【後発医薬品の申請段階における訴えの利益】

 

投稿日:2026年6月29日

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著者:弁理士 梅田 慎介
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

訴えの利益/後発医薬品承認申請

ポイント

※ 抗悪性腫瘍剤ハラヴェンの後発医薬品の承認申請を行ったニプロ(原告)が、エーザイ(被告)が有する特許権による差止請求権の不存在確認等を求めた事案。
※ ニプロは、「二課長通知」に基づく運用によりエーザイ特許権の存在を理由として自社後発医薬品が承認されないことは、法律的地位に危険又は不安が現に存在するあるいは現実化することが確実であることだとして、訴えの利益を主張した。
※ 裁判所は、現時点において原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りないとした。二課長通知について、特許が存在するために原告医薬品の承認がなされないとしてもそのことによって原告と被告との間に差止請求権等の存否に係る法律上の紛争が存在することになるものとは解されないとした。

 

判決概要

裁判所 東京地方裁判所民事第46部
判決言渡日 令和4年8月30日
事件番号 令和3年(ワ)第13905号
事件名 特許権侵害差止請求権及び損害賠償請求権不存在確認請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
柴田 義明
佐伯 良子
仲田 憲史
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

1. 事実関係
(1) 被告(エーザイ)特許

・本件特許権1(特許第6466339号:乳がんの処置におけるエリブリンの使用:出願日2013.12.4

【請求項1】
 (ⅰ)HER2陰性乳がん、(ⅱ)エストロゲン受容体(ER)陰性乳がんまたは(ⅲ)HER2陰性、ER陰性およびプロゲステロン受容体(PR)陰性(三種陰性)乳がんを有するとして選択された対象の乳がんの処置のためのエリブリンまたはその薬学的に許容される塩を含み、
対象が受けたことのある再発性または転移性乳がんの以前の乳がん処置レジメンが2種までである、医薬組成物。

・本件特許権2(特許第6678783号:乳がんの処置におけるエリブリンの使用:出願日2019.1.9)

【請求項1】
 (ⅰ)HER2陰性乳がんまたは(ⅱ)エストロゲン受容体(ER)陰性乳がんを有するとして選択された対象の乳がんの処置のためのエリブリンまたはその薬学的に許容される塩を含む、医薬組成物。
*特許権2は特許権1の分割出願

(2) 原告(ニプロ)製品
販売名:エリブリンメシル酸塩静注1mg「ニプロ」
効能・効果:手術不能又は再発乳癌
用法・用量:通常、成人には、エリブリンメシル酸塩として、1日1回1.4mg/㎡(体表面積)を2~5分間かけて、週1回、静脈内投与する。これを2週連続で行い、3週目は休薬する。これを1サイクルとして、投与を繰り返す。なお、患者の状態により適宜減量する。

(3) 経緯
・被告エーザイは、2011年7月19日、効能・効果を「手術不能又は再発乳癌」とする抗悪性腫瘍剤ハラヴェンの製造、販売を開始し、その後、2016年2月、被告医薬品の効能・効果に「悪性軟部腫瘍」を追加した。
・原告は、令和3年5月7日頃、被告らに対し、原告は、原告医薬品の製造販売についての承認の申請の準備を進めているが、原告医薬品の製造販売は本件各特許権を侵害するものではないから、2週間以内に被告らにおいて原告に対し原告医薬品の製造販売について本件各特許権を行使しないことの確認をするよう求める旨の通知をした。
・これに対し、被告らは、令和3年5月21日、原告に対し、被告らは原告による原告医薬品の製造販売について本件各特許権を行使する可能性がある旨回答した。
・原告は、令和4年2月25日、厚生労働大臣に対し、被告医薬品の後発医薬品として、原告医薬品の製造販売についての承認の申請をし、現在、原告医薬品の製造販売を予定して開発を進めており、製造販売についての承認の申請及びGMP適合性検査の申請のための原告医薬品の製造を行っている

争点

2. 請求
⑴ 主位的請求

 被告エーザイRDが、原告に対し、原告による別紙物件目録記載の医薬品の生産、譲渡、譲渡の申出について、特許第6466339号及び特許第6678783号の各特許権(以下、順に「本件特許権1」、「本件特許権2」といい、併せて「本件各特許権」という。)による差止請求権・損害賠償請求権を有しないことを確認する

⑵ 予備的請求1
 被告エーザイRDが、原告に対し、原告医薬品が薬価基準に収載された場合に、原告による原告医薬品の生産、譲渡、譲渡の申出について、本件各特許権による差止請求権・損害賠償請求権を有しないことを確認する

⑶ 予備的請求2
 原告と被告らとの間において、原告医薬品が本件各特許権に係る各特許(以下「本件各特許」という。)の特許請求の範囲の各請求項に係る各発明(以下「本件各発明」という。)の技術的範囲に属しないことを確認する

3. 争点
①②被告エーザイRDに対する現在の差止請求権・損害賠償請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。
③④被告エーザイRDに対する将来の差止請求権・損害賠償請求権の不存在確認請求に訴えの利益があるか。
⑤(被告らに対する原告医薬品が本件各発明の技術的範囲に属しないことの確認請求に訴えの利益があるか。)

争点に関する当事者の主張

4. 原告主張
(1) 争点①②:現在の訴えの利益

原告が現在行っている原告医薬品の製造行為は、承認、薬価基準収載後の製造販売行為と一連一体のものであって、また、原告は近い将来において原告医薬品を製造販売する可能性があり、現在において、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権、又は、承認を条件とする本件各特許権による差止請求権が発生し得るから、被告エーザイRDに対する現在の本件各特許権による差止請求権の不存在確認請求には訴えの利益がある。
二課長通知に基づく運用は、法的に根拠を有するものではないものの行政庁における事実上の規範であって、実際にはこれ以外の取扱いは認められておらず、この運用によれば被告医薬品の後発医薬品である原告医薬品の製造販売は承認されることはない。しかし、この運用は特許権すなわち差止請求権や損害賠償請求権の存在を理由とするものであるから、原告は、本件各特許権の存在により原告医薬品について承認、薬価基準収載されない危険を被っていることになる。また、被告らは、原告医薬品が承認され製造販売された場合には権利行使をする旨の意思を明らかにしている。したがって、被告エーザイRDに発生し得る差止請求権の存在が原告の法的利益を害している、すなわち被告エーザイRDは二課長通知に基づく運用を利用して原告に対して差止請求権を行使しているに等しいから、原告の権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているといえる

(2) 争点③④:将来の訴えの利益
 将来の権利又は法律関係の確認を求める場合であっても、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が現実化することが確実である場合には、訴えの利益が認められるところ、本件において、二課長通知に基づく運用の下、被告エーザイRDが本件各特許権を有することによって、原告は原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認を受けられないという危険が現実化することは確実であるから、原告の被告エーザイRDに対する原告医薬品が薬価基準に収載された場合における将来の本件各特許権による差止請求権の不存在確認請求には訴えの利益がある。

判旨

5. 裁判所の判断
(1) 争点①②:現在の訴えの利益

・確認の利益は、即時確定の利益がある場合、すなわち、判決をもって法律関係等の存否を確定することが、その法律関係等に関する法律上の紛争を解決し、現に、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在し、これを除去するため被告に対し確認判決を得ることが必要かつ適切な場合に限り許される(最高裁昭和27年(オ)第683号同30年12月26日第三小法廷判決・民集9巻14号2082頁、最判昭和47年11月9日民集26巻9号1513頁参照)。
二課長通知等は・・・、近い将来において、原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされ、更に原告医薬品の薬価基準への収載がされる蓋然性が高いことを認めるには足りない。
・被告らは、原告が現に行っている製造販売についての承認の申請及びGMP適合性検査の申請のための原告医薬品の製造については、本件各特許権に基づく主張をしておらず、今後、本件各特許権に基づく主張をする意思もないとし、現在、本件各特許権は侵害されていないから、被告らに損害は生じていないと主張する。したがって、承認の申請等のための原告医薬品の製造に関して、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権及び被告らの原告に対する本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権が存在しないことについて、現に、当事者間に紛争が存在し、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りない
・なお、仮に、二課長通知等によれば本件各特許が存在するために原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされることがないとしても、そのことによって、原告と被告らとの間に前記各請求権の存否に係る法律上の紛争が存在することになるものとは解されない

(2) 争点③④:将来の訴えの利益
・将来の法律関係は、法律関係としては現存せずしたがってこれに関して法律上の争訟はあり得ないのであって、仮にある法律関係が将来成立するか否かについて現に法律上疑問があり将来争訟の起こり得る可能性があるような場合においても、このような争訟の発生は常に必ずしも確実ではなく、しかも争訟発生前あらかじめこれに備えて未発生の法律関係に関して抽象的に法律問題を解決するというがごとき意味で確認の訴えを認容すべきいわれはなく、むしろ現実に争訟の発生するのを待って現在の法律関係の存否につき確認の訴えを提起し得るものとすれば足りる(最高裁昭和30年(オ)第95号同31年10月4日第一小法廷判決・民集10巻10号1229頁参照)。
・近い将来において、原告医薬品の製造販売についての厚生労働大臣の承認がされ、原告医薬品の薬価基準への収載がされる蓋然性が高いとは認められず、ひいては、原告が原告医薬品を製造販売する蓋然性が高いとは認められない。近い将来において、原告と被告らとの間に、被告エーザイRDの原告に対する本件各特許権による差止請求権及び被告らの原告に対する本件各特許権の侵害を理由とする不法行為による損害賠償請求権が存在しないことについて法律上の紛争が発生することは何ら確実ではなく、現時点において、原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りない

解説/検討

 後発医薬品の承認申請を行った原告が、被告特許権(特許第6466339号他1件)による差止請求権の不存在確認等を求めた。日本版パテントリンケージである「二課長通知」(医療用後発医薬品の薬事法上の承認審査及び薬価収載に係る医薬品特許の取扱いについて:平成21年6月5日付医政経発第0605001号/薬食審査発第0605014号)は、先発医薬品の一部の効能・効果、用法・用量に特許が存在し、その他の効能・効果等を標ぼうする医薬品の製造が可能である場合については、特許が存在する効能・効果等を除いて後発医薬品を承認できると定める。原告後発医薬品の効能・効果は、被告特許の技術的範囲に属すると判断される可能性があった。原告は、二課長通知は行政庁における事実上の規範であってこれに基づく運用によって被告特許権の存在を理由として自社後発医薬品が承認されないことは、法律的地位に危険又は不安が現に存在するあるいは現実化することが確実であることだとして訴えの利益を主張し、差止請求権の不存在確認等を求めた。裁判所は、現に紛争は存在しておらず、二課長通知に基づく運用によれば近い将来において原告医薬品の承認がなされさらに薬価収載がなされる蓋然性も高いとは認められないから、現時点において原告の有する権利又は法律的地位に危険又は不安が存在しているとは認めるに足りないとした。二課長通知に基づく運用によって原告医薬品の承認がなされないとしてもそのことによって原告と被告との間に差止請求権等の存否に係る法律上の紛争が存在することになるものとは解されないと判断した。後発メーカーは、現に紛争が起きていない限り承認申請段階では訴えの利益が認められず、少なくとも承認を得るまでは差止請求権等の不存在確認の訴えを提起できないこととなった。

 

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