【副作用の抑制効果を奏する併用投与レジメンに特徴を有する医薬発明について、臨床試験に参加した患者がレジメンの詳細を知り得る状況にあったというだけでは医薬用途発明の新規性は否定されないとされた事案】

 

投稿日:2026年8月29日

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著者:弁理士 梅田 慎介
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

特許法第29条第1項第1号及び第2号/医薬用途発明/臨床試験による公知及び公然実施

ポイント

※投与レジメンに特徴を有する医薬発明(抗悪性腫瘍剤アリムタのビタミン併用療法)に係る維持審決の取消訴訟であり、臨床試験に参加した患者が当該レジメンの詳細を知り得る状況にあったことをもって新規性の欠如が主張された。臨床試験において安全性の向上効果を目的として投与レジメンが本発明に該当しないものから該当するものに変更されていたことから、変更に際してのインフォームドコンセントによって変更後のレジメンの詳細やレジメンの変更によって期待される利益(効果)が患者に伝えられていたはずであるとして新規性の欠如が問題となった。
※特許庁は、患者は治験担当医師に説明を求めればレジメンの詳細を知り得る状況にあったと認められるとしながらも、当該レジメンが上記効果を奏することまでは知り得なかったとして新規性の喪失を否定した。
※裁判所も、治験ガイドライン(ICH-GCPガイドライン)の規定からすればインフォームドコンセントによって患者にある程度の情報は提供されていたと推認できるものの、レジメンの具体的な用量及び投与間隔やその効果までをも患者が知り得ていたと認めるに足る証拠はないとした。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第2部
判決言渡日 令和元年11月28日
事件番号 平成30年(行ケ)第10115号
事件名 審決取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
森 義之
眞鍋 美穂子
熊谷 大輔
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

1. 経緯
 被告(イーライ リリー)は,特許第5102928号(新規な葉酸代謝拮抗薬の組み合わせ療法)の特許権者である。本件特許発明は、抗悪性腫瘍剤アリムタ(ペメトレキセート二ナトリウム塩:MTA)をビタミンと併用することにより抗腫瘍活性を維持しながらMTAの毒性を低減させることを技術的特徴とする。
 原告(ニプロ)は,無効審判(無効2014-800208号)を請求した。特許庁は,維持審決をした。原告は,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

2. 本件発明
(1) 本件発明1

【請求項1】
 葉酸とビタミンB12との組み合わせを含有するペメトレキセート二ナトリウム塩の投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持するための剤であって,
 ペメトレキセート二ナトリウム塩の有効量を,葉酸の約0.1mg~約30mgおよびビタミンB12の約500μg~約1500μgと組み合わせて投与し,
 該ビタミンB12をペメトレキセート二ナトリウム塩の第1の投与の約1~約3週間前に投与し,
 そして該ビタミンB12の投与をペメトレキセート二ナトリウム塩の投与の間に約6週間毎~約12週間毎に繰り返すことを特徴とする,該剤。

 

争点

3. 争点
(i) 甲1に基づく進歩性判断の誤り(取消事由1)(略)
(ii) 第II相臨床試験に基づく新規性判断の誤り(取消事由2)

   

争点に関する当事者の主張

4. 審決:新規性は否定されない
 本件臨床試験において「ビタミン補給ありの患者」とされた者は,治験担当医師に説明を求めれば,「ビタミン補給レジメン」で用いられた葉酸,ビタミンB12及びペメトレキセドそれぞれの具体的な投与量・投与期間・投与経路等の数値を含む全ての臨床治験プロトコール情報を知り得る状況にあったと認められる
 しかしながら、本件臨床試験に参加した「ビタミン補給ありの患者」は,・・・「ビタミン補給レジメン」が,本件発明1における必須の発明特定事項である「ペメトレキセート二ナトリウム塩の投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持する」ことを満足し得るレジメンであるという情報について,知り得る状況にあったとはいえない。

5. 原告主張
 本件審決が認定したとおり,本件臨床試験に関与した治験担当医師には,患者の権利,安全及び健康を科学面や社会面の利益に対して優先するため並びに患者が本件臨床試験に参加するかどうかを決定するための十分な時間と機会を与えるため,患者から説明を求められた場合は,本件臨床試験の「ビタミン補給レジメン」で用いられた葉酸,ビタミンB12及びペメトレキセドそれぞれの具体的な投与量・投与期間・投与経路等の数値を含む全ての臨床試験プロトコール情報を,患者に提供することが求められていたと解するのが自然である
 ICH-GCPガイドラインからすると,本件発明の内容は,投与量・投与期間・投与経路のほか,そのようなレジメンから合理的に期待できる利益,すなわち,非臨床及び/又は臨床試験データに基づいてMTAの毒性を低下させかつ抗腫瘍活性を維持することが期待できるという利益に至るまで,患者に,インフォームドコンセントによって伝えられていたと認められる


判旨

6. 裁判所の判断:新規性は否定されない
 ICH-GCPガイドラインの上記規定からすると,本件臨床試験においてビタミン補充を受けた患者に対し,投与する抗がん剤がMTAであり,それと併用投与されるのが葉酸及びビタミンB12であるという程度の情報については情報提供があったとは推認できるものの,同意書面等に記載されるべき「治験の目的」,「治験における処置の内容」,「治験の手順」,「合理的に期待できる利益」が具体的にどのようなものを指し,どこまでの情報を開示すべきであるのかについて,ICH-GCPガイドラインには明示的な定めがないし,本件臨床試験が実施されていた諸外国で,当時,どのような法令や実務があったのかについては本件証拠上明らかではない。そうすると,上記のような開示されたと合理的に推認される情報から更に進んでMTA,葉酸及びビタミンB12の具体的な投与量,投与の時期,投与経路といった情報や「MTA投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持する」ことまでもがインフォームドコンセントの同意書面等に記載されていたと認めることはできない

解説/検討

7. 検討
 臨床試験のプロトコールは治験化合物の医薬としての効果を確認したものではないため,プロトコール自体が当該化合物の医薬用途発明の新規性を否定するものではないというのが基本的な考え方である。
 本件については、特殊事情として、臨床試験において安全性の向上を目的として投与レジメンが途中変更されていたことがあった。すなわち、当初の患者群にはビタミンを投与しない群が含まれていたものの,患者の安全性向上のために第1フェーズの終了間近に治験実施計画書が改訂され,全ての患者群に対して葉酸及びビタミンB12が投与されるようになった。このように投与レジメンが本発明に該当しないものから該当するものに変更されていたことから、変更に際してのインフォームドコンセントによって変更後のレジメンの詳細やレジメンの変更によって期待される利益(効果)が患者に伝えられていたはずであるとして新規性の欠如が問題となった。
 審決は、患者は治験担当医師に説明を求めればレジメンの詳細を知り得る状況にあったと認められるとしながらも、当該レジメンが上記効果を奏することまでは知り得なかったとして新規性の喪失を否定した。裁判所も、治験ガイドライン(ICH-GCPガイドライン)の規定からすればインフォームドコンセントによって患者にある程度の情報は提供されていたと推認できるものの、レジメンの具体的な用量及び投与間隔やその効果までをも患者が知り得ていたと認めるに足る証拠はないとした。
 結論は上記の基本的な考え方に沿うものであり妥当であろう。ただし、試験結果が何も開示されていない臨床試験プロトコールが引用発明の適格性を有すると判断された事例(知財高裁平成17年(行ケ)10818)も存在する点には留意が必要であろう。

8. 参考
(1) 抗悪性腫瘍剤アリムタ

 複数の葉酸代謝酵素を同時に阻害する葉酸拮抗剤。日本では、悪性胸膜中皮腫、切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌に関して承認。添付文書には以下の記載がある。

1. 本剤による重篤な副作用の発現を軽減するため、以下のように葉酸及びビタミン B12を投与すること。
(1) 葉酸:本剤初回投与の7日以上前から葉酸として1日1回0.5mgを連日経口投与する。なお、本剤の投与を中止又は終了する場合には、本剤最終投与日から22日目まで可能な限り葉酸を投与する。
(2) ビタミンB12:本剤初回投与の少なくとも7日前に、ビタミンB12として1回1mgを筋肉内投与する。その後、本剤投与期間中及び投与中止後22日目まで9週ごと(3コースごと)に1回投与する。

(2) ICH-GCPガイドライン
4.8.7 インフォームドコンセントの取得が可能となる前に,治験実施者又は治験実写者から指示された者は,被験者又は被験者の法的に許容できる代理人に,治験の詳細について質問をするための及び治験に参加するかどうかを決定するための十分な時間と機会を与えるべきである。治験についての質問に対しては全て,被験者又は被験者の法的に許容できる代理人が満足するまで,答えられるべきである

4.8.10 患者に提供されるインフォームドコンセントの議論及び同意書面の書式並びにその他の書面情報は以下の説明を含むこととする:
治験は研究に伴うものであること
⒝ 治験の目的
⒞ 治験における処置の内容及び各処置についての無作為化割付けの確率
⒟ 全ての侵襲的手順を含む治験の手順
・・・
⒣ 合理的に期待できる利益。患者に臨床上の利益がないと考えられる場合にはその旨を患者に知らせる。

5.12.1 治験薬の情報
スポンサーは,治験を計画する際には,当該投与量・当該投与経路・当該投与期間・当該試験対照群によるヒトへの暴露をサポートするに十分な,安全性と有効性に関する非臨床及び/又は臨床試験データが,利用可能な状態にあることを保証する。

 

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