【国内書面提出期間内に明細書等の翻訳文を提出することができなかったことについて「正当な理由」が認めれなかった事例】

 

投稿日:2026年9月14日

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著者:弁理士 津田 理
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

国内書面提出期間/期限徒過/正当な理由

ポイント

※裁判所は、国内移行の手続を行った事務所が、そもそも、その手続についての委任を受けていないとしたうえで、仮にその委任が成立していたとしても、明細書等の翻訳文を提出することができなかったことは、担当の弁護士がその職務に求められる基本的な注意義務を尽くしたとはいえない、と判示した。
※令和5(2023)年の法改正により、特許法等において、手続期間を徒過した場合に救済を認める要件が、「(手続きをすることができなかったことについて)正当な理由な理由がある」から「(手続きをしなかったことが)故意によるものでない」に改められた。どのような場合に救済が認められるか、これからの事例の蓄積が待たれる。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
判決言渡日 令和3年4月15日
事件番号 令和2年(行コ)第10005号
事件名 手続却下処分取消請求控訴事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
菅野 雅之
岡山 忠広
中村 恭
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

1.事実関係
 H26.4.8 控訴人がUS特許出願(基礎出願)
 H27.4.7 控訴人が国際出願(本件国際出願。指定国に日本を含む。)
 H28.10.11 国内書面提出の期限(H28.10.8~H28.10.10は閉庁日)
 H28.12.16 翻訳文と回復理由書を提出
 H30.3.28 特許庁長官が手続を却下する旨の処分(本件却下処分)
 H30.6.29 行政不服審査法に基づく審査請求
 H31.4.10 特許庁長官が却下する旨の採決(本件採決)

 控訴人は、本件採決の取消しを求めて東京地裁に訴えを提起したものの、地裁(原判決)では、控訴人が国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出しなかったことについて特許法184条の4第4項の「正当な理由」があるということはできないとして、控訴人の請求が棄却された。
 本件は、控訴人がこれを不服として知財高裁に控訴したものである。

<控訴人及びその関係者>
・控訴人(Medimmune LLC)
・BP社(Boston Pharmaceuticals Inc.)
 A氏:BP社の最高業務責任者(原判決ではB氏)
・RPLLP(Ropes & Gray, LLP)
 B弁護士:コーポレート部門のパートナー(原判決ではC弁護士)
 C弁護士:コーポレート部門のアソシエイト(原判決ではD弁護士)
 E弁護士:知財部門のパートナー(原判決でもE弁護士)

<経緯>
BP社による、本件国際出願の特許を受ける権利等の買収について
H27.12.22
・RPLLPが、BP社の知財獲得事業戦略に関し、BP社を代理する旨の委任契約。
 (RPLLPが、本件国際出願の特許を受ける権利等の買収案件に関与。)
H28.6.21
・控訴人とBP社との間で、本件を含むあらゆる権利を譲渡等する旨の契約を締結。
H28.6.29
・BP社(A氏)からRPLLP(D弁護士)に、USPTOへの譲渡書類の届出を依頼。
 →H28.7.18にRPLLP(D弁護士)が手続き。

本件知財資産の管理に関する3者(控訴人・BP社・RPLLP)のやりとり
H28.6.24
・A氏(BP社)から、B弁護士(RPLLP)に、知財資産の管理の提案を要請。
 →B弁護士は、E弁護士(RPLLP)と協議する旨を回答。
H28.6.29
・G氏(BP社)から、F氏(控訴人)に、知財資産の知財顧問としてどの事務所に依頼するのか質問。
 →F氏(控訴人)は、RPLLPが担当し、C弁護士が追って対応する旨を回答。
・C弁護士(RPLLP)は、G氏(BP社)に、何に関して/何をすべきかを質問。
 →G氏(BP社)は、特許譲渡の件である旨を回答。
 →A氏(BP社)は、B弁護士とE弁護士が提案(草案)を作成中である旨を返信。
H28.7.6
・B弁護士(RPLLP)から、A氏へ、知財管理の草案を送信。
 →A氏から、草案に同意する旨の回答。
 →同日、A氏から、同意を撤回する旨の連絡。
H28.8.8
・控訴人から、A氏(BP社)およびC弁護士(RPLLP)に、本件を含む特許関連書類(本件ファイル)が格納されたドロップボックスのリンクを知らせるメールを送信。
 なお、同メールには、C弁護士宛てに「本件国際出願の国内移行期限が2015.10.8であること」および「控訴人は、本件の特許審査過程の遂行に対して一切の責任を負わず、ファイルを閉鎖すること」のメッセージが記載されていた。
・C弁護士は、B弁護士にどのように進めればよいか指示を仰ぐメールを送信。
 →B弁護士は、RPLLPが引き受けたと仮定してE弁護士と協働するように指示。
・C弁護士は、E弁護士に、控訴人からの上記メールを添付したうえで、控訴人がBP社への本件ファイルの移管を開始したことを報告するメールを送信。
 →E弁護士からは、自動不在通知メールが送信。
  E弁護士は、父親の葬儀のためインドに帰国していた。E弁護士の補助者は、C弁護士からのメールにフラグを付した。
・A氏(BP社)が、C弁護士に、控訴人からのメールを受領したか問い合わせ。
 →C弁護士は、メールを受領した旨と、E弁護士も宛先とする予定である旨を返信。
・C弁護士は、A氏とB弁護士とE弁護士をccに入れて、控訴人に、本件ファイルにアクセスできた旨と、追ってE弁護士を紹介する旨をメールで連絡。
 →E弁護士の補助者は、このメールにもフラグを付した。

H28.10.17
 C弁護士とE弁護士が期限徒過に気付く。
(E弁護士は、期限徒過するまで、H28.8.8付けのメールを見ることはなかった。)

争点

(1)RPLLPが、本件国際出願の国内移行手続きをBP社から受任したといえるか
(2)「正当な理由」の有無

裁判所の判断

(1)RPLLPによる本件国際出願の国内移行手続きの受任の有無
・特許法184条の4第4項は、平成23年法律第63号による改正前特許法112条の2第1項が欧米と比較して非常に厳格であり実質的な救済が図られていないとの指摘を受けて、特許法条約(PLT)の「権利の回復」に関する規定に準拠して平成23年の特許法改正により規定されたものであり、こうした改正の経緯からすると、外国語特許出願人について、期限の徒過があった場合でも、柔軟な救済を図ることを目的としたものであると解されるが、他方で、①出願に係る権利は、その権利者の自己管理の下で行われるべきものであること、②失効した出願に係る権利の回復を無制限に認めると第三者に過大な監視負担をかけることになることを考慮すると、同項にいう「正当な理由があるとき」とは、特段の事情がない限り、国際特許出願を行う出願人が相当の注意を尽くしていたにもかかわらず、客観的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったときをいうものと解するべきであり(知財高裁平成29年3月7日判決・判時2363号79頁参照)、出願人が書面の提出及びその期限の管理等の事務を弁護士(弁理士を含む。)に包括的に委任しているときには、特許管理等の専門性に鑑みると出願人がこれらの事務を処理することが一般的に想定されないことから、上記の「正当な理由」については、特段の事情のない限り、受任者を基準として判断するものと解するのが相当である。
 本件では、控訴人は、本件国際出願を含む本件知財資産を譲り渡したBP社が本件知財資産の管理をRPLLPに委任したと主張しているため、以下では、本件国際出願の国内移行手続についてRPLLPが受任していたか否かについて、まず検討を加える。

・RPLLPは、本件知財資産の譲渡契約の締結に関与し、BP社の委託を受けて、譲渡書類の届出を行ったものの、他方、BP社の最高業務責任者であるA氏は、平成28年6月29日、C弁護士らに対し、本件知財資産の継続的管理を依頼するかどうかについては更なる議論が必要である旨を伝え、加えて、同年7月27日、B弁護士に対し、RPLLPの提案した同資産の知財管理草案に一度は同意する旨の電子メールを送信したものの、その直後に、これを撤回する旨の連絡(本件撤回メール)を送信したとの事実が認められる。そして、同メールの送受信後は、B弁護士とA氏との間で本件知的資産の知財管理に関して具体的なやり取りはなく、また、同年8月8日、D氏からA氏及びC弁護士に対し、本件ファイルが格納されたドロップボックスのリンクを同弁護士に知らせる電子メールが送信された後、同弁護士は、B弁護士の指示を受けて、RPLLPがこの案件を引き受けたものと仮定してE弁護士と協働することとしたものの、A氏との間では、上記電子メールを受領したこと、知財部門のE弁護士を宛先に追加すること等を電子メールで送信したほかには、本件国際出願の国内提出期間が経過した後の同年10月17日に至るまで、RPLLPの関係者とBP社との間では、本件知財資産の知財管理に関して具体的な打合せが行われ、それらを踏まえてBP社がRPLLPに委託する旨の連絡がされたことをうかがわせる証拠はない。
 以上によれば、本件において、BP社が本件国際出願の国内移行手続をRPLLPに対して委任したと認めるに足りる証拠はない。

・なお、BP社の最高業務責任者であるA氏は、宣誓書(甲16)において、本件撤回メールを送信した記憶はなく、平成28年8月8日に控訴人が本件ファイルをRPLLPに移管し、C弁護士が控訴人に返信したメールにE弁護士を宛先のカーボンコピーに入れた時点で、RPLLPに本件国際出願の国内移行手続の管理を委任したとの認識であった旨陳述するが、A氏は、C弁護士から上記メールを受信した以降、B弁護士から本件国際出願の国内書面提出期間が徒過したことを知らされるまでの約2か月間、E弁護士から、本件ファイルのレビューの状況を含め、その管理状況等に関して一切の連絡を受けることはなく、また、RPLLPの関係者に本件知的資産の管理状況等に関して問い合わせ等をしていたこともうかがわれないのであるから、このような客観的状況に照らせば、委任が成立していたとは認め難い。

・控訴人は、本件に関係するマサチューセッツ州法によれば、RPLLPは、BP社から、本件国際出願の国内移行手続を明示的でなくても黙示に受任していた旨主張する。
 しかし、B弁護士や、E弁護士、同弁護士の補助者の陳述に照らせば、コーポレート部門のB弁護士は、本件国際出願を含む本件知的資産の知財管理に関して受任したとの認識を有しておらず、あくまでRPLLPが同管理を受任したことを想定して、C弁護士にE弁護士と協働するように指示したにすぎないし、知財部門のE弁護士を含めた知財部門も、BP社から、本件国際出願を含む本件知的資産の知財管理を受任したとの認識を有していなかったと認めるのが相当である。そして、C弁護士は、B弁護士の指示を受けて、BP社のA氏に対し、D氏からのメールを受信したこととE弁護士を宛先に追加する予定である旨の電子メールを送信し、また、D氏に対し、宛先のカーボンコピーにA氏他を追加して、「追って資料をレビューする当所の特別顧問であるE弁護士を紹介したいと思います」と記載した電子メールを送信したに止まり、以後、平成28年10月18日までの間、RPLLPの関係者とBP社との間で、本件知的資産の知財管理に関して具体的な協議がされた形跡がないことは引用に係る原判決の第4の1(2)ア(補正後のもの)が説示するとおりである。
 そうすると、控訴人が本件に関係する準拠法であると指摘する米国マサチューセッツ州の法律によっても、BP社とRPLLPとの間で、遅くとも平成28年8月8日までに、委任関係が成立したと認めることはできない。

(2)「正当の理由」の有無について
・前記のとおりBP社が本件国際出願の国内移行手続をRPLLPに委任したと認めることはできないから、本件国際出願の国内移行手続に関する期間管理の責任を負っていたのはBP社であってRPLLPではないので、この点に関する補充主張についてまで判断する必要はない。

・なお、付言するに、仮に、控訴人が主張するように、BP社からRPLLPへの委任が成立し、RPLLPのコーポレート部門が知財部門に対応を委ねたというのであれば、たとえE弁護士が父の死に伴いインドにおいて宗教儀式に参加していたとしても、特許分野において長年のキャリアを有する同弁護士が、事務所に復帰後も含めて、補助者がフラグを付した知財部門にとって要確認の電子メールを読み落とした以上、本件知的資産の知財管理を受任した弁護士事務所に所属する弁護士として、その職務に求められる基本的な注意義務を尽くしたということができないことは明らかであるし、悲嘆にくれた同弁護士に事務処理を委ねるのが相当でない状況にあったというのであれば、RPLLPにおいて他の弁護士に担当替え等をする義務が生じ、これに違反したというほかない。結局のところ、この点に関する控訴人の主張は、弁護士約1200名を要するRPLLPの各部門間において相互に責任の転嫁を試みているにすぎないというべきものであるから(仮に、知財部門がコーポレート部門から適切な指示を得ていなかったとすれば、事務処理の委任を受けながら、適切な指示をしなかったコーポレート部門に義務違反があることは明らかである。)、いずれにしてもRPLLPは、到底、第三者に対して免責を主張し得るものではない。

解説/検討

 判決にも記載されているように、特許法184条の4第4項は、改正前の特許法112条の2第1項が欧米と比較して非常に厳格であり実質的な救済が図られていないとの指摘を受けて、特許法条約(PLT)の「権利の回復」に関する規定に準拠して、平成23年の特許法改正により規定されたものである。
 同項の「正当な理由」は、第三者の監視負担に配慮しつつ実効的な救済を確保できる要件として、特許法条約12条の「Due Care」(相当な注意)基準を採用したものであるとされているが、欧米と比較するとまだ厳格に規定されており、まったく救済が図られていないと言っても過言ではない。
 特許庁(産構審)で、USの「Unintentional」基準にあわせる方向で法改正をしてはどうかという検討が行われ、本国会で、そのような特許法の改正が審議されている。
 今後の法改正が待たれるところではあるが、仮にUSの「Unintentional」基準で判断した場合には、本件のようなケースでも救済措置が受けられるのではないか。

 

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