【「楕円形」のクレーム解釈と均等論の限界】

 

投稿日:2026年9月2日

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著者:弁護士 大野 浩之
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

文言侵害/均等論

ポイント

※本件特許の「楕円形」は、明細書の課題・実施例を踏まえると、少なくとも両端の曲率が同じ楕円又はそれに近い形状を意味し、卵形のような曲率差のある形状は含まれないと解された。
※被告製品の先端部は前後で曲率が異なる形状であるため、「楕円形」の文言を充足せず、文言侵害は否定された。
※「楕円形」という形状限定自体が本件発明の本質的部分であるとして均等論の第1要件を否定し、第3要件も否定して、均等侵害も成立しないと判断された。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第2部
判決言渡日 令和4年3月30日
事件番号 令和3年(ネ)10049号/令和3年(ネ)10069号
事件名 特許権侵害差止等請求控訴事件、同附帯控訴事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
本多 知成
中島 朋宏
勝又 来未子
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

 本件は、原審において請求認容判決を受けた被告が控訴した案件であって、控訴審において原判決を取り消した事案である。
 原審では、発明の名称を「吹矢の矢」とする特許権の特許権者である被控訴人(原審原告)が、控訴人(原審被告)の製造、販売等する被告製品が本件特許の請求項2の技術的範囲に属するものであると主張して、差止等を求めていたものである。
1 本件発明(請求項2)

「A 吹矢に使用する矢であって、
 B 長手方向断面が楕円形である先端部と該先端部から後方に延びる円柱部とからなるピンであって、該円柱部の横断面の直径が前記楕円形の先端部の横断面の直径よりも小さいピンと、
 C 円錐形に巻かれたフィルムであって、先端部に前記ピンの円柱部すべてが差し込まれ固着されたフィルムと、からなり、
 D 前記フィルムの先端部に連続して前記ピンの楕円形の部分が錘として接続された
 E 矢。」
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2 被告製品
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判旨

1.文言侵害(争点1-1:被告製品のピンが、長手方向断面が「楕円形」(構成要件B、D)である先端部を有しているか)
「(1) 『楕円形』の一般的な意味について」
「ウ 以上によると、『楕円形』の語は、幾何学上の楕円の形状及びそれに近い形をいうものであるが、当該楕円の両端(当該楕円とその長軸が交わる2点をいう。)付近の曲線を比較した場合に、その一方の曲率が他方の曲率より小さい形状(『卵形』など。当事者の主張における『長手方向の端の一方が他方よりも緩い曲率の形状』。以下『曲率に差のある形状』という。)を含むものとして『楕円形』の語が用いられているか否かは、明細書(図面を含む。)における当該『楕円形』の語が用いられている文脈等を踏まえて判断する必要があるというべきである。」

「(2) 本件明細書における『楕円形』の語について
 ア 本件明細書に、『楕円形』の意味について説明する記載等は見当たらない。
 ただし、請求項1の発明においては先端部が『球形』とされ、本件明細書でも『球形』と『楕円形』が使い分けられていることを踏まえると、少なくとも、本件発明の『楕円形』は、円形(球形の断面)を含むものではなく、円形を含み得るような広い意味の語ではないことは理解されるといえる。
 イ(ア) 訂正の上引用した原判決の『事実及び理由』中の『第3 当裁判所の判断』の1(2)を踏まえると、本件発明が解決しようとする課題は、従来技術について、矢の先端部に『かえし』が存在することにより生じていた、〈1〉矢を的から外すときに丸釘のピンだけ的に残ってフィルムだけ引き抜かれてしまうという課題と、〈2〉ダブル突入の場合に後ろの矢を引き抜くときにフィルムが丸釘のピンから抜け、後ろの矢のピンが前の矢のフィルム内に残ってしまうという課題(以下、併せて『ピン抜けの課題』という。)のほか、矢の先端部の頭部と円柱部の位置のずれやフィルムの重なりにより生じていた、〈3〉上下方向の重心に偏りがあるという課題(以下『重心の課題』という。)であると解される。」

(参考:乙57)
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(本件特許の図23)
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(本件特許明細書)
「【0004】
 まず、上述した従来の矢24は、図20に示すように、フィルム28の先端部に丸釘26が差し込まれた形状になっている。丸釘26は、図21に示すように、頭部29にカエシが形成されており、頭部29には後方に向かって尖っている円柱部30が一体接続されている。このカエシの存在により、次の2つの事象がしばしば生じている。」
【図20】

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【図21】
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「【0005】
1.的に刺さった矢を的から外すときに丸釘のピンだけ的に残ってフィルムだけ引き抜かれてしまう。
【0006】
2.的に刺さっている矢に次に吹いた矢が前の矢のフィルムの円錐形奥深くに突入し(この事象を以降『ダブル突入』と呼ぶ)、丸釘の頭部のカエシが前の矢のフィルムに食い込んでしまう(図23参照)。この場合、後ろの矢を引き抜いたときにフィルムだけが引っ張られてフィルムが丸釘のピンから抜け、後ろの矢のピンが前の矢のフィルム内に残ってしまう。」
「【0010】
3.この構造だと上下方向の重心に偏りがあり、フィルムを転がしたときに同じ箇所で止まる傾向があった。矢が飛行中にもこの重心の偏りは影響しており、ブレの原因になっていた。」


「(イ) 本件発明の『長手方向断面が楕円形』という先端部の形状は、ピン抜けの課題の原因が先端部の『かえし』の存在にあったとされていることを踏まえると、ピン抜けの課題の解決手段の一つとして採用されたものと理解されるところ、『かえし』の存在をなくすという観点からは、先端部の形状は、幾何学上の楕円の形状で足り、曲率に差のある形状である必要はない。したがって、ピン抜けの課題の解決手段の一つであるという事情は、本件発明における『楕円形』の語が、曲率に差のある形状を含むというべき積極的な事情には当たらない。むしろ、曲率に差のある形状とした場合、具体的な形状次第では的やダブル突入の場合の前の矢のフィルムに曲率の差のある形状の先端部が残ってしまうという可能性が別途生じ、ピン抜けの課題の解決に支障が生じ得るともいえるところである。この点、本件明細書には、先端部の形状について、『楕円形』としてどのような範囲内のものであればピン抜けの課題が適切に解決されるかの判断の資料となり得るデータ等は、何ら記載されていない
 他方、本件明細書上、重心の課題の解決と『長手方向断面が楕円形』という先端部の形状との関係は明確ではないが、重心の課題の原因の一つとして、矢の先端部の頭部と円柱部との位置のずれが挙げられていることのほか、本件発明の効果等に関し、請求項1の発明に係る実施例についてのものではあるものの、『ピンを従来の丸釘から先端球形に変更することによって矢の長手方向の重心位置を矢の先端方向に寄せることができた』ことが記載され、その変形例が本件発明に係るもので、上記実施例と同様に従来の矢の丸釘と比較した丸ピンの重量等について具体的な記載がされていることも考慮すると、『長手方向断面が楕円形』という先端部の形状は、円柱部との位置のずれを解消しやすく、また、上下方向の重心に偏りがなく、かつ、従来の丸釘よりも先端部が後ろに長い形状であるために先端部が相対的に重くなるといった観点から、重心の課題の解決手段の一つとして採用されたものと理解することもあり得る。しかし、そのような観点からも、先端部の形状は、幾何学上の楕円の形状で足り、曲率に差のある形状である必要はない。むしろ、曲率に差のある形状とした場合、具体的な形状次第では、円柱部との位置の調整が困難になったり、上下方向の重心に偏りがなく、かつ、先端部が相対的に重くなるといった特徴が十分に発揮できなくなり、重心の課題の解決に支障を生じ得るともいえるところである。この点、本件明細書には、先端部の形状について、『楕円形』としてどのような範囲内のものであれば重心の課題が適切に解決されるかの判断の資料となり得るデータ等は、何ら記載されていない。
ウ 本件発明の実施例は、本件明細書の【0065】~【0069】及び【図3】のとおりであり、先端部の長手方向の断面は、請求項1の発明の実施例(同【図2】)の先端部の形状である『球形』の長手方向の断面である円を左右(矢の進行方向からすると前後)に二つに分割してその間に長方形を挟み込んだような形(換言すると、『円』を左右に引き伸ばしたような形)であって、『小判型』や『俵型の断面』などというべきものであり、幾何学上の楕円の形状とは異なるものの、長手方向の両端の曲率を同じくするものである。上記の形については、本件明細書に実験結果が記載されており、また、前記イ(イ)で指摘したような、ピン抜けの課題の解決や重心の課題の解決に支障を生じ得るといった事情も認め難いものといえる。」

「(3) 構成要件B及びDの『楕円形』の意味及び文言侵害の成否について
ア 前記(1)及び(2)の点を踏まえると、構成要件B及びDの『楕円形』は、幾何学上の楕円の形状や、本件発明の実施例の形のような、楕円に近い形状であって長手方向の両端の曲率を同じくする形状は含むものと解される一方で、曲率に差のある形状は含まないものと解するのが相当である。なお、これと異なる技術常識を認めるべき証拠もない。
イ 被告製品のピンの先端部は、『長手方向断面が、前部が曲率の緩い曲線形状、後部が略円錐形となるように円弧を描き、後部の円柱部との接合面が上下に角を有し、前記後部の角と角とを直線で結んだ形状である先端部』(構成要件b)であり、曲率に差のある形状の一端を更に一定の範囲で切断した形状というべきものであるから、構成要件B及びDの『楕円形』には含まれない。」

2.原審判決の判断(参考)
「そして、前記1(2)に照らせば、本件発明の先端部を『楕円形』にした技術的意義は、『かえし』がないために矢が抜きやすいこと、上下方向の重心が均等であり、また、従来技術の釘形状の先端部と比べて錘として重くなり、矢全体の長手方向の重心を前寄りに寄せることにあるといえる。
(3) 被告製品のピンの先端部は、『長手方向断面が、前部が曲率の緩い曲線形状、後部が略円錐形となるように円弧を描き、後部の円柱部との接合面が上下に角を有し、前記後部の角と角とを直線で結んだ形状』(構成b)である。
 このうち円柱部との接合面の『角』は、被告製品のピンの先端部の根元側の径(1.6mm)と円柱部の径(1.45mm)との差(0.15mm)によって生じている極めて僅かな段差部分である(甲7の2、乙1)。その段差の小ささからも、被告製品を的や前の矢から引き抜く際に上記段差部分が抵抗になることはないと認められる。したがって、被告製品には、『かえし』があるとはいえない。・・・
 また、被告製品では、前記被告製品の先端部との円柱部との接合面が直線で結んだ形状とされている(構成b)のであるが、本件発明についても、前記(2)のとおり、円柱部が楕円型ヘッドの最も先端部側と接している部分まで伸びているとみると、その接合面は直線状であるということもできるのであり、本件発明で先端部と円柱部の材質等が異なることが定められているわけではないことにも照らし、この点において、本件発明の被告製品との間に差はないということが相当と解される。
 さらに、被告製品では、前部が曲率の緩い曲線形状、後部が略円錐形となるように円弧を描いている。しかし、楕円形については、幾何学的意味での楕円の形のほか、それに近い形も含むものであり、水滴と似た形状など、長手方向の端が同じ曲率ではない形状も楕円形と呼ばれることもある(前記ア)。そして、本件明細書によっても、本件発明の『楕円形』は幾何学的意味での楕円に近い形を含む。また、本件明細書によれば、本件発明の先端部は『楕円形』とすることで、『かえし』がなくなるほか、上下方向の重心が均等であり、従来技術の釘形状の先端部と比べて錘として重くなり、矢全体の長手方向の重心を前寄りに寄せるという技術的意義を有するところ、構成bを有する被告製品の先端部も同じ効果を奏するものであり、被告製品の先端部は、本件発明においては、楕円に近い形であるとして『楕円形』(構成要件B、D)の先端部であるということが相当と解される。」


3.均等侵害(争点1-2)

「(1) 第1要件について
ア 特許発明における本質的部分とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。
 そして、上記本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて、特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で、特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。すなわち、特許発明の実質的価値は、その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められることからすれば、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載、特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり、そして、〈1〉従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には、特許請求の範囲の記載の一部について、これを上位概念化したものとして認定され、〈2〉従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には、特許請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されると解される。
 ただし、明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが、出願時又は優先権主張日の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には、明細書に記載されていない従来技術も参酌して、当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような場合には、特許発明の本質的部分は、特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認定される場合に比べ、より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり、均等が認められる範囲がより狭いものとなると解される。(以上について、知財高裁平成27年(ネ)第10014号同28年3月25日特別部判決)」

「(ウ) 前記(イ)の従来技術によると、本件特許の出願前に、吹矢の矢について、主に安全性の観点から、その先端を『円頭状』、『球体』、『長球体』などとするのが望ましいことや、矢の重心を矢全体からみて前方寄りに設定することで矢の飛行の安定性や飛距離等が向上することは、周知の事項であったと認められる。
 ただし、丸釘又はピンと巻いたフィルムにより構成される吹矢について、上記の周知の事項の具体的適用について示した先行技術の存在は、本件全証拠をもってしても認められない。
(エ) 本件発明の構成要件A~Eに加え、前記(ア)ないし(ウ)を踏まえると、本件発明について、従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分とは、ピンと巻いたフィルムによって構成される吹矢において、構成要件B~Dのうち、特に『長手方向断面が楕円形である先端部と該先端部から後方に延びる円柱部とからなるピン』、『先端部に前記ピンの円柱部すべてが差し込まれ・・・たフィルム』及び『前記フィルムの先端部に連続して前記ピンの楕円形の部分が錘として接続された』という構成を採用することにより、ピン抜けの課題と重心の課題をともに解決するという点にあると解される。
(オ) 前記3で認定判断した構成要件B及びDの『楕円形』の意味及び弁論の全趣旨によると、本件発明の先端部の形状と被告製品の先端部の形状について、〈1〉本件発明では『楕円形』であるのに対し、被告製品では、曲率に差のある形状を基礎として、『長手方向断面が、前部が曲率の緩い曲線形状、後部が略円錐形となるように円弧を描』く形状となっていること(なお、別紙乙第1号証のとおり、後部の略円錐形となるような円弧について、一定の曲率が選択されているものである。乙3の1・2、乙15参照)と、〈2〉根元段差部分があることとにおいて、異なっているということができる。
 上記のうち〈1〉について、前記3(2)イで指摘したところからすると、本件発明は、少なくともピン抜けの課題の解決方法として、『長手方向断面が楕円形である先端部』という構成を採用したものと解される。そして、同イ(イ)で指摘したとおり、『長手方向断面が楕円形』という形状を曲率に差のある形状に変更した場合、ピン抜けの課題の解決や重心の課題の解決に支障を生じ得るともいえるところ、『楕円形』としてどのような範囲内のものであればピン抜けの課題が適切に解決されるかの判断の資料となり得るデータ等は本件明細書に記載されていない。
 そうすると、本件発明における前記3(3)で認定判断した意味での『長手方向断面が楕円形』という先端部の形状の特定は、本件発明の本質的部分に含まれるものというべきであり、それを被告製品の先端部の形状に置き換えることは、本件発明の本質的部分を変更するものというべきである。
ウ したがって、本件発明の構成中に、被告製品と異なる部分が存在するところ、異なる部分は本件発明の本質部分であるから、第1要件を満たさない。」

「(2) 第3要件について
 また、本件全証拠をもってしても、本件発明の『長手方向断面が楕円形』という形状を被告製品の先端部の形状に置き換えることについて、前記3(2)イ(イ)で指摘したとおり、曲率に差のある形状への変更によりピン抜けの課題の解決や重心の課題の解決に支障を生じ得るともいえる一方で、どのような範囲内の変更であればそれらの課題がなお適切に解決されるかの判断の資料となり得る記載が本件明細書にないにもかかわらず、当業者が被告製品の製造等の時点において上記置換えを容易に想到することができたというべき技術常識等は認められない。
 したがって、第3要件も満たさない。」


解説/検討

 本件はかなり境界的な事案であるが、クレーム解釈という観点からは、知財高裁判決の方の原審判決よりも説得力が高いと思われる。
 原審は、被告製品も同じ効果を奏するという結果重視の判断に傾いている印象があるが、被告製品のような卵形状・流線形状まで「楕円形」に含めるのは文言上かなり無理があるように、個人的には思われる。
 

 

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