【市販装置の付属品の実寸法を追加する補正について新規事項の追加を否定した事例】


 

投稿日:2026年9月14日

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著者:弁理士 野本 裕史
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

特許法17条の2第3項/新規事項の追加

ポイント

※当初明細書等に撹拌羽の具体的な寸法が記載されていないとして、特許庁は、当該寸法を請求項に追加する補正は新たな技術的事項を導入するものとして、新規事項の追加に当たると判断した。これに対し裁判所は、明細書に記載された撹拌装置の型番、撹拌羽の形状・寸法等と、当該装置の付属品である撹拌羽根の実寸法が一致することなどから、当業者は当初明細書の「撹拌羽」が当該付属品を指すと理解できると判断した。そして、付属品の実寸法を請求項に追加する補正は、当初明細書等の記載から導かれる技術的事項に新たな技術的事項を導入するものではなく、新規事項の追加には当たらないと判示した。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第2部
判決言渡日 平成30年8月22日
事件番号 平成29年(行ケ)第10216号
事件名 審決取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
森 義之
佐野 信
熊谷 大輔
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

 特定の攪拌条件で攪拌したときのパラメータにより特定される染毛剤の発明につき、当社明細書等に記載されていない攪拌条件に係る数値(攪拌羽の寸法)を請求項に追加する補正が新規事項の追加に当たるとした審決の判断が取り消された。

1.発明の概要
【0007】
 そこで本発明は、ノンエアゾールフォーマー容器から良好な泡状に吐出できる染毛剤であって、吐出した泡を手で揉み込むようにして頭髪に適用しても、染毛処理中の泡の液状化が防止される、泡持ちの良い染毛剤を提供することを解決すべき課題とする。
【0008】
 本願発明者は、多種多様な染毛剤の試作例について実験的研究を重ねた結果、ノンエアゾールフォーマー容器用染毛剤においては、「ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をそのまま特定の撹拌条件下で撹拌したとき、撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内である」という条件を満たすことが上記の課題を解決する手段であることを見出すに至り、本願発明を完成した。

【0011】
 更に第1発明において「特定の撹拌条件下で撹拌」とは、泡状に吐出した染毛剤を「手で揉み込むようにして頭髪に適用する」という操作を、判定基準としての客観的統一性を持たせた機械的な撹拌操作に置き換えたものであり、具体的には以下の条件下での撹拌を言う。

【0012】
 即ち,ノンエアゾールフォーマー容器から染毛剤の各剤の混合液を泡状に吐出し,その150mlを,200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器(例えばビーカー)に収容する。次いで,日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器ET―3A型の回転軸に取付けた撹拌羽を,その回転中心が円筒形容器の中心線と一致するように,かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残すように,円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は,回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである。撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく,対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである。
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【0013】
 このように撹拌羽を位置決めした下で,25℃の雰囲気中,撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転させ,泡を撹拌する。この撹拌条件下で撹拌した直後の泡の状態は,同上のノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をウィッグに揉み込んで適用した場合の平均的な泡の状態との比較において,泡の外観や泡の液化挙動等がほぼ同じであることが実験的に確認されている。

2.事実関係
(1)特許庁における手続の経緯等
 平成23年2月28日  特許出願
 平成24年2月13日  補正
 平成26年2月24日  審査請求
 平成26年9月16日  拒絶理由通知
 平成26年11月25日 補正
 平成27年1月23日  拒絶理由通知
 平成27年4月17日  補正
 平成27年10月29日 拒絶理由通知(最後)(明確性、実施可能要件、サポート要件、進歩性)
 平成28年2月2日   補正
 平成28年2月16日  補正の却下の決定+拒絶査定
 平成28年5月30日  拒絶査定不服審判請求+補正(=本件補正)
 平成28年6月16日  前置報告
 平成29年10月11日 補正の却下の決定+拒絶審決

(2)本件補正前の請求項1(平成27年4月17日の補正の請求項1)
【請求項1】
「アルカリ剤を含有する第1剤と酸化剤を含有する第2剤を含んで構成されると共に,
 (A)カチオン性界面活性剤0.05~10質量%及び/又は(B)アニオン性界面活性剤0.05~10質量%を含有し,
 常温で液状である油性成分0.01~1質量%及び揮発性溶剤0.1~20質量%を含有し,
 その各剤の混合液をノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出して用いる染毛剤であって,前記ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をそのまま下記の特定の撹拌条件下で撹拌したとき,撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内であることを特徴とする染毛剤。
 撹拌条件:前記吐出直後の泡150mlを,200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器(例えばビーカー)に収容する。次いで,日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器ET-3A型の回転軸に取付けた撹拌羽を,その回転中心が円筒形容器の中心線と一致するように,かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残すように,円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は,回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである。撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく,対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである。このように撹拌羽を位置決めしたもとで,25℃の雰囲気中,撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転させ,泡を撹拌する。」

(3)本件補正後の請求項1
「アルカリ剤を含有する第1剤と酸化剤を含有する第2剤を含んで構成されると共に,
 前記第1剤と前記第2剤の混合液中に,
 (A)カチオン性界面活性剤0.05~10質量%,
 (B)アニオン性界面活性剤0.1~10質量%,
 高級アルコール及びシリコーン類を含む,常温(25℃)で液状である油性成分0.01~1質量%,並びに,
 エタノール,イソプロパノール,プロパノール,ブチルアルコール,ベンジルアルコールから選択される溶剤0.1~20質量%を含有し,
 その各剤の混合液をノンエアゾールフォーマー容器から泡状に吐出して用いる染毛剤であって,前記ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡をそのまま下記の特定の撹拌条件下で撹拌したとき,撹拌直後の泡(a)の体積に対する撹拌後40分経過時の泡(b)の体積の比率b/aが0.7~1の範囲内であることを特徴とする染毛剤。
 撹拌条件:前記吐出直後の泡150mlを,200ml容で内径がほぼ6cmの円筒形容器(例えばビーカー)に収容する。次いで,日光ケミカルズ(株)製の市販乳化試験器ET-3A型の回転軸に取付けた撹拌羽を,その回転中心が円筒形容器の中心線と一致するように,かつその下端部が円筒形容器の底部との間に僅かなクリアランスを残すように,円筒形容器内部に位置決めする。撹拌羽は,回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設したものである(撹拌羽の左右方向の幅は,全幅58mm,支軸直径6mm,支軸と羽との間隔(隙間)16mm,羽の幅10mmである。)。撹拌羽の回転半径は円筒形容器の半径より僅かに(数mm程度)小さく,対の羽部の上下方向の幅は円筒形容器に収容した泡の液面に達するサイズである。このように撹拌羽を位置決めしたもとで,25℃の雰囲気中,撹拌羽を150rpmの回転速度で3分間回転させ,泡を撹拌する。」
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原審の判断

 「支軸直径6mm,支軸と羽との間隔(隙間)16mm,羽の幅10mmである」ことは,当初明細書等には記載されておらず,当初明細書等の記載から自明な事項ともいえない。
 「撹拌羽」の形状,寸法は,本願の請求項1に記載された発明特定事項である「撹拌条件」を決定する上で重要な要素であるといえる。
 そして,「ノンエアゾールフォーマー容器から吐出した泡を『手で揉み込むようにして頭髪に適用する』という操作に相当する標準的な機械的撹拌操作」の撹拌条件及び泡持ちのよい染毛剤を選ぶための「新規,客観的かつ簡易な指標」を見いだしたことが本願の請求項1の発明の特徴点といえるが,その撹拌条件を決定する重要な要素である「撹拌羽」の形状,寸法について,当初明細書等に記載されていない特定事項aを本願の請求項1に追加することは,当初明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものである。

判旨

 特許請求の範囲等の補正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならないところ(特許法17条の2第3項),上記の「最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書,特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項を意味し,当該補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる(知財高裁平成18年(行ケ)第10563号同20年5月30日特別部判決・判例タイムズ1290号224頁参照)。

 これを本件についてみるに,前記で認定したような本願発明において,撹拌羽根の形状,寸法等の撹拌条件は発明特定事項として重要な要素といえるところ,当初明細書等に本件撹拌羽根を用いることは明示されていない。しかし,当初明細書の【0012】には,①撹拌にET-3Aを用いること,②「撹拌羽」は,回転中心となる支軸の下端から漢字の「山」の字を構成する形態で対の羽部を延設した「撹拌羽」であること,③「撹拌羽」の回転半径は,内容量が200mlで内径約6cmのビーカー等の円筒形容器の半径(約3cm)より僅かに小さいことが記載されているところ,前記(1)イの事実によると,当初明細書に記載されている上記「撹拌羽」の形状,寸法は,ET-3Aの付属品である200mlビーカー用の本件撹拌羽根のそれと一致するものである。また,前記(1)イの事実によると,ET-3Aは,昭和60年頃から長年にわたって販売されており,多数の当業者によって使用されてきたと推認される実験用の機械であるところ,販売開始以来,付属品である本件撹拌羽根の形状,寸法に変更が加えられたことは一度もなく,しかも,遅くとも平成17年7月頃には,本件撹拌羽根は,ET-3Aとともに日光ケミカルズのカタログに掲載されていた。さらに,当初明細書の記載に適合するような形状,寸法のET-3A用の撹拌羽根が,ET-3A本体とは別に市販されていたことは証拠上認められない。

 以上の事実を考え併せると,当業者が,当初明細書等に接した場合,そこに記載されている撹拌羽が,ET-3Aに付属品として添付されている200mlビーカー用の本件撹拌羽根を指していると理解することができるものと認められる。そして,特定事項aは,200mlビーカー用の本件撹拌羽根の実寸法を追加するものであるから,特定事項aを本願の請求項1に記載することが,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係で新たな技術的事項を導入するものとはいえず,新規事項追加の判断の誤りをいう原告の主張は理由がある。


解説/検討

 攪拌条件が関係する発明につき、攪拌羽の寸法が明細書に明記されていなくても、装置本体のメーカー名および型番が明記されている場合であって、
(1)明細書に記載された攪拌羽の形状、寸法が、装置の付属品の攪拌羽の形状、寸法と一致しており、
(2)装置の販売開始以来、付属品の攪拌羽の形状、寸法に変更が加えられたことがなく、
(3)明細書の記載に適合する形状、寸法の攪拌羽根が、装置本体とは別に市販されていたことはない、
ことを証明できれば、明細書に記載のない攪拌羽の形状を請求項等に追記する補正が許容されることは、実務上参考になると思われる。

 ただし、「本願発明のように,『特定の撹拌条件』を採用することによって課題を解決するものや,特定の撹拌条件によりその特性を評価するものにおいては,通常,乙1~4にあるように明細書の記載において,どのような撹拌羽根を用いるのかを含めて,その撹拌条件が具体的に明示されている。」(判決12頁、被告の主張)ことから、攪拌条件が関係する発明についての明細書作成時には、攪拌羽の形状・寸法を明記しておくのが安全であると思われる。

 

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