【定義されたパラメータの一部を満たしていることでサポート要件を満たすと判示された事例】

 

投稿日:2026年8月28日

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著者:弁理士 大栗 由美
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

特許法第36条6項1号/特許法第36条4項1号/実施可能要件/サポート要件/パラメータ

ポイント

※本事件は、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルム及びその製造方法に関する発明について、実施可能要件およびサポート要件を満たさないとして特許無効審判が請求され、請求が棄却された審決についての審決取消請求事件である。裁判所は、本件発明について審決の判断については誤りがないとして、原告の請求を棄却した。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第1部
判決言渡日 令和4年6月23日
事件番号 令和2年(行ケ)第10143号
事件名 審決取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
大鷹 一郎
小川 卓逸
小林 康彦
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

(1)審査手続の経緯
平成25年3月11日  特許出願
平成28年2月2日   出願審査請求
平成28年11月18日 拒絶理由通知書(実施可能要件、明確性)
平成29年1月10日  意見書、手続補正書提出
平成29年1月26日  特許査定
平成29年2月22日  登録料納付
(2)審判請求の経緯
令和1年12月27日  無効審判請求
(実施可能要件、サポート要件、明確性、新規性及び進歩性)
令和2年4月7日   審判事件答弁書提出(被請求人)
令和2年5月8日   書面審理通知(請求人及び被請求人双方に対して)
令和2年5月8日   審尋書発送(請求人に対し)
令和2年5月8日   審尋書発送(被請求人に対して)
令和2年6月18日  回答書提出(請求人に対して)
令和2年6月29日  回答書提出(被請求人に対して)
令和2年10月30日 審決
(3)本件審決取消訴訟
令和2年12月8日  本件審決取消訴訟提起
令和4年3月30日  口頭弁論終結
令和4年6月23日  判決言渡


争点に関する当事者の主張

原告の主張
(1)取消事由1.サポート要件の判断の誤り
ア.発明特定事項のパラメータの一部しか考慮していないこと

 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)によれば、本件発明の発明特定事項は、
①「引裂強度」、
②「引張弾性率」、
③「低温結晶化開始温度」、
④「塩化ビニリデン繰り返し単位」の含量、
⑤「エポキシ化植物油」の含量、
⑥「クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物」の含量、
⑦ラップフィルムの「厚みが6~18μm」
の7個のパラメータで構成されている。
 しかるところ、本件審決は、①ないし③の3個のパラメータが本件発明の範囲にあれば本件発明の課題を解決できると認識できると判断したが、それならば、どうして本件発明を特定するために3個ではなく、7個のパラメータが必要なのか、説明が付かない。

イ.「引裂強度」の数値範囲
(ア)本件発明の「引裂強度」の数値範囲は、「2~6cN」であるが、本件明細書の実施例(表1)には、「2.4cNから3.0cNまで」の低い数値のものしか記載がなく、「3cNを超え6cNまで」の範囲については実施例による裏付けを欠いている。

ウ.「引張弾性率」の数値範囲
 本件発明の「引張弾性率」の数値範囲は、「250~600MPa」であるが、本件明細書の実施例には「510MPaから540MPaまで」の値のものしか記載がなく、「250MPaから500MPaまで」の範囲については、実施例による裏付けを欠いている。

エ.「低温結晶化開始温度」の数値範囲
(ア) 前記イ(ア)のとおり、「低温結晶化開始温度」の「塩化ビニリデン系樹脂」への影響について、公然知られた知見がないことを踏まえると、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、「低温結晶化開始温度」を「40~60℃」の数値範囲とすることにより、本件発明が裂けトラブル抑制効果を奏することを認識することができない。

(2)取消事由2.実施可能要件の判断の誤り
ア 「引裂強度」との関係
 本件明細書には、「引裂強度」の測定方法について、軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用し、JIS-P-8116記載の方法に準拠して、測定したとの記載(【0057】)があるが、軽荷重引裂試験機(東洋精機製)による測定方法(甲9、26、29)とJIS-P-8116記載の方法(甲7)とは、測定機器、試験片の枚数(ひいては、その厚み)及び引き裂き長さが異なるものである。
 したがって、【0057】の記載において、測定機器と準拠すべきJIS規格とが一致せず、本件発明の「引裂強度」の測定方法が一義的に定まらないから、過度の試行錯誤を要するかどうかを検討するまでもなく、当業者は、本件明細書の記載に基づいて、「引裂強度」が「2~6cN」の数値範囲に属する本件発明の「ラップフィルム」を製造することができない。

イ 「低温結晶化開始温度」との関係
 前記1(1)エ(イ)で述べたとおり、当業者は、本件明細書の記載に基づいて、ラップフィルムの低温結晶化開始温度が、「流通・保管時」において、「40~60℃」に属するかどうかを予測することができないから、過度の試行錯誤をしても、「流通・保管時」において本件発明が規定する「低温結晶化開始温度」を備えたラップフィルムを得ることは困難である。・・・以上によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件を満たすものではない。

(3)取消事由3.手続違背
 本件審判は、コロナウィルス感染症の影響を受け、書面審理(特許法145条1項ただし書)によるものとされ、書面による審尋のみがされた。
・・・特許無効審判は、口頭審理によることが原則である(同項本文)から、書面審理によるのであれば、口頭審理に先立って当事者に送付される審理事項通知書に準ずるような審尋事項を通知すべきところ、本件審判では、そのような通知はされず、また、審理の終結に当たって、原告に対し、被告の回答書に対する反論の機会が与えられることもなかった。・・・本件審決には審理不尽の違法がある。

判旨

取消事由1.サポート要件の判断の誤り
ア 「発明特定事項のパラメータの一部しか考慮していないこと」について

 特許法36条6項1号が、特許請求の範囲の記載が「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」(サポート要件)に適合するものでなければならないと規定した趣旨は、明細書の記載からみて広すぎる特許請求の範囲を認めることは、事実上公開していない発明に特許を与えることになるため、このような事態を防ぎ、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明の記載に実質的に裏付けられていなければならないとしたものと解される。かかる同号の趣旨に鑑みると、特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しないことを主張する場合には、・・・特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明の記載に実質的に裏付けられていないことを具体的に指摘する必要があるというべきである。
 しかるところ、原告は、①ないし③の発明特定事項のパラメータが本件発明の範囲にあるのみでは、当業者において本件発明の課題を解決できると認識することができないと主張するのみで、特許請求の範囲(請求項1)に記載された特定の発明特定事項との関係において、特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明の記載に実質的に裏付けられていないことを具体的に指摘するものではないから、この点において、原告の上記主張は主張自体理由がない。
(中略)
 本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明は、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減し、使い勝手を向上させた、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供することを課題とし、その課題を解決するための手段として、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの「引裂強度」、「引張弾性率」及び「低温結晶化開始温度」を特定の数値範囲に制御する構成を採用したことの開示があると認められるから、本件審決が、「・・・本件発明は、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである」と判断したことに誤りはなく、この点においても、原告の上記主張は理由がない。

イ:「引裂強度」の数値範囲
 本件明細書の【0038】の記載から、「TD向の引裂強度」が、「2cN以上」であれば、「特に巻回体からラップフィルムを引き出す際の裂けを低減でき、また、ラップフィルム使用時の意図しない裂けトラブルを抑制」することができ、「6cN以下」であれば、「化粧箱に付帯する鋸刃でフィルムをTD方向にカットする際に裂きやすく、カット性が向上する」ことから、「本実施形態のラップフィルム」(本件発明)のTD方向の引裂強度を「2~6cN」の範囲としたことを理解できる。また、・・・本件発明の実施例(実施例1ないし6)では、・・・「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減する」という本件発明の効果が確認されている。
 当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件発明の「TD方向の引裂強度」の「2~6cN」の数値範囲全体にわたり、「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減する」いう本件発明の効果を奏するものと認識できるものと認められるから、上記効果を奏する塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供するという本件発明の課題を解決できると認識できるものと認められる。
 これに反する原告主張は採用することができない。

ウ.「引張弾性率」の数値範囲
 本件明細書の【0039】の記載から、「MD方向の引張弾性率」が、「250MPa以上」であれば、「鋸刃でフィルムをカットするために力を加える際、フィルムのMD方向への延びを抑制でき、鋸刃がフィルムに食い込みやすくでき、カット性が向上」し、「600MPa以下」であれば、「フィルムが軟らかく、鋸刃の形状に沿ってフィルムをきれいにカットでき、切断端面に多数の裂け目が発生するのを抑制できる」ことから、「本実施形態のラップフィルム」(本件発明)の「MD方向の引張弾性率」を「250~600MPa」の範囲としたことを理解できる。また、本件明細書には、MD方向の引張弾性率が「510MPa」ないし「540MPa」の範囲の本件発明の実施例(実施例1ないし6)では、「裂けトラブル抑制効果」の評価結果が・・・示されており、「塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムのフィルム切断刃によるカット性を維持しつつ、巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブルを低減する」という本件発明の効果が確認されている。
 一方、本件明細書には、「250MPaから500MPaまで」の範囲については実施例の記載がないが、上記【0039】の記載が不合理であることをうかがわせる証拠はないから、上記【0039】の記載から、上記範囲のものについても、本件発明の上記効果を奏するものと理解できる。
 以上によれば、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載から、本件発明の「引張弾性率」の「250~600MPa」の数値範囲全体にわたり、本件発明の上記効果を奏するものと認識できるものと認められるから、上記効果を奏する塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供するという本件発明の課題を解決できると認識できるものと認められる。
 したがって、原告の上記主張は理由がない。

エ.「低温結晶化開始温度」の数値範囲
 「従来の塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの低温結晶化開始温度は、60℃を超える。」、「これに対して、本実施形態のラップフィルムは、低温結晶化開始温度が40~60℃であり、それによって、ラップフィルムの裂けトラブルを低減できる。」、「従来のラップフィルムでは、流通時及び倉庫保管時に20℃以上の雰囲気下に長時間晒されると、塩化ビニリデン系樹脂の分子鎖が再配列を起こし、微結晶の形成・成長が起こると考えられる。このような分子鎖の再配列は、製造した塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムの分子鎖の配向やフィルムの応力が十分に緩和していないために発生したと推定される。フィルムが高温に晒されるほど、分子鎖の再配列は起こりやすくなるため、フィルムが物理的に劣化し、裂けトラブルを誘発しやすくなると考えられる。」(【0041】)、「一方、本実施形態のラップフィルムでは、製造時に十分に塩化ビニリデン系樹脂の分子鎖の配向やフィルムの応力を緩和させることで、低温結晶化開始温度を40~60℃とし、流通時及び倉庫保管時に20℃以上に長時間晒されても、分子鎖の再配列が起こりにくく、フィルムの劣化、さらには裂けトラブルを抑制する。その結果、カット性を維持しつつも、裂けトラブルを抑制するという背反する課題を同時に達成する。」(【0042】)

 本件明細書の記載から、本件発明の「低温結晶化開始温度」とは、「温度変調型示差走査熱量計(温度変調型DSC)による昇温測定で得られる非可逆成分の温度-熱流曲線において、低温結晶化に起因する発熱ピークの補外結晶化開始温度(JIS K7121に記載の補外結晶化開始温度と同様に、昇温測定において低温側のベースラインを高温側に延長した線と、結晶化ピークの低温側の曲線にこう配が最大になる点で引いた接線の交点の温度)」を意味することを理解できるし、また、「低温結晶化開始温度」を「40~60℃」の範囲に制御することにより、「巻回体からのフィルム引き出し時、及び化粧箱の中に巻き戻ったフィルム端部の摘み出し時の裂けトラブル」の発生を抑制する機序を理解できるから、・・・前記aの認定を左右するものではない
本件発明の「TD方向の引裂強度」の「2~6cN」の数値範囲全体にわたり、効果を奏する塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムを提供するという本件発明の課題を解決できると認識できるものと認められる、という認定)

 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)には、パッケージ側の鋸刃の形状等についての記載はなく、特許請求の範囲(請求項1)に記載された特定の発明特定事項との関係において、特許請求の範囲の記載が発明の詳細な説明の記載に実質的に裏付けられていないことを具体的に指摘するものではないから、この点において、原告主張・・・自体理由がない。
 また、ここにいう「裂けトラブル」は、巻回体からのフィルム引き出し時又はフィルム端部の摘み出し時に、化粧箱付帯のフィルム切断刃により切断されたフィルムの端部から裂けが発生するトラブルを指すものであり(【0060】ないし【0062】)、既にフィルム切断刃により切断された後のフィルムの裂けトラブルであって、切断の際に生じる裂けトラブルをいうものではないことに照らすと、原告の主張するように、「通常用いられる鋸刃(フィルム切断刃)」の形状、構造及び材質に多様なものがあるとしても、そのことから直ちに切断後のフィルムの裂けトラブルの発生及び程度に影響を及ぼすものとはいえないし、実際に影響を及ぼすことを認めるに足りる証拠はない。この点においても、原告主張・・・は、理由がない。

取消事由2.実施可能要件の判断の誤り
ア 「引裂強度」との関係
 本件明細書には、引裂強度の測定に関し、「ラップフィルムの出荷後の流通、及び家庭での保管を想定し、作製後のラップフィルムを28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管した後、測定を実施した。測定は軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用し、23℃、50%RHの雰囲気中にて評価した。JIS-P-8116記載の方法に準拠して、ラップフィルムの引裂強度を測定した。」(【0057】)との記載がある。しかるところ、当業者においては、本件出願前に発行された東洋精機作成の「型式D 製品名 軽荷重引裂試験機」の取扱説明書(甲29)記載の「装置の用途」、「仕様」(試験片寸法、測定レンジ、試験片枚数等)、「試験片作成」、「測定原理」の各項目の記載に基づいて、塩化ビニリデン系樹脂ラップフィルムについて、試験片を作成(作製)し、装置(「軽荷重引裂試験機」)を操作し、試験片の「引裂強度」を測定することに特段の困難はないものと認められる。
 一方、JIS-P-8116記載の方法による「引裂強度」の測定方法(甲7)は、エルメンドルフ形引裂試験機を用いて、紙の引裂強度を測定する方法である点、試験片の寸法等の点において、軽荷重引裂試験機による測定方法と異なるものである。
 しかし、上記【0057】の「測定は軽荷重引裂試験機(東洋精機製)を使用」し、「JIS-P-8116記載の方法に準拠して…測定した。」との記載は、その文脈から、本件発明の「引裂強度」の測定は、実際の測定に使用する軽荷重引裂試験機(東洋精機製)の取扱説明書の記載に従って測定し、上記取扱説明書に記載のない項目(例えば、「引裂強さ」の定義、「試験結果の表し方」等)については、JIS-P-8116に従ったことを述べたものと解するのが自然であるから、JIS-P-8116記載の方法による「引裂強度」の測定方法と軽荷重引裂試験機による測定方法とに異なる点があるからといって、本件発明の「引裂強度」の測定方法が一義的に定まらないということはできない
 したがって、原告の上記主張は、採用することができない。

イ 「低温結晶化開始温度」との関係
(ア)本件明細書の発明の詳細な説明には、ラップフィルムのTD方向の引裂強度について、・・・記載がある。加えて、本件明細書記載の実施例1ないし6は、本件発明で規定された範囲内で塩化ビニリデン繰り返し単位を含有する「塩化ビニリデン系樹脂」と、「エポキシ化植物油」並びに「クエン酸エステル及び二塩基酸エステルからなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物」を、本件発明で規定された範囲内の割合で含有させた材料を用いて、上記条件に従ってラップフィルムを製造した後、製造直後のラップフィルムの巻回体を28℃に設定した恒温槽で1か月保管した後、裂けトラブル抑制効果及びカット性について評価したものであり、上記各実施例のラップフィルムは、本件発明で規定されたTD方向の引裂強度、MD方向の引張弾性率、低温結晶化開始温度及び厚みを備えるものであり、また、その組成については、上記の材料と同様に、本件発明で規定された範囲内のものであると理解できる。
 そうすると、当業者は、本件明細書の上記記載から、ラップフィルムの具体的な製造方法を理解し、過度の試行錯誤を要することなく、「低温結晶化開始温度」が「40~60℃」の範囲にある本件発明のラップフィルムを製造することができるものと認められるから、本件明細書の発明の詳細な説明は、当業者が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものと認められる。
(イ)この点に関し、原告は、・・・①・・・「製造時」から「流通・保管時」を経て、低温結晶化開始温度を「40~60℃」に調節する方法についても明らかではないこと、②・・・「28℃に設定した恒温槽にて1ヶ月間保管したもの」という特定の条件におけるものであり、それ以外の「流通・保管時」の条件下においては、低温結晶化開始温度が「40~60℃」の範囲になるとは限らないことを指摘する。
 しかし、低温結晶化開始温度を調整するための製造条件について、本件明細書には、上記(ア)記載のとおりの説明がされており、ラップフィルムが製造された後の「流通・保管時」の低温結晶化開始温度の正確な挙動自体が明らかでないとしても、そのことによって、上記製造条件についての理解が妨げられることにはならない
 そして、前記2⑵エのとおり、当業者は、本件明細書の記載から、実施例1ないし6の・・・のみならず、他の保管条件であっても、一般的な流通及び家庭での保管の条件(温度及び保管する時間)の範囲に沿うものであれば、低温結晶化開始温度が「40~60℃」の範囲内に収まるラップフィルムを作成することができると理解できるから、別の保管条件であっても、上記製造条件を調整して、ラップフィルムの「低温結晶化開始温度」が「40~60℃」の範囲になるようにすることも、過度の試行錯誤を要することなく、可能であると認められる。・・・したがって、原告主張の取消事由2は理由がない。

取消事由3.手続違背
 ①については、書面による審尋に際し、口頭審理に先立って当事者に送付される審理事項通知書に準ずるような審尋事項を通知しなければならないとする法令上の規定はないこと、原告は、審判事件答弁書に対する再反論を記載した回答書の提出について、特許庁が指定した提出期限の延長を求め、これが認められた後の令和2年6月18日付けで、上記回答書を提出したこと(前記(1)ウ)に鑑みると、上記審理事項通知書に準ずるような審尋事項を通知されなかったからといって、本件審判の審理が尽くされていなかったものとはいえない。
 ②については、原告が被告回答書に対する反論の提出が必要と考えたのであれば、審理の再開の申立て(特許法156条3項)をすることも可能であったが、原告はかかる申立てをしていないし(前記(1)オ)、また、原告が上記の反論を提出できなかったことによって、本件審決の結論に影響を及ぼしたものとも認められない。
 したがって、原告の上記主張は理由がない。  

 

解説/検討

拒絶理由通知の応答で拒絶理由のない請求項2(④~⑦のパラメータ)を請求項1に組み込んで特許査定となっているが、結論として7つのパラメータのうち①「引裂強度」、②「引張弾性率」、③「低温結晶化開始温度」のパラメータを満たしていればサポート要件を満たすと認められた。拒絶理由時の明確性や実施可能要件の拒絶理由への応答での④~⑦を組み込む減縮補正なしで認められる可能性もあったのではないかと思う。  

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