【医薬用途発明の実施可能性は、対象疾患に対する治療効果を有することを当業者が理解できれば足りると判示した事例】

 

投稿日:2026年8月28日

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著者:弁理士 大栗 由美
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

特許法36条4項1号/特許法36条6項1号/特許法2条3項1号/技術常識/医薬用途発明の実施可能要件/有害事象が生じる危険性

ポイント

※本事件は、5-HT1A受容体サブタイプ作動薬に関する発明について、特許無効審判において実施可能要件およびサポート要件を満たさないとして無効とされた請求項1、4および5についての審決取消請求事件(第1事件)および同無効審判において審判請求が成り立たないとされた請求項2についての審決取消請求事件(第2事件)である。裁判所は、本件発明1、4および5についての審決の判断について、本件出願当時の技術常識の誤った認定を前提として判断したものであるから、その前提において誤りがあるとして、審決を取消し(第1事件)、本件発明2についての審決の判断については誤りがないとして、被告の請求を棄却した(第2事件)。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第1部
判決言渡日 令和3年12月27日
事件番号 令和2年(行ケ)第10078号
令和2年(行ケ)第10082号
事件名 審決取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
大鷹 一郎
小林 康彦
小川 卓逸
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

原審(原々審)の判断

(1)審決における技術常識の認定
・医薬用途発明の実施可能要件
 特許法36条4項所定の実施可能要件における「実施」には,物の発明の場合,同法2条3項1号に規定する「その物の使用をする行為」が含まれるので,発明の詳細な説明の記載が,物の発明について実施可能要件を満たすためには,当業者がその物の使用をすることができる程度のものである必要がある,・・・当業者が医薬用と発明を使用することができる程度のものであるといえるためには、・・・当該医薬がその医薬用途の対象疾患に対して実際に治療効果を有することを当業者が理解できるに足る薬理試験結果を記載する必要がある。

・技術常識の認定
「双極性障害の治療に5-HT1A部分作動薬を使用することができること」についての技術常識
(i) 各種の抗うつ薬を双極性障害の「うつ病エピソード」の治療に使用することができることは、技術常識である。
(ii) しかし、双極性障害の患者に抗うつ薬を使用した場合、躁病エピソードの誘発、軽躁エピソードの誘発、急速交代化の誘発、及び混合状態の悪化等の様々な有害事象が生じる危険性があることを考慮すると、・・・「5-HT1A部分作動薬」を双極性障害の「うつ病エピソード」の治療に使用できることが技術常識であるとはいえない。
(iii) 双極性障害とセロトニンとの関連性があることは、技術常識である。
(iv)しかし、双極性障害と5-HT1A受容体サブタイプとの関連性があることや、「5-HT1A部分作動薬」を双極性障害の治療に使用することができることは、技術常識であるとはいえない。
上記(i)~(iv)からみて、「5-HT1A部分作動薬を双極性障害の治療に使用することができること」が技術常識であるとはいえない。

(2)審決
・実施可能要件違反
本件明細書の発明の詳細な説明に記載の薬理学的試験(in vitro 試験)の結果から,本件カルボスチリル化合物に該当するアリピプラゾールが5-HT1A部分作動薬であることを,当業者は理解できるが,発明の詳細な説明には,本件カルボスチリル化合物を,5-HT1A受容体サブタイプに関連した中枢神経系の障害である,請求項1に記載の鬱病,双極性I型障害及び双極性II型障害のいずれかに罹患した患者に投与して,本件カルボスチリル化合物が有する5-HT1A部分作動作用に基づいて,これらの対象疾患を実際に治療できることを示す臨床試験の結果は記載されておらず,上記薬理学的試験(in vitro 試験)以外の箇所の記載を参酌しても,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,本件発明1を使用することができることを,当業者が理解できるとはいえない。これに対し,・・・「鬱病の治療に5-HT1A部分作動薬を使用することができること」は技術常識であるといえるので,当該技術常識を参酌して上記薬理学的試験(in vitro 試験)の結果を見れば,本件カルボスチリル化合物を,5-HT1A受容体サブタイプに関連した中枢神経系の障害である,請求項1に記載の鬱病に罹患した患者に投与して,本件カルボスチリル化合物が有する5-HT1A部分作動作用に基づいて当該鬱病を治療できることを,当業者は理解できるといえる。
 ・・・「5-HT1A部分作動薬を双極性障害の治療に使用することができること」が技術常識であるとはいえないのであるから,技術常識を参酌して上記薬理学的試験(in vitro 試験)の結果を見ても,本件カルボスチリル化合物を,5-HT1A受容体サブタイプに関連した中枢神経系の障害である,請求項1に記載の双極性I型障害及び双極性II型障害のいずれかに罹患した患者に投与して,本件カルボスチリル化合物が有する5-HT1A部分作動作用に基づいて,これらの対象疾患を治療できることを,当業者が理解できるとはいえない。
 これと同様の理由により,請求項4および請求項5についても,当業者が理解できるとはいえない。よって,本件発明1,4及び5に係る特許は,無効理由1(実施可能要件違反)によって無効とすべきものであり、本件発明2に係る特許に対する審判請求は,成り立たない。

・サポート要件違反
 「鬱病の治療に5-HT1A部分作動薬を使用することができること」は技術常識であるといえるので,当該技術常識を参酌して上記薬理学的試験(in vitro 試験)の結果を見れば,本件カルボスチリル化合物を,5-HT1A 受容体サブタイプに関連した中枢神経系の障害である,請求項1に記載の鬱病に罹患した者に投与して,本件カルボスチリル化合物が有する5-HT1A 部分作動作用に基づいて当該鬱病を治療できることを,当業者は認識できる。
 ・・・「5-HT1A 部分作動薬を双極性障害の治療に使用することができること」が技術常識であるとはいえないのであるから,技術常識を参酌して上記薬理学的試験(in vitro 試験)の結果を見ても,本件カルボスチリル化合物を,5-HT1A 受容体サブタイプに関連した中枢神経系の障害である,請求項1に記載の双極性I型障害及び双極性II型障害のいずれかに罹患した者に投与して,本件カルボスチリル化合物が有する5-HT1A 部分作動作用に基づいて,これらの対象疾患を治療できることを,当業者が認識できるとはいえない。したがって,技術常識を参酌しても,本件発明1により,5-HT1A受容体サブタイプに関連した中枢神経系の障害である,請求項1に記載の双極性I型障害及び双極性II型障害のいずれかに罹患した患者を治療するという課題を解決できることを,当業者が認識できるとはいえないから,本件発明1は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものであるとはいえない。
 これと同様の理由により,請求項4および請求項5についても,当業者が認識できるとはいえない。よって,本件発明1,4及び5に係る特許は,無効理由2(サポート要件違反)によって無効とすべきものであり,本件発明2に係る特許に対する審判請求は,成り立たない。


判旨

(1)裁判所における技術常識の認定
・技術常識の認定
〈本件出願当時の5-HT1A受容体部分作動薬の抗うつ作用に関する技術常識について〉

 ・・・本件出願当時,5-HT1A受容体部分作動薬一般が上記5-HT1A受容体部分作動作用に基づく抗うつ作用によりうつ病に対して治療効果を有することは技術常識であったことが認められる。

〈本件出願当時の5-HT1A受容体部分作動薬の双極性障害のうつ病エピソードに対する治療効果に関する技術常識について〉
 ・・・認定事実と5-HT1A受容体部分作動薬が,脳内のシナプス後5-HT1A受容体に結合することによって発現する5-HT1A受容体部分作動作用に基づいて抗うつ作用を有することは,本件出願当時の技術常識であったことによれば,本件出願当時,5-HT1A受容体部分作動薬一般がその抗うつ作用により双極性障害のうつ病エピソードに対して治療効果を有することは技術常識であったことが認められる。

・医薬用途発明の実施可能要件
 ・・・医薬品の開発の実情,医薬品の承認審査制度の内容,特許法の記載要件(実施可能要件,サポート要件)の審査は,先願主義の下で,発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与するとの特許法の目的を踏まえてされるべきものであることに鑑みると,物の発明である医薬用途発明について「その物の使用する行為」としての「実施」をすることができるというためには,当該医薬をその医薬用途の対象疾患に罹患した患者に対して投与した場合に,著しい副作用又は有害事象の危険が生ずるため投与を避けるべきことが明白であるなどの特段の事由がない限り,明細書の発明の詳細な説明の記載及び特許出願時の技術常識に基づいて,当該医薬が当該対象疾患に対して治療効果を有することを当業者が理解できるものであれば足りるものと解するのが相当である。・・・これを本件についてみるに,本件審決が述べる「双極性障害の患者に抗うつ薬を使用した場合,躁病エピソードの誘発,軽躁エピソードの誘発,急速交代化の誘発,及び混合状態の悪化等」の「様々な有害事象が生じる危険性」については,本件出願当時,抗うつ薬と気分安定薬とを併用することにより,躁転のリスクコントロールが可能であり,躁転発生時には抗うつ薬の中止又は漸減により対応可能であると考えられていたことに照らすと,上記特段の事由に当たるものと認められない。そして,本件出願当時,5-HT1A受容体部分作動薬一般がその抗うつ作用により双極性障害のうつ病エピソードに対して治療効果を有することが技術常識であった・・・以上によれば,本件審決の前記判断は誤りである。

(2)取消事由に対する裁判所の判断
・取消事由2-1(本件発明2に係る実施可能要件の判断の誤り)(第2事件関係)

 本件明細書に接した当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明記載のアリビブラゾールの薬理学的試験(in vitro 試験)の結果(前記1(2)ウ)及び上記技術常識に基づいて,5-HT1A受容体サブタイプに関連した中枢神経系の障害である,請求項2に記載の鬱病を発症した患者に対して本件カスボスチリル化合物を投与して,当該鬱病を治療できることを理解できるものと認められ,このことを前提として,本件発明2が実施可能要件に適合するとした本件審決の判断に誤りはない。・・・したがって,被告主張の取消事由2-1は理由がない。

・取消事由2-2(本件発明2に係るサポート要件の判断の誤り)(第2事件関係)
 被告は,「5-HT1A 部分作動薬を鬱病の治療に使用することができること」との本件審決認定判断は誤りである旨主張する。
 しかしながら,本件出願当時,5-HT1A受容体部分作動薬一般が脳内のシナプス後5-HT1A受容体に結合することによって作動する5-HT1A受容体部分作動作用に基づく抗うつ作用により鬱病に対して治療効果を有することは技術常識であったことは,前記2⑵認定のとおりであるから,被告上記主張は,採用することができない。したがって,被告主張の取消事由2-2は理由がない。

・取消事由1-1(本件発明1,4及び5に係る実施可能要件の判断の誤り)(第1事件関係)
 本件出願当時,5-HT1A受容体部分作動薬一般が脳内のシナプス後5-HT1A受容体に結合することによって作動する受容体部分作動作用に基づく抗うつ作用により双極性障害のうつ病エピソードに対して治療効果を有することは技術常識であったことは,前記2⑶認定のとおりである。また,本件明細書の発明の詳細な説明の開示事項(前記1(2))から,本件発明1の本件カスボスチリル化合物は,5-HT1A受容体部分作動薬であることを理解できる。
 そうすると,本件明細書に接した当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明記載のアリビブラゾールの薬理学的試験(in vitro 試験)の結果(前記1(2)ウ)及び上記技術常識に基づいて,5-HT1A受容体サブタイプに関連した中枢神経系の障害である,請求項1に記載の双極性I型障害又は双極性II型障害の「うつ病エピソード」を発症した患者に対して本件カスボスチリル化合物を投与して,当該「うつ病エピソード」を治療できることを理解できるものと認められる。したがって,これを否定して,本件発明1,4及び5が実施可能要件に適合しないとした本件審決の判断は,その前提において誤りがある。

・取消事由1-2(本件発明1,4及び5に係るサポート要件の判断の誤り)(第1事件関係)
 本件審決の上記判断は,本件明細書の発明の詳細な説明記載のアリビブラゾールの薬理学的試験(in vitro 試験)の結果及び本件出願時の技術常識に基づいて,5-HT1A受容体サブタイプに関連した中枢神経系の障害である,請求項1に記載の双極性I型障害又は双極性II型障害の「うつ病エピソード」を発症した患者に対して本件カスボスチリル化合物を投与して,当該「うつ病エピソード」を治療できることを理解できることを否定して判断したものであるから,その前提において誤りがある。これに反する被告の主張は採用することができない。
 したがって,本件審決のうち,本件発明1,4及び5に係る部分を取り消すことが相当である。

 

解説/検討

・医薬用途発明の実施可能要件を満たすための条件および出願時の技術常識の認定の違いにより結論が覆った。
・医薬用途発明の実施可能要件を満たすための条件については、審決では当該疾患の対象に対する臨床試験等により実際に効果が確認されていることが求められ、有害事象などを考慮して実施可能要件が否定されていたが、判決では、有害事象が生じた場合の対処法なども存在していたこと等の技術常識も参酌して、双極性障害の鬱病に対する効果から実施可能要件を満たすと判断した。有害事象等については臨床試験の承認等において考慮すべき問題のように思うので、特許における実施可能要件の判断としては判決の判断は妥当だろうと思う。
 

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