【現行品について事後的に測定したパラメータの値に基づいて、パラメータ特許の公然実施が認められた事例】

 

投稿日:2026年8月27日

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著者:弁理士 大木 信人
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

特許法第29条第2項/進歩性/引用発明の再現実験

ポイント

※本件は、発明の名称を「グラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材」とする特許第5697067号の特許(以下「本件特許1」という。)に係る特許権、及び発明の名称を「グラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材,これを含有するグラフェン分散液及びグラフェン複合体並びにこれを製造する方法」とする特許第5688669号の特許(以下「本件特許2」という。)に係る特許権の特許権者である原告が、被告らに対し、被告らの製品が本件各発明の技術的範囲に属し、その製造等が本件各発明の実施に当たるとして、被告製品の製造等の差止め、ならびに損害賠償の支払いを請求した事案である。なお、以下では、Iを被告とする第1事件について記載する。
※被告は、被告製品は本件特許出願前から販売されている製品と製品名、製造規格、製造工程等が同一であるから、仮に、現時点において、被告製品が本件各発明の技術的範囲に属するのであれば、本件特許出願前から、本件各発明の技術的範囲に属する被告製品を製造販売していたといえるとして、公然実施に基づく新規性欠如を主張した。
※裁判所は、被告製品は本件各発明の技術的範囲に属すると認める一方、本件特許出願前から、被告が本件各発明の技術的範囲に属する被告製品を製造販売していたことを認め、本件各発明は、その特許出願前に日本国内において公然実施をされたものであるから無効というべきであると判断した。

判決概要

裁判所 東京地方裁判所民事第29部
判決言渡日 令和3年10月29日
事件番号 平成31年(ワ)第7038号
事件名 特許権侵害行為差止等請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
國分 隆文
小川 暁
矢野 紀夫
 

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事案の概要

本件各特許
 原告は、平成26年9月9日、本件特許2に係る特許出願(特願2014-550587号。以下「本件特許出願」という。)をし、平成27年1月8日、この一部を分割して本件特許1に係る特許出願(特願2015-2556号)をして、同年2月20日、本件特許権1の設定の登録を受け、同年2月6日、本件特許権2の設定の登録を受けた。

本件各発明に係る特許請求の範囲
 本件特許1の特許請求の範囲の請求項1(本件発明1)及び本件特許2の特許請求の範囲の請求項1(本件発明2)の各記載は、以下のとおりである。(下線は強調のため追加した)

ア 本件発明1
【請求項1】
 菱面晶系黒鉛層(3R)と六方晶系黒鉛層(2H)とを有し、前記菱面晶系黒鉛層(3R)と前記六方晶系黒鉛層(2H)とのX線回折法による次の(式1)により定義される割合Rate(3R)が31%以上であることを特徴とするグラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材。
 Rate(3R)=P3/(P3+P4)×100・・・・(式1)
 ここで、
 P3は菱面晶系黒鉛層(3R)のX線回折法による(101)面のピーク強度
 P4は六方晶系黒鉛層(2H)のX線回折法による(101)面のピーク強度
である。

イ 本件発明2
【請求項1】
 菱面晶系黒鉛層(3R)と六方晶系黒鉛層(2H)とを有し、前記菱面晶系黒鉛層(3R)と前記六方晶系黒鉛層(2H)とのX線回折法による次の(式1)により定義される割合Rate(3R)が40%以上であることを特徴とするグラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材。
 Rate(3R)=P3/(P3+P4)×100・・・・(式1)
 ここで、
 P3は菱面晶系黒鉛層(3R)のX線回折法による(101)面のピーク強度
 P4は六方晶系黒鉛層(2H)のX線回折法による(101)面のピーク強度
である。

上記の特徴によれば、層が剥がれ易い菱面晶系黒鉛層(3R)が多く含まれるため、前駆体として用いたときにグラフェンが剥離しやすく、グラフェンを高濃度または高分散させることができるグラフェン前駆体として用いられる黒鉛系炭素素材を得ることができる(明細書の段落0008)。

争点

 以下では、「無効の抗弁の成否(争点2)」の「カ 公然実施に基づく新規性欠如(争点2-6)」に関する点について記載する。

争点に関する当事者の主張

(被告の主張)
(ア) 被告Iは,本件特許出願前から,「Z-5F」,「W-5」等の被告製品Aの各名称を付した黒鉛製品を製造販売している。
(イ) 「天然黒鉛の工業分析及び試験方法 JIS M8511」(乙A37。以下「JIS法」という。)は,天然黒鉛の分析項目として,固定炭素分,灰分,揮発分及び水分を挙げ,これらの定量方法を定めており,これらの項目の数値は,天然黒鉛の基本的な特性を表す指標を構成すると解されるところ,被告Iは,被告製品Aについて,これらの項目をJIS法に定める定量方法に従って測定し,さらに平均粒径を測定していた。この測定結果を記載した検査成績書(乙A8)によれば,本件特許出願の前後で評価項目の各数値は同等である。
 上記検査成績書にはRate(3R)の記載はないが,被告Iは,同じ品番の製品について,製品の物理的特性を実質的に変えるような変更は行っていない。
(ウ) 被告製品A1ないし6については,製品ごとに,製品別製造標準(乙A38)として製造工程を定め,その中で最終検査における検査項目の規格値を定めており,(中略)製品別製造標準として定めた規格は,本件特許出願前から変更されていない。
 そして,被告Iは,製品別製造標準において,最終検査における検査項目に係る規格値及び試験方法を定め,当該試験方法に従って規格値を満たすか検査し,規格を満たしたサンプルのみ当該規格が適用される製品と同一の製品として扱うこととしている。
(エ) 被告製品A7ないし11については,被告Iは自ら粉砕・分級せず,分級済みのものを購入し,受入検査を行った後,梱包して自社の品名のシールを貼付して出荷している。このため,被告Iは,黒鉛原料受入検査詳細(乙A39)に検査項目及び規格値を定め,受入検査において,検査項目に係る規格値を満たすか検査し,規格を満たしたサンプルのみを当該規格が適用される製品と同一の製品として扱うこととしている。
 黒鉛原料受入検査詳細については,本件特許出願前の平成23年8月22日以降,改訂等はされていない。
(オ) 文献(甲A4文献,乙A47)によれば,天然黒鉛を粉砕することによって生成される菱面体晶系の割合は,粉砕生成物の粒径や粉砕方法,粉砕機構によって異なることが認められるところ,被告製品Aの規格のうち,粒径に対応する粒度と製造工程に含まれる粉砕の方法及び機構(粉砕に用いる粉砕装置)は,Rate(3R)と相関関係にあると考えられる。
 そして,被告製品A3ないし6については,製品別製造標準(乙A48)の「微粉砕」の工程欄に記載のとおり,●(省略)●を使用して微粉砕工程を行っているところ,上記製品製造標準の改訂履歴から明らかなとおり,本件特許出願の前後を通じて変更はないから,被告製品A3ないし6に使用されている超微粉砕機及び微粉砕工程に変更はなかった。
 他方で,被告製品A1,2及び7ないし11については,そもそも被告Iにおいて微粉砕工程を行っておらず,仮に粉砕生成物である製品の形状・形態に影響を与え得るような粉砕方法の変更を行うとすれば,生産者は販売先の了解を得るのは当然であるところ,被告Iは,本件特許出願の前後を通じて,生産者から,粉砕方法を変更する旨の通知を受けたことはないから,被告製品A1,2及び7ないし11についても,本件特許出願の前後を通じて,粉砕方法に変更はないといえる。
(カ) 被告らは,本件特許出願前の平成24年2月2日に製造された被告製品A9のサンプル及び平成25年9月30日に製造された被告製品A10のサンプルについて,SmartLabで測定を行い,この測定結果をPDXLを用いて解析してRate(3R)を算出したところ,別紙3Rate(被告I)の番号4の列記載のとおりの結果を得た(乙A9。以下「サンプル結果①」という。)。
(キ) 以上によれば,被告Iは,本件特許出願の前後を通じて,被告製品Aの各名称と同一の名称を用い,固定炭素分,灰分,揮発分,水分及び粒径の各数値は同等で,同一の製造工程により,同一の規格を満たす製品の製造及び販売を続けてきたものであり,サンプル結果①によれば,本件特許出願前の被告製品A9及び10の各サンプルのRate(3R)は31%以上又は40%以上であったことからすると,仮に,現時点において,被告製品Aが本件各発明の技術的範囲に属するのであれば,被告Iは,本件特許出願前から,本件各発明の技術的範囲に属する被告製品Aを製造販売していたといえる。

被告は要するに、
・本件特許出願前から同一の製品を販売していること
・製品の物理的性質を変えるような変更は行っていないこと、

・本件特許出願前から同一の規格を満たす製品の製造及び販売を続けてきたこと、
・本件特許出願前の被告製品A9及び10の各サンプルのRate(3R)は31%以上又は40%以上であったこと、
を理由に、「現時点において,被告製品Aが本件各発明の技術的範囲に属するのであれば,被告は,本件特許出願前から,本件各発明の技術的範囲に属する被告製品Aを製造販売していたといえる。」と主張した。

(原告の主張)
イ 秘密保持義務について
 被告各製品などの黒鉛粉末製品は,いずれも企業同士で取引されるものであり,一般消費者に販売されるような市販品ではない。企業同士の取引では,通常,秘密保持契約を締結するか,基本契約等において秘密保持条項が設けられることは,周知の事実である。そして,原材料は製造業において営業秘密そのものであり,黒鉛製品のような原材料の売買契約等においては秘密保持条項が設けられている(甲A82)。取引当事者双方がこれにつき秘密保持義務を負わない場面は通常は想定できない
 実際,原告と日本黒鉛工業が平成25年10月31日に締結した機密保持契約(甲A95)では,「受領者は,開示者の書面による承諾を事前に得ることなく,機密情報を分析または解析してはならない。また,機密情報の分析結果および解析結果も機密情報として取り扱うものとする。」(4条)と定められており,リバースエンジニアリングが禁じられていた。また,被告らは,本件訴訟において,多くの主張書面や書証の一部について,営業秘密であることを理由に閲覧等制限の申立てをしている。
 そうすると,被告ら(中略)が本件特許出願前に本件各発明を実施した製品を製造販売していたとしても,取引の相手方は秘密保持義務を負っていたから,本件各発明が公然と実施されたとはいえない。

ウ 本件各発明の実施能力について
 取引の相手方は,たとえ被告らから黒鉛製品を入手したとしても,X線回折法による測定及び解析を行わなければ,Rate(3R)を内容とする本件各発明の内容を知り得ないから,公然実施が成立するためには,X線回折法による測定及び解析ができる者でなければならない。
 しかし,企業が費用や労力,時間をかけてまで外部の専門機関に測定及び解析を依頼するには,相応の必要性の説明の下,社内の相応の決裁を受ける必要があり,そのような手続を経ることなく依頼することはないから,専門機関にX線回折法による測定及び解析を依頼する具体的可能性はなかったというべきである。
 したがって,第三者が被告ら(中略)から本件各発明を実施した製品を取得したとしても,当該第三者は,本件各発明の構成ないし組成を知り得なかったから,本件各発明が公然と実施されたとはいえない。

(2) 製品の規格,製造工程等
ア 品番・品名の同一性について
 被告らは,本件特許出願前に販売された製品と近時に販売された製品の品番・品名が同一であるから,製品としても同一であると主張する。
 しかし,原告は,被告製品A1については平成30年6月19日,被告製品A2及び4ないし11については同年8月9日,被告製品A3については同年7月21日(中略)の各時点において販売されていたものを入手したところ,本件特許出願日である平成26年9月9日から4年前後の期間が空いており,被告らが,この期間,製品の内容に変更を加えていないことの証拠はない。
 また,製品としての同一性は,侵害が問題となる特許との関係において判断すべきであるところ,Rate(3R)に変化をもたらす変更が加えられた場合には,たとえ品番又は品名が同一であっても,製品としての同一性は失われるというべきである。そして,被告らを含む黒鉛材料メーカーは,入手した黒鉛原料を顧客が求める性能に合致するように粉砕・精製し,規格によって区別された品番・品名でこれを販売するので,黒鉛の原料の産地や輸入元,粉砕や精製を行うための設備・機器,粉砕・精製の方法等が変わっても,あらかじめ定められた一定の規格を満たす製品は同じ品番・品名で販売するということがあり得る。しかし,Rate(3R)との関係では,原料となる黒鉛の産地が変わればRate(3R)は変わり得るし,粉砕や精製を行うための設備・機器や粉砕・精製の方法が変わってもRate(3R)は変わり得るため,品番・品名が同一であることは,品番・品名が同じ製品であるという以上の意味はなく,製品としての同一性を裏付けるものではない。むしろ,被告らは,品番・品名が同一の製品について,特定の顧客との間で,一般に適用される規格とは異なる特別な規格を定めて販売するがあることを認めている。
 さらに,被告らは,製品ごとに定められた規格を満たしてさえいれば,同一の品番・品名の製品として販売しているところ,規格には一定の幅があるから,当該規格内においても性質に差異が生じ得る。
 したがって,製品の品番・品名が同一であるからといって,製品としても同一であるとはいえない。

イ 5つの評価項目の数値の同等性について
 被告らは,本件特許出願の前後を通じて検査成績書(乙A8)等の5つの評価項目(検査成績書では,固定炭素,灰分,揮発分,水分及び平均粒径)の数値が同等であるから,本件特許出願の前後において製品の粉体特性に変わりはないと主張する。
 しかし,前記アのとおり,製品の同一性は,Rate(3R)との関係において判断されるべきものであるところ,検査成績書等に記載された5つの項目とRate(3R)との関連性,すなわち,これら5つの項目が同等であればRate(3R)の数値も同等になることが証明されない限り,これらの項目の数値が同等であっても意味がなく,このような関係を認めるに足りる証拠はない。そして,JIS法に記載があるからといって,それが天然黒鉛の基本的な特性を表す指標であるとはいえない。
 また,上記5つの評価項目の数値がどの程度近似していれば同一の製品と考えることができるかは不明であり,例えば,被告製品A4ないし6は,これらの数値の全てが近似しているにもかかわらず,異なる製品として扱われていることからすると,上記5つの評価項目が同等であるというだけでは,物として同一であると判断することはできない。
 したがって,上記5つの評価項目の数値が同等であるからといって,製品の粉体特性に変わりがないとはいえない。

ウ 検査成績書等の信用性について
 被告らは,本件特許出願前から現在と同一の被告各製品(中略)を製造販売していたことの証拠として,検査成績書(乙A8),製品別製造標準(乙A38,48),製品分析成績表(乙A42,43),QC工程表(乙A51),試験成績表(乙A63)等を提出する。
 しかし,これらのいずれについても,第三者が当該書面が存在したことを担保するタイムスタンプを取得するなどの存在証明・非改ざん証明が一切行われていないから,事後的に作成することができる文書であるということができ,これらの文書に記載された作成年月日どおりの日に作成されたものとは認められない。また,これらの文書に記載された作成日又は改訂日以降に変更が加えられていないことも,新たな文書が作成されていないことも,明らかではない。
 したがって,上記各文書によっては,本件特許出願前から現在と同一の被告各製品,日本黒鉛各製品及び中越黒鉛各製品が製造販売されていたとは認められない。

(3) 本件特許出願前のサンプルのRate(3R)
ア 被告製品A9及び10のサンプルについて
 被告らは,本件特許出願前に製造された被告製品A9及び10のサンプルのRate(3R)が31%以上又は40%以上であったと主張する。
 しかし,被告ら主張に係る上記サンプルが本件特許出願前に製造された被告製品A9及び10のサンプルであることを裏付ける証拠はない。被告製品A9及び10がサンプルとして紙袋に保管されていたとする写真(乙A40,41)があるが,同写真からは,紙袋に何と記載されているか判読することができないし,同写真に写った黒鉛の紙袋が本件特許出願前から存在した黒鉛の紙袋であるかは不明であるから,この紙袋に入れられた黒鉛が本件特許出願前から存在した黒鉛であるかも明らかではない。
 また,前記1(原告の主張)(1)のとおり,被告らは,再現性のあるRate(3R)を算出することができておらず,適切に解析条件を設定することができていない。このような適切に行われていない解析によって得られた結果は意味がない。
 したがって,本件特許出願前の被告製品A9及び10のサンプルであると主張する黒鉛の解析結果(サンプル結果①)によって,被告Iが本件特許出願前から現在の被告製品A9及び10と同一の製品を製造販売していたとはいえない。

原告は要するに、
・被告各製品は、企業同士で取引されるものであり、企業同士の取引では、通常、秘密保持契約等があることから公然実施されていないこと、
・X線回折法によりRate(3R)を測定及び解析する具体的可能性はなかったこと、
・製品の品番・品名が同一であっても、製品として同一であるとはいえないこと、
・固定炭素,灰分,揮発分,水分及び平均粒径とRate(3R)との関係性が明らかでないこと、
・検査成績書等について、存在証明・非改ざん証明が行われていないこと、
・被告製品A9及び10が本件特許出願前に製造されたものか明らかでなく、また再現性のあるRate(3R)を算出できていないこと、
を理由に、「本件各発明が公然と実施されたとはいえない」と主張した。

判旨

(1) 認定事実
ア 被告Iについて
(ア) 被告製品Aの規格,製造工程等
a 被告Iは,被告製品A1については平成18年7月16日に,被告製品A2及び4ないし6については平成17年1月6日に,被告製品A3については平成21年6月1日に,分級,梱包方法,最終検査における項目(固定炭素分,灰分,揮発分,水分及び粒度),規格値及び試験方法,工程の流れ等を定めた製品別製造標準をそれぞれ作成した。上記の各製品別製造標準のうち,被告製品A2ないし6に係るものは,本件特許出願当時から現在に至るまで,改訂されたことはなく被告製品A1に係るものは,平成29年7月6日,粒度の規格値について●(省略)●とする改訂がされたが,本件特許出願当時から現在に至るまで,そのほかの点について改訂がされたことはなかった。(乙A38,48)
b 被告Iは,平成17年6月3日,被告製品A7ないし11のそれぞれについて,検査の項目(灰分,揮発分及び粒度)及び規格値等を定めた黒鉛原料受入検査詳細を作成した。上記黒鉛原料受入検査詳細は,本件特許出願当時から現在に至るまで,改訂されたことはなかった。(乙A39)
c 被告Iは,前記aの製品別製造標準及び前記bの黒鉛原料受入検査詳細作成以降現在に至るまで,顧客からの特段の要望がない限り,これらに定められた基準に従った被告製品Aを製造販売してきた(中略)

(イ) 被告製品A9及び10のサンプルのRate(3R)
 被告Iは,平成31年4月15日から令和元年5月20日までの間に,同被告において保管していた被告製品A9及び10の各サンプルをSmartLabを用いて分析し,これにより得られた回折プロファイルをPDXLの自動解析機能により解析して,菱面晶系黒鉛層の(101)面及び六方晶系黒鉛層の(101)面の各ピーク強度を計算し,これを基にRate(3R)を算出したところ,サンプル結果①(別紙3Rate(被告I)の番号4の列)を得た(乙A9,104)。

(2) 公然実施該当性
ア 判断基準について
 法29条1項2号にいう「公然実施」とは,発明の内容を不特定多数の者が知り得る状況でその発明が実施されることをいい,本件各発明のような物の発明の場合には,商品が不特定多数の者に販売され,かつ,当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん,外部からそれを知ることができなくても,当業者がその商品を通常の方法で分解,分析することによって知ることができる場合も公然実施となると解するのが相当である。
(中略)
b 被告製品A9に係るサンプル結果①については,同じ製品であるにもかかわらず,算出されたRate(3R)にかなりのばらつきがあること,サンプル結果①の回折プロファイルにおいて,菱面晶系黒鉛層(3R)の(101)面及び六方晶系黒鉛層(2H)の(101)面の各ピークが出現するとされる回折線の角度43ないし44°付近のピークは必ずしも明瞭ではないこと,前記2(1)ウ(イ)のとおり,PDXLは,ピークが不明瞭な場合,自動解析機能によっては不合理な解に収束したり,解が発散したりすることがあり,このような場合,試料を考慮した解析条件を手動で入力する必要があることからすると,被告製品A9のサンプルのRate(3R)について,サンプル結果①は採用することができないというべきである。
 他方で,被告製品A10に係るサンプル結果①については,複数回算出したRate(3R)にばらつきがほとんどなく,回折プロファイルにおける回折線の角度43ないし44°付近のピークは必ずしも明瞭ではないものの,このような場合に,PDXLの自動解析機能を使用して得られた解が常に誤っていることを認めるに足りる証拠はないことからすると,被告製品A10のサンプルのRate(3R)について,サンプル結果①を一応採用することができるというべきである。
(中略)
 前記(1)ア(アのとおり,被告Iは,本件特許出願前から,被告製品Aの各名称を付した黒鉛製品を製造販売しており,被告製品A2ないし11については,本件特許出願前から現在に至るまで,その製造工程及び出荷の基準となる規格値に変更はなく,被告製品A1についても,粒度の規格値が●(省略)●と改訂されたが,従前の規格値を限定した内容になっており,そのほかの変更はない。
 また,前記2(1)エ(ア)のとおり,原告が甲A5結果を得た被告製品Aは,平成30年6ないし8月頃に被告Iが販売していたものであり,平成26年9月9日の本件特許出願(前記前提事実(2))からそれほど長い年月が経過しているものとはいえない。
 以上によれば,被告Iは,本件特許出願前から現在に至るまで,被告製品Aの各名称を付した黒鉛製品を製造販売しており,この間,菱面晶系黒鉛層の増減に影響を与えると考えられるこれらの製品の製造工程及び規格値にほぼ変更はないことから,この間に製造販売された被告製品Aは,同じ製造工程を経て,同じ規格を満たすものであると認められる。そして,他にこれらの製品に対してRate(3R)の増減に影響を及ぼす事情が存したとは認められず,前記2のとおり,現時点において,被告製品A1ないし3は本件発明1の,被告製品A4ないし11は本件各発明の各技術的範囲に属する。これらの事情に照らせば,被告Iは,本件特許出願前から,被告製品A1ないし3については本件発明1の,被告製品A4ないし11については本件各発明の各技術的範囲に属する被告製品Aを製造販売していたと認めるのが相当である。
(中略)
 そして,前記2(1)イのとおり,本件特許出願当時,当業者は,物質の結晶構造を解明するためにX線回折法による測定をし,これにより得られた回折プロファイルを解析することによって,ピークの面積(積分強度)を算出することは可能であったから,上記製品を購入した当業者は,これを分析及び解析することにより,本件各発明の内容を知ることができたと認めるのが相当である。
 したがって,本件各発明は,その特許出願前に日本国内において公然実施をされたものであるから,本件各特許は,法104条の3,29条1項2号により,いずれも無効というべきである。

(3) 原告の主張について
ア 原告は,被告ら(中略)の取引の相手方は秘密保持義務を負っていたから,本件特許出願前に本件各発明が公然と実施されたとはいえないと主張する。
(中略)
 取引基本契約書(甲A82)には「甲および乙は,本契約および個別契約の履行により知り得た相手方の技術情報および営業上の秘密情報(目的物の評価・検討中に知り得た秘密情報を含む)を,本契約の有効期間中および本契約終了後3年間,秘密に保持し,相手方の書面による承諾を得ることなく第三者に開示または漏洩せず,また本契約および個別契約の履行の目的以外に使用しないものとする。」(38条)との記載が,機密保持契約書(甲A95)には「受領者は,開示者の書面による承諾を事前に得ることなく,機密情報を第三者に開示または漏洩してはならない。」(3条1項)との記載が(中略)との記載が,それぞれ存することが認められる。しかし,「相手方の技術情報および営業上の秘密情報(目的物の評価・検討中に知り得た秘密情報を含む)」,「機密情報」及び「相手方の業務上の機密」に,購入した製品のRate(3R)が含まれるかは明らかではないし,黒鉛製品をX線回折法による測定により得られた回折プロファイル,さらにはこれを解析して得た積分強度が,秘密として管理されてきたことや有用な情報であることをうかがわせる事情は見当たらない。
 したがって,本件特許出願当時,製造販売されていた被告製品A(中略)を分析することについて契約上の妨げがあったとはいえないから,原告の上記主張は採用することができない。
イ 原告は,第三者において,被告ら(中略)から本件各発明を実施した製品を取得したとしても,本件各発明の構成ないし組成を知り得なかったと主張する。
 しかし,前記2(1)イのとおり,本件特許出願当時,当業者は,物質の結晶構造を解明するためにX線回折法による測定をし,これにより得られた回折プロファイルを解析することによって,ピークの面積(積分強度)を算出していた。このような分析を外部の専門機関に依頼するのに,費用や労力,時間がかかることは,本件各発明が公然と実施されていたことの認定判断の妨げになるものとは認められない。
 したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ 原告は,本件特許出願前に販売された製品と近時に販売された製品の品名・品番が同一であるからといって,製品として同一であるとはいえないと主張する。
 しかし,品名・品番を基準として,製品の品質が管理されることが多いことは,当裁判所に顕著な事実である。そして,このような事情に加えて,前記(2)イないしオのとおり,被告ら(中略)において,本件特許出願の前後を通じて,製品の製造工程に大きな変更はなく,製品の規格にも変更がなかったこと,本件特許出願前の製品のサンプルにRate(3R)が31%以上又は40%以上のものが含まれていることなどを考慮すると,前記(2)カのとおり,被告ら(中略)は,本件特許出願前から,本件発明1又は本件各発明の各技術的範囲に属する製品を製造販売していたものと認めるのが相当である。
 したがって,原告の上記主張は採用することができない。
エ 原告は,本件特許出願の前後を通じて,5つの評価項目(検査成績書では,固定炭素,灰分,揮発分,水分及び平均粒径)の数値が同等であるからといって,物としての同一性を判断することはできないし,どの程度近似していれば同一の製品と考えることができるかも不明であると主張する。
 前記(2)イ(イ)のとおり,本件各明細書には,「真空または気中において天然黒鉛材料にマイクロ波,ミリ波,プラズマ,電磁誘導加熱(IH),磁場などの電波的力による処理とボールミル,ジェットミル,遠心力,超臨界などの物理的力による処理とを併用することで,菱面晶系黒鉛層(3R)がより多く含まれる黒鉛系炭素素材が得られる。」(【0011】)との記載があり,黒鉛を粉砕したり,黒鉛に熱を加えたりすることによって,当該黒鉛中の結晶のうち菱面晶系黒鉛層が増加することが知られているが,黒鉛に対して,具体的に,どのような条件の下,どのような操作をすることにより,当該黒鉛のRate(3R)がどれだけ変動するかは,本件訴訟に現れた全証拠によっても確定することができず,上記5つの評価項目の数値とRate(3R)との関係も明らかではないといわざるを得ない。
 もっとも,前記(2)イないしオのとおり,被告ら(中略)は,本件特許出願前から現在に至るまで,製品の製造工程を大きく変更することなく,製品の規格も変更することなく,被告製品A(中略)を製造販売してきており,これらの製品が,前記2のとおり,現時点において,本件発明1又は本件各発明の技術的範囲に属するのであるから,前記(2)カのとおり,被告ら(中略)は,本件特許出願前から,本件発明1又は本件各発明の各技術的範囲に属する製品を製造販売していたというべきである。
 したがって,原告の上記主張は採用することができない。
オ 原告は,検査成績書(乙A8)や製品別製造標準(乙A38,48)等には,存在証明・非改ざん証明が一切行われていない文書であり,事後的に作成することができるものであり,また,これらの文書に記載された作成日又は改訂日以降に変更が加えられていないことは明らかではないと主張する。
 しかし,存在証明・非改ざん証明が行われていない文書であるからといって,直ちにこれらを信用することができないということはできない。また,上記各文書が事後的に作成されたり,その内容に変更が加えられていたりすることをうかがわせる具体的な事情は見当たらない。
 したがって,原告の上記主張は採用することができない。

解説/検討

 パラメータ特許の公然実施の証明においては、特許出願日前に製造された製品等について当該パラメータを測定していないことにより、その証明が困難となる場合があった。本判決では、現行品について事後的に測定したパラメータに基づいて、パラメータ特許の公然実施を認めたものであり、パラメータ特許の無効を争う上で参考になると思われる。
 裁判所は、上記公然実施を認める理由の一つとして、パラメータに影響を与え得る製品の製造工程、規格値等が特許出願日前より変更がないことを挙げており、これらの記録文書の重要性が改めて示された一方で、これらの文書について存在証明・非改ざん証明は必須ではないことが示された。しかし、原告も主張するように、事後的に作成、変更を加えることも可能であることから、これらの証明は行われているほうが好ましいと思われる。

 

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