【再現実験の条件が引用文献における条件と同じであるとの根拠はないとして、再現実験に基づく引用発明の特定の構成の認定を否定するとともに、課題解決との関係で引用発明よりも望ましいという事情がなくとも、引用発明とは構成の異なる発明の進歩性は否定されないとの判断を示した事例】
投稿日:2026年8月29日 |
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著者:弁護士 木村 広行
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参照条文/キーワード/論点 |
特許法29条2項/再現実験/技術的意味と進歩性 |
ポイント
※本判決は、甲1の実施例1の再現実験であるとして提出された甲3について、甲1には、甲1発明のスパッタリングターゲットを製造する際の,ボールミルのボールの材質や大きさ,ボールミルの回転速度等のメカニカルアロイング条件についての記載はなく,甲3のメカニカルアロイングの条件が,甲1発明のスパッタリングターゲットを製造する際のメカニカルアロイングの条件と同じであったという根拠はないとして、甲3に記載されたスパッタリングターゲットが形状2の粒子を含んでいたとしても,このことのみから,甲1発明のスパッタリングターゲットも形状2の粒子を含むということはできないと判断した。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第3部 |
| 判決言渡日 | 令和2年10月22日 |
| 事件番号 | 令和元年(行ケ)第10130号 |
| 事件名 | 審決取消請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
鶴岡 稔彦
上田 卓哉 中平 健 |
事案の概要
⑴ 本件特許
特許番号 特許第4975647号
発明の名称 非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット
出願日 平成18年12月26日
優先日 平成18年1月13日
登録日 平成24年4月20日
⑵ 本件訂正発明1
Co若しくはFe又は双方を主成分とする材料の強磁性材の中に酸化物,窒化物,炭化物,珪化物から選択した1成分以上の材料からなる非磁性材の粒子が分散した材料からなる焼結体スパッタリングターゲットであって,前記非磁性材は6mol%以上含有され,前記材料の研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子は,非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2㎛の全ての仮想円よりも小さいか,又は非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2㎛の全ての仮想円と,強磁性材と非磁性材の界面との間で,少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法の粒子であって,非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2㎛の全ての仮想円と,強磁性材と非磁性材の界面との間で,少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法の粒子を含み,研磨面で観察される非磁性材の粒子が存在しない領域の最大径が40㎛以下であり,直径10㎛以上40㎛以下の非磁性材の粒子が存在しない領域の個数が1000個/㎜2以下であることを特徴とする焼結体からなる非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット。
争点
本件訂正発明1と甲1発明の相違点の認定の誤り
本件訂正発明1の進歩性についての判断の誤り
(その他の争点については省略)
判旨
⑴ 本件訂正発明1と甲1発明の相違点の認定の誤りについて
ア 甲1の【0016】には,「図1にホットプレスにより作製したターゲットの断面組織写真を示す。これによれば,微細な黒い点(SiO2)が均質に分布しているのが観察され,…以上の結果より,このターゲット組織はSiO2がCo-Cr-Ta合金中に分散した微細混合相からなっていることがわかった。」との記載があるから,甲1の図1の黒い点はSiO2と認められる。そして,甲1の図1によれば,SiO2の黒い点は粒子状をなしており,いずれも半径2㎛の仮想円よりも小さいと認められる。したがって,甲1の図1のSiO2粒子はいずれも,SiO2粒子内の任意の点を中心に形成した半径2㎛の全ての仮想円よりも小さいと認められ,形状2の粒子の存在を確認することはできないから,本件訂正発明1が必ず形状2を含むのに対し,甲1発明においては,形状2の粒子を含むのか否かが一見して明らかではないと認められる。
前訴判決は,審決を取り消す前提として,甲1発明の図1の全ての粒子は形状1であると認定しており(甲30,61頁),この点について拘束力が生じているものと認められ,この点からしても,本件訂正発明1が必ず形状2を含むのに対し,甲1発明においては,形状2の粒子を含むのか否かが一見して明らかではないということができる。
そうすると,本件訂正発明1が形状2の粒子を含むのに対し甲1発明において形状2の粒子を含むのか否かが一見して明らかでないとの本件審決の相違点(相違点2)の認定に誤りはないものと認められる。
イ(ア) この点につき,原告は,甲3に記載された再現実験は,甲1の実施例1の再現実験であり,甲3で確認される非磁性材料粒子の組織は,甲1の実施例1の組織と同じであるとして,甲3の断面組織写真である図6の画面右下には形状2の粒子が存在するから(甲47),本件訂正発明1と同じく,甲1発明にも形状2の粒子が存在するということができ,形状2の粒子を含むのか否かが一見して明らかでない点をもって,本件訂正発明1と甲1発明の相違点ということはできないと主張する。
(イ)前記2⑵アのとおり,メカニカルアロイングは,高エネルギー型ボールミルを用いて,異種粉末混合物と硬質ボールを密閉容器に挿入し,機械的エネルギーを与えて,金属,セラミックス,ポリマー中に金属や,セラミックスなどを超微細分散化,混合化,合金化,アモルファス化させる手法で,セラミックス粒子を金属マトリクス内に微細に分散させることを可能とするものであり,このようなメカニカルアロイングの仕組みに照らすと,メカニカルアロイングにおいては,ボールミルのボールの衝突により異種粉末混合物にどのような力が加えられるかにより,生成物の組織が異なってくるものと認められる。また,甲52に「一般に粉末のミリング時には衝撃,剪断,摩擦,圧縮あるいはそれらの混合したきわめて多様な力が作用するがメカニカルアロイングにおいて最も重要なものはミリング媒体の硬質球の衝突における衝撃力とされている。衝撃圧縮により粉末粒子は鍛造変形を受け加工硬化し,破砕され薄片化する。…薄片化および新生金属面の形成に加え,新生面の冷間圧接およびたたみ込みが重なるいわゆるKneading効果により,次第に微細に混じり合い,ついには光学顕微鏡程度では成分の見分けがつかないほどになってしまう。」(前記2⑴オ)との記載があることからすると,メカニカルアロイングにおいて最も重要なものはミリング媒体の硬質球の衝突における衝撃力であると認められる。そうすると,ボールミルのボールの材質や大きさ,ボールミルの回転速度等の条件が異なれば,メカニカルアロイングによって得られる粉末の物性は異なり,そのような粉末から得られるスパッタリングターゲットの研磨面で観察される組織の形態も異なると認められる。
そうであるとすれば,少なくともボールミルのボールの材質や大きさ,ボールミルの回転速度等のメカニカルアロイング条件が明らかにされなければ,どのような組織の生成物ができるかが明らかにならないものというべきである。
そこで本件についてみると,甲1には,甲1発明のスパッタリングターゲットを製造する際の,ボールミルのボールの材質や大きさ,ボールミルの回転速度等のメカニカルアロイング条件についての記載はなく,甲3のメカニカルアロイングの条件が,甲1発明のスパッタリングターゲットを製造する際のメカニカルアロイングの条件と同じであったという根拠はない。そうすると,甲3に記載されたスパッタリングターゲットが形状2の粒子を含んでいたとしても,このことのみから,甲1発明のスパッタリングターゲットも形状2の粒子を含むということはできない。そして,その他に,甲1発明のスパッタリングターゲットが形状2の粒子を含むことを認めるに足りる証拠はない。
したがって,甲1発明に形状2の粒子が存在することを前提とする原告の前記(ア)の主張は,採用することができない。
⑵ 本件訂正発明1~6の進歩性についての判断の誤りについて
ア 本件訂正発明1と甲1発明の相違点2,本件訂正発明2と甲1発明の相違点2’の容易想到性について検討する。
・・・
ウ 形状2(形状2’)の存在する方が形状1(形状1’)のみのものよりも望ましいという事情が認められないこと等に関して
(ア) 原告は,形状2(形状2’)が必ず存在する組織の方が形状1(形状1’)のみからなる組織よりもターゲットとしてより望ましいという事情が認められず,形状1(形状1’)と形状2(形状2’)とが課題の解決との関係で等価であるのならば,形状1(形状1’)と形状2(形状2’)の違いは,技術的意味を加味して考えれば,実質的な相違点ではなく,本件訂正発明1及び2には進歩性がなく,本件訂正発明1及び2に進歩性があるとする本件審決の判断は誤りであると主張する。
(イ)しかし,本件訂正発明1の特許請求の範囲,本件明細書によれば,本件訂正発明1は,形状2が含まれていても,非磁性材料を高分散させることにより,DCスパッタリングを可能とし,スパッタ時に発生するパーティクル(発塵)やノジュールを低減させるスパッタリングターゲットの発明であると認められ,甲1発明とは,形状2を含む点で構成要件を異にする別個の発明であると認められる。そして,形状2が存在する組織の方が形状1のみからなる組織よりもターゲットとしてより望ましいという事情が認められなければ本件訂正発明1について進歩性が認められないとする根拠はない。甲1発明においては,形状1が示されていたのみであり,形状1ほどに微細であるとはいえない形状2が含まれていてもDCスパッタリングを可能とし,スパッタ時に発生するパーティクル(発塵)やノジュールを低減させるスパッタリングターゲットが得られることを示唆する先行技術等がなかったことからすれば,形状2が含まれていてもそのようなスパッタリングターゲットが得られることにより,本件訂正発明1の進歩性は認められる。本件訂正発明2についても,形状2’を含む点で同様である。したがって,原告の前記(ア)の主張は,採用することができない。
解説/検討
本判決によれば、引用文献に明示的に開示されていない構成について、再現実験により立証を試みる場合は、少なくとも、再現に影響を与え得る条件を主張立証したうえ、当業者が基準日当時の技術常識から当該条件を当該引用文献から読み取れること、当該条件に基づいて再現することで得られる構成であることまで主張立証を試みることが重要であると考えられる。
また、本判決は、発明について、従来技術よりも望ましいという事情がない構成であっても、必ずしも進歩性が否定されない旨を判示している点で参考になる。
