂正前の構成は、非アミドワックス成分(B)に含まれ得る物質について、「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので」と規定するのであるから、その文言に照らし、当該物質は、マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油及びポリオレフィンワックスのうちの全部又は一部であると解される。そして、前記(イ)及び(ウ)のとおり、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中に「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする」との条件を満たすポリオレフィンワックスが含まれ、他方で、マイクロクリスタリンワックス等はおよそ含まれないものと理解し得るのであるから、そのように理解し得る当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)に含まれる物質がマイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油及びポリオレフィンワックスのうちの一部のみ(ポリオレフィンワックスのみ)であると理解し得ると認められるところ、当該理解は、本件訂正前の構成についての上記解釈(非アミドワックス成分(B)に含まれ得る物質に係るもの)と整合している。このように、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)に含まれる物質(ポリオレフィンワックス)が現に存在すると理解するとともに、当該物質の種類が本件訂正前の構成中に掲げられた「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックス」の全てではないとしても、そのことは本件訂正前の構成の「マイクロクリスタリンワックス、水素添加ひまし油、及びポリオレフィンワックスから選ばれるもので」に係る解釈と整合すると理解するものと認められるから、結局、本件記載を含む本件訂正前の記載については、当該当業者にとって、これが誤りであることが願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の記載、当業者の技術常識等から明らかであると認めることはできないというべきである。

ウ 本件訂正後の記載について
(ア)本件訂正後の記載
 前記第2の3のとおり、本件訂正後の記載は、「マイクロクリスタリンワックス、及び水素添加ひまし油から選ばれるもので軟化点を低くても70℃とする非アミドワックス成分(B)と、」というものである。

(イ)本件訂正による訂正後の記載としての他の選択肢の存在
 前記イ(イ)及び(ウ)のとおり、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中に「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とする」との条件を満たすポリオレフィンワックスが含まれるものと理解し、他方で、「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし」との条件を満たすマイクロクリスタリンワックス等が存在しないものと理解することにより、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中にマイクロクリスタリンワックス等がおよそ含まれないものと理解し得るのであるから、仮に、当該当業者において、本件訂正前の記載に誤りがあると理解するとしても、当該当業者にとっては、本件訂正前の記載のうちポリオレフィンワックスに係る部分を全部削除した上、マイクロクリスタリンワックス等に係る部分について重量平均分子量に係る条件(本件記載)のみを削除するとの選択肢(本件訂正後の記載を採用するとの選択肢)のみならず、本件訂正前の記載のうちマイクロクリスタリンワックス等に係る部分を全部削除した上、ポリオレフィンワックス(重量平均分子量及び軟化点に係る条件を満たすもの)に係る部分のみを維持するとの選択肢(本件訂正による訂正後の記載を「重量平均分子量をポリスチレン換算で1,000~100,000とし軟化点を低くても70℃とするポリオレフィンワックスからなる非アミドワックス成分(B)と、」などとする選択肢)も存在し得るものと理解すると認めるのが相当である。そして、上記のとおり、当該当業者は、本件訂正前の構成にいう非アミドワックス成分(B)の中に重量平均分子量及び軟化点に係る条件を満たすポリオレフィンワックスは含まれるが、マイクロクリスタリンワックス等はおよそ含まれないものと理解し得るのであるから、当該当業者において、非アミドワックス成分(B)に含まれていた物質を維持し、およそ含まれていなかった物質を除外する趣旨の記載が正しいと理解する蓋然性は、決して小さくないものと認めるのが相当である。

(ウ)本件訂正後の記載が正しいことが当業者にとって明らかであるといえるか否かについて
 前記(イ)のとおり、本件訂正前の記載に接した当業者は、本件訂正前の記載からマイクロクリスタリンワックス等に係る部分を全部削除した上、ポリオレフィンワックス(重量平均分子量及び軟化点に係る条件を満たすもの)に係る部分のみを維持する趣旨の記載が正しいとも理解することができるものであって、当該当業者においてこのような記載が正しいと理解する蓋然性は、決して小さくないのであるから、仮に、当該当業者において、本件訂正前の記載に誤りがあると理解するとしても、本件訂正後の記載については、当該当業者にとって、これが本件訂正による訂正後の記載として正しいことが願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の記載、当業者の技術常識等から明らかであると認めることはできないというべきである。

・・・

オ 小括
 以上のとおりであるから、本件訂正前の記載が誤りで本件訂正後の記載が正しいことが願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の記載、当業者の技術常識等から明らかで、本件訂正前の記載に接した当業者であれば、そのことに気付いて本件訂正前の記載を本件訂正後の記載の趣旨に理解するのが当然であるということはできない。
 よって、本件訂正前の記載から本件記載を削除する本件訂正が特許法120条の5第2項ただし書2号に掲げる「誤記…の訂正」を目的とするものに該当するということはできない。

解説/検討

 本判決では、特許法120条の5第2項ただし書2号にいう「誤記」に該当するといえるためには、同項本文に基づく訂正の前の記載が誤りで当該訂正の後の記載が正しいことが願書に添付した明細書、特許請求の範囲又は図面の記載、当業者の技術常識等から明らかで、当業者であれば、そのことに気付いて当該訂正の前の記載を当該訂正の後の趣旨に理解するのが当然であるという場合でなければならないとの判断基準が示されたうえ、本件訂正について詳細な検討がなされており参考になる。
 かかる基準によれば、当業者にとって、訂正前の記載が誤りであるとしても、その誤りを正す選択肢が複数ある場合は、「当該訂正の前の記載を当該訂正の後の趣旨に理解するのが当然であるという場合」と言い難くなると考えられる。したがって、同号の「誤記」に該当する旨主張する権利者は、誤りを正す選択肢が他にないことを、侵害訴訟などで「誤記」の該当性を争う被疑侵害者などは、仮に誤記であるとしても、誤りを正す他の選択肢が多くあることを主張立証することになろう。
 

 

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