【実施可能要件及びサポート要件違反の成否】

 

投稿日:2026年8月24日

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著者:弁護士 山口 裕司
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

実施可能要件/サポート要件/訂正の再抗弁/延長登録/均等侵害

ポイント

※医薬用途発明において実施可能要件を満たすためには、明細書の発明の詳細な説明に、薬理データの記載又はこれと同視し得る程度の記載をすることなどにより、当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載を要すると判断した。

 

判決概要

裁判所 東京地方裁判所民事第29部
判決言渡日 令和3年12月24日
事件番号 令和2年(ワ)第19927号
事件名 特許権侵害差止請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
國分 隆文
小川 暁
佐々木 亮
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

 本件は,発明の名称を「イソブチルGABAまたはその誘導体を含有する鎮痛剤」とする特許第3693258号の特許(以下「本件特許」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)の特許権者である原告が,被告に対し,別紙物件目録記載の医薬品(以下,用量にかかわらず「被告医薬品」という。)が本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし4記載の各発明の技術的範囲に属し,被告による被告医薬品の製造等が上記各発明の実施に当たると主張して,特許法(以下「法」という。)100条1項に基づく被告医薬品の製造,販売及び販売の申出の差止め並びに同条2項に基づく被告医薬品の廃棄を求める事案である。

 

争点

(1) 本件発明1及び2について
ア 無効の抗弁 
(ア) 実施可能要件違反の成否(争点1-1)
(イ) サポート要件違反の成否(争点1-2)

判旨

(1) 争点1-1(実施可能要件違反の成否)について
ア 実施可能要件違反の判断基準について
 いわゆる医薬用途発明においては,一般に,当業者にとって,物質名,化学構造等が示されることのみによっては,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を予測することは困難であり,当該発明に係る医薬を当該用途に使用することができないから,そのような発明において実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明に,薬理データの記載又はこれと同視し得る程度の記載をすることなどにより,当該用途の有用性及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載を要するものと解するのが相当である。
 本件発明1及び2の特許請求の範囲においては,本件化合物が「痛みの処置における」(構成要件1B)「鎮痛剤」(構成要件1C)及び「鎮痛剤」(構成要件2C)として作用することが記載されているところ,いずれも本件化合物の鎮痛効果が認められる痛みは特定されていない。しかし,本件明細書には,本件化合物について,「痛みの処置とくに慢性の疼痛性障害の処置における使用方法である。このような障害にはそれらに限定されるものではないが炎症性疼痛,術後疼痛,転移癌に伴う骨関節炎の痛み,三叉神経痛,急性疱疹性および治療後神経痛,糖尿病性神経障害,カウザルギー,上腕神経叢捻除,後頭部神経痛,反射交感神経ジストロフィー,線維筋痛症,痛風,幻想肢痛,火傷痛ならびに他の形態の神経痛,神経障害および特発性疼痛症候群が包含される。」(前記1(1)イ)と記載されていることに照らすと,本件発明1及び2は,本件化合物が少なくとも上記各痛みに対して鎮痛効果を有することを内容とするものと解される。
 したがって,本件発明1及び2について実施可能要件を満たすというためには,本件明細書の発明の詳細な説明に,薬理データの記載又はこれと同視し得る程度の記載をすることなどにより,上記各痛みに対して鎮痛効果があること及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載が必要であるというべきである。

キ 小括
 以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明においては,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験の各薬理データの記載により,本件化合物が侵害受容性疼痛に分類される痛みに対して鎮痛効果があること及びそのための当該医薬の有効量が裏付けられているものの,本件発明1及び2がその内容とする「痛み」,すなわち,少なくとも「炎症性疼痛,術後疼痛,転移癌に伴う骨関節炎の痛み,三叉神経痛,急性疱疹性および治療後神経痛,糖尿病性神経障害,カウザルギー,上腕神経叢捻除,後頭部神経痛,反射交感神経ジストロフィー,線維筋痛症,痛風,幻想肢痛,火傷痛ならびに他の形態の神経痛,神経障害および特発性疼痛症候群」(前記1(1)イ)の各痛みに対して鎮痛効果があること及びそのための当該医薬の有効量を裏付ける記載がないから,本件発明1及び2は,実施可能要件に違反する。

(2) 争点1-2(サポート要件違反の成否)について
ア 特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件(法36条6項1号)に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
イ 本件発明1及び2の特許請求の範囲において,本件化合物が「痛みの処置における」(構成要件1B)「鎮痛剤」(構成要件1C)又は「鎮痛剤」(構成要件2C)として作用することが記載されているところ,前記(1)アのとおり,本件明細書の記載に照らせば,上記各構成要件の記載は,本件化合物が少なくとも「炎症性疼痛,術後疼痛,転移癌に伴う骨関節炎の痛み,三叉神経痛,急性疱疹性および治療後神経痛,糖尿病性神経障害,カウザルギー,上腕神経叢捻除,後頭部神経痛,反射交感神経ジストロフィー,線維筋痛症,痛風,幻想肢痛,火傷痛ならびに他の形態の神経痛,神経障害および特発性疼痛症候群」の各痛みに対して鎮痛効果を有することを規定したものと解される。
 そして,本件明細書の記載(前記1(1)ウ)によれば,本件発明1及び2は,少なくとも上記各痛みに対して,市場にある鎮痛剤,例えば,麻薬性鎮痛剤やNSAIDでは不十分な効果しか得られず,また,これらの鎮痛剤には副作用があるため,不完全な処置しか行われていなかったことから,上記各痛みに対する鎮痛効果が高く,副作用の少ない鎮痛剤を提供することを課題とし,この課題を解決しようとしたものであると認められる。
 しかし,前記(1)キのとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件化合物について,上記各痛みのうち,侵害受容性疼痛に分類される痛みに対して鎮痛効果があることの記載はあるものの,その余の痛みに対して鎮痛効果があることについての記載があるとは認められない。
 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が,本件発明1及び2の上記課題の解決,すなわち少なくとも上記各痛みの全てに対して鎮痛効果を有することを認識できる範囲のものとはいえず,また,当業者が本件出願当時の技術常識に照らして上記各痛みに対して鎮痛効果を有することを認識できる範囲のものともいえないから,本件発明1及び2は,サポート要件に違反する。

解説/検討

 本件は、ファイザーの先発薬リリカに関する特許に基づく後発薬メーカーとの差止請求訴訟についての判決で、最初に公表されたものである。リリカの特許第3693258号は、承認に基づく特許権の存続期間が延長されており、リリカ®カプセル25mg、75mg、150mgの効能・効果「帯状疱疹後神経痛」(承認日:2010年4月16日、延長期間:4年9月14日間)、「帯状疱疹後神経痛」を拡大した「末梢性神経障害性疼痛」(承認日:2010年10月27日、延長期間:5年間)、「線維筋痛症に伴う疼痛」(承認日:2012年6月22日、延長期間:5年間)、および「末梢性神経障害性疼痛」を拡大した「神経障害性疼痛」(承認日:2013年2月28日、延長期間:5年間)各々について本特許権の存続期間の延長が登録されているので、本特許権の存続期間延長後の満了日は、本特許の出願日1997年7月16日より特許存続期間20年後の2017年7月16日に延長期間5年を追加した2022年7月16日になっている。
 沢井製薬が請求人となり、多数の後発薬メーカーが参加人となった無効審判請求事件(無効2017-800003)について特許庁は、2020年7月14日に、請求項1及び2に係る本件訂正を認めず,請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とし,他方,請求項3及び4に係る本件訂正を認め,請求項3及び4に係る発明についての審判の請求は成り立たないとする審決を出した。
 厚生労働省は、特許庁での一部無効審決により、パテントリンケージを働かせることなく、2020年8月17日、リリカのジェネリックを初承認し、同年12月11日には各ジェネリックメーカーが一斉にジェネリックを薬価基準収載・販売している。
 本件判決は、効能・効果を「神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛」とする被告医薬品は、本件発明の構成要件を充足せず、また、均等の第1及び5要件を満たさず本件発明の構成と均等なものとも認められないとして、本件発明の技術的範囲には属しないと判断した。

 

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