【水和物として存在する医薬化合物について最適な水和数を設定することは技術常識に過ぎないと判断された事案】
投稿日:2026年8月30日 |
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著者:弁理士 梅田 慎介
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参照条文/キーワード/論点 |
特許法第29条第2項/進歩性/医薬/水和物/技術常識 |
ポイント
※炭酸ランタン水和物は、慢性腎臓病患者に処方されるリン吸着薬であり、食事に含まれるリンに消化管内で結合して便と一緒に体外へ排泄することでリンの吸収を防ぎ、高リン血症を改善する効果を奏する。本件は、炭酸ランタン水和物(炭酸ランタン3~6水和物)を有効成分とする高リン酸塩血症治療用医薬組成物に関する特許について、引用発明(炭酸ランタン1水和物)に基づく進歩性が争われた。 |
判決概要 |
| 裁判所 | 知的財産高等裁判所第4部 |
| 判決言渡日 | 平成30年9月19日 |
| 事件番号 | 平成29年(行ケ)第10171号 |
| 事件名 | 審決取消請求事件 |
| 裁判長裁判官
裁判官 裁判官 |
大孝一郎
山門 優 筈井 卓矢 |
事案の概要
1. 経緯
被告(シャイア)は,特許3224544号(選択された炭酸ランタン水和物を含有する医薬組成物)の譲受人である。
原告(沢井)は,無効審判(無効2016-800111号)を請求した。特許庁は,維持審決をした。
原告は,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2. 本件発明
【請求項1】
高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって,以下の式:
La₂ (CO₃ )₃ ・xH₂ O
{式中,xは,3~6の値をもつ。}により表される炭酸ランタンを,医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含む前記組成物。
争点
3. 争点
(i) 甲1発明に基づく進歩性に係る判断の誤り(取消事由1)
(ii) サポ-ト要件に係る判断の誤り(取消事由2)(略)
(iii) 実施可能要件に係る判断の誤り(取消事由3)(略)
4. 甲1発明(特開昭62-145024号公報)
(1) 甲1発明
「高リン血症を治療又は予防するためのリン酸イオンの固定化剤であって,炭酸ランタン1水和物を含むもの」
(2) 一致点と相違点
(一致点)
高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって,La₂(CO₃)₃・xH₂Oにより表される炭酸ランタンを含む前記組成物である点。
(相違点1)
本件発明1では,La₂(CO₃)₃・xH₂Oにより表される炭酸ランタンについて,xが3~6の値を持つことが特定されているのに対し,甲1発明ではxが1である点。
(相違点2)
本件発明1では,炭酸ランタンを医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含むのに対し,甲1発明では,希釈剤や担体を含むことが特定されていない点(略)。
原審(原々審)の判断
5. 審決:進歩性あり
(1) 動機付け
「甲1には、甲1発明の炭酸ランタン1水和物を3~6水和物に置換することや、それを示唆するような記載は見あたらない。」
「甲10、11に、熱力学的に多形は別の相として考えられ、それぞれの融点や溶解度をもつこと(記載事項甲10-2)や、医薬品に多形が存在する場合、結晶形により溶解性,吸湿性などがちがい、安定性や生物学的利用率などに影響を与えるため、多形に関する検討が多く行われていたこと(記載事項甲11-1、甲11-2)がそれぞれ記載されているとしても、これらの記載に接した当業者が、炭酸ランタン水和物における水和水の数の違いを甲10、11でいうところの『多形』としてとらえ、甲1発明の炭酸ランタン1水和物について、水和水の異なる水和物の医薬品としての安定性や生物学的利用率などが異なることを予想し、水和水の数が異なる水和物の使用の検討の必要性を認識できたとはいえない。」
(2) 効果顕著性
「本件特許明細書の発明の詳細な説明からは、当業者がLa₂(CO₃)₃・xH₂Oで表される炭酸ランタン水和物のうち、xが2.2~8.8の範囲のものを服用することによって、高リン酸血症を治療又は予防できることを理解できるといえるところ、記載事項本6、11によれば、本件特許明細書の発明の詳細な説明には、当該範囲の水和物が1.3水和物に比べてリン酸除去能を有していることが開示されているといえ、当該開示は本件特許発明1が相違点1に係る構成を備えることによって、甲1発明よりも高いリン酸除去能を有することを示すものといえる。そして、La₂(CO₃)₃・xH₂Oで表される炭酸ランタン水和物において、xの値がリン酸除去能に影響を与えることは、本件特許の優先日において知られていたとはいえないから、当該効果は当業者が予想し得えない顕著なものであるといえる。」
判旨
6. 裁判所の判断:進歩性なし
(1) 動機付け
「前記アの記載事項を総合すると,本件出願の優先日(平成7年3月25日)当時,①乾燥温度等の乾燥条件の調節により,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物を得ることができること,②水和物として存在する医薬においては,水分子(水和水)の数の違いが,薬物の溶解度,溶解速度及び生物学的利用率,製剤の化学的安定性及び物理的安定性に影響を及ぼし得ることから,医薬の開発中に,検討中の化合物が水和物を形成するかどうかを調査し,水和物の存在が確認された場合には,無水物や同じ化合物の水和水の数の異なる別の水和物と比較し,最適なものを調製することは,技術常識又は周知であったものと認められる。」
「甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について,リン酸イオン除去率がより高く,溶解度,溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に優れたリン酸イオンの固定化剤を求めて,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあるものと認められる。」
(2) 効果顕著性
「上記認定事実によれば,本件明細書記載の試験結果と甲1記載の実験結果は,炭酸ランタン水和物の『リン酸塩除去率』ないし『リン酸イオン除去率』という同質の効果を示したものといえる。」
「当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とした場合に,炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率(90%)を超える場合があり,それが100%により近い値となることも予測できる範囲内のものといえるから,pH3の水溶液における5分の時点でのリン酸塩除去率が96.5%又は100%であるという本件発明1の効果は,当業者の予測をはるかに超える優れたものであると認めることはできない。」
解説/検討
7. 検討
医薬化合物の水和物の進歩性につき特に水和数を検討することの動機付けの判断に関する重要な裁判例である。
被告(特許権者)は、引用発明には炭酸ランタンの水和水の数に着目する動機付けはないこと、炭酸ランタンの水和水の数がリン酸結合能に影響することは知られていなかったことなどを理由として動機付けの欠如を主張した。
裁判所は、本件優先日当時、水和物医薬については水和水の数の違いが溶解度、溶解速度、生物学的利用率、化学的安定性及び物理的安定性に影響することは技術常識であったこと、医薬開発では水和物が存在する場合には水和水数の異なる形態を調製・比較し、最適なものを探索することも周知技術であったことなどを理由として、引用発明の炭酸ランタン1水和物から3~6水和物へ変更することには十分な動機付けがあるとした。
炭酸ランタンに限られず広く水和物医薬一般につき最適な水和数の設定が技術常識と判断され得ることとなるため、ライフサイクルマネジメントの観点から留意すべき裁判例である。
