【特許権侵害訴訟の棄却判決に対する控訴審であり、原審と異なるクレーム解釈により特許無効とされた事例】
投稿日:2026年9月1日 |
![]()
著者:弁理士 松野 知紘
|
参照条文/キーワード/論点 |
特許法70条1項及び2項/29条2項/クレーム解釈/進歩性 |
ポイント※本件発明の構成要件Eについて、原審ではクレームを狭く解釈して非充足と判断されたのに対し、控訴審ではクレーム解釈が変わって充足するもののそのクレーム解釈においては進歩性を有しないと判断された。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第3部 |
| 判決言渡日 | 令和3年2月10日 |
| 事件番号 | 令和元年(ネ)第10074号 |
| 事件名 | 特許権侵害差止等請求控訴事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
鶴岡 稔彦
上田 卓哉 中平 健 |
事案の概要
本件は,控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人システムの生産及び使用が本件発明1及び2に係るシステムの生産,使用(直接侵害)に当たり,被控訴人システムを構成する広告情報管理サーバ(DSPサーバ及び広告サーバ)の製造が,本件発明1及び2に係るシステムの生産にのみ用いる物の生産をする行為(特許法101条1号)又は本件発明1及び2に係るシステムの生産に用いる物であって課題の解決に不可欠なものを生産する行為(同条2号)(間接侵害)に当たるとし,また,被控訴人方法の使用が本件発明26に係る方法の使用(直接侵害)に当たると主張して,本件特許権に基づき被控訴人サービスの提供の差止めを求めるとともに,本件特許権侵害の不法行為に基づき,損害1100万円及びこれに対する不法行為の日以後である平成30年9月1日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前)所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原判決が控訴人の請求をいずれも棄却したため,これを不服とする控訴人が控訴した。
⑴ 本件特許の内容
ア 本件発明1(下線付加)
A 無線通信装置の利用者が,無線通信ネットワークを経由して,通信事業者から無線通信サービスの提供を受けることにより,所定の利用料金を支払う無線通信サービス提供システムにおいて,
B 前記無線通信装置の現在位置を測定する位置測定手段と,
C 配信すべき広告情報および配信先情報を入手するとともに,前記広告情報を前記無線通信装置に送信する広告情報管理サーバとを具備し,
D 前記広告情報管理サーバは,前記位置測定手段が測定した前記無線通信装置の現在位置と前記配信先情報に含まれる位置情報に基づいて,指定地域内の前記無線通信装置に対して前記広告情報を送信し,前記無線通信装置は,前記広告情報管理サーバが送信した前記広告情報の配信を受ける一方,
E 前記広告情報管理サーバは,前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと,を特徴とする無線通信サービス提供システム。
イ 明細書の記載(下線付加)
【0069】一方、広告情報管理サーバ4Aは、広告配信サービス契約を結んだ全てのユーザの携帯端末1Aの位置情報を時々刻々更新しており、常にそれら端末の現在位置を把握している。…
【0070】…広告情報管理サーバ4Aは、配信開始時刻の10時になると、把握している携帯端末1Aの位置情報に基づいて、スーパーから1Km以内という条件を満足する携帯端末1Aを認識し、更に個人情報データベースから20歳から49歳の主婦という条件を満足するユーザを検索し、該当するユーザの携帯端末1Aに対して、広告主であるABC魚店の名前と共に、「本日、三陸沖の新鮮な秋刀魚を大売出し!5匹で300円!広告を見た方は更に50円割り引き!」という広告メッセージを文字メッセージまたは文書ファイルで送信してその総数を記憶し、配信数が1000人に達するまで続ける。またこの際、個人情報データベースに項目として本広告メッセージに対応する広告IDを追加し、送信済フラグを立てる。これにより、同じユーザに対して同一の広告メッセージを重複して送信することがなくなる。即ち、携帯端末1Aが一旦指定地域の外に出た後、再び指定地域内に戻っても、この送信済フラグが立っていれば、同じ広告メッセージを送信しない。…
⑵ 被告システムの構成
同一のスマートフォンに対して1日当たり同一の広告を何回配信するか,その回数の上限値を設定することも可能である。
原審の概要
2 争点1(被告システムは本件発明1及び2の技術的範囲に属するか等)について
(2) 構成要件Eの解釈
ア …ここでは,「前記広告情報管理サーバは,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと,を特徴とする無線通信サービス提供システム。」と記載されるのではなく,「前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても,」という文言(以下「本件指定地域に関する文言」という。)がみられる。
このように,構成要件Eには本件指定地域に関する文言がわざわざ付加されているから,その文言には何らかの意味があるものとして理解すべきであり,構成要件Eについて本件指定地域に関する文言がない場合と同じ解釈をすることは許されず,その文言によって本件発明1の構成が特定(限定)されているものと理解するのが相当である。
イ そこで,本件指定地域に関する文言の意義について検討すると,ここでいう「指定地域」とは,構成要件C及びDの記載を踏まえると,広告提供者から入手した配信先情報に含まれる,広告提供者が広告情報を配信する地域として指定した地域のことである。そして,構成要件Eは,構成要件Dにおいて,無線通信装置が少なくとも1回は広告情報の配信を受けたことを踏まえたものであるから,無線通信装置がその時点で上記指定地域内に存在していたことが前提となるが,無線通信装置は,その性質上,①その指定地域内に存在し続ける場合(①の場合)もあれば,②指定地域外に出る場合もあり,後者の場合については,指定地域外に出たままの場合(②-1の場合)もあれば,一旦指定地域外に出た後,再び指定地域内に戻る場合(②-2の場合)も想定される。
このうち,指定地域外に出たままの場合(②-1の場合)に,無線通信装置に同じ広告情報が送信されないことは明らかであるが(これは構成要件Eによるものではなく,指定地域内の無線通信装置に広告情報を送信するという構成要件Dの構成による作用効果である。),指定地域内に存在し続けている場合(①の場合)及び一旦指定地域外に出た後,再び指定地域内に戻った場合(②-2の場合)には,無線通信装置に同じ広告情報が送信される可能性がある1 。
そうすると,本件指定地域に関する文言は,無線通信装置に同じ広告情報が送信される可能性がある場合のうち,上記②-2の場合だけを記載し,上記①の場合をあえて記載していない2 ことになる。
ウ 以上のことを踏まえると,構成要件Eは,広告情報管理サーバが,特に,無線通信装置が一旦指定地域外に出た後,再び指定地域内に戻った場合に,同じ広告情報を無線通信装置に送信しないことを特徴とするということを記載したものと解すべきこととなる。
もっとも,これは,広告情報管理サーバが広告情報を無線通信装置に送信するものであること(構成要件C)を踏まえ,同じ広告情報を再送信するかどうかという機能ないし作用効果に着目して記載されたものであり,その具体的構成について,当該広告情報管理サーバは,単に,同じ広告情報を無線通信装置に再送信しないようにする構成を備えているだけでは足りず,一旦指定地域外に出た後,再び指定地域内に戻ったことを把握して,当該無線通信装置に,同じ広告情報を再送信しないようにする構成を備えていなければ,構成要件Eを充足するとはいえないと解すべきである。
エ 原告の主張について
原告は,本件明細書の【0070】の記載を指摘し,構成要件Eは,広告情報管理サーバが,無線通信装置への広告の配信回数が0であるか1であるかを表す送信済フラグに基づいて,無線通信装置が一旦配信エリアの外に出た後,再び配信エリア内に戻った場合には,広告情報を再送しないようにする態様を含むものと解すべきであると主張する。
…「即ち」の前の記載と同視し得るものと認めることはできず,「即ち」の前の記載と後ろの記載とは,本来,「即ち」という接続詞を用いて接続することのできる関係にはないといわざるを得ない。
したがって,構成要件Eは,【0070】の「即ち」の後ろの記載に対応するものであるが,上記検討したところによれば,「即ち」の前の記載が,構成要件Eの意味内容である,あるいは,本件発明1の実施例であるということはできない。また,【0070】は【0069】の後に記載されているところ,【0069】では,広告情報管理サーバが,広告配信サービス契約を結んだ全てのユーザの携帯端末の位置情報を時々刻々更新しており,常にそれら端末の現在位置を把握していることが記載されている。そして,【0070】の「即ち」の後ろでは,無線通信装置が指定地域内に存在し続けている場合が除かれていることからすると,そこでは,特に,無線通信装置が一旦指定地域外に出た後,再び指定地域内に戻った場合に,同じ広告メッセージを送信しないということを記載したものと読むのが自然である。
以上のことを踏まえると,【0070】の記載内容によって,前記ウの解釈は左右されないというべきである。
c …他方で,乙3の1の1ないし乙4の2によれば,本件特許が出願された平成12年9月以前から,インターネットを利用した広告情報(バナー広告)の配信サービスの分野においては,ユーザー(利用者)に対して同じ広告が配信(表示)される回数をコントロール(制限)することによって,「バナーバーンアウト」(広告に 反応がなくなる状態)ないし「バナー飽き(wearout)」を防止し,効果的な宣伝広告を実現することが広く行われていたと認められる。…
そうすると,原告が本件特許の出願経過において,単に,本件特許の出願前から広く行われ,公知技術でもあった同じ広告の配信回数を管理するという構成による機能ないし作用効果を構成要件Eに記載し,これを本件特許の「特徴的な構成」などとして強調していたとは考え難い。
むしろ,前記認定の原告による本件特許の出願経過における説明内容に加え,本件特許の出願当時,広く行われ公知とされていた技術を前提とすれば,原告は,特に,無線通信装置が一旦指定地域外に出た後,再び指定地域内に戻った場合に,同じ広告情報を無線通信装置に送信しないようにする構成を強調していたと理解するのが自然である。
(3) 被告システムの構成と構成要件Eの充足の有無
原告は,被告システムでは,広告主が広告データの配信期間を1日以内とし,1人のスマートフォンのユーザーに対して1日に配信する回数を1回に制限する設定をすると,構成eを備えることになると主張するが(原告は,広告データの配信回数を2回以上と設定した場合に,被告システムが構成要件Eを充足する旨の主張はしない。),この構成は,単に,同じ広告情報を無線通信装置に再送信しないようにする構成3にすぎず,一旦指定地域外に出た後,再び指定地域内に戻ったことを把握して,無線通信装置に同じ広告情報を再送信しないようにする構成を備えているとはいえない。そうすると,原告主張の上記構成は,構成要件Eを充足しないこととなる。
1「構成要件Eがない場合には」ということだと思われる。
2①の場合(指定地域内に存在し続ける場合)には、同じ広告情報が送信される、というクレーム解釈と思われる。
3【0070】に記載の方法と同じと思う。
裁判所の判断(判旨)
1 判断の要旨
当裁判所は,被控訴人システムは本件発明1の構成要件E及び本件訂正発明1の構成要件E-1を充足し(後記2⑴イ〔本判決55頁〕,後記4⑴〔本判決59頁〕),被控訴人方法は本件発明26の構成要件Mを充足するが(後記3⑵〔本判決59頁〕),本件発明1,本件発明26及び本件訂正発明1は,当業者が公知技術及び周知技術に基づいて容易に発明をすることができたものであるから特許を受けることができず(特許法29条2項),それらの発明に係る特許は,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから(特許法123条1項2号),控訴人は被控訴人に対してそれらの発明に係る特許の特許権を行使することができないものと判断する(特許法104条の3第1項)(後記6⑵〔本判決85頁〕,後記7⑵〔本判決89頁〕,後記8⑵〔本判決98頁〕)。
2 争点1(被控訴人システムは本件発明1及び2の技術的範囲に属するか等)について
⑴ 被控訴人システムによる本件発明1の構成要件Eの充足性
ア 構成要件Eの解釈
(ア) 解釈
構成要件Eの「前記広告情報管理サ-バは,前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと」は,「広告情報管理サ-バが,無線通信装置が一旦指定地域の外に出た後再び指定地域内に戻った場合であっても,指定地域内にとどまり続けた場合であっても,同じ広告情報を無線通信装置に送信しないこと」を意味するものと認められる。その理由は,次の(イ)のとおりである。
(イ) 理由
a 特許請求の範囲の記載
構成要件Eには「前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと」と記載されている。このうち「戻っても」の「ても」の意味は,国語辞典によれば,❶「仮定の条件をあげて,後に述べる事がそれに拘束されない意を表す。たとい・・・ようとも。・・・とも。(中略)『転んでもただは起きぬ』」,❷「事実をあげて。それから当然予想されることと逆の事柄を述べるのに用いる。・・・たけれども。(中略)『これだけ言っ-わからない』」(広辞苑第7版)であるものと認められる。そして,構成要件Eの「ても」の後に記載されている「同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと」は,「ても」の前の「前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻る」ことから当然予想されることと逆の事柄であるとは認められず(予想の余地があるというにとどまらず当然予想されること,と逆の事柄であるとは認められない。),「ても」の前後は,「ても」の代わりに「・・・たけれども」で接続できる関係にあるとは認められないから,構成要件Eの「ても」は,上記の❷の意味と解することはできず,上記の❶の意味であると認められる。そうすると,構成要件Eは,「無線通信装置が一旦指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻る」という仮定の条件に,「同じ広告情報を無線通信装置に送信しない」ことが拘束されないことを意味しており,「無線通信装置が一旦指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻る」場合だけでなく,それ以外の場合でも,「同じ広告情報を無線通信装置に送信しない」ことを意味しているものと認められる。「無線通信装置が一旦指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻る」場合(原判決24頁でいう「②-2の場合」)以外の場合としては,指定地域内に存在し続ける場合(原判決24頁でいう「①の場合」)があるところ,構成要件Eは,そのような場合でも「同じ広告情報を無線通信装置に送信しない」ことを意味しているものと認められる。
b 明細書の記載
…ここでいう「即ち」という語は,国語辞典によれば「(上をうけてさらにその意を再び明らかにする語)いいかえれば,とりもなおさず。」(広辞苑第7版)の意味であると認められる。…そうすると,構成要件Eについても,【0070】の「即ち」の前後と同じように,無線通信装置が一旦指定地域の外に出た後,再び指定地域内に戻った場合でも,指定地域内に存在し続けた場合でも,同じ広告情報を無線通信装置に送信しないことを意味するものと解するのが,本件明細書の発明の詳細な説明の記載と整合的な解釈であると認められる。
広告情報管理サ-バは,本件明細書の【0069】によれば,時々刻々と常に携帯端末1Aの位置を把握しているとされているから,携帯端末1Aが一旦指定地域の外に出た後,再び指定地域内に戻ったことを把握していると考えられるが,そのことを,携帯端末1Aに広告情報を再度送信するか否かの決定に当たって利用しているかどうかは,【0069】には,記載されていない。したがって,本件明細書の【0069】に基づいて,構成要件Eを充足するために,広告情報管理サ-バは,「無線装置が一旦指定地域の外に出た後,再び指定地域内に戻ったことを把握して,当該無線通信装置に同じ広告情報を再送信しないようにする」という構成を備えていなければならないとはいえない。
c 出願経過
…特許請求の範囲記載の発明に周知技術が含まれ,又は周知技術に基づいて容易に発明をすることができた発明が含まれるならば(特許法29条1項,2項),その発明に係る特許は,特許無効審判により無効にされるべきものであり(特許法123条1項2号),特許権者は相手方に対してその権利を行使することができないのであり(特許法104条の3第1項),特許請求の範囲記載の発明に周知技術や周知技術に基づいて容易に発明をすることができた発明が含まれないように,殊更特許請求の範囲の文言を狭く解釈することは,特許法104条の3第1項の規定の趣旨に照らして許されないものである。
したがって,出願経過から,構成要件Eが,無線通信装置が指定地域内に存在し続ける場合でも同じ広告情報を無線通信装置に送信しないものを除外していると解することはできない。
イ 構成要件Eの充足性
(ア) 被控訴人システムの構成
…このような控訴人と被控訴人の主張に照らすと,被控訴人システムについて,広告主が配信期間を1日以内とし,1人のスマ-トフォンのユ-ザ-に対して1日に配信する回数を1回に制限する設定をすると,SSPサ-バは,スマ-トフォンが,一旦配信エリアの外に出た後再び配信エリア内に戻っても,配信エリアの中にとどまり続けても,同じ広告デ-タを当該スマ-トフォンに送信しないという構成を備えることは,当事者間に争いがないものと認められる。
(イ) 充足性
…そして,前記(ア)のとおり,被控訴人システムは,広告主が配信期間を1日以内とし,1人のスマ-トフォンのユ-ザ-に対して1日に配信する回数を1回に制限する設定をした場合は,SSP サ-バは,スマ-トフォンが,一旦配信エリアの外に出た後再び配信エリア内に戻っても,配信エリアの中にとどまり続けても,同じ広告デ-タを当該スマ-トフォンに送信しないという構成を備える。そうすると,被控訴人システムについて,広告主が配信期間を1日以内とし,1人のスマ-トフォンのユ-ザ-に対して1日に配信する回数を1回に制限する設定をした場合の構成は,上記の構成要件Eを充足するものと認められる。被控訴人は,上記のような設定をすることはまれであると主張するが,たとえそうであるとしても,上記のような設定をすることができる以上,構成要件充足性を否定することはできない。
したがって,被控訴人システムは構成要件Eを充足するものと認められる。
5 無効判断の前提となる本件発明1の構成要件E,本件発明26の構成要件M,本件訂正発明1のE-1の解釈4
前記2⑴ア〔本判決48頁〕,3⑴〔本判決59頁〕,4⑴〔本判決59頁〕のとおり,本件発明1の構成要件E,本件発明26の構成要件M,本件訂正発明1のE-1は,「広告情報管理サ-バが,無線通信装置が一旦指定地域の外に出た後再び指定地域内に戻った場合であっても,指定地域内にとどまり続けた場合であっても,同じ広告情報を無線通信装置に送信しないこと」を意味するものと解すべきであり,以下では,このような解釈を前提に,本件発明1,本件発明26,本件訂正発明1の進歩性について検討する。
6 争点5(本件発明1の進歩性)について
⑴ 乙5を主引用例とし,配信回数を制限する周知技術を副引用例とする本件発明1の容易想到性
(イ) 相違点
乙5発明と本件発明1を対比すると,本件発明1は構成要件E「前記広告情報管理サ-バは,前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと」を備えるのに対し,乙5発明は,送信先情報に含まれる位置情報及び時刻に基づいて広告情報を送信するものの,同一の広告情報を同一のモバイル・ウェブ・クライアントに送信しないようにする構成を含まないから,乙5発明は,本件発明1の構成要件Eに係る構成を備えない点で本件発明1と異なるものと認められる。
b 周知技術の認定
前記aによると,本件特許の出願時(平成12年9月5日)に,ダブルクリック社が広く提供するインタ-ネット広告配信サ-ビスにおけるDART(Dynamic Advertising Reporting & Targeting,ダイナミック・アドバタイジング・リポ-ティング・アンド・タ-ゲティング)という配信技術においては,同じ広告を必要以上に見せることにより起きる「バナ-バ-ンアウト」(広告に反応がなくなる状態)を防ぐために,利用者一人一人に対する広告配信の回数をコントロ-ルすることが行われており,それは当業者によく知られていたものと認められるから,配信回数制限の一形態である特定の広告を各利用者に配信する回数を1回に制限することも周知技術であったものと認められる。
⑵ 本件発明1の進歩性
以上によれば,本件発明1は,乙5発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。したがって,本件発明1に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから(特許法123条1項2号),控訴人は被控訴人に対し,本件発明1に係る特許の特許権に基づく権利を行使することができない(特許法104条の3第1項)。
4原審では無効論は争点となっていない。原告主張のクレーム解釈を前提とした無効主張が控訴審でなされた。
検討
⑴ 原審と控訴審との比較
構成要件Eの「前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しない」について、原審では「一旦指定地域外に出た後,再び指定地域内に戻ったことを把握して,当該無線通信装置に,同じ広告情報を再送信しないようにする」と限定的に解釈されたのに対し、控訴審ではそのような解釈はされなかった。
・クレーム文言
原審では、無線通信装置が「その指定地域内に存在し続ける場合(①の場合)」を除外して、「指定地域外に出た後、再び指定地域内に戻る場合(②-2の場合)」のみをクレームに記載していることから、②-2の場合にのみ同一広告の再送がされない具体的な手法として上記のように解釈された。
控訴審では、「ても」の字義を重視して、「その指定地域内に存在し続ける場合(①の場合)」のみならず、「指定地域外に出た後、再び指定地域内に戻る場合(②-2の場合)」も同一広告の再送がなされないものとされた。
・明細書
原審では、明細書【0070】について「本来,『即ち』という接続詞を用いて接続することのできる関係にはない」として、同段落の「本広告メッセージに対応する広告IDを追加し、送信済フラグを立てる。これにより、同じユーザに対して同一の広告メッセージを重複して送信することがなくなる。」がクレーム解釈に考慮されなかった。
控訴審では、「即ち」の字義を重視して、【0070】の上記記載に沿ったクレーム解釈となった。
・審査経過
原審では、意見書で公知例と違いを強調していたことから、公知例を除外するクレーム解釈がなされた。
控訴審では、「特許請求の範囲記載の発明に周知技術や周知技術に基づいて容易に発明をすることができた発明が含まれないように,殊更特許請求の範囲の文言を狭く解釈することは,特許法104条の3第1項の規定の趣旨に照らして許されない」とされた。
⑵ 「前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後,再び前記指定地域内に戻っても,同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しない」という文言は、具体的な構成を一切記載しておらず、願望的な記載となっている。
しかし、控訴審によれば、そのような記載でも必ずしも狭く解釈されるわけではないので、(実施例には十分な構成を開示することが前提ではあるが)、願望クレームで権利化を狙うのも有効と思われる。
⑶ 近年では、公知例を参酌してクレームを狭く解釈することはあまりないように思われ、控訴審の判断はその傾向に沿ったものに思える。そうであれば、意見書で積極的に公知例との差異を主張してもよいのかもしれない。
