【医薬品の有効成分を「塩酸塩」と表示した承認に基づいて有効成分を「フリー体」と規定する特許の存続期間が延長可とされた事例】
投稿日:2026年8月29日 |
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著者:弁理士 梅田 慎介
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参照条文/キーワード/論点 |
特許法第67条の3第1項1号(現特許法第67条の7第1項第1号)/本件発明の実施に本件処分を受けることが必要であったこと/フリー体と塩 |
ポイント
※処分の対象となった、有効成分を「ナルフラフィン塩酸塩」と表示した医薬品の製造販売が、「ナルフラフィンフリー体」に係る特許発明の実施に該当するかが争われた事案。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第2部 |
| 判決言渡日 | 令和3年3月25日 |
| 事件番号 | 令和2年(行ケ)第10063号 |
| 事件名 | 審決取消請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
森 義之
眞鍋 美穂子 熊谷 大輔 |
事案の概要
1. 事実関係
(1) 原告(東レ)特許
・本件特許権(特許第3531170号:止痒剤)
【請求項1】
下記一般式(I)
[式中、・・・(省略)・・・]で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤。
(2) 本件処分
・処分の対象となった医薬品
販売名:レミッチOD錠2.5μg
有効成分:ナルフラフィン塩酸塩(一般名称INN nalfurafine)
・処分の対象となった医薬品について特定された用途
次の患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)
血液透析患者,慢性肝疾患患者
(3) 経緯
・原告は、平成29年6月29日に延長登録出願をした。その後、平成30年3月5日に拒絶査定を受け、同年6月1日に拒絶査定不服審判を請求した。特許庁は、令和2年3月30日に拒絶審決をした。
原審(原々審)の判断
2. 審決
本件発明はナルフラフィン塩酸塩を有効成分とする本件医薬品を含むものではないといえるから,本件発明の実施に旧特許法67条2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認めることができず,本件延長登録出願は,旧特許法67条の3第1項1号に該当し,特許権の存続期間の延長登録を受けることができない。
3. 原告(東レ)主張
本件医薬品は,ナルフラフィン(フリー体)を有効成分とする医薬品であり,本件発明1の発明特定事項を備えているものである。本件審決は,本件医薬品の有効成分がナルフラフィン塩酸塩であると誤って認定している。
以下で詳述するとおり,医薬品の有効成分に関する技術常識,ナルフラフィン塩酸塩の有効成分に関する科学的・客観的な理解,本件医薬品の製造販売承認書(以下「本件承認書」という。)の記載等からすると,本件医薬品がナルフラフィンを有効成分とする止痒剤であることは明らかである。
4. 被告(特許庁)主張
本件医薬品を構成する各物質のうちの有効成分とされる物質は,以下のア及びイのとおり,ナルフラフィン塩酸塩という化合物であり,原告自身も,本件延長登録出願の審査経緯において,審決の拒絶の理由が通知されるまで,一貫してそのように主張していた。
ア 本件承認書
本件承認書の1頁の「成分及び分量又は本質」の「成分」の欄には,「成分名」として「ナルフラフィン塩酸塩」と記載されている。この「成分」は,「分量」とともに記載されていることから,本件医薬品に配合され,本件医薬品を構成する物質である。
イ 本件添付文書(甲5)の1頁左欄【組成・性状】には,次のとおりの記載がある。
「有効成分・含量 ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(1錠中)(ナルフラフィンとして2.32μg)」
この記載は,本件医薬品1錠中に,有効成分としてナルフラフィン塩酸塩が2.5μg含有されることを表す。「(ナルフラフィンとして2.32μg)」とは,ナルフラフィン塩酸塩2.5μgが体液に溶解して遊離するナルフラフィンの量を,ナルフラフィンの分子量(476.5)とナルフラフィン塩酸塩の分子量(513.0)とから算出した値であると解される(2.5μg×476.5/513.0=2.32μg)。ナルフラフィン塩酸塩は,本件発明1の発明特定事項である「有効成分」の「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物」であるナルフラフィンとは別の化合物であり,本件医薬品にナルフラフィンが含有されることを意味するものではない。
したがって,本件医薬品は,本件発明1の発明特定事項である「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする」を備えていないから,本件審決の判断に誤りはない。
判旨
5. 裁判所の判断
(i) 本件発明の実施に本件処分を受けることが必要であったこと
ア 特許権の存続期間の延長登録の制度は,政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものであるから,本件発明の実施に本件処分を受けることが必要であったかどうかは,このような特許法の存続期間延長の制度が設けられている趣旨に照らして判断されるべきであり,その場合における本件処分の内容の認定についても,このような観点から実質的に判断されるべきであって,本件承認書の「有効成分」の記載内容のみから形式的に判断すべきではない。このように解することは,最高裁平成26年(行ヒ)第356号同27年11月17日第三小法廷判決・民集69巻7号1912頁の趣旨にも沿うものということができる。
(ii) 「実質的な判断」
イ 前記(1)エで認定した事実からすると,医薬品について,良好な物性と安定性の観点からフリー体に酸等が付加されて,フリー体とは異なる化合物(付加塩)が医薬品とされる場合があること,そのような医薬品が人体に取り込まれたときには,付加塩からフリー体が解離し,フリー体が薬効及び薬理作用を奏すること,ナルフラフィンとナルフラフィン塩酸塩についても同様の関係にあり,ナルフラフィンとナルフラフィン塩酸塩で薬効及び薬理作用に違いがないことは,本件医薬品の製造販売の承認申請がされた平成28年3月31日までに,当業者に広く知られていたものと認められる。
エ 前記(1)ア~ウのとおり,本件承認書には,「有効成分」として「ナルフラフィン塩酸塩」と記載されており,本件添付文書にも「有効成分に関する理化学的知見」として,「ナルフラフィン塩酸塩」と記載され,その構造式や性状などが記載されているが,これは,賦形剤などの製剤補助剤と区別する観点から,実際に医薬品に配合されている原薬(付加塩)を有効成分として捉えていることに基づく記載であると解される。これに対し,本件添付文書の「有効成分・含量(1錠中)」の欄に,「ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μg)」と記載されており,本件インタビューフォームには,和名は「ナルフラフィン塩酸塩」と記載されているものの,洋名については「ナルフラフィン塩酸塩」と「ナルフラフィン」が併記されているし,「有効成分(活性成分)の含量」として「カプセル:1カプセル中ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μg)含有OD錠:1錠中ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μg)含有」と記載されている。そして,前記(1)アのとおり,本件承認書における・・・同じく,前記(1)イ,ウのとおり,本件添付文書や本件インタビューフォームにおける,本件医薬品の「薬物動態」の血漿中濃度や薬物動態パラメータもナルフラフィン塩酸塩ではなく,ナルフラフィンを測定して得られたものとなっている。」
オ 以上のことを考え併せると,本件処分の対象となった本件医薬品の有効成分は,本件承認書に記載された「ナルフラフィン塩酸塩」と形式的に決するのではなく,実質的には,本件医薬品の承認審査において,効能,効果を生ぜしめる成分として着目されていたフリー体の「ナルフラフィン」と,本件医薬品に配合されている,その原薬形態の「ナルフラフィン塩酸塩」の双方であると認めるのが相当である。
したがって,「ナルフラフィン塩酸塩」のみを本件医薬品の有効成分と解し,「ナルフラフィン」は,本件医薬品の有効成分ではないと認定して,本件発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとはいえないと判断した本件審決の認定判断は誤りであり,取消事由1は理由がある。
解説/検討
裁判所は、本件処分の対象となった医薬品の有効成分は、「ナルフラフィンフリー体」と「ナルフラフィン塩酸塩」の両方と認めるのが相当とした。これは、「ナルフラフィン塩酸塩」が人体に取り込まれると付加塩から「ナルフラフィンフリー体」が解離し、「ナルフラフィンフリー体」が薬効及び薬理作用を奏するとの技術常識を考慮したものである。「有効成分」とは「人体に取り込まれて薬効を奏する成分」であるとの考え方から「ナルフラフィンフリー体」も「有効成分」と認定した判断は妥当であろう。
特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったというには、当該処分によって禁止が解除された行為と、当該特許発明の実施行為との間に重複する部分があることを要するとされるところ、本件医薬品(塩)の実施は、有効成分が「ナルフラフィンフリー体」であり得るとの部分で、本件発明(フリー体)の実施と重複したと整理される。
