【物の発明についてその構造又は特性から当該物を特定することができないとして明確性要件違反とした事例】

 

投稿日:2026年9月14日

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著者:弁理士 野本 裕史
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

特許法36条6項2号/明確性

ポイント

※本件発明の製造装置について、裁判所は、請求項に記載された構造又は特性のみでは、所望の精米結果を実現できることが明らかではなく、そのための具体的な運転条件も明細書に記載されておらず、技術常識からも明らかでないと判断した。その上で、物の発明について、その構造又は特性から当該物を特定することができない以上、発明を明確に把握することはできないとして、明確性要件違反を認めた。

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第2部
判決言渡日 平成29年9月21日
事件番号 平成28年(行ケ)第10236号
事件名 審決取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
森 義之
永田 早苗
森岡 礼子
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

 「旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の製造装置」の発明について、明確性要件を欠くとして、無効不成立の審決が取り消された事例。

1.事実関係
・本件特許
【請求項1】
A 外から順に、表皮(1)、果皮(2)、種皮(3)、糊粉細胞層(4)と、澱粉を含まず食味上もよくない黄茶色の物質の層により表層部が構成され、該表層部の内側は、前記糊粉細胞層(4)に接して、一段深層に位置する薄黄色の一層の亜糊粉細胞層(5)と、該亜糊粉細胞層(5)の更に深層の、純白色の澱粉細胞層(6)により構成された玄米粒において、
B 前記玄米粒を構成する糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)と澱粉細胞層(6)の中で、搗精 により糊粉細胞層(4)までを除去し、該糊粉細胞層(4)と澱粉細胞層(6)の間に位置する亜糊粉細胞層(5)を外面に残して、該一層の、マルトオリゴ糖に生化学変化させる酵素や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)を米粒の表面に露出させ、前記精白米には、全米粒の内、『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部を削り取り、残された基底部である胚盤(9)』、または『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』が残った米粒の合計数が、全体の50%以上を占めるように搗精され、前記搗精により亜糊粉細胞層(5)を表面に露出させた白米を、該亜糊粉細胞層(5)が表面に現れた時の白度37前後に仕上げ、
C 更に糊粉細胞層(4)の細胞壁(4’)が破られ、その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で白米の表面に付着する『肌ヌカ』を、 無洗米機により分離除去する無洗米処理を行うことを特徴とする
D 旨み成分と栄養成分を保持した 無洗米の製造装置であって、
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E 全精白行程の終末寄りから少なくとも3分の2以上の行程に 摩擦式精米機を用い、
F  前記摩擦式精米機の精白除糠網筒の内面をほぼ滑面状となし、
G 且つ 精白ロールの回転数を毎分900回以上の高速回転とすること、
H 及び、 無洗米機を備えたことを特徴とする
I 旨み成分と栄養成分を保持した 無洗米の製造装置。
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争点

明確性要件の存否

判旨

 特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。この趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るため,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載のみならず,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。

・・・本件発明1の無洗米の製造装置は,少なくとも,摩擦式精米機(記載事項F)と無洗米機(記載事項C)をその構成の一部とするものであり,その摩擦式精米機は,全精白構成の終末寄りから少なくとも3分の2以上の工程に用いられているものである(記載事項E)上,精白除糠網筒(記載事項F)と精白ロール(記載事項G)をその構成の一部とするものであり,その精白除糠網筒の内面は,ほぼ滑面状であって(記載事項F),精白ロールの回転数は毎分900回以上の高速回転とするものである(記載事項G)と認められる。
 したがって,上記の無洗米の製造装置の構造又は特性は,記載事項A~Iから理解することができる。
 しかしながら,請求項1の無洗米の製造装置の特定は,上記の装置の構造又は特性にとどまるものではなく,精米機により,亜糊粉細胞層を米粒表面に露出させ,米粒の50%以上について胚盤又は表面部を削り取られた胚芽を残し,白度37前後に仕上がるように搗精し(記載事項B),白米の表面に付着する肌ヌカを無洗米機により分離除去する無洗米処理を行う(記載事項C)ものであり,旨味成分と栄養成分を保持した無洗米を製造するもの(記載事項D,I)である。

 このうち,亜糊粉細胞層を米粒表面に露出させ,米粒の50%以上について胚盤又は表面部を削り取られた胚芽を残し,白度37前後に仕上がるように搗精する(記載事項B)ことについては,本件明細書の発明の詳細な説明において,本件発明に係る無洗米の製造装置のミニチュア機で,白度37前後の各白度に搗精した精米を,洗米するか,公知の無洗米機によって通常の無洗化処理を行い,炊飯器によって炊飯し,その黄色度を黄色度計で計り,黄色度11~18の内の好みの供試米の白度に合わせて搗精を終わらせる時を調整して,本格搗精をすることにより行うこと(【0035】),このようにして仕上がった精白米は,亜糊粉細胞層が米粒表面をほとんど覆っていて,かつ,全米粒のうち,表面が除去された胚芽と胚盤が残った米粒の合計数が,少なくとも50%以上を占めていること(【0036】が記載されており,結局のところ,ミニチュア機で実際に搗精を行うことにより,本格搗精を終わらせる時を調整することにより実現されるものであることが記載されている。したがって,本件明細書には,本件発明1の無洗米の製造装置につき,その特定の構造又は特性のみによって,玄米を前記のような精白米に精米することができることは記載されておらず,その運転条件を調整することにより,そのような精米ができるものとされている。そして,その運転条件は,本件明細書において,毎分900回以上の高速回転で精白ロールを回転させること以外の特定はなく,実際に上記のような精米ができる精白ロールの回転数や,精米機に供給される玄米の供給速度,精米機の運転時間などの運転条件の特定はなく,本件出願時の技術常識からして,これが明らかであると認めることもできない。

 ところで,本件明細書の発明の詳細な説明において,・・・が記載されている。そうすると,精米機により,亜糊粉細胞層を米粒表面に露出させ,米粒の50%以上において胚盤又は表面を削り取られた胚芽を残し,白度37前後に仕上がるように搗精することは,従来の技術では容易ではなかったことがうかがわれ,上記のとおり,本件明細書に具体的な記載がない場合に,これを実現することが当業者にとって明らかであると認めることはできない。
 本件発明1は,無洗米の製造装置の発明であるが,このような物の発明にあっては,特許請求の範囲において,当該物の構造又は特性を明記して,直接物を特定することが原則であるところ(最高裁判所平成27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号904頁参照),上記のとおり,本件発明1は,物の構造又は特性から当該物を特定することができず,本件明細書の記載や技術常識を考慮しても,当該物を特定することができないから,特許を受けようとする発明が明確であるということはできない。


解説/検討

 本件判決では、請求項の記載から、物の構造又は特性は理解できるものの、本件明細書には、その特定の構造又は特性のみによって、記載事項Bを実現できることは記載されておらず、本件明細書に具体的な記載がない場合に,記載事項Bを実現することが当業者にとって明らかであると認めることもできないから、当該物を特定することができないとして、明確性要件の欠如が認められている。
 審査基準第II部第2章第3節「明確性要件」4.1.1(2)では「機能、特性等による表現を含む請求項においては、発明の範囲が明確であっても、出願時の技術常識を考慮すると、機能、特性等によって規定された事項が技術的に十分に特定されていないことが明らかであり、明細書及び図面の記載を考慮しても、請求項の記載に基づいて、的確に新規性、進歩性等の特許要件の判断ができない場合がある。このような場合には、一の請求項から発明が明確に把握されることが必要である、という特許請求の範囲の機能(1.参照)を担保しているといえないから、明確性要件違反となる。」とされており、本件判決と軌を一にするものと思われる。

 本件では、請求項の記載が、「少なくとも,摩擦式精米機(記載事項F)と無洗米機(記載事項C)をその構成の一部とするものであり,その摩擦式精米機は,全精白構成の終末寄りから少なくとも3分の2以上の工程に用いられているものである(記載事項E)上,精白除糠網筒(記載事項F)と精白ロール(記載事項G)をその構成の一部とするものであり,その精白除糠網筒の内面は,ほぼ滑面状であって(記載事項F),精白ロールの回転数は毎分900回以上の高速回転とするものである(記載事項G)」のように物の構造だけであれば、明確性要件は充たしていたと思われる。

 製造装置の発明において、それにより製造されるべき物の特性は、請求項にはできるだけ記載しないことが無難であろう。
 また、発明者からの要望などで、製造装置の発明において、それにより製造されるべき物の特性を請求項に記載する場合には、本件判決によれば、それを実際に製造できる具体的な装置の運転条件の一例を、明細書中に記載しておく必要があるように思われる。

 

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