【請求項に記載のない「陰圧」の限定解釈を否定した事例】
投稿日:2026年9月14日 |
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著者:弁理士 野本 裕史
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参照条文/キーワード/論点 |
特許法29条2項/進歩性 |
ポイント※訂正発明2の「庫内差圧検出手段」について、審決は、滅菌タンク内がタンク外より陰圧であることを検出するものと限定解釈したが、裁判所は、特許請求の範囲及び明細書の記載から、そのような限定はないと判断した。その上で、甲2には、庫内外の圧力差を検出し、その検出結果に基づいて排気量等をフィードバック制御して庫内差圧を一定にする構成が開示されており、相違点に係る構成が開示されていると認定した。さらに、甲1及び甲2に記載された技術的意義を踏まえれば、甲1発明に甲2の構成を適用する動機付けがあるとして、相違点に係る構成は容易想到であると判断した。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第4部 |
| 判決言渡日 | 平成31年2月28日 |
| 事件番号 | 平成30年(行ケ)第10064号 |
| 事件名 | 審決取消請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
大鷹 一郎
山門 優 筈井 卓矢 |
事案の概要
訂正発明2の「庫内差圧検出手段」の検出対象となる「庫内差圧」を陰圧の数値範囲に限定解釈した審決の判断は誤りであり、陽圧も含むものと解すべきであるから、甲2には、相違点に係る本件発明の構成が開示されているものと認められるとして、無効不成立の審決が取り消された。
1.事実関係
(1)手続の経緯
平成24年3月19日 特許出願
平成26年1月24日 設定登録
平成29年1月17日 無効審判請求
平成29年11月30日 審決の予告
平成29年12月27日 訂正請求(請求項1を削除、請求項2-4を訂正)
平成30年3月27日 審決(訂正を認める、審判の請求は成り立たない)
(2)訂正発明2
【請求項2】
A メタノールタンクから供給されたメタノールを霧状に噴射するノズルを備え,該ノズルを介して噴射されたメタノールを気化してメタノールガスを発生させるメタノールガス発生部と,上記メタノールガス発生部の上方に位置して,熱反射可能な多孔質金属材料で互いに隔てられた上部と下部とからなり,該上部には空気を供給する空気供給部が連結されており,該メタノールガス発生部から発生したメタノールガスを自然対流により上方に移行させる流路となるとともに,上記メタノールガスに該空気供給部から供給された空気を所定の割合で混合させる筒体部と,上記筒体部の上方に位置し,該筒体部において上記所定の割合で空気が混合したメタノールガスを触媒反応によりラジカル化する触媒部とを有し,上記触媒部は,金属薄板をハニカム構造に成形してなるラジカル反応触媒より構成され,該ラジカル反応触媒を複数積層してなり,空気が混合したメタノールガスを触媒反応によりラジカル化して少なくともメタノールに由来する活性種を含み生成される複合ガス(以下「バイオガス」という)を発生するバイオガス発生部と,
B 上記バイオガス発生部における生成ガス量を供給空気量とメタノール量で制御する生成ガス量制御手段と,
C 上記バイオガス発生部により発生したバイオガスが供給される暴露部と,
D 上記暴露部の暴露空間内の温度を制御する温度制御手段と,
E 上記暴露部の暴露空間内の湿度を制御する湿度制御手段と,
F 上記暴露部に供給されたバイオガスを排気する排気処理部と,
G 上記排気処理部により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御するバイオガスの排気量制御手段と,
H 上記暴露部におけるバイオガスのホルムアルデヒド成分の濃度を測定するホルムアルデヒド成分濃度測定手段と,
I 臭いを検出又は測定する手段を備え,
J 上記ホルムアルデヒド成分濃度測定手段による測定結果として得られるガス濃度情報が上記生成ガス量制御手段に帰還され,上記バイオガス発生部において,一定の触媒の自己反応温度と濃度のバイオガスとなるように,上記生成ガス量制御手段により上記バイオガス発生部における生成ガス量が供給空気量とメタノール量で制御されるとともに,上記排気量制御手段により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御することにより,上記暴露部の庫内ガス濃度を一定にし,
K 上記排気量制御手段により制御される排気処理手段による上記暴露部の暴露空間内のバイオガスの排気処理に起因して生じる庫内差圧を検出する庫内差圧検出手段を備え,
L 上記庫内差圧検出手段による検出結果から得られる庫内差圧情報が上記排気量制御手段に帰還され,上記排気量制御手段により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御することにより,上記暴露部の庫内差圧を一定にすることを特徴とする核酸分解処理装置。

「本発明に係る核酸分解処理装置では、フィードバック制御により暴露部の暴露空間内における温度、湿度、濃度の定量的制御を行うことができ、検体の種類によっての短時間で高効能を発揮する条件を定義することができる。」(【0021】)
原審の判断
(1)訂正発明2と甲1発明の一致点・相違点
| 訂正発明2 | 甲1(本件明細書中の背景技術) | 甲2(原告の出願) |
| A~C(ガス発生部~暴露部) | 〇 | |
| D~J(庫内ガス濃度のフィードバック制御) | × | 〇 |
| K~L(庫内差圧のフィードバック制御) | × | ×(ホルムアルデヒドガスを用いて室内の殺菌を行う場合に室内と室外との圧力差を常時10~20Paの陽圧に維持する) |
(2)相違点2について
「甲2に記載の室圧調整装置は、滅菌タンク内の圧力を陽圧に維持するための装置であって、滅菌タンク内温度の上昇によりタンク内の空気が膨張した場合に、ホルムアルデヒドガスが未処理のまま室外に漏れ出していないことの保証を可能とする装置である。そして、そこに備えられた微差圧検出器は、滅菌タンク内がタンク外よりも陽圧に維持されていることを検出する庫内差圧検出手段である。
これに対して、訂正明細書には、・・・(段落【0143】~【0147】、・・・)と記載されており、訂正発明2における庫内差圧検出手段は、滅菌タンク内がタンク外よりも陰圧であることを検出する庫内差圧検出手段であって、滅菌タンク内のMRガスの排気処理に起因して生じる庫内差圧を検出するものである。
そうしてみると、甲2に記載された微差圧検出器が、『排気量制御手段により制御される排気処理手段による滅菌タンク内のMRガスの排気処理に起因して生じる庫内差圧を検出する庫内差圧検出手段』に相当するということはできない。」
「そもそも滅菌タンク内の圧力は、訂正発明2では陰圧を維持するように制御するのに対して、甲2には、陽圧を維持するように制御することが記載されているのであって、滅菌タンク内の圧力を陰圧に維持するように滅菌タンクからのMRガスの排気量を制御して、滅菌タンクの庫内差圧を一定にしようとすることは、甲2の記載から導き出せる事項ではない。」
判旨
(1)訂正発明2の「庫内差圧検出手段」の意義
訂正発明2の特許請求の範囲(請求項2)の記載によれば,訂正発明2の「庫内差圧検出手段」は,「上記排気量制御手段により制御される排気処理手段による上記暴露部の暴露空間内のバイオガスの排気処理に起因して生じる庫内差圧を検出」する検出手段であり,訂正発明2においては,「上記庫内差圧検出手段による検出結果から得られる庫内差圧情報が上記排気量制御手段に帰還され,上記排気量制御手段により上記暴露部から排気するバイオガスの排気量を制御することにより,上記暴露部の庫内差圧を一定にする」ことを理解できる。
しかるところ,訂正発明2の特許請求の範囲(請求項2)には,「庫内差圧検出手段」及び「排気量制御手段」の具体的な構造や装置構成について規定した記載はなく,また,「暴露部」の「庫内差圧」をいかなる数値又は数値範囲で一定にするのかについて規定した記載もない。
本件明細書の発明の詳細な説明には,「本発明」の実施形態として,・・・が記載されている。これらの記載は,制御部150により暴露部120の庫内差圧を陰圧の数値範囲に制御することを開示するものと認められる。
他方で,本件明細書の「本発明の実施の形態について,図面を参照して詳細に説明する。なお,本発明は以下の例に限定されるものではなく,本発明の要旨を逸脱しない範囲で,任意に変更可能であることは言うまでもない。」(【0026】)との記載に照らすと,本件明細書には,「本発明の要旨を逸脱しない範囲」であれば,「本発明」の実施形態が上記実施形態に限定されるものではないことの開示がある。
しかるところ,本件明細書には,「庫内差圧検出手段」及び「排気量制御手段」を特定の構造や装置構成のものに限定する記載はないし,また,「暴露部」の「庫内差圧を一定にする」にいう「一定」の数値範囲を定義した記載もない。
また,訂正発明2の特許請求の範囲(請求項2)の記載から,訂正発明2の核酸分解処理装置は,「暴露部」の「ガス濃度情報」及び「庫内差圧情報」を基に,「生成ガス量」及び「バイオガスの排気量」を制御し,「暴露部」の「庫内ガス濃度」及び「庫内差圧」の両者を一定にする制御を行うものであることを理解できること(前記(ア)),本件明細書の発明の詳細な説明には,「本発明」は,訂正発明2の構成を採用したことにより,フィードバック制御により暴露部の暴露空間内における温度,湿度,濃度の定量的制御を行うことができ,検体の種類に対応した短時間で高効能を発揮する条件を定義することができるという効果を奏すること(【0021】,【0196】)の開示があること(前記(1)イ(イ))を総合すると,訂正発明2は,フィードバック制御により暴露部の暴露空間内の温度,湿度,「庫内ガス濃度」及び「庫内差圧」の定量的制御を行うことにより,検体の種類に対応した短時間で高効能を発揮する条件を定義することができるようにしたことに技術的意義があることが認められる。
そして,訂正発明2の上記技術的意義に照らすと,「庫内差圧」を陰圧の数値範囲に制御する必然性は見いだし難い。また,本件明細書全体をみても,「庫内差圧」を陰圧の数値範囲に制御することによって,陽圧の数値範囲に制御することと比して有利な効果を生じるなどの技術的意義があることについての記載も示唆もない。
以上の訂正発明2の特許請求の範囲(請求項2)の記載及び本件明細書の記載に鑑みると,訂正発明2の「庫内差圧検出手段」の検出の対象となる「庫内差圧」は,「庫内」(暴露部の暴露空間内)の圧力と暴露空間外の圧力との差圧であれば,特定の数値範囲のものに限定されるものではなく,陰圧の数値範囲のものに限定されるものでもないと解すべきである。
したがって,訂正発明2の「庫内差圧検出手段」は,「滅菌タンク内がタンク外よりも陰圧であることを検出する庫内差圧検出手段」であって,滅菌タンク内のMRガスの排気処理に起因して生じる庫内差圧を検出するものであると限定解釈した本件審決の判断は誤りである。
(2)甲2の開示事項について
甲2には,「本発明」の第2の実施の形態(図2)として,・・・,室内の圧力を「陽圧力」に維持するものであることが開示されている。
このように,甲2における「本発明」の第2の実施の形態は,ホルムアルデヒドガスの給排気状況に依存して生じる被殺菌空間の室内と室外との圧力差を検出する微差圧検出器56を備え,微差圧検出器56により検出された検出値がコントロールユニット58に帰還(フィードバック)され,コントロールユニット58により被殺菌空間内の室内から室外に排気される空気に含まれるホルムアルデヒドガス等の排気量及び室内に給気する空気の給気量を制御することにより,被殺菌空間の室内の圧力を一定にするという構成を備えるものである。
そうすると,甲2における「本発明」の第2の実施の形態の「微差圧検出器56」,「コントロールユニット58」及び「排気量調整電磁弁74及び送風機82」は,それぞれ,訂正発明2における「庫内差圧検出手段」,「上記庫内差圧検出手段による検出結果から得られる庫内差圧情報が…帰還され」る「上記排気量制御手段」及び「上記排気量制御手段により制御される排気処理手段」に相当するものと認められる。
したがって,甲2には,相違点2に係る訂正発明2の構成が開示されているものと認められる。
(3)相違点2の容易想到性の有無について
甲1には,ラジカル化のための触媒反応温度を一定に保ち,安定した濃度の滅菌ガスを発生させる滅菌ガス発生装置を提供することを目的とすることについての開示があり,また,前記(3)イ(ア)のとおり,甲2には,甲2記載のホルムアルデヒドガス殺菌装置の構成を採用することにより,被殺菌空間内のホルムアルデヒドガス濃度,湿度,温度をそれぞれ所定の値に制御し,かつ,室内温度の上昇により室内の空気が膨張したような場合においても室圧を一定に保つことができるので,十分に保証可能な殺菌効果を得られるという効果を奏することの開示がある。
そうすると,甲1及び甲2に接した当業者は,甲1発明において安定した濃度の滅菌ガスを発生させるとともに,十分に保証可能な殺菌効果を得るために,甲2記載の被殺菌空間内のホルムアルデヒドガス濃度,湿度,温度をそれぞれ所定の値に制御し,かつ,被殺菌空間の室圧を一定に保つための構成(前記イ(ア))を適用する動機づけがあるものと認められる。
したがって,当業者は,甲1及び甲2に基づいて,甲1発明に甲2記載の上記構成を適用して相違点2に係る訂正発明2の構成を容易に想到することができたものと認められる。
解説/検討
訂正発明の特許請求の範囲では、「庫内差圧検出手段」の検出対象である「庫内差圧」について何も限定は付されていないから、訂正発明2の「庫内差圧検出手段」を「滅菌タンク内がタンク外よりも陰圧であることを検出する庫内差圧検出手段」と限定解釈した本件審決の判断は誤りであるとする裁判所の判断は、妥当であると思われる。
ところで、本件明細書では、生成されるバイオガスには、メタノールラジカル(MR)ガスとホルムアルデヒドガスの両方が含まれることが記載されているが、甲1には、滅菌ガスとしてMRガスのみ記載されており、ホルムアルデヒドガスについての記載が無く、甲2には、ホルムアルデヒドガスのみ記載されていて、MRガスについての記載が無い。
甲1、2を見た当業者にとって、滅菌ガスとしてMRガスを発生させる甲1の滅菌ガス発生装置に、甲2記載のホルムアルデヒドガス殺菌装置の構成を組み合わせる動機づけがあるとは、単純には言えないようにも思われる(生成されるバイオガスには、メタノールラジカル(MR)ガスとホルムアルデヒドガスの両方が含まれることが、本件出願日前に知られていたことを示す証拠が必要ではなかろうか)。
