【特許発明の進歩性を否定した異議決定が覆された事例】

 

投稿日:2026年9月16日

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著者:弁理士 津田 理
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

進歩性

ポイント

※本件では、「防眩フィルム」の特許発明が、引用例または周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか否かが争われた。
※特許庁は、特許異議の申立てにおいて、引用例2に、ヘイズ値が60%の光学シートでは、内部ヘイズ値が5~30%であることが好ましいと記載されているから、ヘイズ値が60%の引用発明の内部ヘイズ値を5%とすることは容易であるとした。
※裁判所は、引用例2には、光学シートの表面ヘイズ値が22~40%であることが好ましいと記載されており、全体のヘイズ値が60%であるとすると、内部ヘイズ値として示唆されているのは20~38%であり、引用発明に引用例2を組み合わせても、内部ヘイズ値を20%よりも小さい値とすることを当業者が容易に想到することはできないと判示した。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 令和5年3月27日
事件番号 令和4年(行ケ)第10029号
事件名 特許取消決定取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
東海林 保
中平 健
都野 道紀
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

1.事実関係
・原告は、発明の名称を「防眩フィルム」とする特許第6721794号(本件特許)の特許権者である。本件特許について、令和3年1月14日付けで特許異議の申立てがされたところ、原告は同年11月15日付け訂正請求書による訂正(本件訂正)を行った。
・本件訂正後の請求項1(本件発明1)の内容は、以下のとおりである。

[請求項1]
 ヘイズ値が60%以上95%以下の範囲の値であり、内部ヘイズ値が0.5%以上15.0%以下の範囲の値であり、且つ、画素密度が441ppiである有機ELディスプレイの表面に装着した状態において、8ビット階調表示で且つ平均輝度が170階調のグレースケール画像として画像データが得られるように調整したときの前記ディスプレイの輝度分布の標準偏差が、0以上10以下の値である防眩層を備える、防眩フィルム。

・特許庁は、本件訂正を認めたうえで、本件特許に係る特許を取り消す旨の異議の決定(本件決定)を行ったところ、原告は、本件決定の取消しを求めて本件訴訟を提起した。
・本件決定の内容は、以下のとおりである(なお、本件決定では、進歩性のほかに、実施可能要件、サポート要件、明確性要件についても判断されているが、ここでは進歩性についてのみ取り上げる)。

[本件決定]
a 引用発明(特開2009-244465号公報)との一致点及び相違点
(a) 一致点(本件決定第5の1⑶イ(ア))
「ヘイズ値が60%以上95%以下の範囲の値である防眩層を備える、防眩フィルム。」

(b) 相違点(本件決定第5の1⑶イ(イ))
(i) 相違点1-1
「防眩層」が、本件発明1は、「内部ヘイズ値が0.5%以上8.0%以下の範囲の値であ」るのに対して、引用発明は、「内部ヘイズ値」が分からない点。

(ii) 相違点1-2
「防眩層」が、本件発明1は、「画素密度が441ppiである有機ELディスプレイの表面に装着した状態において、8ビット階調表示で且つ平均輝度が170階調のグレースケール画像として画像データが得られるように調整したときの前記ディスプレイの輝度分布の標準偏差が、0以上10以下の値である」のに対して、引用発明は、そのようなものであるかどうか不明な点。

b 判断(本件決定第5の1⑶ウ)
(a) 相違点1-1について
 引用例2(特開2015-172837号公報)には、ヘイズ値が60%でギラツキが防止された、防眩性を有する光学シートで、内部ヘイズは5~30%であることが好ましいことが記載されているから、ヘイズが60%の引用発明の内部ヘイズを5%とすることは容易である。

(b) 相違点1-2について
 本件発明1の「画素密度が441ppiである有機ELディスプレイの表面に装着した状態において、8ビット階調表示で且つ平均輝度が170階調のグレースケール画像として画像データが得られるように調整したときの前記ディスプレイの輝度分布の標準偏差が、0以上10以下の値である」との発明特定事項は、物としての防眩層(防眩フィルム)を明確に特定しない(ディスプレイの輝度分布の標準偏差を求めるときの撮像条件に依存して、「ディスプレイの輝度分布の標準偏差が」、「0以上10以下の値である」、「防眩層」は変化する。)から、相違点1-2は実質的な相違点を構成しない。
 そうでないとしても、引用例2ないし5及び周知の技術事項に基づいて、引用発明において、「高精細のパネル」と組み合わせてもギラツキが発生しないよう、「防眩性ハードコート層」(「防眩層」)を、画素密度が441ppiの有機ELディスプレイの表面に装着した状態において得られた画像データのディスプレイの輝度分布の標準偏差が小さいものとなるよう構成することは、当業者が容易に想到し得たことである。

争点

・取消事由1-1-2(相違点の容易相当性の判断の誤り)

裁判所の判断

(ア) 引用例2は、解像度の低下を招く可能性のある内部へイズに頼ることなくギラツキを防止することについて、表面凹凸の割合、及び、概ね傾斜角5度以上の領域を示す表面ヘイズを特定の範囲とすることにより、ギラツキを防止するとともに超高精細の表示素子の解像度の低下を防止できること(引用例2の段落【0008】)、大き過ぎずかつ小さ過ぎない範囲の表面ヘイズを有することで、凹凸形状の中に、傾斜角度の小さい凹凸と、傾斜角度の大きい凹凸とが混在し、凹凸内に様々な傾斜角が存在することにより、ギラツキをより防止しやすくできること(引用例2の段落【0025】)を開示し、上記の大き過ぎずかつ小さ過ぎない範囲の表面ヘイズの数値範囲として、表面へイズが22ないし40%であることと、強度比が1.0以上4.0以下の光学シートを用いることが記載され、また、表面へイズが40%を超える場合は解像度が低下してしまうことも記載されている(引用例2の段落【0026】)。そして、強度比を規定するとともに、表面ヘイズを規定することにより、凹凸の程度(表面拡散要素)をより具体的に表すことが記載されており(引用例2の段落【0029】)、表面ヘイズの値は、ギラツキと技術的に一体不可分である凹凸の形状を規定するものであるから、引用例2の記載は、表面ヘイズ値と切り離してギラツキを調整することを示唆するものと解することはできない。そうすると、引用例2の「内部へイズは、5~30%であることが好ましく、5~25%であることがより好ましく、10~18%であることがさらに好ましい。内部ヘイズを5%以上とすることにより、表面凹凸との相乗作用によりギラツキを防止しやすくでき、30%以下とすることにより、超高精細の表示素子の解像度の低下を防止できる。」(引用例2の段落【0035】)という記載を根拠として、引用例2が、表面ヘイズ値と切り離して内部ヘイズ値を5%程度に調整することによりバラツキを調整することを示唆しているということはできない。
 そして、引用例2に、光学シートの表面ヘイズが22ないし40%であり、(全体の)ヘイズが25ないし60%であることが好ましいと記載されている一方で(引用例2の段落【0035】)、引用発明の(全体の)ヘイズ値は60%であり、また、引用例1には、防眩性ハードコートフィルムは、(全体の)ヘイズ値が60%以上であるとされているから(引用例1の段落【0005】及び【0042】)、引用発明と引用例2の(全体の)ヘイズ値が共通するのは、60%の(全体の)ヘイズ値を有する場合である。本件発明1においては、(全体の)ヘイズ値から内部ヘイズ値を差し引いた値が外部ヘイズ値(表面ヘイズ値)に相当するから(段落【0025】)、(全体の)ヘイズ値が60%である引用発明について、表面ヘイズの値が22ないし40%である光学シートが記載された引用例2が、内部ヘイズ値として示唆するのは、60%の(全体の)ヘイズ値のときに取り得る20ないし38%(60%-40%=20%と、60%-22%=38%の間)の内部ヘイズ値である。そうすると、引用発明に引用例2を組み合わせても、内部ヘイズ値を20%よりも小さい値とすることを当業者が容易に想到することはできない。
 なお、周知文献A1(特開2015-172835号公報)も、「内部へイズは、5~30%であることが好ましく」と記載されているものの、他方で、「表面へイズは20~50%であることが好ましく」とも記載されているから(周知文献A1の段落【0029】)、表面ヘイズ値と切り離してギラツキを調整することを示唆するものではない。
(ウ) 前記(ア)のとおり、引用発明に引用例2を組み合わせても、内部ヘイズ値を20%よりも小さい値とすることを当業者が容易に想到することはできず、内部ヘイズ値が0.5%以上8.0%以下の範囲であるという、本件発明1の相違点1-1に係る構成を当業者が容易に想到することもできない。その他に、本件発明1の相違点1-1に係る構成を当業者が容易に想到することができたことを認めるに足りる証拠はない。そうすると、本件発明1は、引用発明、引用例2ないし5に記載された技術ないし周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。
 したがって、本件発明1は、引用発明、引用例2ないし5に記載された技術ないし周知の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとする本件決定の判断(本件決定第5の1⑶ウ(オ))は誤りであり、取消事由取消事由1-1-2は理由がある。

解説/検討

・本事件では、引用例2の段落【0035】の「内部へイズは、5~30%であることが好ましく、5~25%であることがより好ましく、10~18%であることがさらに好ましい。内部ヘイズを5%以上とすることにより、表面凹凸との相乗作用によりギラツキを防止しやすくでき、30%以下とすることにより、超高精細の表示素子の解像度の低下を防止できる。」との記載(以下「上記記載」という)の解釈が問題となった。

 裁判所は「引用例2の記載は、表面ヘイズ値と切り離してギラツキを調整することを示唆するものと解することはできない。」として、「引用例2に、光学シートの表面ヘイズが22ないし40%であり、(全体の)ヘイズが25ないし60%であることが好ましい」との記載と、上記記載の「内部へイズは、5~30%であることが好ましい」との記載とを関連づけて、同時に満たすべき条件としたが、果たして妥当といえるか?
 より具体的には、上記記載からは、「内部へイズは、5~30%であることが好ましい」ことと「表面凹凸」があることとを関連づけるべきと考えられるが、「内部へイズは、5~30%であることが好ましい」ことと「表面ヘイズ(表面ヘイズが22ないし40%であること)」とを関連づけることは妥当といえるか?

→引用例2の段落【0025】には、「本発明のタッチパネルで用いる光学シートは、強度比が1に近く略平滑な面が少なく全面が凹凸形状であることから、光学シートの表面に凹凸箇所と略平滑な箇所との境界が少なくなり、ギラツキを防止しやすくできると考えられる。」と記載されたうえで、「さらに、該光学シートは、強度比が1に近く、さらに大き過ぎずかつ小さ過ぎない範囲の表面ヘイズを有することから、凹凸形状の中に、傾斜角度の小さい凹凸(傾斜角5度未満の凹凸)と、傾斜角度の大きい凹凸(傾斜角5度以上の凹凸)とが混在している。このように、凹凸内に様々な傾斜角が存在することにより、ギラツキをより防止しやすくできる(省略)。」と記載されている。

 引用例2では、「凹凸計上であること(表面凹凸)」とは別に、「大き過ぎずかつ小さ過ぎない範囲の表面ヘイズ(表面ヘイズが22ないし40%であること)」が記載されており、「内部へイズは、5~30%であることが好ましい」ことと「表面ヘイズ(表面ヘイズが22ないし40%であること)」とを関連づける論理が飛躍しているのでは?

→また、引用例2の段落【0008】には「本発明者らは、解像度の低下を招く可能性のある内部へイズに頼ることなくギラツキを防止することについて鋭意研究した結果、表面凹凸の割合を示す後述する式(I)及び、概ね傾斜角5度以上の領域を示す表面ヘイズを特定の範囲とすることにより、ギラツキを防止するとともに、超高精細の表示素子の解像度の低下を防止できることを見出し、本発明を完成するに至った。」と記載されている。

 引用例2の段落【0035】の「内部へイズは、5~30%であることが好ましく、5~25%であることがより好ましく、10~18%であることがさらに好ましい。内部ヘイズを5%以上とすることにより、表面凹凸との相乗作用によりギラツキを防止しやすくでき、30%以下とすることにより、超高精細の表示素子の解像度の低下を防止できる。」との記載は、段落【0008】の「内部へイズに頼ることなくギラツキを防止する」発明とは、別の発明に関する記載と解釈することはできるのでは?

(分割出願の制度趣旨からも、明細書に複数の発明を記載することは許されている。例えば「内部ヘイズが5~30%であり、表面凹凸を有することを特徴とするタッチパネル」という発明(別発明)について分割出願をすることは、認められるはず。)

 

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