【引用文献に記載・示唆のない課題に基づく動機付けを否定した事例】
投稿日:2026年9月11日 |
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著者:弁理士 野本 裕史
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参照条文/キーワード/論点 |
特許法29条2項/進歩性 |
ポイント※本願発明と引用発明との相違点に係る構成自体に目新しさはないものの、引用文献には本願発明が新たに着目した課題の記載も示唆もなく、当該構成とする動機づけはないとされ。また、引用文献2の技術事項について、審決はその範囲を不当に抽象化・拡大化して認定しており、引用文献2の発明の目的を踏まえれば、その一部のみを抽出して適用する動機づけもないとされた。以上を理由として、相違点に係る構成の容易想到性を否定し、拒絶査定不服審判の請求不成立審決を取り消した。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第4部 |
| 判決言渡日 | 令和3年4月15日 |
| 事件番号 | 令和元年(行ケ)第10159号 |
| 事件名 | 審決取消請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
菅野 雅之
中村 恭 岡山 忠広 |
事案の概要
本願発明と引用発明との相違点に係る構成自体については目新しいものとはいえないが、引用文献には審決が認定した課題について記載も示唆もない(むしろ、本願発明は、それを新たに課題として取り上げたことに意義がある)から、相違点の構成にする動機づけがあるとは言えず、また、仮に当該課題の存在を認識し、相違点の構成とする動機づけがあると仮定しても、審決が認定した引用文献2の技術事項は、その範囲を不当に抽象化、拡大化するものであって誤りであり、引用文献2の発明の目的を踏まえて、具体的な技術事項を改めて認定したうえ、その一部のみを抽出して適用する動機づけはないとして、拒絶査定不服審判の請求不成立の審決が取り消された。
1.手続の経緯
2014年10月29日 特許出願
2017年 1月 5日 審査請求
2017年 9月19日 拒絶理由通知
2017年11月17日 手続補正書、意見書
2018年 2月20日 拒絶理由通知(最後)
2018年 4月19日 手続補正書、意見書
2018年 7月24日 補正の却下の決定、拒絶査定
2018年10月24日 審判請求書
2019年 7月 9日 拒絶理由通知書
2019年 9月 9日 意見書
2019年10月29日 審決(請求不成立)
2.本願発明(判決の別紙1参照)
【請求項1】
X線管と,
前記X線管から照射され被検者を通過したX線を検出するX線検出部と,
前記X線管と前記X線検出部とを支持するアームと,
移動機構を備え,前記アームを支持する本体と,前記本体に配設され前記X線検出部により検出したX線に基づいてX線画像を表示する表示部と,
前記X線検出部により検出したX線に基づいてX線画像を表示する前記表示部とは異なる第2表示部を備えたモニタ台車と,
を備えたX線透視撮影装置において,
前記表示部と前記第2表示部には,手術中に透視された同一のX線画像が表示され,
前記X線画像のうち,前記表示部に表示されるX線画像のみを回転させる画像回転機構を備えるX線透視撮影装置。
[図1] |
21 X線管 32、33 X線検出部 13 アーム 11 本体 10 表示部(本体側) 17 第2表示部(モニタ台車側) 2 モニタ台車 |
[図2(「F」の図示付加)] |
![]() [図6(「F」の図示付加) |
(本願発明の課題)
本体の表示部に表示されるX線画像のみを回転させることにより,本体の表示部に表示されるX線画像の向きをオペレータに適した方向とすることが可能となり,オペレータは,本体の表示部に表示されるX線画像を容易に認識することができ,これによりC型アームの位置決め等を容易に実行することが可能なX線投資撮影装置を提供する(【0008】)
3.引用発明(判決の別紙2参照)

[図2]
4.本件発明と引用発明との相違点
本願発明は,「前記X線画像のうち,前記表示部に表示されるX線画像のみを回転させる画像回転機構を備え」ているのに対し,引用発明は,そのような特定がない点。
5.引用文献2(判決の別紙3参照)

[図1]

[図9]
原審の判断
(1)引用文献2には,「X線画像を見る者によるX線画像と実際の患者の位置把握を容易にするために,X線画像を見る者の位置情報に基づいてX線画像302の回転処理を行う」という技術事項(「技術事項2」)が記載されている。
(2)引用文献1には、操作者が医師等の術者が被験者を見る方向と異なる方向から被験者を見ることにより、操作者が被験者を見る方向と操作者用画像表示装置に表示される患部の方向とが一致しないという課題(「課題B」)がある。
(3)「操作用液晶ディスプレイ装置21」を見る「操作者」の位置情報に基づいて,「操作用液晶ディスプレイ装置21」及び「診断用画像モニタ装置17」の「X線透視像」を共に回転処理した場合,「診断用画像モニタ装置17」に表示される「X線透視像」の方向が,「診断用画像モニタ装置17」を見る「術者」の「被検者」の視認方向と一致しないから,「操作用液晶ディスプレイ装置21」を見る「操作者」の位置情報に基づいて回転処理する「X線透視像」は,「操作用液晶ディスプレイ装置21」のみとしなければならないといえ,技術事項2を引用発明の「操作用液晶ディスプレイ装置21」に表示された「X線透視像」のみに適用し,本願発明のごとく構成することは,当業者にとって容易に想到できたことである。
判旨
(1)引用例の記載事項について
引用文献2には,発明の課題ないし目的につき次のような開示があるものと認められる。・・・本発明は,術者が人手を介することなく,容易に所望のX線画像を得ることを可能にし,操作性に優れた放射線画像装置及びその制御方法を提供することを目的とするものである・・・
・・・課題ないし目的を前提にしつつ,引用文献2の【0014】ないし【0017】,【0020】,【0022】,図1,図14によれば,引用文献2には,「 HMDを装着し操作者を兼ねた術者が見るHMDの画像表示部に表示されるX線画像と実際の患者の患部の位置把握を容易にするために, 上記術者の床面上の位置情報に基づいて上記X線画像の回転処理を行う」との技術事項(以下「技術事項2’」という。)が記載されているものと認められるべきである。
本件審決は,回転処理されるX線の画像は術者が装着したHMDの画像であること,操作者を兼ねた術者の位置情報が床面(センサ)からのものであるという構成を捨象して,「 X線画像を見る者によるX線画像と実際の患者の位置把握を容易にするために, X線画像を見る者の位置情報に基づいてX線画像302の回転処理を行う」という技術事項(技術事項2)を認定したものであり,技術事項の範囲を不当に抽象化,拡大化するものといえ,誤りである。
(2)容易想到性の判断について
引用発明は,医師等が観察して診断を行う診断用画像モニタ装置と離れて,操作者が被検者に対してX線装置のコリメータやTVカメラの調整等を行う際の被検者及び操作者のX線被爆を避けるために,X線曝射しない状態でコリメータやカメラの操作ができ,簡単かつ安価で操作者の手元で表示することができるX線映像装置を提供することを目的とするものである。・・・
引用発明は,あくまで,医師等が観察して診断を行う診断用画像モニタ装置とは別に,X線被爆を避けるために,X線曝射しない状態で操作ができ,画像を操作者の手元で表示することができるX線映像装置を提供することを目的とするものであって,こうした技術的意義を有する引用発明において,引用文献1には,操作者が医師等の術者が被検者を見る方向と異なる方向から被検者を見ることにより,操作者が被検者を見る方向と操作用画像表示装置に表示される患部の方向とが一致しないという課題(課題B2)があるといった記載や示唆は一切ない。
この点につき,被告は,前記第3の2(1)のとおり,当業者であれば,課題B2の存在を理解し,・・・,異なる方向から被検者に対向する操作者が見る操作用液晶ディスプレイ21の画像の向きを,操作者が被検者を見る向き(視認方向)に一致させるという課題を当然に把握し,引用発明に技術事項2を適用する動機づけがある旨主張する。
しかし,当業者であれば,課題B2の存在を当然に理解するという点については,これを裏付けるに足りる証拠の提出はなく,むしろ,原告が主張するように,術者と操作者との力関係や役割の違いに照らせば,操作者は,従前は,このような課題を具体的に意識することもなく,術者の指示に基づきその所望する方向に画像を調整することに注力していたものであるのに対して,本願発明は,その操作者の便宜に着目して,操作者の観点から画像の調整を容易にするための問題点を新たに課題として取り上げたことに意義があるとの評価も十分に可能である。
また,仮に,引用発明について,前記課題B2の存在を認識し,異なる方向から被検者に対向する操作者が見る操作用液晶ディスプレイ21の画像の向きを,操作者が被検者を見る向き(視認方向)に一致させるという課題を把握して,操作用液晶ディスプレイ装置21に表示されるX線画像のみを回転させるという相違点の構成とする動機づけがあると仮定しても,前記2(2)のとおり,技術事項2’は, HMDを装着し操作者を兼ねた術者が見るHMDの画像表示部に表示されるX線画像と実際の患者の患部の位置把握を容易にするために, 上記術者の床面上の位置情報に基づいて上記X線画像の回転処理を行うものであるから,回転処理がされるX線画像はHMDの画像表示部であり(引用文献2の【0014】,【0020】,図14等),また,画像回転処理の基になる位置情報は,床面に設けられた感圧センサによるものである(引用文献2の【0022】)。
こうした技術事項2’の構成は,キャビネット43に設置された診断用画像モニタ17は術者である医師が使用し,台車41に設けられた操作用液晶ディスプレイ装置21は撮像装置のセッティング等のために操作者が状況に応じて自由に移動し,また台車41に様々な立ち位置を取ることができる引用発明の具体的な構成と大きく異なるものであるから,引用発明と引用文献2に記載されたX線装置は同一の技術分野に属し,X線画像を表示する装置を有する点で共通するとしても,HMDに表示されるX線画像の回転処理が行われるという技術事項のみを抽出して引用発明に適用する動機づけがあるとはいえない。
さらに,技術事項2’は, 操作者を兼ねた術者が装着したHMDに表示されるX線透視像を 床面の位置情報に基づいて回転させるという構成を有するものであるから,こうした構成を無視して,表示されたX線画像のみを回転させるという技術事項のみを適用し,本願発明の相違点の構成に想到するとはいえない。
以上によれば,本願発明と引用発明との相違点は,本願発明は「前記X線画像のうち,前記表示部に表示されるX線画像のみを回転させる画像回転機構を備え」ているのに対し,引用発明は,そのような特定がない点に尽きるが(本願発明における画像回転機構自体については目新しいものとはいえない。),引用文献1には,「操作用液晶ディスプレイ装置21」を見て操作する「操作者」の視認方向が「診断用画像モニタ装置17」を見る「術者」の「被検者」の視認方向と一致しないという課題(課題B2)について記載も示唆もなく,被告が提出した文献からは,手術中に被検者の患部を表示する画像表示装置において,異なる方向から被検者に対向する操作者が見る操作用液晶ディスプレイ21の画像の向きを,操作者が被検者を見る向き(視認方向)に一致させるという課題があると認めるに足りないから,こうした課題があることを前提として,引用発明との相違点の構成にする動機づけがあるとはいえず,また,本件審決の技術事項2の認定に誤りがあり,引用文献2に記載された事項(技術事項2’)から引用発明との相違点の構成に想到するともいえないから,結局のところ,本願発明は,引用発明及び引用文献2に記載された技術事項2’に基づいて当業者であれば容易に想到し得たものとはいえず,これと異なる本件審決の判断は,その余の点につき判断するまでもなく,誤りである。
解説/検討
本件判決では、引用発明との相違点に係る構成が目新しいものではなかったとしても、その構成により解決される課題が新しい場合に、引用文献には当該課題の記載や示唆がないから、こうした課題があることを前提として、引用発明との相違点の構成にする動機づけがあるといえない、と判断されており、明細書作成時に課題の記載を検討する際に、参考になると思われる。
なお、課題が新しい場合の容易想到性に関しては、知財高裁平成23年1月31日判決(平成22年(行ケ)10075号)において、「発明が容易に想到できたか否かは総合的な判断であるから,当該発明が容易であったとするためには,『課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった』ことのみでは十分ではなく,『解決課題の設定が容易であった』ことも必要となる場合がある。すなわち,たとえ『課題解決のために特定の構成を採用することが容易であった』としても,『解決課題の設定・着眼がユニークであった場合』(例えば,一般には着想しない課題を設定した場合等)には,当然には,当該発明が容易想到であるということはできない。」と判示されている。
また、本件判決では、引用文献2について審決が認定した技術事項は、その範囲を不当に抽象化、拡大化するものであり、誤りであるとされ、引用文献2の発明の目的を踏まえて、具体的な技術事項を改めて認定したうえ、その一部のみを抽出して適用する動機づけがない、と判断されており、中間対応時に、審査官が引用文献の内容を抽象化して組み合わせたことに反論を行う際に、参考になると思われる。
なお、引用文献に記載された技術事項の認定に関しては、知財高裁平成24年1月31日判決(平成23年(行ケ)10121号)において、「主引用発明及び副引用発明の技術内容は,引用文献の記載を基礎として,客観的かつ具体的に認定・確定されるべきであって,引用文献に記載された技術内容を抽象化したり,一般化したり,上位概念化したりすることは,恣意的な判断を容れるおそれが生じるため,許されないものといえる。」と判示されている。

