【被控訴人が主張するクレームの限定的な解釈を否定して、被告製品の構成要件充足性を認めたうえ、特許法102条1項1号及び2号、2項並びに3項に基づく損害額をそれぞれ算定した事例】

 

投稿日:2026年8月29日

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著者:弁護士 木村 広行
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

特許法70条/102条/技術的範囲/令和元年改正/権利者複数の場合における損害算定

ポイント

※本判決は、構成要件B6の「密封嵌合」における「密封」について、端部部材(構成要件B6)と(取付孔と端部部材との間に配置される)シール部材(構成要件B7)の構成を備えることによって、ソレノイドの耐食性の向上という本件発明の効果がもたらされると解されるのであるから、「端部部材」のみによって外部雰囲気の進入を完全に抑制する必要があると限定して解釈する理由がないとしたうえ、被告製品は、端部部材(H)をボディの上部側の開口部に嵌合させることにより外部雰囲気の流入を抑制し、シール部材の構成を備えることにより、ボディと取付孔の間を密封して外部雰囲気の流入をより抑制する効果を奏するものであるから、構成要件B6の「『密封』嵌合」の文言も充足すると判断した。
※本判決は、令和元年法律第3号「特許法等の一部を改正する法律」は、令和元年政令第145号により令和2年4月1日に施行されており、同法には経過規定が置かれていないことから、本件特許権侵害の不法行為時及び本件訴え提起時は改正特許法の施行日前であるが、本件については、上記改正後の特許法が適用されると判示した
※本判決は、特許法102条1項1号の「単位数量当たりの利益の額」の算定にあたり、原告製品2の制御弁としての機能及び動作性の点に強い顧客吸引力があるといえるとして、事実上推定される限界利益の全額から95%の覆滅を認めるのが相当であると判断した。
※本判決は、特許法102条1項1号の「販売することができないとする事情」に関して、被告製品が原告製品2と比較して価格面で有利であること、他社との信頼関係の構築、他社から要望を受けた改良といった事情を考慮して、侵害品である被告製品の譲渡数量を控訴人が販売することができない事情に相当する数量は、譲渡数量全体の2割であると認めるのが相当であると判断した。
※本判決は、特許法102条1項により算定される損害については、同条2項による損害の推定における場合と異なり、非実施の共有者の実施料相当額を控除することはできない旨判示した。
※本判決は、特許法102条1項1号に規定する特定数量の認定に係る事情のうち、被告製品と原告製品2の性能面の差異については、その性質上、控訴人が被控訴人にライセンスをし得たのに、その機会を失ったものとは認められないが、被控訴人の営業努力等に関わる点については、本件発明の存在を前提にした上でのものというべきであるから、控訴人が被控訴人にライセンスをし得たのに、その機会を失ったものといえるとして、特定数量2割のうちライセンスの機会を喪失したといえる数量は、その半分に当たる譲渡数量の1割とするのが相当であると判断した。
※本判決は、本件特許権は、控訴人及び●●●●●●の共有に係るものであり、●●●●●●は、少なくとも本件侵害期間中において本件特許権を実施していないとしたうえ、特許権が共有に係るときは、各共有者は、契約で別段の定めをした場合を除き、他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができ(特許法73条2項)、本件では、特段の合意をしたと認めるに足りる証拠はないとして、本件特許権の共有者である控訴人は、共有持分割合に応じて特許法102条2項により推定される損害の按分割合に応じた損害賠償を請求することができるにすぎない旨の被控訴人の主張を排斥した。
※本判決は、特許権を共有するがその特許を実施していない共有者であっても、その特許が侵害された場合には、特許法102条3項により推定される実施料相当額の損害賠償を受けられる余地がある点を指摘して、共有に係る特許権を実施する共有者が同条2項に基づいて侵害者が得た利益を損害として請求するときは、同条3項に基づいて推定される共有に係る特許権を実施していない共有者の損害額は控除されるべきであると判断した。


判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
判決言渡日 令和4年3月14日
事件番号 平成30年(ネ)第10034号
事件名 特許権侵害差止請求控訴事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
菅野 雅之
中村 恭
岡山 忠広
 

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事案の概要

⑴ 本件特許権
特許番号 特許第3611969号
発明の名称 ソレノイド
出願日 平成10年7月9日
登録日 平成16年10月29日

⑵ 本件発明の構成要件の分説
A 相手側ハウジング部材に備えられた取付孔に収容されるソレノイドであって,
B 前記ソレノイドは,
B1 前記取付孔に入り込まれるケース部材,
B2 該ケース部材の内側に収納されるコイル部材,
B3 前記ケース部材の一方の開口端部の内側に固定され前記コイル部材の内筒部に延出するセンタポスト部材,
B4 前記コイル部材の内筒部に位置し有底円筒状のスリーブにより囲まれ往復動可能なプランジャが配置されるプランジャ室,
B5 前記ケース部材の他方の開口端部と前記プランジャ室との間に配置されるアッパープレート,
B6 該アッパープレートの外側で前記取付孔に密封嵌合して該取付孔の開口部を塞ぐ耐食性材料による端部部材,
B7 外部雰囲気の進入を抑制するために前記取付孔と前記端部部材の間に配置されるシール部材,
B8 及び前記プランジャに接続されバルブ部の弁体の開閉動作を可能とするロッドを備え,
C 前記ソレノイドの前記バルブ部側の外周に前記バルブ部側からの流体の進入を防止するシール部材を設ける
D ことを特徴とするソレノイド。

争点

ア 構成要件B6の充足性
イ 損害論(特許法102条1項乃至3項)
(その他の争点については省略)

原審(原々審)の判断

⑴ 「密封嵌合」の解釈について
 「・・・以上によれば,構成要件B6の「密封嵌合」とは,「ソレノイドの耐食性を向上させる効果をもたらすように外部雰囲気の進入を抑制させる程度に,端部材が取付孔に対してぴっちりと封をするように機械部品がはまり合う関係」を意味すると解される。

⑵ 充足性の検討
 「乙1実験においては,・・・甲33実験においては,・・・Oリングを外した被告製品を使用し,端部材上にLLCを5滴ないし10滴滴下して10秒経過した場合,被告製品のボディ側面及び取付孔内部に水分が進入するか否かは判然としないというほかない。
 しかしながら,被告製品は,カーエアコン用可変容量圧縮機に用いる可変容量コンプレッサ容量制御弁であり,自動車のエンジン内のコンプレッサの取付孔に取り付けられるものである(甲18参照)。そうであれば,被告製品は,通常の使用形態として,潮風にさらされるような環境でも少なくとも10年程度は制御弁が腐食しないことが求められるのであるから,上記の実験条件が被告製品の通常の使用条件と同条件で行われたものとは言い難いというべきであり,上記実験結果からは被告製品の構成を直ちに認定することはできない。
 むしろ,乙14実験においては,Oリングを外した被告製品のボディ部分には腐食が見られたとされ,乙15実験においても取付孔内部に水分が進入したとされている。
 これらの実験結果に疑義を差し挟む事情は存在しないから,Oリングを外した被告製品が,取付孔内部への水分の進入を抑制する効果があるとは認められないというべきである。」

 「以上のとおり,『密封嵌合』とは,『ソレノイドの耐食性を向上させる効果をもたらすように外部雰囲気の進入を抑制させる程度に,端部材が取付孔に対してぴっちりと封をするように機械部品がはまり合う関係』を意味すると解されるところ,Oリング(シール部材⒀)を外した被告製品が,取付孔内部への水分の進入を抑制する効果があるとは認められないのであるから,被告製品の端部材(H)が取付孔に『密封嵌合』しているとは認められず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。」

判旨

⑴ 構成要件B6について
ア 「密封嵌合」の解釈について
 「一般に、密封とは『ぴっちりと封をすること』(大辞林第二版新装版・甲21)、『隙間なく堅く封をすること』(広辞苑第6版・乙10)、『嵌合』とは『機械部品の、互いにはまり合う丸い穴と軸について、機能に適するように公差や上下の寸法差を定めること』(大辞林第二版新装版・甲21)、『軸が穴にかたくはまり合ったり、滑り動くようにゆるくはまり合ったりする関係をいう語』(広辞苑第6版・乙10)をいうとされているから、こうした一般的用語からすると、『密封嵌合』とは、『ぴっちりと封をするように機械部品がはまり合う関係』を意味すると解される。
 もっとも、どの程度の『ぴっちりと封をする』ように機械部品が『嵌合』すれば本件発明における『密封嵌合』に当たるかについては特許請求の範囲の記載からは必ずしも一義的に特定されるものではないから、用語の意義を解釈するために本件明細書の記載を見てみると、本件明細書には、『前記取付孔に密封嵌合して該取付孔の開口部を塞ぐ耐食性材料による端部部材を備えることを特徴とする。』(【0015】)、『これにより、取付孔の内部に収容されたソレノイドの端部部材より奥側の部材は外部に露出されることはなく、また、外部雰囲気(湿気や水などの流体)の進入が端部部材により抑制されるので、相手側ハウジング部材に組み付けられた状態における耐食性を向上させることが可能となる。』(【0016】)との記載がある。こうした本件明細書の記載を踏まえると、構成要件B6の『密封嵌合』における『密封』とは、外部雰囲気(湿気や水等の流体)の進入を『抑制』する程度のものを指すものと解される。」

 「また、本件発明は、『外部雰囲気の進入を抑制するために前記取付孔と前記端部部材との間に配置されるシール部材』(構成要件B7)との発明特定事項を有しており、本件明細書には、『前記取付孔と端部部材との間にシール部材を備えることも好適である。これによって、より外部雰囲気の進入が抑制される。』(【0019】)との記載があることから、本件発明における『取付孔と端部部材との間に配置されるシール部材』も、より外部雰囲気の進入を抑制するために設けられる部材であるということができる。
 このように、本件発明は、外部雰囲気の進入を抑制する構成として、①アッパープレートの外側で取付孔に嵌合して取付孔の開口部を塞ぐ耐食性材料による端部部材と、②取付孔と端部部材の間に配置されるシール部材の2つの構成によって、『外部雰囲気』の進入を抑制し、こうした構成により、『耐食性に対して有利な構造であり、高い信頼性や長寿命を得ること、また取り付けの容易なソレノイドを提供すること』(【0014】にあるものと解される。)」

 「これに対し、被控訴人は、『密封嵌合』といえるには、液体の漏れ又は外部からの異物進入を防止できる程度にぴっちりとはまっていることが必要であり、隙間が存在していたり、若干の流体の漏れがあってもよいということにならず、端部部材のみによって外部雰囲気の進入を抑制することができる必要がある旨主張する。
 しかし、前記(ア)のとおり、構成要件B6の『密封嵌合』における『密封』は、本件明細書の記載を参酌すると、外部雰囲気(湿気や水等の流体)の進入を『抑制』する程度のものと理解すべきであり、『外部からの異物進入を防止できる』、『若干の流体の漏れ』もあってはならないという程度のものを指すと解すべき理由は見当たらない。そして、前記(イ)のとおり、端部部材(構成要件B6)と(取付孔と端部部材との間に配置される)シール部材(構成要件B7)の構成を備えることによって、ソレノイドの耐食性の向上という本件発明の効果がもたらされると解されるのであるから、『端部部材』のみによって外部雰囲気の進入を完全に抑制する必要があると限定して解釈する理由もない。」

イ 充足性の検討
 「上記の各種実験結果によると、被告製品は、長時間の塩水噴霧試験(乙14実験)、試験紙を用いた湿気の流入実験(乙19実験、乙20実験)の結果からすると、端部部材だけで外部雰囲気(湿気や水等の流体物)の流入を遮断するものとはいえないが、同じ場所に10数滴の液体を滴下したり(乙15実験の第2実験)、連続して液体を注入したり(甲49実験の実験2)、液体を滴下後に強い衝撃を加える(乙15実験の第3実験、甲49実験の実験3)といった条件がない限り、少量の水滴を滴下した実験では、端部部材だけでも液体の流入は抑制されており(甲33実験、甲49実験の実験1)、また、湿気の流入も短時間であれば抑制されている(甲58実験の試験1及び試験2)ことからすると、被告製品の端部部材は外部雰囲気(湿気や水等)の進入を抑制するものといえる(なお、乙15実験の第1実験は、被告製品の端部部材及びOリングのみならず弁本体側のOリングも外しており、甲50実験の試験結果からすると、上記認定を左右するものではなく、また、乙16実験は、圧縮機の取付孔側面に穴を穿設しており、実験条件の前提が異なるため、上記認定を左右するものではない。)。
 また、乙1実験、乙14実験、甲49実験、甲58実験、乙19実験及び乙20実験の試験結果によれば、端部部材とシール部材(Oリング)を備えた被告製品においては、外部雰囲気(湿気や水等)の流入が完全に抑制されていることが認められる。
 そうすると、被告製品は、端部部材(H)をボディ⑵の上部側の開口部に嵌合させることにより外部雰囲気の流入を抑制し、シール部材⒀の構成を備えることにより、ボディ⑵と取付孔の間を密封して外部雰囲気の流入をより抑制する効果を奏するものであるから、被告製品は、構成要件B6の「『密封』嵌合」の文言も充足する。
 したがって、被告製品は、構成要件B6を充足する。」

⑵ 損害論
ア 適用法令
 「令和元年法律第3号『特許法等の一部を改正する法律』は、令和元年政令第145号により令和2年4月1日に施行されており、同法には経過規定が置かれていないことから、本件特許権侵害の不法行為時及び本件訴え提起時は改正特許法の施行日前であるが、本件については、上記改正後の特許法が適用される(したがって、改正前特許法102条の適用があることを前提として、同条1項ただし書の事情に当たる数量について特許権者等が侵害者に対して同条3項を適用して実施料相当額の損害を更に求め得るかについては、上記改正により立法的に解決されたため、本件の争点にならない。)。
 当事者の主張は、上記改正前の特許法の法条を前提としたものであるが、以下では、特に断らない限り、上記改正後の特許法が適用されることとして判断する。」

イ 特許法102条3項による損害について
 「本件各事情を総合すると、前記⑴のとおり、控訴人と被控訴人は、可変容量制御弁の分野では国際的にシェアを分かち合う競業関係にあるといった事情を考慮しても、被告製品における本件特許の実施料率は2%程度であると認めるのが相当である。」

 「ところで、前記⑴アのとおり、本件特許は控訴人及び●●●●●●の共有関係にあり、その持分割合について両社で特段の合意がされたと認めるに足りないから、民法250条により共有持分は相等しい割合に推定される。
 そうすると、特許法102条3項による損害は、以下の計算式のとおり、●●●●●円であると認定するのが相当である。」

ウ 特許法102条1項1号による損害について
(ア)限界利益の額
 「原告製品2の1個あたりの売価・・・は、●●●●●●●円である(Ⓒ)。」

 「原告製品2の1個あたりの製造原価・・・は、●●●●●●円・・・であると認められる。

 「原告製品2の1個当たりの変動費は●●●●●円(Ⓕ)であると認められる。」

 「以上によると、・・・までの間の原告製品2の1個当たりの限界利益は、別紙2-2のとおり、●●●●●●円(=Ⓒ-(Ⓔ+Ⓕ))であると認められる。」

(イ)限界利益額に関する覆滅事由
 「原告製品2は、本件発明の従来技術の課題とされている、耐食性を必要とする構成部材にメッキ処理を施したものであることや、原告製品2は可変容量コンプレッサ容量制御弁であって、制御弁としての機能及び動作性の点に強い顧客吸引力があるといえるから、原告製品2の販売によって得られる限界利益の全額を控訴人の逸失利益と認めるのは相当ではないところ、原告製品2が備える機能等や顧客誘引力等の本件諸事情を総合考慮すると、事実上推定される限界利益の全額から95%の覆滅を認めるのが相当である。」

(ウ)実施能力に応じた数量
 「・・・原告製品2を生産して販売する能力を有していたものと認めるのが相当である。」

(エ)販売することができない事情
 「被告製品が原告製品2と比較して価格面で有利であったという点は、本件侵害期間中における原告製品2の販売個数に少なからず影響する事情であるということができる。」

 「被控訴人は、●●●社の前身である●●●社及び●社、●●●●社と長年の取引関係にあり、価格競争や開発対応等の点で表彰を受けるなど、サポート面や協力態勢の面で一定の信頼関係を築いてきており、実際のところ、●●●社が原告製品2から被告製品に切り替えた理由の1つとして、被控訴人のサポート態勢等を挙げている。被控訴人が被告製品の販売個数を順調に維持することができた背景には、こうした事情が影響しているものと認められるから、被控訴人と●●●社との信頼関係の構築は、本件侵害期間中における原告製品2の販売個数に影響する事情であるといえる。」

 「●●●社の仕様等に関する要望を受けて改良し、●●●社は、被告製品の制御弁としての性能面を評価して被告製品を採用したことが認められるから、こうした事情は、本件侵害期間中において、被告製品の販売実績に相当する原告製品2を販売し得たことを阻害する事情であるといえる。」

 「以上で指摘した事情を総合考慮すると、侵害品である被告製品の譲渡数量を控訴人が販売することができない事情に相当する数量は、譲渡数量全体の2割であると認めるのが相当である。」

(エ)共有であることについて
 「被控訴人は、前記第2の4⑶ア【被控訴人の主張】(エ)のとおり、本件特許が控訴人及び●●●●●●が共有する関係にあるところ、●●●●●●が本件発明を実施している可能性があるが、いずれにしても控訴人は、●●●●●●の実施割合について証明できていないから、共有者間の損害賠償請求権の行使の原則に立ち戻り、持分割合に基づいて損害賠償額を按分すべきである旨主張する。
 しかし、・・・●●●●●●は、少なくとも本件侵害期間中においては本件発明を実施していないものと認められるから、控訴人と●●●●●●の本件発明の実施割合に応じて損害賠償額を按分すべきである旨の被控訴人の主張はその前提を欠いている。
 なお、共有に係る特許権であっても、各共有者は、契約で別段の定めをした場合を除いて他の共有者の同意を得ることなく特許発明の実施をすることができる(特許法73条2項。なお、本件では、控訴人が●●●●●●との間で実施割合に関する特段の合意をしたと認めるに足りる証拠はない。)ところ、特許法102条1項により算定される損害については、侵害者による侵害組成物の譲渡数量に特許権者等がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じて算出される額には、特許権の非実施の共有者に係る侵害者による侵害組成物の譲渡数量に応じた実施料相当額の損害が含まれるものではなく、その全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情にも当たらないから、後記の同条2項による損害の推定における場合と異なり、非実施の共有者の実施料相当額を控除することもできない。
 したがって、被控訴人の上記主張は理由がない。」

エ 特許法102条1項2号による損害について
「特許法102条1項1号の「その全部又は一部に相当する数量を当該特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情」としては、侵害品である被告製品と原告製品2の価格差、被控訴人によるサポート面や協力態勢の面で●●●社との間との一定の信頼関係の構築、被告製品と原告製品2の性能面の差異といった事情があると認められる。
 ところで、特許法102条1項2号は、括弧書で「特許権者…が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾…をし得たと認められない場合を除く。」と規定するところ、この括弧書部分は、特定数量がある場合であってもライセンスをし得たとは認められないときは、その数量に応じた実施相当額を損害として合算しないことを規定するものであると解される。
 これを前提として本件についてみると、特許法102条1項1号に規定する特定数量に該当するとされた事情は、上記のとおりであるところ、被告製品と原告製品2の性能面の差異については、その性質上、控訴人が被控訴人にライセンスをし得たのに、その機会を失ったものとは認められないが、被控訴人の営業努力等に関わる点については、本件発明の存在を前提にした上でのものというべきであるから、控訴人が被控訴人にライセンスをし得たのに、その機会を失ったものといえる。
 これらの事情を総合考慮すると、特定数量2割のうちライセンスの機会を喪失したといえる数量は、その半分に当たる譲渡数量の1割とするのが相当である。
 また、前記⑶アのとおり、本件侵害期間中の被告製品の1個当たりの販売価格は●●●●●●●円(本件侵害期間の総販売金額●●●●●●●●●●●●●●●円を、同期間における総製造数●●●●●●●●個で割った額(乙23参照)。)であり、前記⑶イのとおり、被告製品の実施料率は2%程度とするのが相当であり、本件特許は控訴人及び●●●●●●の共有関係にあることも前記認定事実のとおりである。
 以上を前提とすると、特許法102条1項2号により算定される控訴人の損害額は268万円と認められる。」

オ 特許法102条2項による損害について
(ア)推定の覆滅
 「●●●社が原告製品2の供給を打ち切って被告製品を採用したのは、被告製品が原告製品2と比較して価格面で有利であったこと、被控訴人は、●●●社及びその前身の●●●社(●●●社が買収した●社を含む。)と長年取引関係にあって信頼関係を醸成しており、被告製品の販売個数を順調に伸ばしてきたのはこうした事情が背景にあるものと推認されること、被控訴人は、原告製品2と被告製品の起動性に関する対比実験を提示し、●●●社の仕様等の要望を受けて改良したことにより、被告製品の採用に至ったものと認められる。
 こうした被告製品の価格面での優位性、被控訴人の企業努力等の事情に加えて、被告製品における本件発明が実施されている部分の位置付け、本件発明の顧客吸引力等の事情についてみると、被告製品は容量制御弁であり、ソレノイドの耐食性や取付容易性といった本件発明の特徴的部分もさることながら、弁本体の機能がむしろ重要であり(被控訴人が●●●社向けに作成した被告製品のプレゼンテーション資料(乙25)には、本件発明の特徴的部分については何ら触れるところはないことは既に説示したとおりである。)、また、前記⑶イ(イ)のとおり、相手側ハウジング部材に取付孔を設けてこの部分に容量制御弁を挿入するという技術は、本件発明の出願時には公知の技術であり、密封構造に関しても、容量制御弁の高耐食性については、鉄製材料をメッキ処理するといった従来技術(代替技術)が存在していたことからすると、被告製品における本件発明の位置付けは重要なものとはいえず、顧客吸引力も低いものと言わざるを得ない。
 被控訴人の主張する覆滅事情は上記の限度で理由があり、これらの事情を総合考慮すると、覆滅割合は9割とするのが相当である。」

(イ)共有であることについて
 「本件特許権は、控訴人及び●●●●●●の共有に係るものであり、前記⑷オで説示したとおり、●●●●●●は、少なくとも本件侵害期間中において本件特許権を実施していない。
 ところで、特許権が共有に係るときは、各共有者は、契約で別段の定めをした場合を除き、他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができる(特許法73条2項)。本件では、控訴人が●●●●●●との間で実施割合に関する特段の合意をしたと認めるに足りる証拠はないから、本件特許権の共有者である控訴人は、共有持分割合に応じて特許法102条2項により推定される損害の按分割合に応じた損害賠償を請求することができるにすぎない旨の被控訴人の主張は理由がない。
 他方で、実施料に相当する損害は、特許権の実施の有無にかかわらず請求することができるから、特許権を共有するがその特許を実施していない共有者であっても、その特許が侵害された場合には、特許法102条3項により推定される実施料相当額の損害賠償を受けられる余地があるところ、仮に、同条2項により推定される全額を共有に係る特許権を実施する共有者の損害額であると推定されると、侵害者は実際に得た利益以上に損害賠償の責めを負うことになることからすると、共有に係る特許権を実施する共有者が同条2項に基づいて侵害者が得た利益を損害として請求するときは、同条3項に基づいて推定される共有に係る特許権を実施していない共有者の損害額は控除されるべきである。そして、侵害に係る特許権が共有に係るものであるといった事情は、同条2項により推定される損害の覆滅事情に当たるものであるから、侵害者がその立証責任を負うというべきである。」

(ウ)共有者の損害賠償請求権の消滅時効に関して
 「控訴人は、●●●●●●が特許法102条3項に基づく損害賠償請求権について控訴人が消滅時効を援用することにより、被控訴人は、控訴人に対して●●●●●●の被控訴人に対する実施相当額を控除すべき旨を主張することができない旨主張する。
 しかし、控訴人の被控訴人に対する損害賠償請求権と、●●●●●●の被控訴人に対する損害賠償請求権は、いずれも金銭債権であって可分であり、可分債権である●●●●●●の損害賠償請求権が時効により消滅したからといってその損害賠償請求権があたかも復帰的に控訴人に帰属したかのように控訴人がこれを行使することができるわけではないから、控訴人が●●●●●●の被控訴人に対して有する損害賠償請求権を援用することができる正当な利益を有する者ではなく、控訴人の上記主張は明らかに失当である。
 もっとも、●●●●●●の特許法102条3項に基づく損害賠償請求権が時効により消滅している場合には、被控訴人は、これを援用することにより、その支払を免れることができるのであるから、いわゆる二重払いにより、実際に得た利益以上に損害賠償の責めを負うことになるリスクは生じないし、このような特殊事情がある場合にまで、特許権侵害により得た利益の留保を被控訴人に許すことは、法の趣旨に照らし相当とはいえないというべきである。」


解説/検討

 本判決は、ソレノイドの耐食性の向上という本件発明の効果は、端部部材(構成要件B6)と(取付孔と端部部材との間に配置される)シール部材(構成要件B7)という構成を備えることによってもたらされると解して、構成要件B6の「密封嵌合」における「密封」について、「端部部材」のみによって外部雰囲気の進入を完全に抑制する必要があると限定して解釈する理由がないと判断している。
 この点、特許権侵害訴訟におけるクレーム解釈においては、特許発明の作用効果の観点から限定的なクレーム解釈が主張されることが多いが、本判決のように、当該作用効果が、特定の構成要件のみに由来するものではないことを的確に指摘することができれば、当該構成要件を過度に限定して解釈されることを回避し得ることを示す事例として参考になる。

 また、本判決は、特許権が共有されている事例において、令和元年法律第3号「特許法等の一部を改正する法律」による改正後の特許法102条1項1号及び2号に基づく損害額算定において、事実上推定される限界利益の全額からの覆滅を認めた点、「販売することができない事情」から「特定数量」を認定した点、同条1項により算定される損害については、特許権の非実施の共有者の実施料相当額を控除することができないと判断した点、「特定数量」の認定に係る事情のうち、被告製品と原告製品2の性能面の差異につきライセンス機会の喪失を否定し、被控訴人の営業努力等に関わる点につきライセンス機会の喪失を肯定した点など、様々な論点について判断を示しており、実務上参考になる。

 また、本判決は、特許権が共有されている事例において、法102条2項に基づく損害額算定について、一部推定の覆滅を認めたうえ、共有に係る特許権を実施する共有者が同条2項に基づいて侵害者が得た利益を損害として請求するときは、同条3項に基づいて推定される共有に係る特許権を実施していない共有者の損害額は控除されるべきであるとした点も参考になる。なお、本判決では、マスキングのため判然としないものの、共有に係る特許権を実施していない共有者の損害賠償請求権が時効消滅している場合は、上記控除が認められない旨判示しているようにも思われる。

 

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