【ライソゾーム病の治療に用いられる製剤特許に関し、中枢神経(CNS)への有効成分の送達のために「脳室内(ICV)投与」を特定したクレームの優先権効果が、基礎出願の「髄膜内(IT)投与」でのデータに基づいて認められるかが問題とされた事例】

 

投稿日:2026年6月9日

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著者:弁理士 梅田 慎介
*本記事は、筆者の個人的見解であり、当事務所を含め、筆者が所属する如何なる団体の見解も表示するものではありません。
*判決等に筆者が適宜下線や太字強調等を付している場合があります。


参照条文/キーワード/論点

優先権(パリ条約4条)/医薬用法

ポイント

※ライソゾーム病(ライソゾーム酵素の欠損を原因とする先天代謝異常疾患)の酵素補充療法に用いられる中枢神経(CNS)送達製剤に関するシャイアーの特許(第6466538号)に対して、グリーンクロスがした無効請求の不成立審決取消訴訟。
※補充酵素の中枢神経(CNS)への送達のために「脳室内(ICV)投与」を特定したDDS製剤発明に対して、基礎出願明細書に具体的に開示されるデータは「髄膜内(IT)投与」によるものであった。
※審決は、基礎出願時にはICV投与でもIT投与でも脳脊髄液(CSF)に送達され得ることが技術常識であったとして、IT投与でのデータに基づき優先権の効果を認めた。裁判所は、ICV投与による送達の効果が実質的に記載されていたと認められないとして優先権の効果を否定した。

 

判決概要

裁判所 知的財産高等裁判所第2部
判決言渡日 令和5年4月6日
事件番号 令和4年(行ケ)第10010号
事件名 審決取消請求事件
裁判長裁判官
裁判官
裁判官
本多 知成
中島 朋宏
勝俣 来未子
 

判決へのリンク(裁判所HPへ)

事案の概要

本件発明
(1)請求項1
 「リソソーム酵素に関する補充酵素である酵素を含む薬学的組成物であって、該組成物は、該リソソーム酵素のレベルまたは活性の減少を伴うリソソーム蓄積症に罹患しているかまたは、これに罹患しやすい対象に脳室内投与されることを特徴とし、ここで、該組成物は、少なくとも5mg/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有することをさらに特徴とする、薬学的組成物。」

(2)発明のポイント
 「本発明は、中枢神経系(CNS)への治療薬の直接送達のための有効且つ低侵襲性のアプローチを提供する。本発明は、一部は、酵素が種々の表面を横断して有効に且つ広範に拡散して、深部脳領域を含めて脳を横断する種々の領域に浸透するよう、リソソーム蓄積症のための補充酵素が高濃度(例えば、約3mg/mg以上、4mg/ml、5mg/ml、10mg/ml以上)での治療を必要とする対象の脳脊髄液(CSF)中に直接的に導入され得る、という予期せぬ発見に基づいている。さらに意外なことに、単なる生理食塩水または緩衝液ベースの処方物を用いて、そして対象において実質的な有害作用、例えば重篤な免疫応答を誘導することなく、このような高タンパク質濃度送達が達成され得る、ということを本発明人等は実証した。」(明細書段落0009)

争点

 請求項1の「脳室内投与されることを特徴とし」との発明特定事項が、基礎出願2(US61/360,786、2010年7月1日出願、甲17)に開示されているとみなしえるか。基礎出願2にはIT(髄腔内)投与の実施例はあるがICV(脳室内)投与の実施例はなく、IT(髄腔内)投与の実施例もビヒクル(補充酵素が含まれない)であった。

審決の判断

審決での判断‐優先権有効
 審決は、甲17における以下の開示と周知技術とに基づき優先権主張有効と判断した。
ア 甲17明細書一般開示
 「本発明は、CNS投与用の治療剤を製剤化するための医薬組成物や溶液の緩衝液濃度やpHのわずかな変化が、投与される溶液やそこに含まれる治療剤の忍容性やin vivoの安全性に劇的な影響を与えるという発見に基づいている。本発明の医薬組成物及び製剤は、高濃度の治療剤(例えば、タンパク質又は酵素)を可溶化することができ、そのような治療剤をCNS成分及び/又は病因に送達するのに適している。本発明の組成物は、それを必要とする対象のCNSに投与された場合(例えば、髄腔内に投与された場合)、安定性が改善され、忍容性が改善されることをさらに特徴とする。」(甲17の13頁5~22行)
 「発明の医薬組成物は、治療薬を脳室内でCNSに送達する(すなわち、脳室に直接投与する)ために使用することもできる。脳室内への投与は、Ommayaリザーバー又は他の同様のアクセスポートを介して容易に行うことができ、これらのアクセスポートは、脳室内に直接配置されたリードカテーテルとともに、被験者の頭頂部の頭皮と骨膜との間のポケットに移植され得る。また、小脳髄液槽(cisterna magna)も考えられており、これは、小型のネズミでの髄液内又は脳室内投与と比較して物流が容易であることから、例えば動物種で使用することができる。」(甲17の16頁の1~15行)
 「発明の医薬組成物、製剤、及び関連する方法は、様々な治療剤を対象者のCNSに送達し(例えば、髄腔内、脳室内、又は脳槽内)、関連する疾患の治療に有用である。本発明の医薬組成物は、リソソーム記憶障害を患っている被験者にタンパク質及び酵素を送達する(例えば、酵素置換療法)ために特に有用である。」(22頁26行~23頁4行)

イ 甲17明細書実施例
 「実施例3では、動物実験に基づいて、「リン酸塩濃度が低く、pHが5.5~7.0の製剤は、良好な忍容性を示した」と記載され、5mMのリン酸ナトリウム、145mMの塩化ナトリウム、0.005%のポリソルベート20を含むpH7.0のビヒクルが特に溶解性及び安定性に優れ、このビヒクルによってタンパク質14mgを1.0mL中に含む製剤を調製して4回の髄腔内投与を行ったところ、臨床上有害な兆候は見られなかったことが記載され、図5に示すように、「CNS-Tolerated Formulation」の処方設計空間が定義されたと結論付けるとともに、CNSへのタンパク医薬の送達のためには、医薬組成物が適切な溶解性、忍容性、安定性のバランスがとれたものとする必要であると記載している(甲17の31頁6行~32頁3行、図5、図6)。」

ウ 周知技術
 「甲3(特表第2009-525963号公報)の【0034】にも記載されるように、脳脊髄液(CSF)が脳室を満たし、脳と脊髄を取り囲んでおり、ICV投与とIT投与では、異なる注入部位を介して同じCSFに注入されることは、基礎出願2の出願時において周知の事項であったことも考慮すると、甲17の上記記載に接した当業者は、甲17に記載されている処方がIT投与とICV投与の両方に適用されると理解する。」

判旨

裁判所の判断‐優先権無効
・まず、乙6、13等に基づいて「そうすると、少なくとも基礎出願2がされた平成22年7月頃においては、CNS送達のための組成物として特定の組成物の組成等が開示された場合であっても、当該組成等から直ちにその脳への送達の程度や治療効果を推測等することは困難であることが技術常識であったものと認められる。」と認定した。
・次に、本件特許明細書の「いくつかの実施形態では、本発明による髄腔内送達は、末梢循環に進入するのに十分な量の補充酵素を生じた。その結果、いくつかの場合には、本発明による髄腔内送達は、肝臓、心臓および腎臓のような末梢組織における補充酵素の送達を生じた。この発見は予期せぬものであ・・・る。」(【0085】)、「本発明の意外な且つ重要な特徴の1つは、本発明の方法を用いて投与される治療薬、特に補充酵素、ならびに本発明の組成物は、脳表面全体に効果的に且つ広範囲に拡散し、脳の種々の層または領域、例えば深部脳領域に浸透し得る、という点である。さらに、本発明の方法および本発明の組成物は、現存するCNS送達方法、例えばICV注射では標的化するのが困難である脊髄の出の組織、ニューロンまたは細胞、例えば腰部領域に治療薬(例えば、補充酵素)を効果的に送達する。」(【0132】)等の記載を参照し、「証拠(甲2~5。後記7(1)~(4)参照)のほか、本件明細書の記載内容に照らしても、CNSへの酵素の送達においては、ICV投与とIT投与とは、それぞれ別個の投与態様として取り扱われ、組織への酵素の送達に関する実験やその結果の評価においても、それらは別個に取り扱われること、換言すると、ICV投与とIT投与の相応に密接な関連性を考慮しても、ICV投与による実験データとIT投与による実験データとを直ちに同一視することはできないことが、平成22年7月頃における技術常識であったことが認められるというべきである。」と判断した。
・裁判所は、「本件発明1が甲17に記載されていた発明であると認められるためには、甲17に、本件発明1の組成物が実質的に記載されていたものと認められるのみならず、甲17に、本件発明1の組成物による送達の効果が、ICV投与した場合のものとして、実質的に記載されていたと認められる必要があるというべきである。」とした。

解説/検討

 審決は、基礎出願時の周知技術を比較的広く解し、ICV投与とIT投与はいずれもCSFを介する投与態様であり、酵素の脳深部への到達や治療効果について相互に関連すると解している。一方、裁判所は、基礎出願時の技術常識をより限定的に認定し、ICV投与とIT投与との間に一定の関連性は認めつつも、「CSFへ投与する」という抽象的共通性だけでは不十分であり、ICV投与とIT投与は具体的な薬物送達や治療効果まで当然に共通するとまではいえないと判断した。
 本件特許は、6件の分割出願を含むファミリーのうちの、第2世代分割出願である。無効請求の対象となった特許はICV投与を規定する本件特許のみであり、IT投与を規定する他のファミリー特許は対象となっていない。研究者の感覚は審決の判断に近いように思われるが、IT投与を回避してICV投与での後発の参入を阻止するため、基礎出願時点において投与態様ごとの実験データを取得しておくことが望ましいといえるであろう。なお、幸いにも本件特許は優先権の効果が認められずとも特許は有効と判断されている。

 

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