【引用発明との相違点を認定した事例】

 

投稿日:2026年8月28日

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著者:弁理士 大栗 由美
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

特許法29条1項/刊行物に記載された発明

ポイント

※本件は、発明の名称を「5-アミノレブリン酸リン酸塩、その製造方法及びその用途」とする特許第4417865号の無効審判における「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決の取消しを求めた審決取消請求事件である。裁判所は原告の請求を棄却した。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 令和5年3月22日
事件番号 令和4年(行ケ)第10091号
事件名 審決取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
東海林 保
中平 健
都野 道紀
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

 本件特許は、平成17年2月25日コスモ石油株式会社により出願され、平成21年11月18日に特許査定、平成21年12月4日に登録された。その後、被告に移転された。
 原告は、令和3年9月13日、本件特許の請求項1に記載された発明(以 下「本件発明」という。)につき、無効審判請求をした(無効2021-800078号事件)。特許庁は、令和4年7月15日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月27日、原告に送達された。原告は、令和4年8月23日、本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。


争点

「刊行物に記載された発明」であるかどうか
① 引用文献に記載されているといえるか
② 引用発明として認定できるか
③ 優先日当時の技術常識に基づいて、入手方法を見いだすことができるか

判旨

(1)引用発明について
 引用文献の請求項1及び2に係る特許請求の範囲の記載によれば、引用文献には、「誘導体が5-ALAの塩およびエステルから選択される」「非水性液体中に溶解または分散した5-アミノレブリン酸および/またはその誘導体を含有する組成物」の発明が記載されているものといえる。
 引用文献の段落【0012】には、引用文献の組成物が5-アミノレブリン酸の誘導体を作用物質として含有する旨、この作用物質として「5-アミノレブリン酸またはその塩またはエステル」が特に有利である旨が記載された上で、この「塩またはエステル」の有利な例として22種類の化合物が挙げられ、その中に「5-ALAホスフェート」が記載されている。
 以上の記載内容によれば、引用文献には、化合物である5-ALAホスフェートが記載されているものといえる。

(2)5-ALAホスフェートを引用発明として認定することの可否について
 特許法29条1項は、同項3号の「特許出願前に・・・頒布された刊行物に記載された発明」については特許を受けることができないと規定するものであるところ、上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには、同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが、発明が技術的思想の創作であること(同法2条1項参照)にかんがみれば、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。特に、当該物が新規の化学物質である場合には、新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されていることに止まらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。そして、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見いだすことができることが必要であるというべきである。
 以上を前提として検討するに、5-ALAホスフェートは新規の化合物であるところ、上記⑵のとおり、引用文献には、化合物である5-ALAホスフェートが記載されているといえるものの、その製造方法に関する記載は見当たらない(甲2)。

 したがって、5-ALAホスフェートを引用発明として認定するためには、引用文献に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見いだすことができたといえることが必要である。

[原告の主張]
 甲17文献ないし甲19文献の記載からすれば、本件優先日当時、5-アミノレブリン酸単体の製造方法は周知であった上、5-アミノレブリン酸をリン酸溶液に溶解すれば、弱塩基と強酸の組合せとなり、5-アミノレブリン酸リン酸塩を得ることができることは技術常識であったことからすれば、本件優先日当時の当業者は、極めて容易に5-ALAホスフェートの製造方法を理解し得たものといえる旨主張

★本件特許の実施例★
画像

・甲17文献ないし甲19文献の記載
 確かに、甲17文献及び甲19文献には、乙1文献(上山宏輝ほか「光合成細菌変異株による5-アミノレブリン酸の工業的生産」(生物工学会誌第78巻第2号48ないし55頁、2000年発行))を引用しつつ、「ALA生産が確立されている」、「ALAの産生に成功した」、「発酵の下流では、イオン交換樹脂を使用するALA精製プロセスも確立されて」いるなどと記載されている。しかしながら、乙1文献には、「発酵液からのALAの精製」の項において、ALAが塩基性水溶液中では非常に不安定であり、種々の検討の結果、5-アミノレブリン酸塩酸塩結晶を得るプロセスを確立することに成功した旨が記載されているにすぎない(54頁左欄12行目ないし20行目)。そうすると、甲17文献及び甲19文献においては、細菌を培養して発酵液中にALA(5-アミノレブリン酸)を産生させる技術は開示されているものの、5-アミノレブリン酸単体を得る技術は開示されていないというべきである。

・引用文献の記載
 引用文献においても「5-ALAは・・・化学的にきわめて不安定な物質である」「5-ALAHClの酸性水溶液のみが充分に安定であると示される」と記載されているとおり(段落【0007】)、これらの事項が本件優先日当時の技術常識であったと認められることも考慮すると、本件優先日当時において、5-アミノレブリン酸単体を得る技術が周知であったとは認められない。
 種々の成分を含む混合液に酸又は塩基を添加するという方法が、化合物である塩の製造方法として技術常識であったとは認められないことからすれば・・・化合物である5-アミノレブリン酸リン酸塩を製造する方法として、培地成分等と混合した状態で5-アミノレブリン酸が存在する発酵液にリン酸を添加する方法(又はこの発酵液をリン酸溶液に添加する方法)を、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮することなく見いだすことができたものとはいえない
 引用文献に接した本件優先日当時の当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見いだすことができたとはいえない
 したがって、引用文献から5-ALAホスフェートを引用発明として認定することはできない。

(3)本件発明と引用発明に対する新規性の有無
 引用発明は、「1、2-プロピレングリコールおよびグリセリ中の5-ALAの10%(質量%/容積%)溶液」であり、本件発明のように化合物である5-アミノレブリン酸リン酸塩ではないから、本件発明及び引用発明は、・・相違するものと認められる。・・・本件発明は、引用発明と一致するものとはいえないから、引用発明に対して新規性を欠くものとはいえない。

 本件発明は引用発明に対する新規性を欠くものとはいえないとした本件審決の判断に誤りはない。  

 

解説/検討

 本判決では、「刊行物に記載された発明」であるかどうかについて、「引用文献に記載されているといえるか」と「引用発明として認定できるか」をそれぞれ検討した上で、引用文献に記載されてるといえるが、引用発明として認定できないと判断し、さらに思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件優先日当時の技術常識に基づいて、5-ALAホスフェートの製造方法その他の入手方法を見いだすことができたといえないとして、本件発明と引用発明は相違するため、新規性を欠くものではないと判断された。化合物の単離までの製造方法が記載されていない文献を引用発明としない判断は妥当だろうと思う。  

 

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