【特許法102条2項による推定覆滅部分についての3項の適用】

 

投稿日:2026年8月24日

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著者:弁護士 山口 裕司
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

損害額(2項、3項)/構成要件充足性/特許の有効性(新規性、進歩性)

ポイント

※実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、特許権者は、特段の事情のない限り、実施許諾をすることができたと認められるのに対し、販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、当該事情の事実関係の下において、特許権者が実施許諾をすることができたかどうかを個別的に判断すべきものと解されると判断した。


判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所特別部
判決言渡日 令和4年10月20日
事件番号 令和2年(ネ)第10024号
事件名 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
裁判官
裁判官
大鷹 一郎
菅野 雅之
本多 知成
東海 林保
勝又 来未子
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

 本件は、発明の名称を「椅子式施療装置」とする特許第4504690号(以下「本件特許A」といい、本件特許Aに係る特許権を「本件特許権A」という。)、発明の名称を「椅子式マッサージ機」とする特許第5162718号(以下「本件特許B」といい、本件特許Bに係る特許権を「本件特許権B」という。)及び特許第4866978号(以下「本件特許C」といい、本件特許Cに係る特許権を「本件特許権C」という。)の特許権者である控訴人が、被控訴人による別紙物件目録記載1ないし12の各マッサージ機(以下「被告各製品」と総称し、それぞれを同目録の番号に応じて、「被告製品1」などという。)の製造、販売等が本件特許権AないしCの侵害に当たる旨主張して、被控訴人に対し、特許法100条1項及び2項に基づき、被告各製品の製造、販売等の差止め及び廃棄を求めるとともに、特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償請求の一部として、15億円及び訴状送達の日の翌日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める事案である。


争点

被控訴人が賠償又は返還すべき控訴人の損害額等(争点3)


判旨

(ア) 特許法102条3項は、特許権者は、故意又は過失により自己の特許権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができると規定し、同条5項本文(令和元年改正特許法による改正前の同条4項本文)は、同条3項の規定は、同項に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げないと規定している。そして、特許権は、特許権者の実施許諾を得ずに、第三者が業として特許発明を実施することを禁止し、その実施を排除し得る効力を有すること(特許法68条参照)に鑑みると、特許法102条3項は、特許権者が、侵害者に対し、自ら特許発明を実施しているか否か又はその実施の能力にかかわりなく、特許発明の実施料相当額を自己が受けた損害の額の最低限度としてその賠償を請求できることを規定したものであり、同項の損害額は、実施許諾の機会(ライセンスの機会。以下同じ。)の喪失による最低限度の保障としての得べかりし利益に相当するものと解される。
 一方で、特許法102条2項の侵害者の侵害行為による「利益」の額(限界利益額)は、侵害品の価格に販売等の数量を乗じた売上高から経費を控除して算定されることに照らすと、同項の規定により推定される特許権者が受けた損害額は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益に相当するものと解される。
 特許権者は、自ら特許発明を実施して利益を得ることができると同時に、第三者に対し、特許発明の実施を許諾して利益を得ることができることに鑑みると、侵害者の侵害行為により特許権者が受けた損害は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益と実施許諾の機会の喪失による得べかりし利益とを観念し得るものと解される。
 そうすると、特許法102条2項による推定が覆滅される場合であっても、当該推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、同条3項の適用が認められると解すべきである。
 そして、特許法102条2項による推定の覆滅事由には、同条1項と同様に、侵害品の販売等の数量について特許権者の販売等の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由と、それ以外の理由によって特許権者が販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由があり得るものと解されるところ、上記の実施の能力を超えることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、特許権者は、特段の事情のない限り、実施許諾をすることができたと認められるのに対し、上記の販売等をすることができないとする事情があることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、当該事情の事実関係の下において、特許権者が実施許諾をすることができたかどうかを個別的に判断すべきものと解される。
(イ) これを本件についてみるに、前記ウ認定の本件推定の覆滅事由は、特許発明が被告製品1の部分のみに実施されていること及び市場の非同一性であり、いずれも特許権者の実施の能力を超えることを理由とするものではない。
 しかるところ、市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、被控訴人による被告製品1の各仕向国への輸出があった時期において、控訴人製品1は当該仕向国への輸出があったものと認められないことから、当該仕向国のそれぞれの市場において、控訴人製品1は、被告製品1の輸出がなければ輸出することができたという競合関係があるとは認められないことによるものであり(前記ウ(ア)c)、控訴人は、当該推定覆滅部分に係る輸出台数について、自ら輸出をすることができない事情があるといえるものの、実施許諾をすることができたものと認められる。
 一方で、本件各発明Cが侵害品の部分のみに実施されていることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分については、その推定覆滅部分に係る輸出台数全体にわたって個々の被告製品1に対し本件各発明Cが寄与していないことを理由に本件推定が覆滅されるものであり、このような本件各発明Cが寄与していない部分について、控訴人が実施許諾をすることができたものと認められない。
 そうすると、本件においては、市場の非同一性を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分についてのみ、特許法102条3項の適用を認めるのが相当である。
(ウ)a これに対し、控訴人は、特許発明が侵害品の一部のみに実施されていることを理由とする覆滅事由は、需要を形成する一要因にすぎず、侵害品に向かっていた事情が全て特許権者の製品に向かうかどうかを判断する一要素であるから、市場の非同一性等を理由とする覆滅事由と区別する理由はないこと、覆滅事由ごとに特許法102条3項の適用の有無を区別することは、実施料率の算定が煩雑になり妥当でなく、そもそも製品の需要形成には様々な要因が複合的に絡み合っており、覆滅事由ごとに覆滅割合を認定して当該覆滅部分にライセンス機会の喪失による逸失利益が認められるか否かを認定判断することは実際上困難であることからすると、本件各発明Cが侵害品の部分のみに実施されていることを理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分についても、特許法102条3項の適用を認めるべきである旨主張する。
 しかしながら、前記(イ)で説示したとおり、上記推定覆滅部分は、個々の被告製品1に対し本件各発明Cが寄与していないことを理由に本件推定が覆滅されるものであり、このような本件各発明Cが寄与していない部分について、控訴人が実施許諾をすることができたものとは認められないから、控訴人の上記主張は採用することができない。
b また、被控訴人は、①特許法102条1項において、特許権者が自己実施できたと推定される部分(1号)とは別にライセンスをし得た部分(2号)とを区別し観念できるのは、同項が、侵害者の販売する「数量」に基づいて、権利者の逸失利益に係る損害額を算定する方法を採用しているからであり、他方で、同条2項は、侵害者の「利益」を権利者の逸失利益と推定する損害額算定方法をとっており、同項の推定が覆滅されるのは、最終計算の結果としての損害額であり、計算過程の途中数値である侵害品の数量の一部が計算の基礎から除かれるわけではなく、同項の推定を覆滅する過程において、権利者のライセンスの機会の喪失による逸失利益をも含む全ての逸失利益が評価し尽されているというべきであるから、推定覆滅部分に対して同条3項を適用することは、権利者の損害の二重評価となり、許されない、②同条1項2号が新設された令和元年改正特許法において、同条2項について実施料相当額の損害が明文において規定されなかったのは、このような趣旨によるものと解される、③仮に推定覆滅部分について同条3項の重畳適用が認められる場合が理論的にあり得るとしても、被告製品1について、「市場の非同一性」を理由とする覆滅事由に係る推定覆滅部分につき、輸出に際して海外市場の事業者から受け取る対価は、あくまで海外市場に基づく利益であり、このような海外市場における利益まで特許法102条2項の推定が及ぶものと解し、日本国内の特許権に基づいて独占することは、特許権の保護範囲を逸脱しており、法が予定していないものであり、また、日本国の特許権に基づいて仕向国への輸出行為のみを切り取り、ライセンスする場合は現実に考え難く、ライセンスによる実施料相当額の得べかりし利益を得られなかったとは言い難いとして、本件推定の推定覆滅部分については、同条3項を適用することはできない旨主張する。
 しかしながら、①及び②については、前記(ア)で説示したとおり、特許権者は、自ら特許発明を実施して利益を得ることができると同時に、第三者に対し、特許発明の実施を許諾して利益を得ることができることに鑑みると、侵害者の侵害行為により特許権者が受けた損害は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益と実施許諾の機会の喪失による得べかりし利益とを観念し得るものと解されるところ、特許法102条2項の規定により推定される特許権者が受けた損害額は、特許権者が侵害者の侵害行為がなければ自ら販売等をすることができた実施品又は競合品の売上げの減少による逸失利益に相当するものであるのに対し、同項による推定の推定覆滅部分について、特許権者が実施許諾をすることができたと認められるときは、特許権者は、売上げの減少による逸失利益とは別に、実施許諾の機会の喪失による実施料相当額の損害を受けたものと評価できるから、特許権者の損害を二重に評価することにはならない。また、同条1項2号が新設された令和元年改正特許法において、同条2項について、同条1項2号と同様の法改正がされなかったからといって直ちに同条2項による推定の推定覆滅部分について同条3項の適用を否定すべき理由にはならないというべきである。

解説/検討

 知財高裁(大合議)平成25年2月1日判決・平成24年(ネ)第10015号[ごみ貯蔵機器事件]が、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解すべきであり、特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在するなどの諸事情は、推定された損害額を覆滅する事情として考慮されるとするのが相当である。」と判示し、知財高裁(大合議)令和元年6月7日判決・平成30年(ネ)第10063号[二酸化炭素含有粘性組成物事件]が、「特許権者に、侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められると解すべきである。」「特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額は、侵害者の侵害品の売上高から、侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり、その主張立証責任は特許権者側にあるものと解すべきである。」「特許法102条2項における推定の覆滅については、同条1項ただし書の事情と同様に、侵害者が主張立証責任を負うものであり、侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。例えば、〈1〉特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性)、〈2〉市場における競合品の存在、〈3〉侵害者の営業努力(ブランド力、宣伝広告)、〈4〉侵害品の性能(機能、デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情について、特許法102条1項ただし書の事情と同様、同条2項についても、これらの事情を推定覆滅の事情として考慮することができるものと解される。また、特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても、推定覆滅の事情として考慮することができるが、特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく、特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け、当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である。」と判示していたことを踏まえて、本判決は判断を行っている。
 令和元年特許法改正で、特許法102条1項に1号と2号が規定されて、逸失利益が認められる以外に実施料相当額が重畳的に認められることが立法的に明確にされたが、本判決で、特許法102条2項で推定覆滅事由が認められても、3項が重畳的に適用されることが明らかになった。

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