【化合物Aとマンニトールとの混合液を凍結乾燥して得た製剤(化合物A、マンニトール、及び化合物Aのマンニトールエステルを含む)が示す、化合物Aの安定性等の向上効果が、化合物Aがマンニトールを賦形剤とすることによって示す効果ではなく、化合物Aのマンニトールエステルが示す効果であることが実施例の凍結乾燥製剤を用いた試験(マンニトールエステル単独での評価なし)から合理的に認識できると判断された事案】

 

投稿日:2026年8月29日

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著者:弁理士 梅田 慎介
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

特許法第36条第6項第1号/サポート要件/凍結乾燥

ポイント

※抗悪性腫瘍剤であるボルテゾミブ(BZ)を、凍結乾燥粉末形態のマンニトールエステル(BME)とすることにより安定性及び再構成性を向上させた特許発明について、サポート要件の充足が問題とされた事案
※特許庁は、実施例における凍結乾燥製剤を用いた試験(BME単独での評価なし)からは、安定性等の向上効果が、BMEが示す効果ではなく、製剤に含まれるBZがマンニトールを賦形剤として示す効果である可能性を排除できないとして、サポート要件非充足とした。
※裁判所は、実施例の記載から、当業者は凍結乾燥製剤に「相当量」のBMEが含まれていることを理解し得るから、製剤が示す安定性等の向上効果はBMEによるものと認識し得るとし、サポート要件充足した。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 令和2年7月2日
事件番号 平成30年(行ケ)第10158号(A事件)
事件名 審決取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
鶴岡 稔彦
上田 卓哉
石神 勇吾
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

1. 経緯
 アメリカ合衆国(原告)は,特許第4162491号(ボロン酸化合物製剤の特許権者である。
 高田製薬(被告)は,無効審判(無効2016-800096号)を請求した。特許庁は,一部無効審決をした。原告は,審決のうち特許を無効とした部分の取消しを求めて訴えを提起した(A事件:本件)。
 また、高田製薬から,審決のうち請求を不成立とした部分の取消しを求めた訴えも提起されている(B事件:平成30年(行ケ)第10113号)。

2. 本件発明
(1) 訂正発明17(化合物)

 凍結乾燥粉末の形態のD-マンニトールN-(2-ピラジン)カルボニル-L-フェニルアラニン-L-ロイシンボロネート。

(2) 訂正発明21(方法)
【請求項21】
⒜(ⅰ) 水,
 (ⅱ) N-(2-ピラジン)カルボニル-L-フェニルアラニン-L-ロイシンボロン酸,及び
 (ⅲ) D-マンニトールを含む混合物を調製すること;及び
⒝ 混合物を凍結乾燥すること;を含む,
凍結乾燥粉末の形態のD-マンニトールN-(2-ピラジン)カルボニル-L-フェニルアラニン-L-ロイシンボロネートの調製方法。


原審(原々審)の判断

3. 審決:サポート要件非充足
ア 本件化合物発明について
(ア) 本件明細書の記載によれば,本件化合物発明の課題は,製剤化したときに安定な医薬となり得て,また,水性媒体への溶解でボロン酸化合物を容易に遊離する(再構成性に優れた)組成物となり得る「凍結乾燥粉末形態のBME」を提供することである。
(イ) 薬剤の安定性の向上や良好な再構成性を期待して凍結乾燥を行う際,凍結乾燥の前後で薬剤自体の化学構造は変化しない(させない)というのが技術常識である。したがって,当業者は,薬剤であるボルテゾミブをマンニトールと共に凍結乾燥して得られた凍結乾燥品中には,化学構造が変化していないボルテゾミブが含まれ,凍結乾燥の結果としてボルテゾミブの安定性の向上や良好な再構成性がもたらされると期待する
(ウ) 特許権者は,本件明細書の「発明の詳細な説明」の記載によれば,ボルテゾミブをマンニトールと共に凍結乾燥して得られた凍結乾燥品にはBMEが含まれていること【0086】,この凍結乾燥品は18か月にわたり安定であったこと【0096】,この凍結乾燥品は容易に水に溶解し,その水溶液にはボルテゾミブが含まれていること【0088】,この水溶液はボルテゾミブに特有のプロテアソーム阻害活性を示すこと【0090】を理解するから,安定性及び再構成性を備えた製剤としての凍結乾燥粉末の提供という発明の課題(上記(ア))が本件化合物発明によって解決されていることが,本件明細書の「発明の詳細な説明」に記載されているといえる旨主張する。
 しかしながら,上記(イ)の技術常識及び当業者の期待を踏まえると,【0086】の記載は,凍結乾燥品にBMEが含まれていることを示すだけで,それ以外に,エステル化しない状態のボルテゾミブが相当量含まれる可能性を排除しない。そして,凍結乾燥品が示した安定性【0096】及び溶解性【0088】はボルテゾミブを凍結乾燥したことの効果にすぎないとの理解,水溶液中に検出されたボルテゾミブ【0088】は凍結乾燥の過程でエステル化しなかったボルテゾミブに由来したものであるとの理解,又は,水溶液が示したプロテアソーム阻害活性【0090】は凍結乾燥の過程でエステル化しなかったボルテゾミブによるものだという理解,も十分に成り立ちうる。なぜなら,本件明細書の記載においては,凍結乾燥品中のBMEを単離して定量しているわけではなく【0086】,単離したBMEを対象としてその安定性及び再構成性を検証しているわけでもない【0088,0090,0096】からである。
 そうすると,本件化合物発明(凍結乾燥粉末の形態のBME)は,発明の課題を解決できると当業者が発明の詳細な説明の記載から認識できる範囲のものではない。したがって,特許権者の上記主張は採用できない。
 よって,本件化合物発明は,サポート要件を充足しない。


判旨

4. 裁判所の判断:サポート要件充足
(1) 規範

 特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
 そして,サポート要件を充足するには,明細書に接した当業者が,特許請求された発明が明細書に記載されていると合理的に認識できれば足り,また,課題の解決についても,当業者において,技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りるのであって,厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要であると解される。
 なぜなら,サポート要件は,発明の公開の代償として特許権を与えるという特許制度の本質に由来するものであるから,明細書に接した当業者が当該発明の追試や分析をすることによって更なる技術の発展に資することができれば,サポート要件を課したことの目的は一応達せられるからであり,また,明細書が,先願主義の下での時間的制約もある中で作成されるものであることも考慮すれば,その記載内容が,科学論文において要求されるほどの厳密さをもって論証されることまで要求するのは相当ではないからである。

(2) あてはめ
 本件明細書の記載によれば,本件化合物発明が解決しようとする課題は,製剤化したときに安定な医薬となり得て,また,水性媒体への溶解でボロン酸化合物を容易に遊離する組成物となり得る本件化合物(凍結乾燥粉末の形態のBME)を提供することである。
 そして,この課題が解決されたといえるためには,凍結乾燥粉末の状態のBMEが相当量生成したこと,並びに当該BMEが保存安定性,溶解容易性及び加水分解容易性を有することが必要であると解されるから,これらの点が,上記⑴で説示したような意味において本件明細書に記載又は示唆されているといえるかについて検討することとする。

(3) 被告主張
(ア) 実施例1FD製剤中にBMEは存在するが,その量は不明である。
(イ) 実施例1FD製剤は保存安定性及び溶解性という効果を示したが,この効果が本件化合物(注:BME)に起因したものであるのかが不明である(マンニトールを賦形剤として用いた凍結乾燥の周知の効果にすぎない等の理解もできる。)。
(ウ) 実施例1FD製剤を試料としたプロテアソーム阻害活性アッセイの結果(Ki値0.3)が,BMEの加水分解によりボルテゾミブが遊離したことによって生じたものだとは必ずしもいえない。

(4) 裁判所の具体的判断
(i) 凍結乾燥粉末の状態のBMEが相当量生成したことについて

ア 本件明細書の【0084】には,実施例1として,ボルテゾミブとD-マンニトールとの凍結乾燥製剤の調製方法が開示されている。
 そして,本件出願日当時の技術常識に照らすと,当該調製方法のように,tert-ブタノールの比率が高く(相対的に水の比率が低く),過剰のマンニトールを含む混合溶液中で,周辺温度より高い温度で攪拌するという条件の下では,ボルテゾミブとマンニトールとのエステル化反応が進行し,相当量のBMEが生成すると理解し得る
 また,本件明細書の【0086】には,【0084】記載の方法によって調製された実施例1FD製剤は,FAB質量分析により,BMEの形成を示すm/z=531の強いシグナルを示したこと,このシグナルはボルテゾミブとグリセロール(分析時のマトリックス)付加物のシグナルであるm/z=441とは異なっており,しかも,m/z=531のシグナルの強度は,m/z=441のシグナルと区別されるほど大きいことが開示されている。これらの事項からすれば,実施例1FD製剤は,相当量のBMEを含むといえる。
 したがって,本件明細書には,凍結乾燥粉末の状態のBMEが相当量生成したことが記載されていると認められる。

(ii) 保存安定性について
ア 本件明細書の【0094】~【0096】には,固体や液体のボルテゾミブは,2~8℃の低温で保存しても,3~6ヶ月超,6ヶ月超は安定ではなかったのに対して,実施例1FD製剤(上記⑶のとおり相当量のBMEを含む。)は,5℃,周辺温度,37℃,50℃で,いずれの温度でも,約18ヶ月間にわたって,薬物の喪失は無く,分解産物も産生しなかったとの試験結果が開示されている。この記載によれば,本件明細書には,本件化合物が,ボルテゾミブに比較して優れた保存安定性を有していることを当業者が認識し得る程度に記載されているといえる。

(iii) 溶解容易性及び加水分解容易性について
ア 本件明細書の【0088】【0089】には,実施例1FD製剤(上記⑶のとおり相当量のBMEを含む。)は,2mLの水に対し,振盪1~2分以内で溶解は完全であったこと,1mLの「プロピレングリコール:EtOH:H2O=40:10:50」に対し,振盪1分で溶解は完全であったこと,0.9%w/v生理食塩水に対し,濃度6mg/mLまで容易に溶解したこと,これとは対照的に,固体のボルテゾミブは,濃度1mg/mLで0.9%w/v生理食塩水に可溶ではなかったことが開示されている。この記載によれば,本件明細書には,本件化合物がボルテゾミブに比較して優れた溶解容易性を有していることが,当業者が認識し得る程度に記載されているといえる。

解説/検討

・ボルテゾミブ(BZ)注射剤は当初液剤の開発がすすめられたが製剤の安定性を確保できなかったことから次いで凍結乾燥製剤の開発が行われた。凍結乾燥製剤は凍結乾燥粉末形態のボルテゾミブマンニトールエステル(BME)を含み、用時に生理食塩水で溶解することによりBMEが活性体のBZとなる。
・マンニトールは、従来凍結乾燥の賦形剤として用いられており、BZとエステル物を形成しなくともBZの安定性及び再構成性を向上させる場合がある。このため、安定性等の向上効果が、BZがマンニトールを賦形剤とすることによって示した効果ではなく、BMEが示す効果であるといえるかどうかが問題となった。
・「(ii) 保存安定性について」と「(iii) 溶解容易性及び加水分解容易性について」で示された裁判所の具体的判断においても、安定性等の向上効果が「マンニトールを賦形剤として用いた凍結乾燥という周知技術の適用により奏されたもの」(原告主張)である可能性は完全に排除されるものではないと思われる。この点、裁判所は、「相当量のBMEを含む製剤が保存安定性を示している以上,BMEも保存安定性の向上に寄与していると考えるのが当業者の認識であるといえる」等(判決21頁下から3-1行目)としている。
・そうすると、この「相当量」の程度問題となるが、原告の「FAB質量分析においては,ピークの大小をもって試料に含まれる物質の存在量の大小を評価できない」(判決20頁イ項1-2行目)との主張に対して、裁判所は「サポート要件を充足するために厳密な科学的な証明までは不要と解される」(同項5-6行目)と前置きした上で、専門家鑑定書(甲95,96)に基づき「本件出願日当時の技術常識に照らすと,当該調製方法のように,tert-ブタノールの比率が高く(相対的に水の比率が低く),過剰のマンニトールを含む混合溶液中で,周辺温度より高い温度で攪拌するという条件の下では,ボルテゾミブとマンニトールとのエステル化反応が進行し,相当量のBMEが生成すると理解し得る。」((i) 凍結乾燥粉末の状態のBMEが相当量生成したことについて)と判断した。
・裁判所は「明細書に接した当業者が当該発明の追試や分析をすることによって更なる技術の発展に資することができれば,サポート要件を課したことの目的は一応達せられるからであり,また,明細書が,先願主義の下での時間的制約もある中で作成されるものであることも考慮すれば,その記載内容が,科学論文において要求されるほどの厳密さをもって論証されることまで要求するのは相当ではないからである」とも述べている。しかし、凍結乾燥品が示した安定性及び溶解性がBZに由来したものではなくBMEに由来するものであることを検証した実験成績証明書等は原告から提出されなかった。

 

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