【出願前の建築工事が公然実施に当たり、発明の新規性を否定した事例】

 

投稿日:2026年8月30日

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著者:弁護士 盛田 真智子
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

特許法29条1項2号/公然実施/新規性/進歩性

ポイント

※特許法29条1項2号の「公然実施をされた発明」について、出願前に行われた建築工事が、発明の内容を秘密にする義務を負わない不特定の者によって技術的に理解され得る状況で実施された場合には、公然実施に当たると判示した。
※本判決は、建築工事の現場が第三者から視認可能であったことに加え、工事関係者に対して図面が交付され、工事関係者が施工方法及び防水構造を技術的に理解することが可能であったことを重視して、公然実施を認定した。
※方法の発明について、実施の態様及び周囲の者が発明の技術的内容を理解し得る状況に着目して公然実施該当性を判断した事例として参考になる。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第4部
判決言渡日 令和3年2月16日
事件番号 令和元年(ネ)第10078号
事件名 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
菅野 雅之
本吉 弘行
岡山 忠広
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

 控訴人(原審の原告)は,薪ストーブ・煙突・ストーブ用品の販売,施工,薪ストーブのメンテナンスを主たる業務とする株式会社である。
 被控訴人(原審の被告)は,輸入暖炉薪ストーブの販売及び煙突取付工事の設計施工を主たる業務とする株式会社である。
 本件は、「屋根煙突貫通部の施工方法及び屋根煙突貫通部の防水構造」についての特許(特許第5047754号)に係る特許権を有する控訴人が、被控訴人による被控訴人方法の使用及び被控訴人製品の販売が本件特許権を侵害していると主張して,被控訴人に対し,被控訴人方法の使用及び被控訴人製品の製造の差止めと損害賠償金の支払を求めた事案である。
 原判決は,本件各発明は新規性、進歩性を欠くので,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものであるとした。
 本判決でも、「A邸の工事」が公然実施された発明に当たるとして、本件発明1及び3について新規性を欠き、本件発明2及び4について進歩性を欠くと判断し、控訴を棄却した。

【事実関係】
 平成19年6月28日  被控訴人によりA邸の工事が実施される
 平成19年10月19日 本件特許出願日

1 新規性がないとされたクレーム
【請求項1】
 屋根に設けた開口部を通過させて煙突を固定し,所定の水切り手段で前記開口部を覆うことにより雨漏りを防ぐための防水構造を形成する屋根煙突貫通部の施工方法において,前記水切り手段が,屋根面に対し略平行に配置され上流側の屋根仕上げ材上面を流れる水を上面で受けて下流側の前記屋根仕上げ材上面に導く導水板及び該導水板に設けた切り欠き穴周縁部分から立ち上がり前記開口部から突出する前記煙突の周囲を所定高さまで覆う筒状の周壁を有する外部水切り部材と,少なくとも前記開口部全体を覆うサイズを有し前記開口部周囲の野地板上面又は防水シート上面に下面端縁側を密着して配置される固定板及び該固定板に設けた切り欠き穴周縁部分から立ち上がり挿通した前記煙突の周囲を所定高さまで覆いながら前記外部水切り部材の周壁内側に挿入される筒状の周壁を有し前記外部水切り部材の下方に配置される内部水切り部材とで構成され,該内部水切り部材を,前記固定板下面と前記開口部周囲の野地板上面又は防水シート上面との間で液体の流通を封止する状態にして固定し前記防水シート上の水が前記開口部に侵入することを防止する,ことを特徴とする屋根煙突貫通部の施工方法

【請求項3】
 煙突が通過する屋根の開口部を覆う所定の水切り手段を備えて雨漏りを防ぐための防水構造を形成する屋根煙突貫通部の防水構造において,屋根面に対し略平行に配置され上流側の屋根仕上げ材上面を流れる水を上面で受けて下流側の前記屋根仕上げ材上面に導く導水板及び該導水板に設けた切り欠き穴周縁部分から立ち上がり前記開口部から突出する前記煙突の周囲を所定高さまで覆う筒状の周壁を有する外部水切り部材と,少なくとも前記開口部全体を覆うサイズを有し前記開口部周囲の野地板上面又は防水シート上面に下面端縁側を密着して配置された固定板及び該固定板に設けた切り欠き穴周縁部分から立ち上がり挿通した前記煙突の周囲を所定高さまで覆いながら前記外部水切り部材の周壁内側に挿入された筒状の周壁を有する内部水切り部材とで構成され,該内部水切り部材が前記固定板下面と前記開口部周囲の野地板上面又は防水シート上面との間で液体の流通を封止する状態として固定されており,前記防水シート上の水が前記開口部に侵入することを防止する,ことを特徴とする屋根煙突貫通部の防水構造
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2 進歩性がないとされたクレーム
【請求項2】
 前記内部水切り部材の固定には、前記固定板の上面端縁側と該端縁周囲の前記野地板上面又は前記防水シート上面とを上から覆うように前記固定板外周に沿って防水テープを貼付する手順を含む、ことを特徴とする請求項1に記載した屋根煙突貫通部の施工方法

【請求項4】
 前記内部水切り部材は、前記固定板の上面端縁側と該端縁周囲の野地板上面又は防水シート上面とを上から覆うように前記固定板外周に沿って防水テープが貼付されている、ことを特徴とする請求項4に記載した屋根煙突貫通部の防水構造
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争点

A邸工事が公然実施された発明に当たるか、及びこれを前提とする本件各発明の新規性欠如又は進歩性欠如の有無


判旨

「2 争点1-1(A邸工事を主引用例とする本件各発明の新規性欠如又は進歩性欠如の有無)について
(1) 当裁判所も,本件各発明に係る特許出願より前である平成19年6月28日に公然と実施されたA邸工事は,本件発明1及び3の構成要件を全て充足するから,本件発明1及び3は新規性を欠き,また,A邸工事は,アルミフラッシングの四角形状の固定板の軒側縁部分に防水テープが貼付されていない点で本件発明2及び本件発明4と相違するが,当業者は,同部分にも防水テープを貼付する構成に容易に想到し得るといえるから,本件発明2及び本件発明4は進歩性を欠くものと判断する。」

「ア A邸工事が本件特許出願より前に行われていないとの主張について」
省略するが、排斥された。
後述の、公然実施に関する判断で引用された部分のみ引用する。
「A邸工事の当初図面(平成19年5月1日付け。乙12の資料2)及びⅠ期工事後の修正図面(同年6月29日付け。乙12の資料3)では,『建築工事でお願いする部分』として不燃材である『開口内部8mmフレキシブルボード貼り』が記載されているところ,控訴人が問題とする乙12の資料4は,これらの後である同年7月2日に,被控訴人から住友林業に提出された煙突詳細図であって,不燃材として,煙突の貫通孔に『軒天~野地板開口内部8mmフレキシブルボードまたは,12mmケイカル板貼り。(内部4面)』と記載されている。そして,住友林業は,その後,乙12の資料4について,『軒天~野地板開口内部8mmフレキシブルボードまたは,12mmケイカル板貼り。(内部4面)』とある部分に波線でアンダーラインを付した上,『対応をお願いします。』と加筆してニシカネホーム株式会社(以下「ニシカネ」という。)にファックスで転送している(乙32)。また,乙29の写真①によれば,被控訴人によるA邸工事の後も,住友林業による建築工事が行われているが,煙突の屋内からの引き出し部分及び立上げ部分は設置されておらず,屋根の下から屋根貫通部の不燃化工事を行うことも可能である。」

「イ  A邸工事が「公然」実施されたものではないとの主張について
 控訴人は,A邸は塀や草木に囲まれており,容易に外部からA邸をのぞき見ることはできないこと,山に囲まれており,近隣の住民もわずかであること,作業が屋根上で行われるものであり,外部から容易にその作業の内容を確認することができないことから,A邸工事は,公然と行われたものとはいえないと主張する。
 しかし,被控訴人のために発明の内容を秘密にする義務を負わない不特定の者によって技術的に理解されるか,そのおそれのある状況で実施されたのであれば,工事は公然と行われたと評価するのが相当であるところ,本件においては,まず,A邸の屋根からストーブの煙突が突出している側(煙突の正面側)の隣地は,本件工事の当時には駐車場であり(乙14の10),同駐車場には10台を優に超える駐車スペースがあり,敷地もA邸より高いことが認められるのであって(乙24の2),同駐車場からは煙突についても十分視認が可能であるし,当該工事が第三者から視認されること等を拒むような態様で行われていたことはうかがえない
 また,乙12の資料4は,前記ア(イ)認定のとおり平成19年7月2日に被告から住友林業に提出されたものであるところ,同図面にはインナーフラッシングが明記されており,これが,住友林業からニシカネにファックスで転送されている(乙32)。そして,前記ア(イ)において認定したとおり,住友林業の下請業者であるニシカネがA邸の煙突について不燃材の装着を行うことになっていたが,その時点では,煙突の屋内からの引き出し及び立ち上げ部分はまだ設置されておらず,住友林業又はニシカネにおいて煙突の屋根貫通部の構造を認識することは十分可能であったといえるところ,A邸工事の施工方法及び防水構造は,引用に係る原判決の『事実及び理由』第4の2(3)ア及びイ(ア)記載のとおりであって,いずれも複雑なものではなく,当業者であれば,乙12の資料4や,Ⅱ期工事時の煙突の屋根貫通部の構造から,これらの発明を技術的に理解できるものと認められる。
 以上によれば,A邸工事は,本件特許出願前に,被控訴人のために発明の内容を秘密にする義務を負わない不特定の者(少なくとも上記住友林業やニシカネ等の下請業者等)によって技術的に理解されるか,そのおそれのある状況で実施されたもので,公然実施された発明に当たるというべきであるから,控訴人の主張は採用できない。」

「ウ 本件発明2及び本件発明4と,A邸工事との相違点に係る構成が容易に想到できるものではないとの主張について
(ア) 控訴人は,A邸工事において,軒側の辺を除くインナーフラッシングの固定板の3辺にのみ防水テープを貼付しているのは,結露が生じやすいので,水滴を外部に排出し,家の内部に水滴を侵入させないためであり,上記固定板の四方全てに防水テープを貼付すると,この効果を失わせることになるから,上記固定板の軒側に防水テープを貼付し,構成要件F等の構成に置換することには阻害要因があると主張する。
 しかし,甲15の写真①,乙12の資料3及び乙14の7によれば,A邸の煙突は,室内から直接屋根を貫通して室外に出ているわけではなく,建物の外壁面から室外に出た上で,建物外を上方に向かう形で設置されており,屋根貫通位置は軒出であることが認められるから,結露による水滴が家の中に入るという事態は考えられず,控訴人のいう阻害要因は認められない。
 また,仮に煙突を家の内外を隔てる位置に設けた場合にインナーフラッシング内部に結露が生じやすくなることが当業者にとって技術常識であったとしても,本件各発明において,そのような結露の生じやすい場所でも防水テープを四方に隙間なく貼付していることからも明らかなように,結露により金属板に付着した水滴を外部に排出させるために固定板の軒側を封止しないことまでが技術常識であるとは認められないから,やはり,A邸工事において,防水テープをインナーフラッシングの固定板の四方に貼付することに阻害要因があるとの主張は採用できない。
(イ) 控訴人は,インナーフラッシングの固定板の軒側にも防水テープを貼付することは,雨水の吹き上がりによる雨漏りの防止という予測できない顕著な効果があり,本件発明2及び本件発明4には進歩性があると主張する。
 しかし,防水テープは,開口部に水が侵入しないようにするために内部水切り部材の固定板に貼付するものであるから,四角形状の固定板の縁部分の前記3辺に防水テープを貼付した上,更に念を入れて軒側の外周に防水テープを貼付すれば,台風等,風雨が強く下方から雨水が侵入する場合に雨漏りを防止できることは当業者が当然に予期する効果であり,その必要があれば,当然に実施することになる事項といえる。また,A邸工事は,本件発明2及び本件発明4と同様に,水切り手段が外部用と内部用との2つの部材からなり,内部水切り部材(アルミフラッシング)の固定板の下面が,水等の液体が開口部に侵入しない程度に野地板上面と密着して固定されている構成,すなわち『アルミフラッシングの固定板下面と開口部周囲の野地板上面との間で液体の流通を封止する状態にして固定する』構成を有するのであり,アルミフラッシングによって吹き上がってきた雨水の侵入も阻止しているものと認められるから,被控訴人をはじめとする当業者においても,水滴が上から下に流れるという自然法則に反し,雨水が吹き上がって雨漏りをするという事態を想定できなかったとはいえないし,軒側の外周に防水テープを貼付することに予測できない顕著な効果があるともいえない。したがって,控訴人の主張は採用できない。」

解説/検討

 特許法29条1項2号の「公然実施をされた発明」とは、その内容が公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況で実施された発明をいう。そして、公然実施については、単に実施品が存在するだけでは足りず、当業者が実施品を分析すること等によって発明の内容を理解し得る状況にあることが問題となる。また、「物の発明の場合には,商品が不特定多数の者に販売され,かつ,当業者がその商品を外部から観察しただけで発明の内容を知り得る場合はもちろん,外部からはわからなくても,当業者がその商品を通常の方法で分解,分析することによって知ることができる場合も公然実施となる。」とされる(知財高裁平成28年1月14日、平成27年(行ケ)第10069号)。もっとも、上記10069号事件は物の発明について、実施品の観察・分解等による技術的内容の認識可能性を問題としたものであるのに対し、本判決は、建築工事という方法の実施について、工事関係者が図面及び施工状況からその技術的内容を理解し得たことを認定している。
 本判決は、方法の発明についても公然実施に当たるかどうかの判断がされ、「被控訴人のために発明の内容を秘密にする義務を負わない不特定の者によって技術的に理解されるか,そのおそれのある状況で実施されたのであれば,工事は公然と行われたと評価するのが相当である」と判示された。
 「発明の内容を秘密にする義務を負わない不特定の者」として、付近から煙突を視認しうる第三者と、工事中に煙突を認識し得た工事業者(住友林業又はニシカネ)が想定されている。しかし、付近から煙突を視認しうる第三者がいたとしても、一般の第三者であれば煙突の構造を技術的に理解することは難しいのではないだろうか。原告が「外部から容易にその作業の内容を確認することができない」と主張したのに対し、裁判所は、隣地がA邸より高く駐車場であるため煙突を視認しうると判示しているが、むしろ、発明を技術的に理解し得る工事関係者が図面及び施工状況を認識することが可能であったことが、公然実施の認定において重要な意味を有したものと考えられる。判決も、結論部分で「被控訴人のために発明の内容を秘密にする義務を負わない不特定の者(少なくとも上記住友林業やニシカネ等の下請業者等)」と述べている。したがって、仮に工事関係者に本件構造を示す図面が交付されておらず、かつ、施工状況からも屋根貫通部の構造を認識することが困難であった場合には、近隣から煙突自体を視認することができたとしても、本件発明の技術的内容が公然知られる状況又は公然知られるおそれのある状況にあったといえるかについて、検討する必要があると思われる。
 控訴人(特許権者)が、工事業者が認識し得なかったことについて、どのような主張をしたのか、本判決には記載されていない。原審(東京地裁判令和元年10月23日、平成30年(ワ)第9909号)において控訴人(原審原告)は、乙12の資料4にはルーフサポートの記載がなく,同資料4からは煙突が固定されているか否かが明らかではないなどと主張していた。本判決では、「同図面にはインナーフラッシングが明記されて」いたとして、図面を見た工事業者は発明を技術的に理解できると認定されている。インナーフラッシングは本件発明における内部水切り部材に対応する構成であり、判決は、図面にインナーフラッシングが明記されていたことに加え、同図面が工事関係者に転送され、その時点で屋根貫通部の構造を認識することが可能であったことなどを踏まえ、当業者であれば本件発明の技術的内容を理解できると判断したものと考えられる。

 

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