【複数の機構が協調して特定の機能を実現する発明について、具体的構成の記載・示唆を欠くとして実施可能要件違反とした事例】

 

投稿日:2026年9月14日

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著者:弁理士 野本 裕史
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

特許法36条4項1号/実施可能要件、過度の試行錯誤

ポイント

※本件発明の椅子式マッサージ機について、明細書には、肘掛部、背凭れ部及び座部を連結・回動させる各手段の具体的な組合せが記載されておらず、特許庁は、当業者が適宜の手段を選択して実施できるとして実施可能要件を充足すると判断した。これに対し裁判所は、各手段は相互に協調して特定の機能を実現する必要があるため、その具体的構成を示すか、少なくとも当業者が具体的構成に至ることができる示唆が必要であると判示した。そして、本件明細書にはそのような具体的構成の記載・示唆がなく、当業者が過度の試行錯誤なく実施できる程度に発明の構成が記載されていないとして、実施可能要件違反を認めた。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 令和元年12月25日
事件番号 平成31年(行ケ)第10027号
事件名 審決取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
鶴岡 稔彦
山門 優
髙橋 彩
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

 機械構造分野の発明につき、明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たしていないとして、無効審判の請求不成立の審決が取り消された事例。

1.事実関係
(1)手続の経緯
平成24年7月23日  本件特許出願(第2世代の分割出願)+クレーム補正+早期審査請求
(平成18年8月11日 親出願、平成23年8月29日 第1世代の分割出願)
平成24年12月21日 設定登録
平成30年1月29日  無効審判請求
平成30年9月11日  口頭審理
平成31年2月6日   審決(請求不成立)

(2)本件発明
【請求項1】
A 座部と前記座部の後側でリクライニング可能に連結された背凭れ部を有する椅子本体と,前記背凭れ部の左右の側壁部と,該椅子本体の両側部に設けた肘掛部と,を有する椅子式マッサージ機において,
B 前記左右の側壁部は,前記座部に着座した施療者の肩または上腕側方となる位置に配設しており,前記左右の側壁部の内側面には夫々左右方向に重合した膨縮袋を備えて,これら重合した膨縮袋の基端部を前記側壁部に取り付けるように構成しており,
C 前記肘掛部は,施療者の前腕部を載置しうるための底面部,及び外側立上り壁により形成され,前腕部の長手方向において前記外側立上り壁に複数個配設された膨縮袋で前記底面部に載置した施療者の前腕部にマッサージを施すための前腕部施療機構を備えており,
D 前記肘掛部の後部と前記背凭れ部の側部とを連結する連結部と,前記肘掛部の下部に設けられ,前記背凭れ部のリクライニング動作の際に前記連結部を介して前記肘掛部全体を前記座部に対して回動させる回動部とを設け,
E 前記肘掛部全体が,前記背凭れ部のリクライニング動作に連動して,リクライニングする方向に傾くように構成されて,
F 前記背凭れ部のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保ちながら,肩または上腕から前腕に亘って側壁部及び外側立上り壁側から空圧施療を行う事を特徴とする椅子式マッサージ機。

画像

 

争点

1.補正要件違反(構成要件D)
2.補正要件違反(構成要件F)
3.実施可能要件違反
4.サポート要件違反
5.明確性要件違反
6.不適法な分割+進歩性欠如
7.進歩性欠如

原審の判断

 ‥‥本件特許の願書に添付した図面の図4には、背凭れ部12aが座部に対して回動し、背凭れ部12aに連結された肘掛部14aが回動するという事項が、概略的に図示されている。なお、同図は、背凭れ部12aの回動機構、肘掛部14aの回動機構、背凭れ部12aと肘掛部14aの連結機構の具体的構造までをも示すものではない。
 これらの記載及び図4に接した当業者であれば、本件発明1において、肘掛部全体が座部に対して回動するよう適宜の回動手段を設け、背凭れ部をリクライニングするように座部に対し適宜の連結手段により連結した上で、肘掛部の後部と背凭れ部の側部とを、「肘掛部全体が、前記背凭れ部のリクライニング動作に連動して、リクライニングする方向に傾くように」、適宜の連結手段を用いて連結すれば、本件発明1の「椅子式マッサージ機」が製造でき、また、使用できることを普通に認識できるものといえる。そして、このような「適宜の回動手段」、「適宜の連結手段」を、既知の機械的手段から選択することも当業者が過度の試行錯誤なく適宜に行い得る程度のことである。


判旨

(1) 実施可能要件について
 特許法36条4項1号は,発明の詳細な説明の記載は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなければならないことを規定するものであり,同号の要件を充足するためには,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを要する。

(2) 本件明細書の記載
イ 上記アによれば,本件明細書には,[1]肘掛部の後部と背凭れ部の側部とを,「肘掛部全体が,前記背凭れ部のリクライニング動作に連動して,リクライニングする方向に傾くように」(構成要件E)連結する連結手段については連結部142aによる回動関係が,[2]肘掛部全体を座部に対して回動させる回動手段については回動部141aによる回動関係が開示されているが,3]背凭れ部をリクライニングするように座部に対し連結する連結手段の具体的な構成は記載されていない。
 また,本件明細書には,「背凭れ部のリクライニング角度に関わらず施療者の上半身における着座姿勢を保」つように(構成要件F),[1]肘掛部の後部と背凭れ部の側部とを,「肘掛部全体が,前記背凭れ部のリクライニング動作に連動して,リクライニングする方向に傾くように」連結する連結手段(構成要件D,E),[2]背凭れ部のリクライニング動作の際に上記の連結手段を介して肘掛部全体を座部に対して回動させる回動手段(構成要件D)及び[3]背凭れ部をリクライニングするように座部に対し連結する連結手段(構成要件D)の具体的な組み合わせの記載はない。

ウ 審決は,本件明細書の【図4】は,背凭れ部が座部に対して回動し,背凭れ部に連結された肘掛部が回動するという事項(段落【0054】,【0055】)を概略的に図示したものであり,そのための「適宜の回動手段」「適宜の連結手段」については当業者が過度の試行錯誤なく適宜に行い得る程度のことであると認定する。
 しかし,上記イのとおり,本件においては,構成要件D~Fを充足するような,[1]肘掛部の後部と背凭れ部の側部を連結する連結手段,[2]肘掛部全体を座部に対して回動させる回動手段及び[3]背凭れ部を座部に対し連結する連結手段の具体的な組み合わせが問題になっており,したがって,これらの各手段は何の制約もなく部材を連結又は回動させれば足りるのではなく,それぞれの手段が協調して構成要件D~Fに示された機能を実現する必要がある。
 そうすると,このような機能を実現するための手段の選択には,技術的創意が必要であり,単に適宜の手段を選択すれば足りるというわけにはいかないのであるから,明細書の記載が実施可能要件を満たしているといえるためには,必要な機能を実現するための具体的構成を示すか,少なくとも当業者が技術常識に基づき具体的構成に至ることができるような示唆を与える必要があると解されるところ,本件明細書には,このような具体的構成の記載も示唆もない。

エ 被告は,本件明細書の記載から当業者が実施し得る本件発明1の具体的な構成として,別紙被告主張図面目録記載のとおり動作するマッサージ機の具体的構成(以下「被告主張構成」という。)を主張する。‥‥
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 しかし,本件明細書には被告主張構成の記載や示唆はないから,被告主張構成が直ちに実施可能要件適合性を裏付けるものではない上に,当業者が,上記ア及びイのとおりの本件明細書の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,被告主張構成を採用し得たというべき技術常識ないし周知技術に関する的確な証拠もない。

オ 以上によれば,本件明細書には,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,本件発明1を実施することができる程度に発明の構成等の記載があるということはできず,この点は,本件発明1を引用する本件発明2についても同様である。
 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない。


解説/検討

 その構成から機能作用を奏するかどうかの予測が難しいパラメータ発明や化学・バイオ分野の発明では、実施例や実験データが明細書に記載されていないと実施可能要件の点で問題になり得るが、機械構造分野の発明では、その機能作用を奏するような具体的な構成を当業者であれば理解できる余地が広いことから、本件のように実施可能要件が問題になることは稀であるように思う。
 被告主張構成を採用することに過度の試行錯誤が必要とする判断は厳しいようにも思う。

 なお、知財高裁令和元年11月7日判決(平成31(行ケ)10001号 マッサージ機事件)、知財高裁平成23年4月26日判決(平成22年(行ケ)第10277号 椅子型マッサージ機事件)には、機械構造分野の発明の構成に関して実施可能要件を満たしているという判断がある。

 

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