【分析方法が人の精神的活動を含むことを理由として発明該当性を否定した事例】
投稿日:2026年9月10日 |
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著者:弁理士 野本 裕史
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参照条文/キーワード/論点 |
特許法2条1項/発明該当性 |
ポイント※本願分析方法の発明は、分析者が各ステップを頭の中ですべて行うことが含まれているものである以上、専ら人の精神的活動によって課題の解決することを発明特定事項に含むものであって、「自然法則を利用した技術的思想の創作」であるとはいえないから、特許法2条1項に規定する「発明」に該当しないとされた。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第4部 |
| 判決言渡日 | 令和3年12月20日 |
| 事件番号 | 令和3年(行ケ)第10052号 |
| 事件名 | 審決取消請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
菅野 雅之
中村 恭 岡山 忠広 |
事案の概要
本願分析方法の発明は、分析者が各ステップを頭の中ですべて行うことが含まれているものである以上、専ら人の精神的活動によって課題の解決することを発明特定事項に含むものであって、「自然法則を利用した技術的思想の創作」であるとはいえないから、特許法2条1項に規定する「発明」に該当しないとされた。
1.手続の経緯
2019年 9月 3日 特許出願
2019年12月17日 拒絶理由通知
2020年 1月31日 手続補正、意見書
2020年 6月16日 拒絶査定
2020年 9月15日 審判請求、手続補正
2021年 3月16日 審決(請求不成立)
2.本願補正発明
【請求項1】
分析対象者の正面、側面および背面の写真、画像、イラストまたはデッサンから、正面、側面および背面から観た自然乾燥状態のナチュラルストレートのヘアスタイルを推定する第1のステップ、
次いで、分析対象セクションを複数のセクションの中から選択する第2のステップ、
次いで、第2のステップで選択したセクションに対して、第1のステップで推定した自然乾燥状態のナチュラルストレートのヘアスタイルに基づき
A アウトラインの形状または表情分析
B カットライン分析
C ボリューム位置またはボリュームライン分析
D シルエット形状または表情分析
E パート(分け目)の位置または有無分析
F セクションの幅または形状分析
G フェイスラインとセクション間の継がり方またはセクション間の継がり方分析
の中から、前記選択されたセクションに適した少なくとも1つの分析項目の分析を行い、分析結果を得る第3のステップ、
次いで、前記分析結果から、カット手法に関する情報を導出する第4のステップによる、
前記選択されたセクションに対して採用されているカット手法を分析する方法。
(請求項2以下は記載省略)
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| 第1のステップ | 第2、3のステップ |
・本願明細書の記載
「【0003】
美容室では、顧客から「このようなヘアスタイルにして欲しい」と写真を渡されることがあるが、経験の浅い美容師にとってどのようなカット手法を施せばそのヘアスタイルにすることができるのかわからないことが多い。」
「【0007】
ベテランの美容師は、過去に学んだ様々なヘアスタイルから経験的にカット手法を導き出しているだけであり、経験の浅い美容師にとってカット手法を写真から導き出すことは容易なことではなかった。」
「【課題を解決するための手段】
【0010】
分析対象者の写真、画像、イラストまたはデッサンから、正面、側面および背面から観た自然乾燥状態のナチュラルストレートのヘアスタイルを推定して分析を行うこと自体、これまで行われたことはなかった。
そこで、本発明は、・・・(請求項1の引き写しにつき中略)・・・とすることで、課題を解決した。」
原審の判断
「第1ステップ~第4ステップの各ステップは、いずれも、人間の精神活動そのものであるから、第1ステップ~第4ステップからなる、本願補正発明の『カット手法を分析する方法』は、人間の精神活動そのものであり、自然法則を利用したものではない。」
争点に関する当事者の主張
・原告の主張
「第1のステップは,これに続く第2のステップ以降の分析の妨げとなる ノイズ(カール,ウェーブ等)をなくすことを目的するものであり, こうした『ノイズをなくす』ことは純粋に自然科学的な目的であって,そのために行う自然乾燥ヘアスタイルの推定は, 頭頂点等の生物学的な特徴を利用し,毛髪に付けられた物理的なウェーブやカールを元に戻すという物理的な処理であり,人が行っているとしても自然法則を利用していることは明らかである。」
「 本願明細書には,多種多様なヘアスタイルとその自然乾燥ヘアスタイルをセットしたデータベースを構築することの記載があり(【0123】,【0127】),データベースから分析対象者のヘアスタイルに似たデータを取り出し,データに付された自然乾燥ヘアスタイルを手本に分析対象者の自然乾燥ヘアスタイルを推定することは一般人でも難なくでき,こうしたデータベースから分析しようとする分析対象者のヘアスタイルに類似した候補を自動抽出することは本件出願時の技術水準からすれば可能であり,第1のステップはほぼ完全自動化もできるから,『人間の視覚による認識及び認識結果からの推定であり,人間の精神活動そのものである』ことを理由に発明該当性を否定した本件審決の判断は誤りである。
また, 本願明細書には,AI化(完全機械化)できる発明も記載されている(【0127】,【0128】)から,第1のステップを人が行うことを前提として判断すること自体誤りがある。」
判旨
「本願補正発明は,こうした第1のステップないし第4のステップを順次経ることにより,特定のセクションに採用されているカット手法を分析する方法であり,本願補正発明の発明特定事項には,分析の主体が特定されていないことから,人がこうした分析を行うことは排除されていない。ちなみに,本願明細書の実施例1(【0026】ないし【0120】)には,『自然乾燥状態のナチュラルストレートとなったヘアスタイルを分析者が推定して,分析を開始する。美容に携わる者であれば,パーマネントがかかっている写真からでも自然乾燥状態のナチュラルストレートのヘアスタイルとなったときのシルエット線のおおよその位置を容易に推定できる。なお,実施例の以下の分析は,特に断りがなくとも,分析者により推定された自然乾燥状態のナチュラルストレートとなったヘアスタイルを用いて行われる。』(【0026】)との記載があり,人がこうした分析を行うことが想定されているといえる。」
「前記のとおり,第1のステップは,『分析対象者の写真,画像,イラストまたはデッサンから,正面,側面および背面から観た自然乾燥状態のナチュラルストレートのヘアスタイルを推定する』ことを発明特定事項とするものであるところ,前記(1)のとおり,第1のステップを人が行うことは排除されておらず,また,分析者が分析対象者の『写真,画像,イラストまたはデッサンから,正面,側面および背面から観た自然乾燥状態のナチュラルストレートのヘアスタイル』を具体的な技術的手段を用いて『推定する』ことを特定するものではない。」
「【0027】,【0028】,【0035】,【0036】には,写真に耳の位置,耳の横印,頭頂点等を描いてこれらの位置を参照しつつ自然乾燥状態のナチュラルヘアスタイルの『シルエット線』を推定することが開示されているが,『美容に携わる者であれば,パーマネントがかかっている写真からでも自然乾燥状態のナチュラルストレートのヘアスタイルとなったときのシルエット線のおおよその位置を容易に推定できる。』(【0026】)と記載されていることからしても,これらの補助的手段は必須のものではなく,また,本願補正発明にはこうした推定の手段に関する特定がないことからすると,分析者の毛髪の知識や経験から分析対象者の写真等を見て自然乾燥ヘアスタイルを推定することになるといえる。
そうすると,本願補正発明には,人である分析者が,分析対象者の正面,側面及び背面の写真を見て,分析者の毛髪の知識や経験を踏まえて,自然乾燥ヘアスタイルを分析者の頭の中で推定することを発明特定事項に含むものであり,こうした推定を含む第1のステップは,仮に,分析者の頭の中で行う分析の過程で利用する毛髪の知識や経験に自然法則が含まれているとしても,分析者の頭の中で完結するステップである以上,分析者の精神的活動そのものであって,自然法則を利用したものであるとはいえない。」
「原告は,前記第3の1(1)ア(ア)のとおり,本願補正発明の第1のステップは,これに続く第2のステップ以降の分析の妨げとなるノイズ(カール,ウェーブ等)をなくすことを目的とするものであり,純粋に自然科学的な目的であって,そのために行う自然乾燥ヘアスタイルの推定は,頭頂点等の生物学的な特徴を利用し,毛髪につけられた物理的なウェーブやカールを元に戻すという物理的な処理であり,人が行っているとしても自然法則を利用している旨主張する。
しかし,前記アのとおり,本願補正発明には,分析対象者の写真等から具体的な技術的手段を用いて自然乾燥ヘアスタイルを推定することを特定するものではない。また,頭頂点等の生物学的な特徴を利用するものであるとしても,それは,自然法則に関連する『知識』を頭の中で利用するにすぎず,分析者である人の精神活動として完結するものである。そして,当該推定は,分析者の外部的環境に何らかの物理的作用を及ぼすものではなく,専ら人の精神活動それ自体に向けられたものである。したがって,第1のステップは,物理法則等の『自然法則を利用した』ものとはいえないから,原告の上記主張は理由がない。」
解説/検討
請求項1の第1のステップの記載は「分析対象者の正面、側面および背面の写真、画像、イラストまたはデッサンから、正面、側面および背面から観た自然乾燥状態のナチュラルストレートのヘアスタイルを推定する」であり、主体が人であることが排除されていないうえ、自然法則(たとえば頭頂点等の生物学的な特徴)を利用することも文言上特定されていないから、原告の主張はクレームの記載に基づかないものであり、裁判所の判断は妥当であると思われる。
クレームの補正時に、各ステップの動作の主体がコンピュータであることに限定する(「コンピュータが実行する分析方法であって、」などを追加する)のが安全であったと思われる。
あるいは、主体をコンピュータに限定しなくても、「写真に耳の位置,耳の横印,及び頭頂点を描いてこれらの位置を参照しつつ」推定するといった特定を行えば、発明該当性を満たすことができた可能性があるようにも思われる。
なお、本願出願時には、以下の請求項7、8が含まれていたが、審査官から発明該当性の最初の拒絶理由を受けた際に、削除されている。
【請求項7】
教示媒体と記憶媒体を含む請求項1のカット手法分析方法の教示システムであって、
前記記憶媒体には、少なくとも、第1のステップで推定された前記ナチュラルストレートのヘアスタイルの推定実例写真または動画、第2のステップで選択された前記セクションの実例写真または動画、第3のステップの前記分析結果の実例写真または動画、第4のステップの前記カット手法に関する情報の実例写真または動画のいずれかの実例写真または動画を蓄積され、
前記教示媒体は、少なくとも第1のステップないし第4のステップの一つの説明が記載または表示されるように構成され、前記説明に近接して、前記説明に対応する前記記憶媒体に記憶された実例写真または動画にアクセスするリンクが張られた教示システム。
【請求項8】
分析対象者の写真データを入力する手段を有し、前記写真データから請求項1記載のカット手法分析方法に基づく分析を自動的に行うカット手法自動分析装置。
審査官は、「請求項7に記載された教示システムは、全体としてみても、提示される情報の内容にのみ特徴を有するものであって、情報の提示を主たる目的とするものであり、技術的思想でないものであるから、特許法上の『発明』には該当しない。」、「請求項8には、『前記写真データから請求項1記載のカット手法分析方法に基づく分析を自動的に行う』と記載されているものの、自動的に行うためにコンピュータがどのような情報処理を行うのか、何ら記載されておらず、分析を自動的に行うという使用目的に応じた特有の演算又は加工を実現するための具体的手段又は具体的手順が記載されているとはいえない。」と認定しているが、この認定は疑問である。
(請求項7の「前記説明に近接して、前記説明に対応する前記記憶媒体に記憶された実例写真または動画にアクセスするリンクが張られた」は単なる情報の提示を超えた具体的な技術事項であるといえるし、請求項8については引用先の請求項1において使用目的に応じた特有の演算又は加工を実現するための具体的手順が記載されている。)


