【公知抗原の検出技術において、抗体の組合せ取得の困難性を理由に進歩性が認められた事例】

 

投稿日:2026年8月28日

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著者:弁理士 大木 信人
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

特許法第29条第2項/進歩性/刊行物に記載された発明

ポイント

※特許第5845033号について、特許異議の申立てがあり(異議2016-700611号)、同申立てについての審理において、訂正請求が行われ、特許庁は、本件訂正を認めた上で、請求項1ないし8に係る発明について特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであるとして、特許を取り消すとの決定を行った。
※本件は、その取消しを求めた特許取消決定取消請求事件であり、原告は引用発明の認定及び一致点と相違点の認定に誤りがあると主張した(取消事由1)。
※裁判所は本件取消決定は、進歩性についての判断を行うに際し、引用発明の認定を誤った結果、進歩性欠如の結論を導いて本件特許を取り消したものであるとして、異議の決定を取り消した。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第3部
判決言渡日 平成30年11月6日
事件番号 平成29年(行ケ)第10117号
事件名 特許取消決定取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
鶴岡 稔彦
寺田 利彦
間明 宏充
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

 訂正後の請求項1の発明(本件発明1)は以下のとおりである(下線は訂正部分を示す)。
【請求項1】
(A) (A-1) イムノクロマトグラフィー試験デバイス及び検出キットにおける抗体として,
(A-2) マイコプラズマ・ニューモニエ由来のP1タンパク質抗原に対して特異的なモノクローナル抗体を含む,
(A-3) 検体からマイコプラズマ・ニューモニエ感染検出用のイムノクロマトグラフィー試験デバイスであって,
(B) 第一のモノクローナル抗体および第一のモノクローナル抗体とは異なる第二のモノクローナル抗体,ならびに
(C) 膜担体を備え,
(D) 該第一のモノクローナル抗体が,該膜担体に固定されて検出部位を構成し,
(E) 該第二のモノクローナル抗体が,(E-1)標識物質で標識されており,かつ
(E-2) 該検出部位とは離れた位置に,該膜担体中を移動可能に配置され,
(F) (F-1) 該検体であって,濃縮処理物を除く該検体中に(F-2)マイコプラズマ・ニューモニエ抗原が存在する場合に,該マイコプラズマ・ニューモニエ抗原と該標識物質で標識された該第二のモノクローナル抗体とを標識担持部材において結合させて,複合体を形成させる手段と,
(G) 該複合体を,該膜担体を介して展開させ,該検出部位において固定された該第一のモノクローナル抗体と結合させ,集積させることで発色させる手段と,を有する,
(H) マイコプラズマ・ニューモニエ感染検出用のイムノクロマトグラフィー試験デバイス。

原審(原々審)の判断

取消決定の概要
1.引用例1(WO2008/021862)記載の発明
ア (引1m)の下線を付した記載より、引用例1には、次の請求項12に係る発明を、作用物質が抗体であるとして、デバイスをラテラルフローデバイスであるとして、そして、M・ニューモニエ蛋白質がM・ニューモニエ蛋白質P1であるとして整理すると次の発明(以下、「請求項12発明」という。)が記載されている。

「(a)M・ニューモニエ蛋白質P1由来のエピトープに特異的に結合する単離された抗体を含むラテラルフローデバイスであって、
(b)前記作用物質を含む少なくとも1つの部位を包含する多孔質テストストリップを含む、
ラテラルフローデバイス。」

(引1m)当審訳 特許請求の範囲
1.M・ニューモニエ蛋白質由来のエピトープに特異的に結合する単離された作用物質。
5.前記M・ニューモニエ蛋白質がP1である、請求項1、2、または3のいずれか一項に記載の単離された作用物質。
10.請求項1~7のいずれか一項に記載の作用物質を含む少なくとも1つの部位を包含する多孔質テストストリップを含む、デバイス。
12.前記デバイスがラテラルフローデバイスである、請求項10に記載のデバイス。

イ 「[0062]ラテラルフローを組み込む方法は以下の通り実施され得る。」(引1d)と記載されているように、[0062]~[0070](引1d)~(引1l)は、ラテラルフローに関する具体的な態様に関する一連の記載である。
 (引1j)には「デバイスは担体を含むことができ、担体上には(a)M・ニューモニエのポリペプチドエピトープに特異的な第1の抗体・・・が標識され、移動可能な状態で含まれているサンプル受容部位と、(b)M・ニューモニエのポリペプチドエピトープに特異的な第2の抗体・・・が固定されている捕捉部位、とが配置される。」とのラテラルフローデバイスの態様が記載されており、(引1d)には、「患者サンプル中にエピトープが存在する場合には、膜上に局在する、M・ニューモニエのポリペプチドエピトープに特異的な抗体、抗体断片、または他の作用物質にコンジェゲートしたレポーターによるシグナルが生じることは、患者サンプル中にM・ニューモニエが存在することを意味する。」と記載されている。
(引1d)当審訳「[0062]ラテラルフローを組み込む方法は以下の通り実施され得る。患者サンプルはラテラルフローデバイスのサンプルパッドに添加され得る。サンプルパッドまたは他の構成要素は界面活性剤Zwittergen3-14などの抽出剤を含有することができる。デバイス内において、患者サンプルはコンジェゲートパッドに移動し、そこでM・ニューモニエのポリペプチドエピトープに特異的な抗体、抗体断片、または他の作用物質が、患者サンプル中のM・ニューモニエのポリペプチドエピトープを含む任意の蛋白質と反応する。抗体、抗体断片、または、他の作用物質は、乾燥形態でレポーター(例えば、金、ラテックス、もしくは他の微粒子、または他の任意の種類のレポーターシステム)にコンジェゲーションされている。患者サンプルはデバイス中を移動する。患者サンプル中にエピトープが存在する場合には、メンブレン上に局在する、M・ニューモニエのポリペプチドエピトープに特異的な抗体、抗体断片、または他の作用物質によってエピトープを含有しているポリペプチドが捕捉される。抗体、抗体断片、又は他の作用物質にコンジェゲートしたレポーターによるシグナルが生じることは、患者サンプル中にM・ニューモニエが存在することを意味する。他の実施態様において、コンジェゲート抗体の相互作用を液体形態で行うことができ、この場合、患者サンプルはコンジェゲート溶液に添加される。」
(引1h)当審訳「[0066]液体試験サンプルをデバイスのサンプル添加パッドに添加した場合、サンプルは毛細管現象によってサンプル添加パッド、コンジュゲートパッド、およびニトロセルロースストリップを通って移動する。サンプルがコンジュゲートパッドを通過するときに、サンプルは乾燥した標識分子または標識試薬を可溶化し、目的の分析物がサンプル中に存在する場合には、可溶化した標識分子または標識試薬が目的の分析物に結合し、分析物-標識試薬複合体を形成する。他方、目的の分析物がサンプル中に存在しない場合には、複合体は形成されない。陽性試験の場合には、分析物-標識試薬複合体が、そして陰性試験の場合は単独の標識試薬がデバイス中を移動してニトロセルロースストリップまでいき、試験結果部位および対照部位を通る。サンプル中に目的の分析物が存在する場合、分析物-標識試薬複合体が試験結果部位に固定された試薬に結合して検出可能なラインを形成する。目的の分析物がサンプル中に存在しない場合、分析物-標識試薬複合体は形成されず、そのため試験結果部位において結合は起こらない。目的の分析物がサンプル中に存在して複合体を形成するか否かにかかわらず、標識試薬は対照部位に固定された試薬に結合し、試験が完了したことを示す検出可能なラインを形成する。試験が完了した後に、過剰な液体サンプルをデバイスの端部液だめによって吸収することができる。」

(引1j)当審訳「[0068]1つの実施態様において、デバイスは担体を含むことができ、担体上には(a)M・ニューモニエのポリペプチドエピトープに特異的な、移動可能に標識された第1の抗体、抗体断片、または作用物質を含んでいるサンプル受容部位と、(b)M・ニューモニエのポリペプチドエピトープに特異的な第2の抗体、抗体断片、または作用物質が固定されている捕捉部位、とが配置される。M・ニューモニエのポリペプチドエピトープに特異的な第1および第2の抗体、抗体断片、または作用物質は同じものとすることも異なるものとすることもできる。」

(引1k)当審訳「[0069] 他の実施態様において、デバイスは、少なくともサンプル受容部位から捕捉部位に亘る流路を画定する担体を含み、M・ニューモニエのポリペプチドエピトープに特異的な、標識され移動可能な第1の抗体、抗体断片、または作用物質と、M・ニューモニエのポリペプチドエピトープに特異的な第2の抗体、抗体断片、または作用物質とを、流路に沿って配置することができる。受容部位で受容された液体サンプルは流路に沿って移動し、標識された抗体、抗体断片、または作用物質を移動させ、M・ニューモニエ細菌または蛋白質の存在下では標識された抗体、抗体断片または作用物質と第2の抗体、抗体断片、または作用物質が協調して抗体、抗体断片、または作用物質を捕捉部位において捕捉する。」

 そうすると、
(事項1) 担体である膜上の捕捉部位に固定された第2の抗体があること
(事項2) [標識された第1の抗体]-[M・ニューモニエのP1のポリペプチド]-[担体である膜上の捕捉部位に固定された第2の抗体]の結合体が形成されること
が理解される。

ウ (引1n)には、標識として「[0046]・・・例示的な標識は、ラテックス粒子、染料、またはゾルなどの、限定されないが、蛍光標識、放射性標識、炭素または金などのコロイド標識、酵素標識、粒状標識が挙げられる。」と記載されているように、金のコロイド標識が例示的に示されている。イムノクロマトグラフィーの分野で金のコロイド標識は普通に使われているから、標識として金のコロイド標識を採用した発明が引用例1に記載されていると当業者であれば認識できることは明らかである。

エ 本件特許の優先日前には(引1a)「[0012]・・・P1の全長配列は、GenBankアクセッション番号AAK32039、AAK92040、AAK92038、AAK92037、NP 109829、およびAAB95661で見ることができる。」(引1a)と記載されているように、M・ニューモニエ蛋白質P1に対する抗体を選るのに必要なP1は、誰もが入手できる周知の蛋白質となっていた。
 そして、(引1a)に「モノクローナル抗体は米国特許第4,945,041号及びKahane, et al.(1985)IAI 50:944に記載されている。」と記載した上で、M・ニューモニエ蛋白質P1に対する「モノクローナル抗体H136E7」が示されている。

 加えて、引用例1には「[0022]・・・抗体は、モノクローナルまたはポリクローナルであってもよい。」(引1o)とされ、M・ニューモニエ蛋白質P1についても、「[0096]・・・組換えP1(rP1)M pneumoniae由来の組換えP1(rP1)の配列(SEQ ID NO: 7)は、図7に示されている。ウサギは、標準的なプロトコルを用いてrP1蛋白質で免疫化および追加免疫された。マウスのサンプル、モノクローナル抗標準P1蛋白質が得られた。」(引1p)と記載されているように、標準的なプロトコルを用いただけで、M・ニューモニエ蛋白質P1に対するモノクローナル抗体が得られている。

 以上のようにM・ニューモニエ蛋白質P1に対するモノクローナル抗体についての十分な開示があり、「抗体は、モノクローナルまたはポリクローナル」(引1o)のいずれでもよいという記載に照し、
(事項3) (引1k)の「第1の抗体」及び「第2の抗体」はモノクローナル抗体であること
も記載されていると認識できる。

オ 以上のことを総合すると、上記請求項12発明に、上記(引1j)、(引1d)、(引1n)及び(引1o)の下線を付した事項並びに上記イの(事項1)、(事項2)及び(事項3)を平仄を合わせて加えて整理すると、次の発明(以下、「引用発明1」という。)が記載されていると認められる。

「(a) M・ニューモニエ蛋白質P1由来のエピトープに特異的に結合する単離された抗体を含むラテラルフローデバイスであって、
(b) 前記抗体を含む少なくとも1つの部位を包含する多孔質テストストリップを含み、
(c) ラテラルフローデバイスは担体である膜を含み、担体上には、
(c-i) M・ニューモニエのP1のポリペプチドエピトープに特異的な、金コロイドで標識された第1の抗体であり、移動可能に標識された該第1の抗体を含んでいるサンプル受容部位と、
(c-ii) M・二ユーモニエのP1のポリペプチドエピトープに特異的な第2の抗体が固定されている、担体上に設けられた捕捉部位、
とが配置され、
(d) [標識された第1の抗体]-[M・ニューモニエのP1のポリペプチド]-[担体である膜上の捕捉部位に固定された第2の抗体]の結合体が形成され、
(e) 担体である膜上の捕捉部位に局在する、M・ニューモニエのP1のポリペプチドエピトープ対して特異的な第1の抗体にコンジュゲートした金のコロイド標識によるシグナルが生じることは、患者サンプル中にM・ニューモニエが存在することを意味し、
(f) 前記第1の抗体及び前記第2の抗体は、モノクローナル抗体である
(h) ラテラルフローデバイス。」

2.当審の判断
 本件特許発明1と引用発明1とを対比し、相違点として引用発明1では患者サンプルに「濃縮処理物」を含むか不明であり、濃縮処理をしない患者サンプルについても「マイコプラズマ・ニューモニエ感染検出用」として使用できるか不明である点を挙げているが、

「・・・周知の抗体や、販売されている抗体の中から親和性の高い抗体を取得することは、抗体の親和性を調べるというだけのルーチンワークにすぎず、困難なことではない。また、必要なら、本件特許の出願時には、モノクローナル抗体の作成手段は、常套手段となっていたのだから、得られた多数のモノクローナル抗体の親和性を調べることで、親和性の高いモノクローナル抗体を得ることも困難なことではないといえる。・・・引用発明1において、上記手段により得られた親和性の高いモノクローナル抗体を適用すれば、『患者サンプル』に対して濃縮処理をしなくとも、マイコプラズマ・ニューモニエ感染検出ができることとなるから、本件特許発明1は、当業者にとって容易に発明できたものといえる。」と指摘した。

 本件特許発明1は、引用発明1や当該技術分野において周知の事項から当業者が容易に想到できたに過ぎないものであるから、特許法第29条第2項の規定に違反してされたものであって、取り消されるべきものである。

判旨

 特許法29条1項3号の「刊行物に記載された発明」は,当業者が,出願時の技術水準に基づいて本願発明(本件特許発明)を容易に発明することができたかどうかを判断する基礎となるべきものであるから,当該刊行物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。また,本件特許発明は物の発明であるから,進歩性を検討するに当たって,刊行物に記載された物の発明との対比を行うことになるが,ここで,刊行物に物の発明が記載されているといえるためには,刊行物の記載及び本件特許の出願時(以下「本件出願時」という。)の技術常識に基づいて,当業者がその物を作れることが必要である
 かかる観点から本件について検討すると,引用例1の記載及び本件出願時の技術常識を考慮しても,引用発明1のデバイスを当業者が作れるように記載されているとはいえない。理由は以下のとおりである。

ア 本件取消決定は,引用発明1をP1タンパク質に対するモノクローナル抗体を用いて,患者サンプル中のマイコプラズマ・ニューモニエの検出を行うラテラルフローデバイスに関する発明として認定しているところ,ラテラルフローデバイスは,イムノクロマトグラフィー法に基づく検出デバイスであり,イムノクロマトグラフィー法による抗原検出においては,抗体と抗原がサンドイッチ複合体を形成する必要があると認められ・・・,また,モノクローナル抗体の場合には,抗原を挟み込む二つの抗体が同じものでは不都合であり,少なくとも,二つの異なる抗体を用いることが必要であると認められる(この点は特に当事者に争いがない。)。
 その一方で,異なる二つのモノクローナル抗体でありさえすれば,抗体と抗原がサンドイッチ複合体を形成するとの本件出願時の技術常識も見当たらず,また,サンドイッチ複合体を形成しさえすれば,必ず患者サンプル中のマイコプラズマ・ニューモニエを検出できると直ちにいうこともできない
 たとえば,・・・同じ捕獲抗体を用いた場合であっても,検出抗体によって検出感度が異なり,サンドイッチ複合体の形成に基づく検出は,抗体の組合せによって,検出感度が大きく異なる場合があると理解されるから,モノクローナル抗体を用いてサンドイッチ複合体の形成に基づく検出を行う場合には,適切な抗体を組み合わせて用いる必要があると認められる
 本件取消決定が認定した引用発明1のラテラルフローデバイスも,・・・P1タンパク質に対するモノクローナル抗体を用いて,患者サンプル中のマイコプラズマ・ニューモニエを検出するラテラルフローデバイスを作るためには,第1のモノクローナル抗体と第2のモノクローナル抗体として適切な組合せのモノクローナル抗体を用いる必要があると認められる。
 ・・・引用例1には,ラテラルフローデバイスに用いる二つの抗体について,具体的なモノクローナル抗体の組合せを示す記載は見当たらない。また,本件出願時において,ラテラルフローデバイス等のサンドイッチ複合体を形成できる具体的なモノクローナル抗体の組合せが周知であったことを示す証拠もない・・・
 次に,引用例1に記載された具体的なイムノクロマトグラフィー(ICT)デバイスについての唯一の実施例である実施例4は,抗rCARDS抗体を用いたもので,P1タンパク質に対する抗体を用いたものではない。また,引用例1におけるP1タンパク質に対する抗体に関する具体的な記載は,実施例3のみであるが,実施例3における抗原の検出は,サンドイッチ複合体の形成とは異なる,市販の二次抗体である抗ウサギ又は抗マウス抗体を用いた方法によるものである。したがって,これらの実施例の記載から,サンドイッチ複合体を形成可能なモノクローナル抗体を知ることはできない。
 さらに,引用例1には,P1タンパク質に対するモノクローナル抗体として,マウスのモノクローナル抗真正P1タンパク質抗体H136E7(【0012】)とrP1に対するモノクローナル抗体(【0096】)に関する記載があるが,P1タンパク質に対する具体的なモノクローナルは,H136E7が記載されているにとどまり,rP1に対するモノクローナル抗体については,その当該モノクローナル抗体を生産する細胞株も,モノクローナル抗体のアミノ酸配列等の情報も,H136E7とのサンドイッチ複合体の形成の有無に関する手掛かりとなる情報も記載されていない。このような引用例1の記載に基づいて,ラテラルフローデバイスを作るためには,モノクローナル抗体として一つはH136E7を用いるとしても,もう一つ,H136E7とサンドイッチ複合体を形成可能な別のモノクローナル抗体を用いる必要があるが,引用例1には,そのようなモノクローナル抗体の構造について手掛かりとなる記載がなく・・・
 以上を踏まえれば,たとえ様々なモノクローナル抗体を得る技術自体は周知技術であるとしても,本件取消決定が認定した引用発明1のラテラルフローデバイスは,引用例1の記載及び本件出願時の技術常識から,直ちに作ることができるものとはいえない。したがって,引用例1に引用発明が記載されている(あるいは,記載されているに等しい)ということはできない。

イ 患者サンプル(臨床検体)からの検出という点についても検討する。
 患者サンプルからの患者サンプル中のマイコプラズマ・ニューモニエの検出については,引用例1の実施例7に記載があるが,この方法は,CARDSを検出抗原とした抗原捕捉EIAに基づくものであって,P1タンパク質をサンドイッチ複合体の形成に基づいて検出する引用発明1のデバイスとは,抗原も検出手法も異なる。・・・引用例1の実施例7では,患者からの検体で試験したところ,M・ニューモニエ感染の9検体内の1検体と,非M・ニューモニエ感染の18検体が,それぞれバックグラウンドを超えるEIAシグナルを示したとの記載がある。ここで,引用例1には,抗原捕捉EIAとのみ記載されており,具体的な検出系については記載されていないが,仮に,通常のサンドイッチ複合体の形成に基づく検出系であるとすると,抗原の存在によりシグナルが増大するので,実施例7の試験結果は,感染・非感染と,シグナルの増大とが正しく対応していないことになる。・・・仮に,実施例7の試験が競合法によるものであるとすると,競合法は,標識抗体を用いるサンドイッチ法などの標識抗体を用いる検出方法とは異なり,標識抗原を用いる必要があるが,引用例1には,標識抗原を製造したことや,標識抗原を入手したことについての記載が全くない。・・・以上の点からみて,引用例1の実施例7の記載は,患者サンプル(臨床検体)からのマイコプラズマ・ニューモニエの検出が可能であったことを示すものとはいえない。かかる観点からも,引用例1に引用発明が記載されている(あるいは,記載されているに等しい)ということはできない。

解説/検討

 引用例1には、マイコプラズマ・ニューモニエ由来のP1タンパク質抗原を検出するためのイムノクロマトグラフィー試験デバイスに関する技術的思想は記載されている。しかしながら、P1タンパク質に対してサンドイッチ複合体を形成可能な第1及び第2のモノクローナル抗体の組み合わせについて具体的に記載されておらず、また、そのような抗体の組み合わせを入手することは困難であると判断された。その結果、引用例1に記載されるとした引用発明1は認められなかった。
 一見すると、P1タンパク質抗原自体は公知であり、モノクローナル抗体の製造方法も周知技術であることから、サンドイッチ複合体の形成を可能とする第1及び第2のモノクローナル抗体の組み合わせを取得することに格別の困難性はないようにも思われる。しかし、引用例1には、サンドイッチ複合体の検出を利用したイムノクロマトグラフィー法による検出結果が示されておらず、この点が上記結論に至った要因とも考えられる。
 一方、異議申立では、本件特許発明1ないし8について、検出に影響を及ぼし得る、抗体、膜担体、標識等が何ら特定されていない点に関し、特許法第36条第6項第1号に規定する要件違反の有無が検討された。そして、「M・ニューモニエ蛋白質P1由来のエピトープに特異的に結合する単離された抗体」については、親和性の高いモノクローナル抗体を得ることに困難性は認められないとして、本件特許発明1ないし8は、同号に規定する要件を満たすと結論付けている。しかしながら、上記裁判所の判断を踏まえると、抗体について特定されていない本件特許発明1はサポート要件違反が問題となる余地もあるように思われる。

 

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