【紛争の蒸し返し】
投稿日:2026年8月24日 |
![]()
著者:弁護士 山口 裕司
|
参照条文/キーワード/論点 |
訴えの適法性 |
ポイント※本件が前訴の紛争の蒸し返しにすぎず、訴訟上の信義則に反し、許されないと判断した。
|
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第2部 |
| 判決言渡日 | 令和5年5月18日 |
| 事件番号 | 令和5年(ネ)第10009号 |
| 事件名 | 損害賠償請求控訴事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
本多 知成
浅井 憲 勝又 来未子 |
事案の概要
本件は、発明の名称を「入力支援コンピュータプログラム、入力支援コンピュータシステム」とする特許(本件特許)の特許権者である控訴人が、被控訴人シャープが製造し、被控訴人KDDIが販売する被告製品(スマートフォン。型番SHV44、SHV45及びSHV46)が、本件特許に係る発明の技術的範囲に属し、これらの製造・販売が本件特許権の侵害に当たると主張して、民法709条、特許法102条3項に基づき、被控訴人らに対し、連帯して損害賠償金250万7685円及びこれに対する不法行為の後の日である令和4年6月7日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
争点
本件訴えの適法性(本案前の抗弁)
判旨
令和2年事件と本件は、当事者を同一とし、侵害されたとされる特許権が同一であり、その特許請求の範囲の請求項1及び3の各発明の技術的範囲への被疑侵害品の属否が問題となっている点も共通する。
本件の対象製品である被告製品は、令和2年事件の対象製品である前訴被告製品と同一シリーズの製品であって、前訴被告製品よりも後に発売されたものと推認されるものの、前訴被告製品から大きな仕様変更がされたことはうかがえず、特に、問題とされているアプリケーションは同一(いずれもAQUOS Home)であって、そのバージョンが異なる可能性はあるとしても、大きな仕様変更がされたこともうかがえず、また、問題となる動作(前記(2)イ及び(3)イ)は同一又は少なくとも実質的に同一である。
そして、令和2年事件と本件における争点は、対象製品(前訴被告製品又は被告製品)にインストールされた「AQUOS Home」と呼ばれるアプリケーション(前訴アプリ又は本件ホームアプリ)における「操作メニュー情報」の有無であるから、争点も同一又は少なくとも実質的に同一であり、そればかりか、当該争点についての控訴人の主張も実質的に同一である。
そうすると、本件における控訴人の主張は、対象製品に「操作メニュー情報」が存在しないことを理由として、控訴人の被控訴人らに対する本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求に理由がないとの判断が確定した令和2年事件における控訴人の主張の蒸し返しにすぎないというほかない。控訴人は、令和2年事件判決が、「操作メニュー情報」が存在しないと判断した根拠となる前訴被告製品の構成(前訴アプリの動作)と、被告製品の構成(本件ホームアプリの動作)が実質的に同一であり、そのために、被告製品が、前訴被告製品におけるものと同一の理由により、本件特許権を侵害しないものであることを十分認識しながら、本件訴えを提起したものと推認されるのであって、本件において控訴人の請求を審理することは、被控訴人らの令和2年事件判決の確定による紛争解決に対する合理的な期待を著しく損なうものであり、訴訟上の正義に反するといわざるを得ない。
したがって、控訴人が本件において本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求をし、これに係る主張をすることは、令和2年事件における紛争の蒸し返しにすぎないというべきであり、同事件の当事者である控訴人と被控訴人らとの間で、控訴人の請求について審理をすることは、訴訟上の信義則に反し、許されない。
解説/検討
東京地裁平成17年11月1日判決・平成17年(ワ)第10394号(高部眞規子裁判長〔電話番号リストのクリーニング装置およびクリーニング方法〕)も以下のように、訴訟上の信義則に基づく訴え却下を認めている。
「(2) 訴訟上の信義則について
ア 権利の行使は信義に従い誠実にこれをしなければならず(民法1条2項),民事訴訟においても,当事者は,信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない(民訴法2条)。後訴の請求又は後訴における主張が前訴のそれの蒸し返しにすぎない場合,後訴の請求又は後訴における主張は信義則に照らして許されないと解される。
そして,かように後訴の請求又は後訴における主張が信義則に照らして許されないか否かは,前訴及び後訴の各内容,当事者の訴訟活動,前訴において当事者がなし得たと認められる訴訟活動,後訴の提起又は後訴における主張をするに至った経緯,訴訟により当事者が達成しようとした目的,訴訟をめぐる当事者双方の利害状況,当事者間の公平,前訴確定判決による紛争解決に対する当事者の期待の合理性,裁判所の審理の重複,時間の経過などの諸事情を考慮して,後訴の提起又は後訴における主張を認めることが正義に反する結果を生じさせることになるか否かで決すべきである(最高裁昭和49年(オ)第331号同51年9月30日第一小法廷判決・民集30巻8号799頁,最高裁昭和49年(オ)第163,164号同52年3月24日第一小法廷判決・裁判集民事120号299頁,最高裁平成9年(オ)第849号同10年6月12日第二小法廷判決・民集52巻4号1147頁参照)。
イ 本件についてこれを見るに,本訴で主張する被告装置が前訴で原告が特定した前訴装置と同一の構成を有し,本訴が前訴の審理の蒸し返しに当たるときは,訴訟上の信義則に照らして被告装置が本件特許権を侵害することを理由とする損害賠償請求は許されないことになる。そして,前記のとおり,本件損害賠償請求は,前訴における損害賠償請求と損害の対象期間を異にするものではあるが,結局,前訴における損害賠償請求と同一の対象製品,同一の権利に基づいて再度裁判所の判断を求めようとするものであり,前訴における紛争を蒸し返すものと評価せざるを得ない。原告は,被告装置と前訴装置の相違を縷々述べるが,前記のとおり,これらはいずれも被告装置が前訴で原告によって特定された前訴装置の構成に当たるか否かの判断に影響を与えるものではない。また,前訴と本訴とでは,いずれも対象となる装置が本件特許発明の技術的範囲に属するか否かが主な争点となり,争点が概ね共通である上,原告及びひまわり情報は同争点について前訴で主張,立証を尽くし,共同実験まで行ったものであって,原告が前訴において訴訟活動を充分になし得なかった事由は存しない。そして,かかる前訴における訴訟追行の態様からすれば,前訴確定判決によって紛争が解決し,前訴装置と構成が同一の装置の製造譲渡行為は本件特許権を侵害するものでなく,差止めも損害賠償も請求されることはないものと考える被告の期待は,合理的である。前訴と本訴との間では,原告が訴え提起によって達成しようとする目的は概ね同一であって,損害の範囲が異なるのみであり,当事者間の利害状況も異ならない。よって,本訴で前訴と同一の争点について審理を繰り返すことによる裁判所及び被告の負担は軽視できず,原告の本訴における請求を認めないと当事者間の公平を害するような事情もない。
そうすると,本訴において被告装置が本件特許権を侵害することを理由とする本件損害賠償請求を許容し,これを審理すると,被告との関係で正義に反する結果を生じさせるのであって,上記請求及び主張は,訴訟上の信義則に反し,許されないというべきである。
以上のとおり,本件損害賠償請求は,信義則に反し許されない。」
そのほか、知財高裁平成27年3月25日判決(行政事件訴訟法に基づく無効確認請求控訴事件・設樂隆一裁判長)でも、「本件訴えは,前訴の実質的蒸し返しであり,信義則に反し,不適法なものであり,却下すべきものと判断」したものがあるが、原審や前訴の判決が公開されていないため、詳細は不明である。
本件でも、本件の対象製品である被告製品と前訴被告製品が、同一シリーズの製品であって、大きな仕様変更がされたことはうかがえないことや、争点も同一又は少なくとも実質的に同一であることから、前訴判決の確定による紛争解決に対する合理的な期待を著しく損なうものであり、訴訟上の正義に反するとして、訴えの却下を認めた。
