【特許権の共有者の間で締結されていた契約に基づいて,他の共有者との事前の協議・許可なく独自に製造・販売した共有者の特許権の持分権が喪失された事例】
投稿日:2026年9月18日 |
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著者:弁理士 津田 理
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参照条文/キーワード/論点 |
共有に係る特許権 |
ポイント
※本件では、共有者の特許権の持分権は,他の共有者との事前の協議・許可なく独自に特許発明に係る製品を製造・販売をしたことにより,喪失するか否かが争われた。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第1部 |
| 判決言渡日 | 令和2年8月20日 |
| 事件番号 | 令和2年(ネ)第10016号 |
| 事件名 | 特許権侵害差止等請求控訴事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
髙部 眞規子
小林 康彦 髙橋 彩 |
事案の概要
1.事実関係
・控訴人及び被控訴人Yは,B及びAを含む4名の共同事業として,結ばない靴ひもを販売することとし,平成24年7月,日本において,上記4名を発明者であるとして,本件特許権1(特許第5079926号)に係る特許出願をするとともに,本件発明1の技術的範囲に属する靴ひも「キャタピラン」の日本での販売を開始した。
・キャタピランの製造及びその日本での販売は,中国においてAがその工場で製品を製造し,Bが梱包したものを,被控訴人Yが仕入れ,香港で日本への輸出を手配し,これを輸入した控訴人が日本で販売するという商流によって始められ,その後も同様の商流で続けられた。上記4名は,同年9月に本件特許権1の設定登録を受けた。
・上記4名は,同年8月に本件特許権2(特許第5392519号)に係る特許出願をし,平成25年10月25日にその設定登録を受けた。
・控訴人,被控訴人Y,B及びAは,既に共同事業が開始されている製品のほか,今後,事業を行うものも含め,結ばない靴ひもの製造販売に関し,その権利関係等について取り決めるため,平成25年4月15日付けで「共同出願契約」と題する契約(本件共同出願契約)を締結した。
・共同出願契約には,以下の規定が設けられている。
「第7条(本件発明の実施)
控訴人,被控訴人Y,B及びAは,本件発明の実施に対する協議の後,別途に定める。
第13条(違反行為)
事前の協議・許可なく,本件の各権利を新たに取得し,又は生産・販売行為を行った場合,本件の各権利は剥奪される。(控訴人,被控訴人Y,B及びAの全員が対象である)(本件定め)」
・控訴人の平成27年におけるキャタピランの販売実績は月間平均8万4000本程度であったところ,被控訴人Yは,同年9月頃,控訴人に対し,月間10万ペア程度の最低購入数量を保証するよう求めるなどした。控訴人がこの要求に応じないでいたところ,被控訴人Yは,平成28年1月及び2月には,キャタピランの購入価格につき従来の1.5倍以上の値上げを求めた。
・他方で,平成27年10月頃から,被控訴人Yが控訴人に販売したキャタピランには度重なる品質不良が見られたため,控訴人は,被控訴人Yに対し,再三にわたり善処を求めたものの,改善はみられなかった。
・控訴人は,一連の経過からして,被控訴人Yからキャタピランの取引を拒絶されたものと判断し,日本において,独自に本件発明1の技術的範囲に属する靴ひもの製造及び販売を行うこととした。
争点
共有者(控訴人)の特許権の持分権は,他の共有者(被控訴人Y,B及びA)との事前の協議・許可なく独自に本件発明1に係る靴ひもの製造・販売をしたことにより,喪失するか。
裁判所の判断
・特許法73条2項によれば,各共有者が自らする特許発明の実施については,他の共有者の同意を要しないことをもって原則とした上,共有者間の合意によってこれと異なる定めをすることができる。
・そこで,控訴人,被控訴人Y,B及びAの間において締結された平成25年4月15日付け本件共同出願契約についてみると,同契約は,上記4名の間において,既に平成24年7月から共同事業が開始されている製品のほか,今後,事業を行うものも含めて,結ばない靴ひもの製造販売に関し,その権利関係等について取り決めるため締結されたものであると解される。
・本件共同出願契約の約定のうち「本件発明の実施」との見出しを有する第7条は,各共有者が協議の上で別途定めるとするものの,「違反行為」との見出しを有する第13条が,事前の協議・許可なく,本件特許権を実施して生産・販売行為を行った場合,その特許権が剥奪されるとしている(本件定め)。
・そして,上記各約定を併せて読み,本件共同出願契約が締結された上記の経緯や,靴ひもの製造販売に関する共同事業の前提となる権利関係等を確認するための法的合意文書であるという契約書の性格にも照らせば,各共有者は,既に明示又は黙示的に合意されている事業形態(商流)に沿って発明を実施することは,各共有者においてすることができる一方,それと異なる態様での自己実施については,別途の協議,すなわち,事前の協議・許可を要し,これをすることなく,既に取得された特許権の実施として製品の生産・販売行為をすることは許されないとして制約したものと解される。
・また,本件定めの「剥奪される。」との文理からすると,他の共有者の事前の協議・許可を経由することなく,本件各特許権に係る発明を,自ら実施して,製品の生産又は販売をした共有者は,本件各特許権に係る自己の持分権を喪失するものと解するのが相当である。
・なお,特許権の移転,放棄による消滅が登録しなければ効力を生じないことを定めた特許法98条1項は,権利の得喪に伴い権利の帰属が問題となる当事者間において,当該権利の得喪の効果を認めることの支障にはならない。
・控訴人は,平成28年4月以降,従前の事業形態(商流)とは異なり,独自に原告製品を日本で製造し販売している。そして,原告販売行為について,他の共有者である被控訴人Y,B及びAとの事前の協議や許可はされていないから,控訴人は,本件定めに違反したものとして,本件各特許権の持分権を喪失したというべきである。
解説/検討
・特許権が共有に係る場合の各共有者の持分について、特許法上、その譲渡については定められているものの(特許法73条2項)、喪失については特段の規定が設けられていない。本事件では、持分の喪失について共有者間で契約を結んでいた場合には、その契約に基づいて持分の喪失が認められた。
・同様に、特許法上、持分の放棄については特段の規定が設けられていない。そのため、各共有者は、その持分を放棄する場合に、原則として、他の共有者の同意を得る必要はないと解される。しかし、仮に、共有者間で、他の共有者の同意を得なければ持分を放棄することができない、という契約を締結していた場合には、放棄そのものは有効とされたとしても、契約違反を問われる可能性があるため、注意が必要である。
