【実施例にない数値範囲は新たな技術的事項となると判断された事例】
投稿日:2026年9月1日 |
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著者:弁護士 大野 浩之
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参照条文/キーワード/論点 |
訂正要件/新たな技術的事項の導入 |
ポイント
※特許権者は、無効審判中の訂正請求において「ゼロクロス時間2.50秒以下」という数値限定を追加した。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第3部 |
| 判決言渡日 | 令和1年11月11日 |
| 事件番号 | 平成31年(行ケ)10015号 |
| 事件名 | 審決取消請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
鶴岡 稔彦
山門 優 高橋 彩 |
事案の概要
原告は、名称を「電解コンデンサ用タブ端子」とする発明に係る特許権の特許権者である。
被告が平成28年9月16日に特許庁に無効審判請求をしたところ、原告は平成30年4月10日付けで訂正請求をした。
特許庁は、訂正請求をいずれも認められないとして、平成30年12月26日、「特許第4452917号の請求項1ないし13に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をした。
本事案は、当該審決に対する取消訴訟である。
手続の経緯の概略は以下のとおりである。
平成28年 9月16日 本件無効審判の請求
同年11月30日 審判事件答弁書
同年11月30日 訂正請求書
平成29年 2月16日 審判事件弁駁書
同年 4月 7日 訂正拒絶理由通知書・職権審理結果通知書
同年 9月27日 口頭審理
平成30年 2月5日 審決予告
同年 4月10日 意見書
同年 4月10日 訂正請求書
同年 7月6日 訂正拒絶理由通知書・職権審理結果通知書
同年12月26日 審決
1 対象特許及び審決
【請求項1】(本件発明1)
芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード線端部に、圧扁部を有するアルミ芯線が溶接されてなる電解コンデンサ用タブ端子であって、前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に、ウィスカの成長抑制処理が施されてなり、前記のウィスカ抑制処理が、酸化スズ形成処理である、電解コンデンサ用タブ端子。
【請求項1】(本件訂正発明1)
芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード線端部に、圧扁部を有するアルミ芯線が溶接されてなる電解コンデンサ用タブ端子であって、前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に、ウィスカ1 の成長抑制処理が施されてなり、前記のウィスカ抑制処理が、酸化スズ形成処理であり、
前記の酸化スズ形成処理により、前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に少なくともSnOまたはSnO2が含まれてなり、JIS C-0053はんだ付け試験方法(平衡法)に準拠して測定されたゼロクロス時間2が2.50秒以下である、電解コンデンサ用タブ端子。
「ア 訂正事項A(訂正事項1)
本件発明1に『芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード線端部に、圧扁部を有するアルミ芯線が溶接されてなる電解コンデンサ用タブ端子であって、前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に、ウィスカの成長抑制処理が施されてなり、前記のウィスカ抑制処理が、酸化スズ形成処理である、電解コンデンサ用タブ端子。』とあるのを、本件訂正発明1のとおりに訂正する。
なお、訂正事項Aのうち、『JIS C-0053 はんだ付け試験方法(平衡法)に準拠して測定されたゼロクロス時間が2.50秒以下である』という発明特定事項を付加する訂正事項を『訂正事項A-b』という。」
審決は、訂正事項A-b(「JIS C-0053 はんだ付け試験方法(平衡法)に準拠して測定されたゼロクロス時間が2.50秒以下である」という発明特定事項を付加する訂正)について、その上限値である「2.50秒」について訂正の根拠が存在しないこと、さらには下限値が特定されていないことから、訂正事項A-bは新規事項の追加に当たるとして、特許法134条の2第9項、126条5項に適合しないと判断した。
なお、本件特許明細書では下記表1及び表2が示されている。
【表1】

【表2】

2 取消事由
取消事由1:本件訂正についての訂正要件の判断の誤り(※こちらのみ検討)
取消事由2:本件発明7に関する明確性要件違反の判断の誤り
3 本件訴訟での被告の主張
「ウ ゼロクロス時間の下限値について
(ア) 本件明細書の実施例においては、ZCT値が2.50秒以下の数値として、『2.40秒』、『2.35秒』、『2.30秒』のときにウィスカの発生抑制とハンダ濡れ性を両立できたことが示されているのみで、ZCT値が『0秒以上2.30秒未満』の範囲にある場合に、本件明細書に記載の課題である、ウィスカの発生抑制とハンダ濡れ性を両立できたことについては一切示されていない。
原告は、『ハンダ濡れ性とウィスカの抑制は相対立する概念』であると主張しており、ゼロクロス時間が小さければ、必ず『ウィスカの発生が抑制できる』という課題が解決できるとはいえない。【表1】に、ウィスカの成長抑制処理として熱処理を行った場合の試料1ないし4(実施例1ないし3と比較例1)の熱処理温度とZCT値が記載されているが、それらの値の関係からみて、熱処理温度とZCT値との間には、単調増加あるいは単調減少のような単調性は認められない。したがって、実際に測定された『110℃』、『130℃』、『180℃』、『200℃』以外の熱処理温度において、どのようなZCT値をとるのかを予測することは当業者といえども困難である。
(イ) JISC-0053はんだ付け試験方法(平衡法)によれば、試験の前に試料にフラックスを用いた前処理を行うことが規定されているが、フラックスの塗布時間やフラックスを塗布してから試料のゼロクロス時間を測定するまでの経過時間が変化すると、同じ試料でも値が変化する。そうすると、フラックスの塗布時間やフラックスを塗布してから試料のZCT値を測定するまでの経過時間を一義的に定めずに、『ゼロクロス時間が2.50秒以下』であれば、『線材メーカー等から入手できる、鉛フリーのスズメッキが施されたリード線を、そのままタブ端子に使用した場合であっても、溶接部分からのスズウィスカが発生せず、また、ウィスカ発生に起因する上記のような問題が解消され、しかもハンダ濡れ性も良好なタブ端子およびその製造方法を提供する』タブ端子を得ることができるということはできない。」
裁判所の判断
(1)判断
「訂正事項A-bは、ゼロクロス時間の上限値を2.50秒と特定するのみで下限値を特定していないところ、これは、ゼロクロス時間を0秒以上2.50秒の範囲と特定して特許請求の範囲に限定を付加する訂正であるということができる。そこで、ゼロクロス時間が0秒以上2.50秒以下であることについて、特許請求の範囲又は本件明細書に明示的に記載されているか、その記載から自明である事項であるといえるかを検討する。」
「まず、本件訂正前の特許請求の範囲にはゼロクロス時間に関する記載はない。
次に、本件明細書には、上記イのとおり、酸化スズ形成処理がされ、ゼロクロス時間が0秒以上2.50秒以下の範囲に該当するものとして、ゼロクロス時間が2.40秒、2.35秒及び2.30秒のタブ端子(実施例1、2、4、5)が明示的に記載されているということができるが、ゼロクロス時間が0秒以上2.30秒未満であるタブ端子についての明示的な記載はない。
そして、本件明細書の記載からは、ウィスカの成長抑制処理として熱処理を行った場合について、〈1〉熱処理温度を110℃、130℃、180℃、200℃と変化させると、ウィスカの長さは130℃で一旦長くなるが、200℃にかけて上昇させると短くなり、ゼロクロス時間は130℃で一旦短くなり、200℃にかけて上昇させると長くなること、〈2〉熱処理をしないウィスカの長さは0.23mmであり、熱処理をした実施例1~3及び比較例1ではウィスカの長さはいずれも許容範囲であるが、200℃で熱処理した比較例1のゼロクロス時間は長すぎてハンダ濡れ性が不十分であることが理解できるものの、熱処理温度とゼロクロス時間との間に単調な相関関係があるとは認められず、実際に測定された各温度以外の熱処理温度においてどのようなゼロクロス時間をとるのかを予測することは困難である。
また、ウィスカの成長抑制処理として溶剤処理を行った場合について、実施例4及び5に関する前記イ〈6〉の記載から、ゼロクロス時間が2.30秒未満となる具体的な溶剤処理を推測することはできない。
このように、本件明細書の記載から、ゼロクロス時間を2.30秒未満とした上でウィスカの発生を抑制することが自明であるということはできないし、このことは、上記アの技術常識を勘案しても同様である。」
(2)原告の主張について
「原告は、ゼロクロス時間は小さければ小さいほど好ましく、上限値のみを設定することで足り、ハンダに関する技術分野において、ゼロクロス時間の下限値を規定することなく、上限値のみを規定するのが技術常識であるから、特許発明の範囲においてゼロクロス時間の下限値を設定することには技術的意味がないことを主張する。
しかし、ハンダに関する技術分野において、ゼロクロス時間の下限値を規定することに意味がないとしても、そのことと、ゼロクロス時間を2.30秒未満とすることが、本件明細書又は特許請求の範囲に明示的に記載され、あるいは、その記載から自明である事項であるといえるか否かは異なる問題である。」
「また、原告は、本件明細書の記載から、本件訂正発明1の『前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に、ウィスカの成長抑制処理が施されてなり、前記のウィスカ抑制処理が、酸化スズ形成処理であり』という構成を充足することでウィスカの発生を抑制することができ、ゼロクロス時間が0秒以上2.30秒未満の範囲のハンダ濡れ性が良好であることが明確に理解できるから、本件訂正発明1のゼロクロス時間が2.30秒以上2.50秒以下の領域においても、2.30秒未満の領域においても、ウィスカの発生抑制とハンダ濡れ性を両立できることが明確に理解できるとして、ウィスカの発生抑制とハンダ濡れ性との両立を図るという技術的課題の見地からゼロクロス時間の下限値を規定すべき理由はないと主張する。
しかし、本件明細書の記載から、ゼロクロス時間を0秒以上2.30秒未満とした上でウィスカの発生を抑制することが自明であるということはできないのは上記(2)ウに説示したとおりであり、原告の主張は上記判断を左右するものではない。」
「原告は、本件発明は、ハンダ濡れ性が悪化しない程度に加熱温度と加熱時間を調整して熱処理を行うことを特徴とするものであり、本件明細書の記載(【0026】、【0034】)から、実施例1及び2について、加熱時間を20分より短くすれば、ウィスカの成長を抑制しつつ実施例1、2よりもゼロクロス時間を短くできることが理解できるとして、本件明細書に、ウィスカの成長を抑制しつつも、ハンダ濡れ性を実施例2の2.30秒よりもさらに向上させる技術は記載も示唆もされていないとした審決の判断は誤りであることを主張する。
しかし、本件明細書から明確なゼロクロス時間の下限値を読み取ることはできないし、本件明細書の『60℃よりも低い温度において熱処理を行うとウィスカ発生抑制効果が十分には得られない。一方、スズを酸化するためには高温で行うことが好ましいが、180℃を超える温度において熱処理を行うと、スズの酸化が進みすぎるため、リード線表面のメッキが変色するだけでなくハンダ濡れ性が低下してしまう。』、『本願発明のタブ端子は、金属スズと酸化スズとが適度な割合で存在することが好ましいのである。このような、金属スズと酸化スズが適度な割合で存在できる熱処理温度としては、特に、80~150℃の温度範囲が好ましい。』、『熱処理時間は、10~60分の範囲が好ましく、特に、15~30分の範囲が好ましい。熱処理温度同様に60分を超えるとスズの酸化が進行しすぎて、ハンダ濡れ性に悪影響を及ぼす。』(【0026】)との記載を勘案しても、本件明細書の記載からは、ウィスカの成長を抑制しつつゼロクロス時間を0秒に近づけることと熱処理時間の相関関係を読み取ることはできないから、本件明細書の記載から、ゼロクロス時間を0秒以上2.30秒未満とした上でウィスカの発生を抑制することが自明であるということはできない。」
「原告は、訂正事項A-bは、ゼロクロス時間が2.50秒を超える態様を除くものに過ぎず、本件訂正の前後を通じ、ゼロクロス時間が2.30秒未満となる態様についての侵害の成否の結論は異ならないと主張するが、特許請求の範囲に限定を付加する訂正を行う場合であっても、付加される訂正事項が明細書等に明示的に記載されている場合や、その記載から自明である事項である場合でなければ、当該訂正が新たな技術的事項を導入するものとなるのは、前記(1)に説示したとおりであり、原告の主張は採用できない。」
1ウィスカ(Whisker)とは、金属表面に針状やノジュール状の金属単結晶が自然成長により成長する現象であり、SnめっきやZnめっきから発生することが知られています。問題としては電子回路間にウィスカが成長し、これによりショート・短絡が起こることなどが挙げられます。
2 (参考)メニスコグラフ法による評価結果として得られるゼロクロスタイムとは、試験片を半田浴に浸漬し、濡れ応力値が0(ゼロ)になるまでの時間です。
解説/検討
一見すると厳しい判断のようにも見えるが、ゼロクロス時間(ZCT値)はハンダ濡れ性を調べるためのものであり、本件特許明細書で実現できているゼロクロス時間(ZCT値)が「2.30秒」以上のものまでしか実現できていないことを鑑みると、妥当な結論ということになろう。
他方、「0」というような実施例からかけ離れた数値ではなく例えば「2.00秒」以上といった、実施例の結果からある程度は推測できそうな数値を本件特許明細書で記載しておけば、当該下限値は意味をなすものとして、本件特許を生かす方向に使えたかもしれない(但し、被疑侵害品が当該要件を満たすという必要はある。)。
